精霊だってお休みしたい   作:家臣さん

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第4話 血に濡れた決闘

“北条 聖奈”という女。最強の名を恣に戴く彼女は、常勝ゆえの威厳を超然と誇示し続ける。対する三沢はそんな彼女に対し、暫く茫然自失の状態に陥っていた。

しかしプロの道へ進むとなればこのような修羅の道は序の口。一挙一動に責任が伴うプロデュエリストの世界を疑似体験しているような感覚と言えば適当だろうか。三沢の武者震いは、ギャラリー席で手すりから身を乗り出して観戦する十代にもひしひしと伝わっていた。

 

「うっひょー! 羨ましいぜ三沢! あんな強ぇデュエリストといきなり戦えるなんて!」

 

もしこの男が三沢の立場なら、彼女の覇気は十代の原動力へと作用するに相違いない。そして内側から込み上げる言いようの無い感情は彼だけでなく、志雄も共有している。

 

「俺のターンです……手札から《ユニゾンビ》を召喚」

 

《ユニゾンビ》チューナー

星3/闇属性/アンデット族/攻1300/守 0

「ユニゾンビ」の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。

(1):フィールドのモンスター1体を対象として発動できる。手札を1枚捨て、対象のモンスターのレベルを1つ上げる。

(2):フィールドのモンスター1体を対象として発動できる。

デッキからアンデット族モンスター1体を墓地へ送り、対象のモンスターのレベルを1つ上げる。この効果の発動後、ターン終了時までアンデット族以外の自分のモンスターは攻撃できない。

 

 

互いに肩を組む2体のゾンビが、全く持って調和しない歌を歌う。声質も音程もとても人間の耳で聞けたものではない。人とアンデッドの価値観の違いが見て取れる。

 

「効果を発動。デッキから《馬頭鬼》を墓地へ送り、自身のレベルを1上昇」

《ユニゾンビ》 レベル3→4

 

「シンクロのギミックも備えるか」

「……《馬頭鬼》の効果を発動。自身を墓地から除外することで、墓地の《冥界の麗人 イゾルデ》を蘇生させます!」

 

何度でも墓地から蘇生するのが、アンデット族の強み。これでシンクロ素材が再び揃うことになる。加えてどちらもレベル4であり、エクシーズの素材としても使用できる。《ダーク・エンド・ドラゴン》の低下した攻撃力ならば、戦闘で破壊した後に盤面を整えることすら朝飯前だ。

 

「浅慮だな。その程度で我が首をとれると?」

「え――」

 

撫でるように唱えるように。

 

現世(フィールド)だけならず。地獄(墓地)さえも支配してこそ王者。違うかの。永続罠――《暗黒の瘴気》発動」

 

 

《暗黒の瘴気》

1ターンに1度、相手の墓地のモンスター1体を選択して発動できる。手札から悪魔族モンスター1体を捨て、選択したモンスターをゲームから除外する。

 

 

どろりと立ち込める瘴気は三沢のデュエルディスクの墓地へと吸い込まれていく。というよりは自らが意思を持って入り込んだという方が表現としては正しい。忍び寄る魔の手に、三沢は焦燥を隠せないでいた。

 

「手札の《暗黒界の術士 スノウ》を捨て、貴様の墓地に存する《冥界の麗人 イゾルデ》を除外。これにて《馬頭鬼》の効果は不発」

「くっ……!」

 

三沢による第二の策、これも容易く潰された。それに加えて聖奈は手札を整える。その一切の欺瞞なき瞳は二手三手先を鮮明に見据えている。

 

「捨てられたスノウは他の暗黒界をデッキから手札に加える効果を持つ。……《暗黒界の龍神 グラファ》を手札へ」

 

召喚権は使用した。墓地からの蘇生手段は消えた。残された手は……

 

「カードを更に1枚セットして……ターン終了です」

 

相手からの攻撃に備えることのみ。

 

三沢 LP5900 手札2

□□■□□ 《ユニゾンビ》

□■■□□ 伏せ2

 

「私のターン」

 

デッキからのサーチにより、彼女の手札の内2枚は既に判明している。問題は、どちらも油断ならない効果を持ち合わせていること。残りの未判明2枚と合わせて考えれば、三沢の感じた嫌な予感も現実味を帯びる。

 

