5月3日 加筆修正を行いました。
「なあ一夏、剣道をやってみないか?」
僕は四歳の時、自身の姉である千冬お姉ちゃんに突然そう言われた。
「剣道? 剣道ってあの剣道?」
僕は竹刀を振るう様なジェスチャーを交えつつ、千冬お姉ちゃんに聞き返した。
「ああ、そうだ。家でじっとしているのもつまらないだろう? どうだ、やってみないか?」
「……僕に出来るの?」
僕は千冬お姉ちゃんに尋ねると千冬お姉ちゃんはとても良い笑顔を浮かべて、
「出来るか分からないならやってみると良い。さあ思い立ったら吉日と言うし早速行ってみようか」
「え? え?」
千冬お姉ちゃんはそう言うと状況を飲み込めていない僕を連れて出掛けた。
……い、一体なんなのさ!?
そしてそのまま僕は千冬お姉ちゃんに近所の道場へ連れて来られた。
僕と千冬お姉ちゃんが道場の中に入ると中で稽古をしていた何人かの視線が僕達に、いや千冬お姉ちゃんが連れている僕に向けられた。
僕は周りから向けられる視線に居心地の悪さを感じていると、千冬お姉ちゃんは師範に挨拶をしてくると言い、その場を離れた。
ええ!? ちょっと待ってよ!? ここで僕を一人にするの!?
僕は千冬お姉ちゃんを呼び止めようとするが、千冬お姉ちゃんはさっさと向こうに行ってしまった為に結局その場に留まる事になった。
そしてその場で一人になると先程から感じていた視線が更に増えた気がした。
僕はここでじっとしている必要も無いだろうと思い、一先ず道場の隅に移動した。
「……ん? 見ない顔だね? 君は誰だい?」
僕が道場の隅に行くとそこでノートパソコンをいじっていた千冬お姉ちゃんと同い年位の女の人が声をかけてきた。
「僕は織斑一夏、今日は千冬お姉ちゃんに連れてこられたんだ。」
僕が女の人に自己紹介をすると女の人は僕が何者か理解した様子だった。
「ああ、君がちーちゃんの弟君か。はじめまして、私はちーちゃん、織斑千冬の幼なじみの篠ノ之束だよ。」
篠ノ之束と名乗った女の人は僕に自己紹介をしてきた。
それが僕と束お姉ちゃんとの出会いだった。
「へぇ、千冬お姉ちゃんの友達なんだ。ねえ、束お姉ちゃんって呼んでも良い?」
「ふふ、良いよ。私も君の事をいっくんって呼ぶから」
僕と束お姉ちゃんがそんな話をしていると向こうから千冬お姉ちゃんが大人の人と共にやってきた。
「一夏、何をしているんだ?」
「あ、千冬お姉ちゃん。今、束お姉ちゃんと自己紹介してたんだ。話はもう終わったの?」
僕がそう言うと千冬お姉ちゃんと大人の人はとても驚いた顔をしていた。
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「束、お前が自ら相手とコミュニケーションを取るとは、なかなか珍しいな? しかも束お姉ちゃんなどと呼ばせるとはどういった風の吹き回しだ?」
「呼ばせるなんて人聞きが悪いね。あれはいっくんにそう呼んでも良いか聞かれたからだよ。それにいっくんは他の子とは何処か違う気がするんだよね」
束は私の言葉に対して何処か嬉しそうな顔をしながらそう言った。
「そうか、すまんな。それといっくんとは一夏の事か?」
「うん、そうだよ」
ほう? コイツが初対面の人間にあだ名で呼ぶとはな。
今までこんなことは無かったんだがな。
私ではコイツを変える事は出来なかったが、一夏ならコイツを良い意味で変えてくれるのかも知れないな。
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千冬お姉ちゃんと束お姉ちゃんがそんな話をしていると、一緒にやって来た大人の人が僕に話しかけてきた。
「はじめまして、一夏君。私は束の父親の篠ノ之柳韻だ。まあもう一人娘が居るが今はいいだろう」
「千冬ちゃんから君に剣道を教えて欲しいと言われたんだが一夏君は剣道をやってみたいかい?」
うーん、どうしようかな。……まあせっかくここまで来たしやってみてもいいかな。
「うん、やってみようかな」
僕は柳韻さんに対してそう答えた。
「そうか、ならば君を我が篠ノ之道場の門下生として迎えよう」
「よろしくお願いします」
そして僕は篠ノ之道場の門下生の一人となった。
「すまない、ちょっと待ってくれるかい?」
今日の稽古を終えて、帰ろうとする僕と千冬お姉ちゃんを柳韻さんが呼び止め、声をかけてきた。
「千冬ちゃん、一夏君、お疲れ様。一夏君、剣道はどうだった?」
「んー、まだわかんないかなぁ」
柳韻さんの質問にそう返すと柳韻さんは僕の返事にそれもそうかと、言い苦笑を浮かべた。
「一夏君、これからも束と仲良くしてやってくれ」
と、僕に言ってきた。
「良いよ、束お姉ちゃんは悪い人じゃないみたいだし、僕ももっとお話したいしね」
僕がそう言うと柳韻さんは満足そうな表情を浮かべた。
柳韻さんは千冬お姉ちゃんと少し話をした後、道場に戻って行った。
「一夏、今日ここに来てどうだった?」
「うん、また来たいな」
僕がそう言うと千冬お姉ちゃんは僕の頭をクシャリと撫でた。
「さあ、家に帰ろうか」
「うん、帰ろう」
そうして僕は千冬お姉ちゃんと共に帰路についた。
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「織斑一夏君か、少し変わった子だったな。しかし人と関わりを持とうとしなかったあの束があだ名で呼ぶとはな。あの子は束にとって大きな存在になるのかも知れないな」
私は今日の稽古を終えて道場の戸締まりをしながらそんなことを呟いた。
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私は今日、出会った男の子に対して思いを馳せていた。あの子は今まで見てきた誰よりも優しい、けどとても寂しそうな目をしていた。
私は無意識の内にいっくんの事ばかり考えていた。
「私が初対面の男の子にここまで興味を抱くとはね」
私がいっくんに興味を持った事にちーちゃんはとても驚いてたね。まあ確かに今まではそんなことは無かったし、仕方ないかな。
「ふふ、ちーちゃんの弟のいっくんか……また来週も会えると良いな」
さて、今度会ったときはどんな話をしようかな?
読んでいただきありがとうございます。