5/17 加筆修正を行いました。
僕が竹刀ではなく薙刀を振るうようになってから一月が経った。
篠ノ之道場の師範である柳韻さんは剣道の指導をしている為、僕の指導はこの道場の師範代である束お姉ちゃんが務める事になった。
やはり剣道を二年以上続けていたせいか、僕には剣道のクセがかなり付いていた為、僕は再び素振りと足運びを繰り返していた。
束お姉ちゃん曰く、まずは剣道のクセを消すことから始めないとね、だそうだ。僕は以前、基礎は疎かにしてはならないと言われていたのでひたすら基礎を繰り返していた。
箒や他の門下生の皆は僕が竹刀ではなく薙刀を振るうと知ると皆は様々な反応を見せた。何で薙刀に変えたのか、もう剣道はしないのか、薙刀はどんな感じか等、色々聞かれた。
特に箒は僕がもう剣道をしないと知ると誰が見ても分かるほど寂しそうな顔をしていた。
僕はその数日後、束お姉ちゃんに箒と話をしてほしいと頼まれた。何でも、箒は僕が剣道を辞めたのは自分のせいだと思っているそうだ。これは私ではなくいっくんが話さないといけないから、と言われれば話をしない理由はなかった。
(僕だって友達が悩んでるのは嫌だしね。その悩みには僕も関わってるわけだし)
稽古の休憩中、僕はそう思いながら箒の所に行った。
僕が箒の所に行くと、箒は同じ門下生の子と試合をしていた。
だが箒の太刀筋にはついこの間までは確かにあった鋭さは全く無く、今の箒なら僕にも負けてしまうであろう事が分かるほどだった。
だがその時はまだ相手とは互角に戦えていたが僕の姿を見た瞬間、目に見えて動きが悪くなった。そして相手に体勢を崩された所に胴を打たれ、箒は負けてしまった。
箒は試合後、俯いたまま外に出ていった。
僕は話をするなら今かなと思い、箒を追いかけた。
僕は外に出て箒を探していると少し離れた場所にしゃがみこんでいるのを見つけた。
僕は「箒」と声をかけると箒は、ビクッと身体を震わせた。
「い、一夏。どうしたんだ?」
箒はゆっくりと振り向きながら聞き返してきた。
その顔には隠しきれない焦りが見てとれたが。
「ちょっと話がしたいんだけど良い?」
僕は箒に話がしたいと告げると、
「き、今日の稽古が終わってからでも良いか?」
と言ってきた。僕は少し考える時間が必要なんだろうと思い、
「うん、分かった。じゃあ稽古が終わった後、道場に居てね」
そう言ってその場を離れた。
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私は先ほどの試合で負けてしまった事に落ち込んでいると後ろから一夏が声をかけてきた。
私は一夏が剣道を辞めてから一夏と話すことを避けていた為、返事に少し詰まってしまった。
すると一夏が、「少し話がしたい」と言ってきた。
私はその言葉に心臓をわしづかみにされた気分だった。私は一夏に、
「き、今日の稽古が終わってからでも良いか?」
と、半ば逃げる様に答えた。そう答えた私に一夏は、
「うん、分かった。じゃあ稽古が終わった後、道場に居てね」
そう言って道場に戻って行った。
一夏が道場に戻っていくのを見送ると私はその場にへたりこんだ。
心臓をわしづかみにされた様な感覚はまだ消えてはいなかった。
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僕は箒と稽古の後、話をする約束をすると束お姉ちゃんの所に向かった。僕は束お姉ちゃんに稽古が終わった後、箒とここで話をする事を伝えると、
「そっか。ならお父さんには私から話しておくよ。いっくん、箒ちゃんの事、よろしくね」
僕は束お姉ちゃんに、分かった、と返事をすると、
「ありがとう、いっくん。さあ、そろそろ続きをしようか」
そして僕は稽古を続けた。
そして今日の稽古を終えた後、僕は道場で箒を待っていると少し遅れて箒がやってきた。
「すまない、少し遅れた。それで一夏、話とは何だ?」
箒は僕にそう聞いて来た。ここで僕は考えていた事を実行する事にする。
「ねえ箒、話の前にちょっと僕と剣道で試合をしようよ」
話があると言われてやってきた私に、一夏は剣道の試合をしようと言ってきた。私は一夏の真意を図りかねていると、
「大丈夫、束お姉ちゃんにはちゃんと言ってあるから」
一夏は私にそう言うと防具を着け始めた。
考え事をしているうちに逃げ道を潰された私は分かったと答え、防具を着け始めた。
僕達はお互いに防具を着け終えて竹刀を構えながら向き合い、
「それじゃ、始めようか」と言い、箒に向かって駆け出した。
僕は箒に対して上段から竹刀を振り下ろすと箒は少し下がりながらも僕の一撃を受け止めた。すると箒はようやく目が覚めたのか僕に対して上段から打ち込んで来た。
だがやはり箒の一撃には以前の鋭さはなかった。
僕は箒の打ち込みを軽く受け流して体勢を崩すと箒の胴に打ち込みをかけた。箒は辛うじて僕の一撃をかわすと、再び僕に向かって突っ込んで来た。
僕は先程と同じように攻撃を受け流し、箒に打ち込む。何度か同じやり取りをしていると箒は僕に対して今度は頭部や胴、小手に連撃を繰り出して来た。しかし連撃となった事で唯でさえ精彩を欠いた打ち込みが更に雑になり、僕は余裕を持って捌いていった。
しばらくすると攻め疲れたのか箒は膝を着いた。
「箒、君は僕をバカにしてるのか?」
僕は膝を着いた箒にそう問いかけた。
僕は箒のあまりにもひどい太刀筋にいつの間にか苛立ちを募らせていた。
「そんな訳無いだろう!!」
息を切らしながら箒は僕にそう言う。
……ふざけるなよ?