「魔法カード《手札抹殺》」

 

《手札抹殺》

お互いの手札を全て捨て、それぞれ自分のデッキから捨てた枚数分のカードをドローする。

 

 

滑らかな手つきで聖奈は自分の手札を葬った。《手札抹殺》は互いの手札を強制的に入れ替える単純なパワーカード。そしてこれにより、暗黒界と魔轟神の効果が誘発する。

 

「私が捨てたのは《暗黒界の龍神 グラファ》《暗黒界の軍神 シルバ》《魔轟神 クルス》。全てが効果を発動する。

 シルバの効果によって自身を特殊召喚。そしてクルスは他のレベル4以下の魔轟神を墓地より蘇生させる。私が選択するのは《魔轟神 レイヴン》」

 

チェーン3で相手のカードを破壊。チェーン2で新たな上級モンスターであるシルバの特殊召喚。そして最後のチェーン1によって再びレイヴンが姿を現す。

 

「貴様のセットしたカード1枚を破壊する」

 

指さしたのは、1ターン目に三沢がセットしたリバースカード。黒い渦に呑まれたそれは、音もなく消滅する。

――破壊されたのは《激流葬》。召喚に反応してモンスターを全滅させる罠だ。

 

「《ダーク・エンド・ドラゴン》の召喚に対して発動しなかったのは失策だったな。不運だったと言うべきかの」

「……」

 

魔轟神は展開を得意とするカテゴリー。行われるのは《ダーク・エンド・ドラゴン》のシンクロ召喚のみではないと三沢は踏んでいたが、ともすればそれも読まれていたのか。深い彼女の冷笑が三沢にそう感じさせた。

 

「場のシルバを手札に戻し、墓地の《暗黒界の龍神 グラファ》を特殊召喚」

 

《暗黒界の龍神 グラファ》

星8/闇属性/悪魔族/攻2700/守1800

このカードは「暗黒界の龍神 グラファ」以外の自分フィールド上に表側表示で存在する「暗黒界」と名のついたモンスター1体を手札に戻し、墓地から特殊召喚する事ができる。

このカードがカードの効果によって手札から墓地へ捨てられた場合、相手フィールド上に存在するカード1枚を選択して破壊する。相手のカードの効果によって捨てられた場合、さらに相手の手札をランダムに1枚確認する。確認したカードがモンスターだった場合、そのモンスターを自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。

 

 

大きな翼を広げると、鈍い黒の鎧肌は金属音のような軋みを奏でる。ホールの照明すら吸収する黒鉛の重量感は、彼女の存在感を一層際立たせた。

フィールドの暗黒界を手札に戻せば何度でも墓地から蘇生する、暗黒界のエースモンスター。

 

「レイヴンの効果を発動する。手札のシルバと2体目のグラファを捨てる。シルバを自身の効果によって特殊召喚し、更にグラファによってもう一枚の伏せを破壊」

 

破壊された2枚目のリバースカードは《奈落の落とし穴》。それを確認した後、聖奈は三度冷徹な笑みを零す。

グラファによる破壊効果をチェーン1にしたのはこれを警戒しての事。チェーン2以降でモンスターが特殊召喚されると、それに対して召喚時に発動されるカードを使用するタイミングを逃す。つまり、発動を意図的に封じるプレイングだ。

 

「シルバを手札に戻し……2体目のグラファを特殊召喚。さて、バトルフェイズに入るが――何かあるか?」

 

いくら盤石な布陣を整えたとしても聖奈は決して油断という念は見せない。窮鼠が猫を噛むように、奴隷が主人を刺し殺すように、全力で向かわねば思わぬ反撃を受けることも有り得る。故に何時如何なる時でも全力。

 

「2体のグラファ、レイヴン、ダーク・エンドで総攻撃」

「何も……ありません」

三沢 5900→0

 

三沢のデュエルディスクが表示するライフが尽きる。聖奈のライフを削ることも出来ず、モンスターを1体すら破壊することすら出来ず。立体映像(ソリッドビジョン)が消え去ると、場内には疎らな拍手が響いた。どちらも主席であり、あるのは1年という差のみ。そのうえでまじまじと見せつけられた圧倒的な実力差に、新入生たちは茫然としていた。

 

