5/17 加筆修正を行いました。
「僕には才能が無い、僕が箒に勝てないのは才能の差、か」
僕は千冬お姉ちゃんに言われて束お姉ちゃんの所に向かう途中、昨日の夜に千冬お姉ちゃんに言われた事を思い出していた。
「でも努力していけばいつか勝てるようになると思うんだけどな」
僕は才能が無いと告げられた後もそう考えていた。
…………でも、
本当は分かってるんだ。
認めたくない、そして諦めたくないだけなんだって。
「…………………………」
僕は無言のまま道場に向かった。
「やあやあいっくん元気……じゃあ無さそうだね。ちーちゃんから話は聞いてるよ。さあまずは中に入って入って」
僕が道場に行くと、束お姉ちゃんが道場の前で僕を出迎えた。
「…………うん」
僕は促されるまま道場に入った。
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ふむふむ、やっぱり落ち込んでるか。まあそれも仕方ないね。
実際に一年以上真面目に剣道を続けて来たのにいきなり"才能が無い"なんて言われたんだ、ショックを受けるのも当然だろうね。
私はいっくんの様子を見ながらそんなことを思っていると、いっくんはおもむろに口を開いた。
「ねえ、束お姉ちゃん。たとえ才能が無くても努力していけばいつか才能がある人に勝てるようになるかな?」
……ああ、そういう結論にいっちゃったか。
うーん、言いたい事は分かるんだけどね。
「どうだろうね。それはいっくんがどれだけ努力するかによるかな」
「いっくんが努力するように他の子だって努力するだろうしね。勿論、箒ちゃんやちーちゃん、束さんだってそうさ。だから才能を努力で上回るっていうのは生半可では絶対に出来ないのさ」
私が思うに才能っていうのは大成するための重要なファクターになる。
アニメや漫画ではよく努力は才能を凌駕するなんて簡単に言うけど実際に才能ある人を超える事が出来た人は殆どいないんじゃないかと私は思う。
そう思うからこそ私はいっくんにそう答えた。
でもまだいっくんは若干納得していない様子だった。
……よし、こういう時はいつものあれでいこうか。まあこうする方が都合が良いからなんだけどね。
「そういえばいっくんは束さんと戦った事って無かったね。どうだろう、ちょっとやってみるかい?」
こういうのは納得出来るまでひたすらぶつかるに限るね。
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「そういえばいっくんは束さんと戦った事って無かったね。どうだろう、ちょっとやってみるかい?」
僕は束お姉ちゃんの言葉に若干納得出来ないでいると、束お姉ちゃんは僕の気持ちを見透かしたかのように試合を持ちかけて来た。
あ、あれ? 心読まれた?
「顔に出てるよ?」
あー、うん、まあ良いか。
「うん、それじゃあやってみようかな」
僕は特に断る理由もなかったので束お姉ちゃんと試合をする事にした。
この後、僕は凄まじく後悔する事になる。
僕と束お姉ちゃんは防具を身に付け、竹刀を構えながら互いに向き合う。
そして面越しに目があった瞬間に束お姉ちゃんから凄まじいプレッシャーを感じた。束お姉ちゃんはいつもの温厚な雰囲気とはうって変わってまるで抜き身の刀の様な空気を漂わせていた。
な、なにこれ、体が重い……
僕は知らないうちに大量の冷や汗をかいていた。
怖い、怖い、怖い。
死ぬ、死ぬ、死ぬ。
竹刀を握っている手が震え、奥歯が噛み合わずガチガチと音をたてる。
僕は恐怖心のあまり知らず知らずのうちに後ずさっていた。
「ありゃ、私の掛けたプレッシャーにすくんじゃったか。流石にいっくんにはまだキツいか。まあ気を失わなかっただけ良かったとするべきだね」
束お姉ちゃんが何か言っているが今の僕にはそれを聞いている余裕は無かった。
「それじゃあ何時までもこうしていてもしょうがないし、早速始めようか」
束お姉ちゃんはそう言うと一瞬で間合いを詰めて上段から竹刀を降り下ろしてきた。
は、速すぎる!?
