クレープを食べ終えた二人はしばらくそのまま休んでいる。大量のクリームがスバルに与えたダメージは予想以上に深刻だった。まだ口のどこかにクリームが残っているかと疑うがどこにもない。残っているのは気だるい甘味の侵食した後だけだ。
「あ、スカイボード!」
ミソラが指さした先には、色とりどりのスノーボード状の板に乗り、空を駆けている3,4人のグループが見えた。
「気持ち良さそうだね?」
「ミソラちゃんもやってみる? 確かレンタルできるところあったけど?」
待っているときに見たCMディスプレイの映像を思い出した。ここからすぐ近くにあるはずだ。
見ておいてよかったと自分の行動をちょっぴり称賛した。
「でも、私やったことないよ?」
「大丈夫、僕は少しだけやったことあるんだ。教えるよ?」
「へ~、いつやったの?」
「あ……」
ロッポンドーヒルズでの苦い記憶が蘇った。こみ上げてくる恥ずかしさが、彼女を見据えることを邪魔し、地に移す。
「ねえねえ、どうしたの?」
対し、まっすぐに見つめてくる綺麗な瞳。さっきの称賛は非難に代わり、しまったと頭を抱え込んだ。吸い込まれそうなそれにごまかしきることなど、嘘が苦手なスバルには到底無理な話だった。
「ふ~ん」
いつもどおりの優しい笑顔だ。CMやドラマの作り笑いとはオーラも違う。本当に笑ってくれたときに出せるものだ。日本中のファン達の心を捉え、自分に恋を教えてくれた、あの笑い方だ。小学生とは思えない貫禄を醸し出す、コダマ小学校の生徒会長とも違う。彼女のようなどす黒いオーラも、憤激の圧力も一切ない。
今目の前にあるのは、自分に向けて送ってくれる、自分を勇気づけてくれた笑顔だ。なのになぜ自分は怯えているのだろう。彼女への申しわけなさなのだろうか? それとも、予想に反して、「怒り」の「い」の字も見せないからだろうか? 万人を魅了する嫋やかな微笑みから目が逃避の道を選んでしまう。
「優しいんだね?」
「ふぇ? 何が?」
予想の真逆に位置する言葉だった。
「だって、そのお兄さんのためにやりたくもないナンパを必死でしたんでしょう? そんなぶっとんだことを誰かのためにするなんて、スバル君ぐらいにしかできないよ?」
「褒められてるのかな、それ?」
「もちろん、褒めてるよ?」
「なんかけなされたような気が……」
最後はぼそぼそと言ったが、ミソラには聞こえていたようだ。クスクスと口元を抑えている。
「そのナンパってどういうふうにやったの?」
「いや、どうって。えっと……」
「私にやってみてよ?」
「ええっ!?」
今度は予想をはるかに上回る単語が飛び出た。
自分がミソラにナンパする。
そんな現場を見られ、彼女の正体がばれたら、ほぼ確実に国民の9割から袋叩きにされるだろう。
「えっと……やるの?」
「うん。さ、私をナンパして!」
じーっと見つめてくるミソラが眩しいぐらいに可愛い。その彼女にあんな言葉を吐くという恥辱心が沸き上がり、喉が締め付けられる。だが、テーブルに身を乗り出し、好奇心に満ちた目が寄せられる。好きな女の子にそれをされて断れる男などいない。
どうにでもなれ
たった7つ文字がスバルの意を決めた。
親指から中指までを軽く広げる。
「待ってました! スバル君のナンパ劇場、始まり始まり!」
無理やり上げられるハードルには無視を決め込んだ。今の勢いを緩めたら、やりきる自信はない。
拍手を送るミソラに広げた指を向けるとパチパチという音も消えた。
「ヒューヒュー! 君の好みってどんなかんじぃ~? ヒューヒュー!」
「っ!」
「えっ? ミソラちゃん!?」
奇怪な声を上げ、体を抱え込んだ。頭は膝まで下がり、かぶっていた帽子も落ちてしまう。それを拾おうともせず、ただお腹を押さえこみ、じっと黙ってしまった。
「もしかして、お腹痛いの? クレープのせい?」
ミソラに限ってはまずあり得ない理由が頭をよぎる。でも、もしかしたら口にしてはいけない物が混じっていたのかもしれない。慌てて彼女に駆けよって、しゃがみ込む。
「大丈夫?」
「……ない」
「え?」
否定の言葉、スバルは息をのんだ。
「まさか……」
「に……てない」
「似てない? 何が?」
「似合ってないっ!」
「……え?」
「似合ってないよ~! あはは!」
がばりと上げた顔は笑っていた。涙が目の端に浮かんでいる。
「スバルきゅんにわら、アハハハハハハ!!」
途中からろれつが回っていない。今の彼女を見たら、トップアイドルだと気づけないほどの大笑いだ。
完全にツボにはまったらしい。お腹を抱え、テーブルに顔を伏し爆笑している。
「ハッ、ハハ! ご、ごめんね? ぷふ! スバル君が……ハァハァ、あの台詞、似合ってないんだもん! ハハハハハ!」
呼吸すら危うくなってきているらしい。ぜぇぜぇと空気を吸い込みながら、いまだに笑い続けている。
そんなミソラの隣であいまいな笑みをスバルは浮かべていた。
彼女を笑わせることができたのならこの結果は喜ぶべきだろう。あのときのように、白い目で見つめられるよりよっぽどましだ。
しかし、これだけ笑われると話は変わってくる。
目の前でいまだに爆笑している恋人との温度差がさびしさを感じさせる。
そして、少年は胸に誓う。
もう二度としない