青に白が混じった空から視線を下げると、そびえたつビル群が目に入る。その下を、サラリーマン風の会社員や、子供を連れた母親、遊びに来ている若者たちの姿が、それぞれの目的の場所へと歩みを進めていた。どこにでもある、都会の風景だ。
それを白いベンチに腰掛けて眺めている少年が一人。鶏と重ねてしまいそうな奇抜な形をした茶色い髪と、額にかけている緑がかかったゴーグルが妙に似合う。整った顔をしかめ、藍色の半ズボンのポケットから四角い機械を取り出した。ハンターVGと呼ばれるそれに映る4つの数字を確認し、ため息をつく。
「仕事が長引くってメールがあったろう」
「分かってるよ。でも、ロックだって待つのは嫌だろ?」
「お前の場合、嫌なのは待つ事じゃなくて、会うのが待ち遠しいってことだろうが」
「ち、違うよ!」
手に持ったそれにロックと呼びかけ、短い会話を返す。はたから見れば危ない人の会話に見えるだろうが、そんなことは無い。この220X年を生きる人には当たり前の光景だ。
しかし、誰もがこの機械に名前を付けているわけではないし、これがしゃべるわけでもない。
会話を持ちかけたのはその中の住人だ。
「かぁー! かぁわいいねぇ~!」
携帯端末の役割を果たすそれから青い光が飛び出てたと確認した一瞬後には、それは一個の形へと姿を変えていた。
角ばった狼のような顔に肉食獣を思わせる獰猛な口を取り付け、ライオンのような鬣が緑色に波打つ。長い腕の先には触れるだけで怪我をしそうな自慢の爪が取り付けられている。見るからに好戦的な姿をしたそれは、からかうように少年の肩を小突く。
「本当にお前は嘘がつけねぇよな~スバル~?」
「ぅ~っ!」
着ている長袖の服よりも真っ赤になった顔でロックと呼んだその青い存在を睨みつける。今は誰もが持っている自分の相棒、ウィザード。スバルにとっては、このウォーロックがそれだ。
「暇だからって僕をからかわないでよね!」
「だ~って本当に暇なんだ。しょうがねぇだろ。憂鬱だしよ~」
「しょうがなくない! ……って、憂鬱?」
今度はロックがため息をつき、スバルが質問をかけた。
「お前があの女と遊んでいる間、どうせ俺はあいつに付き合わされるんだ」
「ああ、なるほどね。僕は助かるけれどね~」
「おいこら! それが何度も一緒に死線を潜り抜けてきた相棒に言う言葉か!」
「はははっ!」
ちょっと本気で怒ったロックに意地悪な笑みを返した。さっきと逆の立場だ。これがいつもの二人。ロックマンとして共に闘ってきた、スバルとウォーロックの姿だ。
ひとしきりのやり取りが終わり、スバルはもう一度ハンターVGに目をやる。急に時間が進むわけでがない。ただ、過ぎゆく時間を惜しむ気持ちが彼をそうさせた。
「せっかく時間が取れるって言ってたのに」
「仕事が仕事なんだろうが、いくらなんでもこれはねぇだろうが」
スバルは残念そうに、ウォーロックはいらだつように、ため息をついた。
座っていることに疲れ、気を紛らわそうと宙に浮かぶ近くのCM用ディスプレイに足を運ぶ。次々と変わって行くそれは、ただじっと座っている事に比べればはるかに気を紛らわせてくれた。
何度か画面が切り替わると、ピンク色の髪にこぐまのようなフードをかぶったかわいらしい少女が映し出される。
「あ、ミソ……」
「だ~れだ!?」
突然視界を奪われ、代わりに柔らかい温かみが両目を覆った。
「びっくりさせないでよ、ミソラちゃん」
「だから~違うよ」
名残惜しそうに両手を下げた相手にゆっくりと振り返る。
大きめの白い帽子に、それによく合う花柄のワンピースを身にまとった、自分と同い年の少女は頬を膨らませていた。
「本当に、スバル君ってふざけるの苦手だよね?」
「そうかな?」
先ほどのウォーロックとのやり取りを思い出しながら首を傾げた。
「それより、今映ってたよ?」
「あ、ホント?」
スバルの指さすディスプレイには、手にした商品の名を口にながら笑みを振りまく自分の顔があった。
「う~ん、やっぱり恥ずかしいな」
「ドラマでもっとすごいことしてるのに?」
「言わないでよ~。前回のあれは……その……」
「ん?」
「なんでもないよ! それよりごめんね。遅くなっちゃって」
「良いよ。お仕事なんでしょ?」
ふくれっ面から謝罪の表情へと器用に変化させる。女優の実力の片りんに感心しながらも、スバルは気にしないでと手を軽く振る。
スバルと親しく話すこの少女の名は響ミソラ。二人の会話から分かるようにアイドルだ。それも、11歳ながら国民的人気を誇っている。そんな彼女は、実はスバルと交際している恋人である。
今日は仕事が早く終わる予定だったため、スバルとこの場所で待ち合わせをしていた。
「今日はもう仕事無いんだよね?」
「あ、それが……」
「え?もしかして……」
スバルの嫌な予感をミソラは肯定した。
「だから、夕方にはここを出なきゃだめなの。本当にごめんね?」
「気にしないでよ。少しは遊べるんでしょ?」
がっかりした表情は隠せないが、彼女の仕事に振り回せれる事に慣れてしまったのも事実。すぐに気持ちを切り替えた。今は彼女とすごせる貴重な時間なのだから。
「じゃあ、行こうか。時間がもったいないよ」
「うん、行こう! ……スバル君と遊べるの、ずっと楽しみしていたんだから……」
「ぼ、僕もだよ」
「ふふ!」
照れくさそうにするスバルの手を取ってミソラは駆けだした。
手を引っ張る彼女の笑顔に、赤くなっている自分を自覚しながらスバルも後に続いて走り出した。
「あの野郎、俺のことすっかり忘れていやがる」
「ポロロン。二人きりにさせてあげましょ?」
近くのビルの屋上に連行された彼は、不愉快そうに相棒ともう一人の少女を見送っていた。