決闘が終了すると、何も話すこともせずすぐに聖奈は後ろへ向いて退場する。コツ、コツと乾いた足音が鳴った。

姿が見えなくなる直前彼女はギャラリーの方に目をやった。もう少し具体的に言えば、十代や志雄が座っている方向。

 

そして、息を漏らすように小さく呟く。

 

(……面白い精霊だ)

 

 

 

* * * * *

 

 

 

“北条 聖奈”。オベリスク・ブルー所属で2年の主席。決闘の実力も然ることながら、外見もそのカリスマ性を語る上では必要不可欠であることを痛感させる。整った容姿に紅いツーサイドアップの髪型というアイドル系のルックスが、彼女が放つ男勝りの覇気とのギャップを際立たせるのだ。

入学式でのエキシビジョン以来、暫く1年生の間は彼女の噂で持ち切りとなっていた。

 

「で、あるからシテ……この場合は先にこのカードの効果が発動しまスーノ。そして……」

 

実技担当最高責任者“クロノス・デ・メディチ”。その外見はかなりの際物だが、実力はアカデミアからも学生からも認められている。彼が担当する授業も人気であり、立ち見も殺到する程だ。

 

「これが……作用して……

 ムム……ム……!」

 

眉をピクピクさせながら、教卓に身を乗り出した。ここ最近、見過ごして置けないレベルでの私語が多発している。

 

「シャラ~~~ップゥ! ワターシの講義では私語は厳禁ナノ~ネッ! いう事を聞かぬ学生は即刻ゲラウッ!」

 

怪奇な語尾と強烈な声量で、大教室は静まり返った。それを確認すると、「フン」と一息してから再び黒板へと体を向ける。発する音は講師の声とチョークの乾いた音のみ――これこそが本来の授業の姿だ。

 

(全く困ったものナノーネ……シニョーラ聖奈のおかげで授業がままならないノーネ……ノーネ……)

 

彼女の圧倒的カリスマ性が、他の学生達を浮足立たせている。FC(ファンクラブ)も結成され、挙句の果てには「聖奈信者」などという人種すら出現した始末。しかしデュエルの腕が腕だけに、実力至上主義のアカデミアは彼女に対して口を出すことができないでいるのだ。何を隠そうこの風潮をアカデミア中に広めたのは他でもない、このクロノスなのだから。

 

(し、しかし誇り高きデュエルアカデミアの講師足るもの……デュエリストの個性を尊重せねば失格ナノーネ!)

 

極端なモンスターのステータス偏重主義は過去の悪しき風潮だった――というのは言い過ぎかもしれぬが、最近はデッキやそれを操る者の“個性”も少しずつ認められるようになってきた。それはシンクロやエクシーズといったカードの導入だけが原因ではない。時の経過は、人の価値観を劇的に変える。

 

―――――。

 

しかしそれでもオシリス・レッドの扱いは相変わらず。一日でも早くこの掃き溜めから抜け出さんと画策する学生は少なくない。

クロノスが担当するオベリスク・ブルーの授業と同様、オシリス・レッドでの教室も私語の絶えない状態だった。加えてレッド1年を担当するのは新人教員。意外と学生にはそれがばれてしまうもので。

 

「あ、あの……すみません、私語は謹んで……」

 

オシリス・レッド教養科目担当“山城 美奈樹(ヤマシロ ミナキ)”。極端にオドオドした態度は、彼女が新人だからという理由だけではあるまい。彼女が持つ元々の性格が主な原因だ。授業崩壊一歩手前。叱られないという事に味を占め、学生は彼女の講義を聞く耳を持たない。

前方の席に座る志雄は、シャープペンを片手にメモの殴り書き。……が、それも筆が一向に進まない。

 

(こんなもんなのか……アカデミアって)

 

エキシビションで見た三沢と2年主席の決闘を見て心躍った学生は多い。無論志雄もその一人で、これから出会う強敵を待ち望んでいた自分がどこかにいた筈だ。

 

(いや、オシリス・レッドが特別こうなのか)

 

右隣に座る十代は、誰が見ても一目瞭然なフェイクの仮面を頭につけて居眠り中。左隣の翔は欠伸をしつつも山城先生の言葉に耳を傾ける。

――駄目だ。このままでは腐る。十代は実技での才能と熱意が十二分に存在するから良いとしても、教室の後方で努力も何もせず遊ぶ輩と同じであってはならない。アカデミアを頼ってはならない。受動的ではだめだ。自分から高みを目指さなければ。