ここで自分の中で何かが切れた。
「だったらそのひどい打ち込みは何なんだ!!」
「それが全力? この間までの鋭い太刀筋はどうした!!」
「以前の君なら僕なんて簡単に倒せた筈だ!!」
「そんな打ち込みじゃ同じ門下生はおろか今の僕にすら届かないぞ!!」
僕は我慢出来ずに箒に対して捲し立てた。
「…………ら、」
「だったらどうすれば良いんだ!? お前は私のせいで剣道を辞めたんだろう!?」
箒は涙を浮かべながら叫ぶ。
「それは箒のせいじゃない!! 剣道を辞めたのも、薙刀を始めたのも自分で決めた!!」
箒の強さはこんなものじゃない。
こんな所で立ち止まってほしくない。
「だ、だが……」
「ならこれからずっと負ける度に僕を言い訳にするつもりか!?」
僕は面を脱ぎ捨てながらそう叫んだ。僕は涙を流している事に気付いていなかった。
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私は最初は一夏が怒っていると思っていた。
「ならこれからずっと負ける度に僕を言い訳にするつもりか!?」
面を脱ぎ捨て涙を流しながら叫ぶ一夏を見て、私は一夏が怒っているのではなく悲しんでいるのだと気付いた。
私はそんな勘違いをしていた自分が恥ずかしくなった。
「そんなつもりは無い‼……だが私にはどうすれば良いのか分からないんだ……」
さっきの勢いもどこか消え失せ、私は掠れる様な声を漏らした。
「なら誰よりも強くなれ!! 千冬お姉ちゃんや束お姉ちゃん、柳韻さんにだって負けないほど強くなれ!!」
「君は僕を越えて行ったんだ!! そしてこれからもたくさんの人を越えていけ!! そして自分が乗り越えた人達に自分はここまで強くなったと胸を張れるようになれ!! ………………君にはその力があるんだから」
一夏は私にそう告げる。
私は一夏の言葉に迷いを完全に吹き飛ばされた。
そして私は思った。
もう一度、一夏を越えよう、と。
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「一夏、頼みがある」
箒はさっきとは違って迷いの無い目をしながら僕に聞いて来た。
「何?」
僕は箒に聞き返す。
「もう一度、私と試合をしてくれないか?」
「……うん、さっきより良い目になった。もちろん、良いよ」
今の箒なら断る理由など無い為、僕は引き受けた。
「ありがとう。さあもう大分暗くなってきた、早くやろう」
箒は僕の返事にホッとした様子だった。
「そうだね」
僕達はそんなやり取りをしながらお互いに竹刀を構える。
そして迷いを捨てた箒は以前を越えるほどの鋭さを持った一撃で僕を倒した。
「一夏、私は誰よりも強くなってみせる」
試合の後、箒は僕の目をまっすぐ見ながらそう言い、
「勿論あなたにもですよ。姉さん」
更に陰からずっと僕達のやり取りを見ていた束お姉ちゃんに対して啖呵を切った。
束お姉ちゃんは陰から出てくると、
「ふふ、そうかい。その時を楽しみにしてるよ。でも箒ちゃん、強さの意味を見失わないようにね。いっくんもだよ?」
僕達は無言で頷く。
「うん、そんな君達にこの言葉を贈ろう」
「"力無き意思に意味は無く、意思無き力に価値は無い"いっくんも箒ちゃんもこの言葉を忘れないでね」
束お姉ちゃんは僕達に対して応援の言葉と共に忠告の言葉を送った。
この言葉は今後の僕達にとってとても大きな意味を持つ事になった。
読んでいただきありがとうございます。