「うぐっ!?」
僕は束お姉ちゃんの繰り出してきた一撃を何とか受け止めたものの、その華奢な腕からは想像がつかない程の重さを持った一撃に思わずうめき声を上げた。
「おお、今のをよく止めたね?」
「な、何とか……」
そう言いつつも僕は内心とても焦っていた。
あ、危なかった……正直に言うとまた同じことをやれって言われても出来る気がしないよ。
「さあ、どんどん行くよ?」
束お姉ちゃんは笑顔でそう言うが僕はただ顔をひきつらせるだけだった。
「なかなか頑張ったみたいだけどもう終わりだね」
あれから三十分間、僕はひたすら束お姉ちゃんに叩きのめされた。
「ぜぇ……ぜぇ……ごほっ」
結果、僕は床に倒れ込んだまま荒い息を繰り返していた。
も、もう無理、死んじゃう…………
「……話はまだ無理そうだね」
「ねえ、束お姉ちゃん、僕がやってきた事は無駄だったのかな?」
休息を挟んで少し落ち着いた僕は束お姉ちゃんに思っていた事を聞いた。
「いや、無駄じゃあないんじゃないかな。いっくんにとって箒ちゃんや他の門下生の子達と過ごした時間は無駄だったかい?ここで過ごした時間は、織斑一夏にとって決して意味の無いものじゃなかった筈だよ」
僕の質問に対して束お姉ちゃんは防具をはずしながらそう答えた。
「どうすれば千冬お姉ちゃんや束お姉ちゃんの様に強くなれるのかな?」
「いっくんが篠ノ之流剣術を修められればあるいは私達に届くかもしれないね」
束お姉ちゃんはなんでもないかのように言った。
僕はその言葉に目を見開いて、じゃあ、と続けようとすると、
「でもッ!! いっくんじゃ篠ノ之流剣術は修められない」
「ど、どうしてさ!?」
僕は新たに見つけた希望を再び砕かれたと思い、半ば叫ぶように聞き返した。
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いっくんの言うことは最もだった。そりゃやっと新たな道が見えたと思った所でこんな事を言われれば誰だって叫びたくもなるだろうね。でもこれはちゃんと説明しておかなくちゃいけない。
「剣術は剣道と違って命に関わる事もあるからさ。いっくんが篠ノ之流剣術を修めようとすれば十中八九、命を落とす」
私はいっくんに剣術はとても危険である事を告げながら、いっくんに"これ"を見せようと思い、自分の服に手を掛けた。
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「それは剣術が剣道と違って命に関わる事もあるからさ。いっくんが篠ノ之流剣術を修めようとすれば十中八九、命を落とす」
束お姉ちゃんは僕にそう言いながら自分の服に手を掛けた。
ええ!? ちょっ!? まっ!?
突然の事に僕は顔を赤らめながら束お姉ちゃんに声をかけるが、
「た、束お姉ちゃん!? 何をして…………ッ!?」
僕は言葉を途中で切った。いや、切らざるを得なかった。僕の目に束お姉ちゃんの右肩から左の脇腹にかけて走る一本の大きな傷が目に入ったからだ。
「この傷は篠ノ之流剣術を修める途中でついたものさ。実際、後数ミリ深ければ束さんは死んでいたそうだよ」
僕は言葉を返せないでいると、
「私はいっくんが命を落とす事は望まないからこそいっくんに剣術を勧めないのさ」
束お姉ちゃんは服を直しながらそう言った。流石にあの傷を見て束お姉ちゃんの言うことに疑問を挟む気にはなれなかった。
「それなら僕はどうすれば良いんだろう……、強くなるのは諦めなくちゃいけないのかな……」
僕がそう呟くと束お姉ちゃんは僕に、
「ねえいっくん、ちょっとこれを使ってみてくれないかな?」
そう言いながら僕にあるものを手渡して来た。
それは二メートル程の木製の槍のような物だった。
「いっくんはそれが何か知っているかな?」
「ううん、知らない。槍とは違うの?」
束お姉ちゃんの質問に僕はそう答える。
「少し違うね。それは薙刀と呼ばれるものさ。実物のイメージは小太刀程の刃を備えた槍を思い浮かべれば良いよ」
束お姉ちゃんは僕の疑問に対してそう答えた。
「さあいっくん、ちょっとそれを振るって見てくれないかな?」
「うん、分かった。でも疲れてるからほとんど力が入らないよ?」
僕は束お姉ちゃんにそう言うと、
「むしろ余計な力が入らないからちょうど良いんだよ。というか私が何の為に試合をしたと思うんだい? ほら、構え方はこうだよ」
束お姉ちゃんは僕に構え方を教えながらそう言った。
やれやれ、束お姉ちゃんには敵わないな。
「よし、それじゃあちょっと振るってみようか」
「うん」
僕は束お姉ちゃんにそう返すと手に持った薙刀を振ってみた。すると自分でも驚くほど手に馴染むのが分かった。僕はそのまま薙刀を振り続けていた。
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「束、一夏君に薙刀を教えるのか?」
薙刀を振るういっくんを眺めていた私に奥からやって来たお父さんがそう聞いてきた。
「うん、さっきの試合で確信したんだけど、やっぱりいっくんには長柄の物に対して大きな才能がある」
私はそうお父さんに言うと、
「どうやらそのようだな。一夏君が剣道をしていた時にはあんなに楽しそうな表情はしていなかった」
「だからきっと薙刀が一夏君の求めていた答えなのだろう」
お父さんはいっくんを眺めながらそう呟いた。
「束、私は剣道を箒や他の門下生に教えなければならない。だから一夏君の指導はお前がやりなさい」
「うん、分かった。いっくんの指導は私がやるよ」
「ああ、頼んだぞ」
お父さんはそう言うとまた奥に戻って行った。
しかしいっくんが元気だとやっぱり私は嬉しいらしい。薙刀を振るういっくんを眺めながら私はそう思った。
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