世間体やブランドの為だけにアカデミアへの進学を希望した学生が大半。将来を約束されているならばプロになって隆盛を極めなくても構わない。そんな風潮が、この学園には蔓延っている。

 

 

* * * * *

 

 

一面赤く染まる空に、木々の傍で伸びる影法師。今日の授業はすべて終了した。志雄たちは校舎内の購買に立ち寄り談笑中だ。

 

「今日の2限目なんだけど」

 

机の上にノートを広げ、志雄は書き留めたメモを十代達に見せる。が、その内容を理解しているのはその中でも志雄と翔のみだった。

 

「うーん……多分山城先生が言ってたのはこういう事だったと思うッス」

「まじかよ。でもそれだとこっちのカードと噛み合わないんじゃないか?」

「入門とは思えない複雑さッスね……」

 

下がっているのは学生のレベルだけで、授業内容自体は昔から変わっていないのだろうか。ならば無理してでも追いつく他ない。

 

「隼人。2人が何を言ってるか分かるか?」

「……十代も俺と同レベルなんだな」

 

「仕方ねぇ。帰りに図書館寄ってくよ」

 

その一言で、志雄は他の3人と一旦別れることになった。レッド寮ほどではないが、図書館は本校から少し離れた場所にある。

 

「やべ、暗いな。急がねえと」

 

日は沈み、辺りは黒一色となった。裏口ゆえにロクな外灯も存在しない。

本校の裏をの茂みを抜ければ図書館への近道だ。人工的な整備はないがそれなりに有名な近道であることから、多くの学生が踏みしめて出来た道がある。それに沿って行けばものの数分で到着する。

……なにも邪魔が起きなければ、だ。

 

「“朝倉 志雄”だな」

「っ――!」

 

茂みの奥から姿を見せたのは、フードを深く被った人物。闇に混じったその風貌と覗かれる左腕に装着されたデュエルディスクは、それがただの挨拶ではない事を知らしめる。

 

「なんだよ……何か用か?」

 

それに応えてはくれない。しかしその人物の返答を待つまでもなく、無意識に自分が身構えていることに気が付いた。本能が告げる。こいつは“敵”だと。

 

「話が早い。手短に言おう。君の精霊、貰い受ける」

「精霊……!」

 

“精霊”と軽々しく口にする事は容易ではない。恐れ多いから、とかではなく科学的に証明されていないからであり、世間一般に認知されているものではないからだ。最悪、精神の病とかなんとか言われかねない。

 

「全く物騒だな……ここは」

 

自分を鼓舞するように嘲笑してみせた。しかしこれが虚勢であることはもう口述するまでもない。逃げようにも、足が動かない――いや、デュエルディスクが動かない。気が付けば、自分のデュエルディスクにはアンカーが引っかかっている。

 

(どうする俺……)

 

無理矢理デュエルディスクを外して逃げるか? しかし個人情報の入力されたこれを捨ておくのもマズい。

決闘を受け、時間を稼ぐか? ここはそこまで人通りの少ない場所ではない。それが一番得策だ。

 

「「デュエル!!」」

 

志雄LP8000

??LP8000

 

「俺のターン。《召喚僧 サモンプリースト》」

 

《召喚僧 サモンプリースト》

星4/闇属性/魔法使い族/攻 800/守1600

(1):このカードが召喚・反転召喚に成功した場合に発動する。このカードを守備表示にする。

(2):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、このカードはリリースできない。

(3):1ターンに1度、手札から魔法カード1枚を捨てて発動できる。デッキからレベル4モンスター1体を特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターはこのターン攻撃できない。

 

 

「手札の魔法カード1枚を捨て、デッキから《ヴァイロン・プリズム》を特殊召喚」

 

《ヴァイロン・プリズム》チューナー

星4/光属性/雷族/攻1500/守1500

このカードがモンスターカードゾーン上から墓地へ送られた場合、500ライフポイントを払って発動できる。このカードを装備カード扱いとして自分フィールド上のモンスター1体に装備する。

このカードが装備カード扱いとして装備されている場合、装備モンスターが戦闘を行うダメージステップの間、その攻撃力は1000ポイントアップする。

 

