スカイボードのレンタル店に着いた。近くに来るまでは少し迷いそうになったものの、その店はすぐに見つけることができた。周りの店とは一味も二味も違う派手なカラーリングには嫌でも目を奪われる。
「いろんな種類あるね? どれが良いのかな?」
「う~ん、どれかな?」
スカイボードと一口に言っても、種類は様々だ。スピードがでやすいものもあれば、カーブしやすいもの。安定性の高い初心者向けのボードもあれば、繊細なコントロールが要求される上級者向けの物まである。
とにかく、種類が多すぎるのだ。数回経験しただけのスバルには知識が足りなさすぎた。安請け合いしてしまった事を後悔してしまう。
結局、店の主人の薦めで、二人乗りのボードを選ぶことにした。ちょっと陽気な店長で、その際にからかわれてしまった。二人が顔を真っ赤にしたのは言うまでもない。
建物に沿って、二人と一枚の影が踊る。その影の主はビル群の間を縫うように道なき空を滑って行く。
「わぁ~、気持ち良いっ!」
「ね? やってみてよかったでしょ?」
「うん!」
店長が選んでくれたボードは初心者向けだった。大したスピードも出なければ、鋭いカーブを描くこともできない。
しかし、安定感だけは抜群だった。横風にあおられても揺れが少なく、幅広いボードにしっかりと足をつけていることができた。流石に、強すぎる風には対応できないだろうが、充分だ。
今、スバルは後ろからミソラの腰に両手を置き組んでいる。後ろから抱き締めている状態だ。
これが一番安定感のある乗り方らしい。この乗り方を教わった時は恥ずかしかったものの、今はなれてしまっていた。
指導してくれているときの、店長のいたずらっぽい笑みに今は感謝している。なんてことはミソラには言えない。
そしてもう一つ。後ろというポジションがスバルにあるうれしいシュチュエーションを与えていた。
スカイボードは意外と目立つ。ミソラは余計に変装を解くわけにはいかず、片手で帽子を押さえている。はみ出した髪が風になびき……スバルの鼻をくすぐっていた。
(こそばいような、かゆいような……)
それに加え、ミソラの甘い香りと、温かさを全身で感じてしまっている。バクバクとなっている心音がばれないように、さりげなく左胸を彼女の背中から離していた。そのため、ちょっと立ち方が不自然だ。
「こ、こういうのってさ! なんか……新鮮だよね!?」
おしゃべりで気を紛らわそうとするが、舌が回り切っていない。
「うん……? そうだね! 新しい曲のインスピレーションになるかも!」
不自然なスバルに首をかしげながらも、もう片方の手をめいいっぱいに広げ、風を全身で受け止める。
そっと目を閉じ、日に照らされる白い肌が、どこか神秘的な魅力を醸し出していた。腕に込めたくなる力を理性で無理やり抑え込む。けど、腕よりも目ははるかに正直だ。男女問わずに人を惹きつける彼女の笑み。その横顔から目が離せなかった。
そんなスバルに気づき、ミソラも薄く眼を開き振り返った。
すぐ近くに愛する人の顔がある。二人の呼吸が重なり合う。
鈍感なスバルも気付いた。彼女も同じ気持ちだということに。
もう何も見えない
車の音
人々の賑わい
都会が奏でるそれも何一つ耳に入らない
感じるのは呼吸音と体温
互いの存在のみ
二人だけの時間
惹きつけられる
愛する人との二人だけの時間
惹きつけられないわけがない
引き寄せられる
翡翠のような瞳に
近づいて行く
縮まって行く
二人の距離が
「あ……」
場違いな音が二人を引き裂いた。ミソラはそれをとりだし、すぐに切る。ディスプレイを確認し、がっかりしたその顔からスバルも意味を察する。
「時間……なんだね?」
「……うん」
二人の時間が終わりを告げた時だった。
「戻ろうか?」
もっと一緒にいたい。もっとこの時間を……
けど、そのために皆の時間をつぶすわけにはいかない。責任感の強いスバルはすぐにスカイボードの先端の向きを変えようとする。
「待って!」
「ん?」
「もうちょっとだけ……」
「けど、仕事は……」
「お願い……このままでいさせて」
ミソラがわがままを言うことはめったにない。それを言うのはよっぽどのことだ。
スバルは黙って腕に力を込めた。引き寄せられた胸にミソラも顔をうずめるように押し付ける。
「しょうがないな。ちょっとだけだよ?」
「ありがと、スバル君」
ちょっとだけ
その言葉通りの時間で二人の気持ちが済むことは無かった。
もう少し、もう少しだけ。
傾いて行く光を、二人は黙って見つめていた。この一秒一秒をかみしめるように。