 

暗い空に浮かぶガラスの多面体。2人のデュエルディスクが照射する光を捻じ曲げ、幻想的な輝きを放っている。

 

「レベル4の《召喚僧 サモンプリースト》に、レベル4《ヴァイロン・プリズム》をチューニング。シンクロ召喚」

 

透き通るような音と共に、青い輪は2体のモンスターを囲む。レベルは8だ。

 

「《閃珖竜 スターダスト》!」

 

男のプレイングは何かに対する義信に満ちている。プレイングの全てに自信を伴わせ、目標(ターゲット)である志雄をじっと見据えている。

シンクロ召喚されたのは白を基調とした未知なる竜。生憎志雄の人生においては初対面だ。流麗に耳を抜けていく咆哮と共に、とぐろを巻いていた竜は翼幕を広げてその全貌を露わにする。

 

《閃珖竜 スターダスト》

星8/光属性/ドラゴン族/攻2500/守2000

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

1ターンに1度、自分フィールド上に表側表示で存在するカード1枚を選択して発動できる。選択したカードは、このターンに1度だけ戦闘及びカードの効果では破壊されない。この効果は相手ターンでも発動できる。

 

 

――精霊。ニートと同じ“精霊”の感覚だ。

 

「フィールドから《ヴァイロン・プリズム》が墓地へ送られたことで、500ライフを払いスターダストに装備」

 

竜を覆うように、多面のガラスが再び出現する。繊細にして苛烈なその芸術からは触れることすら許さないという拒絶の念が見え隠れしていた。

戦闘時に限り攻撃力は3500。更にスターダストの効果によって自身かプリズムを破壊から守る。腹の立つほど抜群に作用するシナジーに、思わず志雄は苦虫を噛むような顔をした。

 

「ターン終了」

 

?? LP7500 手札3

□□■□□ 《閃珖竜 スターダスト》

□□■□□ 《ヴァイロン・プリズム》

 

 

こんな時に《強制転移》を引くことが出来れば――と、志雄は淡い期待を込めてカードをドローする。

 

「……」

 

《強制転移》どころか、手札全体を見渡して芳しくない。手札事故など珍しくもないが、このような時に限って起こられると困り果てる。

 

「俺は《ミスティック・パイパー》を召喚」

 

《ミスティック・パイパー》

星1/光属性/魔法使い族/攻 0/守 0

 

「自身をリリースして1枚ドロー。……引いたカードは《レベル・スティーラー》だ。もう一枚ドロー」

 

苦し紛れのポーカーフェイス。手札は増えたがあまりにもカードがダブついている。依然として敵意を向けるスターダストの攻撃を防ぐ手段すら存在していない。次のターン、少なくとも3500という大ダメージが確定してしまっている。

 

「……手札制限により《レベル・スティーラー》を捨ててターン終了」

 

志雄 LP8000 手札6

□□□□□

□□□□□

 

「俺のターン。そのままバトルフェイズ」

「何もなしか……」

 

モンスターを新たに展開しないのは幸運だった。とはいえスターダストの攻撃は甘んじて受けるほかない。腹に力を入れ、立体映像システムが放つ衝撃に備えようとした。

 

「スターダストでダイレクトアタック」

 

そうだ。立体映像(ソリッドビジョン)システムは、限りなくリアルに近い衝撃と迫力を体感できる最新鋭機器。現実の痛みや怪我は絶対に発生しない、安全性も当然に兼ね備えた最高の発明品だ。

――だからこそ、志雄の油断は当然のことだった。

 

 

「あ――――」

 

 

鋭利な爪が、志雄を切り裂いた。肉が切り裂かれた。これは比喩でも冗談でもない。

頭が現状を把握してくれないまま、志雄は違和感を感じる自分の横腹を摩った。

ヌルヌルとした感触。何かが濡れている。手にこびりついたのは、赤黒く染まった鮮血。

 

「ぐっ……あ……ああ……?!」

 

何の前情報もなく、何の心構えもなく、何の覚悟もなく、何の準備もなく。志雄は自らの血管を走っていた血を外へ流している。ドクドクと止め処なく――――。

目の前が真っ白になり、鼓動が緊急事態を告げるスピードで鳴り響く。

志雄はその場で膝を折り、脱力して倒れ込んだ。左腕で傷口を塞げと、志雄の本能が肉体に命令する。

 

『あ、あれ……志雄? どう……したの……?』

「なんだ……ニート……今頃起きたのか……相変わらず呑気な奴」

 

歯を食い縛りながら口元を釣り上げ、ふらふらと立ち上がった。アドレナリンのお蔭だろうか、何とか痛みを無理矢理押さえつけることが出来ている。

今だはっきりとした意味は分からないが、自分がここで敗れれば彼女は奪われるらしい。それは理不尽というもの。

いきなり立たされた窮地だが課せられた使命は理解している。簡単に零れ落ちてしまいそうな声量で、しかし確固たる意志を持って。

 

「何でもない、ただの喧嘩だ」

『し、志雄ぅ……』

「これだけ熱心に守ってやってるんだ。次は言うこと聞けこのアホ」

 

相手はニートを狙っている。関係があるか分からないが、取り敢えずはフィールド上に呼ばない方が良いかもしれない。

 

「俺のっ……ターン!」

 

振り絞るようにカードをドローした。デッキは応えてくれる。手札に引き込んだのはもう一体の志雄のエースモンスターだ。

 

「《高等儀式術》発動……! デッキからレベル1《ガード・オブ・フレムベル》を墓地へ送り、《サクリファイス》を儀式召喚!」

 

《サクリファイス》 星1/闇属性/魔法使い族/攻 0/守 0

 

「てめぇのスターダストを吸収する!」

 

《サクリファイス》攻0→2500

 

例えどんな破壊耐性の結界が張られていたとしてもこのモンスターの前では無意味。悪役が使うような風貌のモンスターだが、味方になればこれほど心強い魔物もいない。悪い意味で形容しがたいモンスターが、血を流す志雄には無敵のヒーローに見えて仕方がなかった。

 

「手札から《音響戦士 ベーシス》を召喚」

 

《音響戦士 ベーシス》

星1/風属性/機械族/攻 600/守 400

1ターンに1度、フィールド上に表側表示で存在する

「音響戦士」と名のついたモンスター1体を選択して発動する。

エンドフェイズ時まで、選択したモンスターのレベルを手札の枚数分上げる。

また、自分の墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事で、自分フィールド上に表側表示で存在する「音響戦士」と名のついたモンスター1体のレベルをエンドフェイズ時まで手札の枚数分上げる。

 

 

「ベーシスの効果発動。手札の枚数……4枚分のレベルを上昇」

《音響戦士 ベーシス》レベル1→5

 

「更に墓地の《レベル・スティーラー》の効果発動。ベーシスのレベルを1つ下げ、自身を特殊召喚」

 

シンクロを行えるのは相手だけではない。相手を傷つける能力などないが、相手のライフを削る事は無論可能。

 

「レベル1の《レベル・スティーラー》に、レベル4となった《音響戦士 ベーシス》をチューニング。シンクロ召喚! 《幻層の守護者 アルマデス》!」

 

《幻層の守護者 アルマデス》

星5/光属性/悪魔族/攻2300/守1500

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

このカードが戦闘を行う場合、相手はダメージステップ終了時まで魔法・罠・効果モンスターの効果を発動できない。

 

 

「2体で……ダイレクトアタック!」

「……」

?? LP7500→2700

 

ライフ差は逆転した。さっさと終わらせて医務室へ行かねば、そろそろアドレナリンが切れて激痛が走ってしまうかも知れない。そうなれば決闘どころではなくなってしまう。

 

「メインフェイズ2。俺は――」

『志雄』

「……なんだ。また勝手に何か仕出かすつもりか」

『逆だよ。アタシを召喚して』

「あ……?」

 

別人かと錯覚する声色と態度の変化に、志雄は思わず言葉を失った。ついこの間までフィールドゾーンに親でも殺されたように召喚されるのを嫌っていた精霊が、今やフィールドに素材が揃っていないにも関わらず場に出せと。

 

『一応、マスターに何かあったらアタシも困るの』

 

出すべきか否か。今の志雄に迷っている余裕も時間もなかった。肉体が「さっさとしろ」と急かしている。

 

「……アルマデスのレベルを1つ下げ、《レベル・スティーラー》を再び蘇生。更に手札から《ジェスター・コンフィー》を特殊召喚。2体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築……《シャイニート・マジシャン》!」

 

ランク1/光属性/魔法使い族/攻 200/守2100

 

「カードを1枚セットしてターン終了」

 

志雄 LP4500 手札2

□■■■□《幻層の守護者 アルマデス》《シャイニート・マジシャン》《サクリフアイス》

□□■□□

 

「俺のターン。《ブラック・ホール》を発動」

「……っ! 速攻魔法《禁じられた聖槍》を《シャイニート・マジシャン》に対して発動!」

 

《禁じられた聖槍》

(1):フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。

そのモンスターはターン終了時まで、攻撃力が800ダウンし、このカード以外の魔法・罠カードの効果を受けない。

 

 

瞬く間に黒い渦が志雄のモンスター達を呑みこんでいく。しかしどういう原理か、長槍を持たされたニートだけがフィールド上に留まった。《サクリファイス》の身代わり効果は戦闘以外による破壊には対応していない。ニートを呼んでおいて正解だったと、志雄は胸を撫で下ろした。――これは精霊の勘か。

 

「《死者蘇生》を発動。墓地の《閃珖竜 スターダスト》を蘇生」

 

再び場に現れる白い竜。だが一体でニートを倒すことは出来ない。さぞ相手も歯痒い思いをしていることだろう。

 

「俺のターン、ドロー……」

 

天も志雄を味方した。このターンでとどめを刺すのは難しいが、これ以上の負傷を防ぐことは出来そうだ。

 

「《エクシーズ・エナジー》を発動……《シャイニート・マジシャン》の素材を1つ取り除き、スターダストを破壊」

「スターダストの効果により、自身を守る」

 

1ターンに1度の破壊耐性を使用するのは当然。しかしこの《エクシーズ・エナジー》は巻き返しの為の必要経費。

 

「《強制転移》を発動! スターダストと《シャイニート・マジシャン》のコントロールを入れ替える!」

 

奇しくも精霊同士のコントロール入れ替えだ。相手の場に移っていくニートは、志雄の方を振り向いて涙目の表情を隠し切れないでいた。

 

『し、志雄……』

「心配すんな。すぐ戻す。速攻魔法《エクシーズ・オーバーディレイ》!」

 

《エクシーズ・オーバーディレイ》

このカードの発動に対して魔法・罠・モンスターの効果は発動できない。

(1):相手フィールドのX素材を持ったXモンスター1体を対象として発動できる。

対象のモンスターのX素材を全て取り除き、対象のモンスターを持ち主のエクストラデッキに戻す。

その後、取り除いたX素材の中にモンスターカードがあった場合、そのモンスターを墓地から可能な限り相手フィールドに守備表示で特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターのレベルは1つ下がる。

 

「シャイニートを俺のエクストラデッキに戻し――素材となっていた《ジェスター・コンフィ》をお前のフィールドに特殊召喚する」

 

ものの数秒でニートは志雄の元へと戻っていく。《エクシーズ・オーバーディレイ》の効果外テキストにより、ニートの効果耐性も封じられる。少々無理矢理なコンボだが、現状の札で出来る打開策はこれしかない。

 

「スターダストのレベルを1下げ、《レベル・スティーラー》を特殊召喚!

 バトル。《レベル・スティーラー》で《ジェスター・コンフィ》に攻撃。スターダストでダイレクトアタック!」

 

?? LP2700→200

 

スターダストの攻撃で相手が傷を受けることはなかった。コントロールが移っても主従関係は持続しているのだろう。

兎角、奴のライフは風前の灯火。後は―――

 

「……っ」

 

また視界がぐらついた。感覚は全て痛みに支配されていった。世間一般で言うところの“限界”だ。手札がまだ残っていればそれらも地面に落ち、血に濡れてしまったに違いない。

 

『し、志雄! しっかりしなさいよお!』

 

声を発することもままならない。そよ風に揺らいでしまうような命の灯り、といってもあながち誇張表現ではないかもしれない。

半死半生の境を彷徨う中で、第三者の声がかすかに耳に届いた。

 

 

 

「何をしてるんですかっ!」

 

決闘はそこで中断したのか、敗北したのか分からない。

ただ記憶しているのは、その声が甲高い女性的なものだったのと、それから暫くして抱擁されたときの温もり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 














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