文ストワンライのお題『太宰治』です。
敦君が太宰さんの包帯を気にする話です。
過去捏造あり。
某月某日、探偵社にて。
探偵社では大きく分けて二つのグループがいる。一つは仕事で忙しく動いているグループ。もう一つは、仕事が無くて暇を持て余しているグループ。
本日の後者のグループは、太宰、敦、乱歩の三人。内、太宰はソファーで昼寝をしている。他の二人は何をしているかというと――
「乱歩さんは、太宰さんの包帯の下に何があるか知らないんですか?」
「其れが、此の僕にも分かんないんだよねー。データが無いっていうか」
乱歩はチラリと気持ち良さそうに寝ている太宰に目を遣る。
「まあ、太宰に関して分からない事が有るっていうのは何時もの事だけど」
「前職も当てられてないですからね」
「まったく、太宰は面白い奴だよ」
そう言う乱歩は新しい玩具を見つけた子供のようだ。
「――話を戻しますけど、結局」
「敦君も物好きだね。ずっと包帯の下を気にして」
乱歩が机から腰を上げる。
「じゃあ、確かめてみようじゃないか!」
「え? ちょっと」
敦が制止しようとしたが遅く、乱歩は太宰の手首に巻かれた包帯を剥がしに掛かっていた。
「乱歩さん! 太宰さん起きちゃいますって!」
「起きてるよ」
不機嫌そうな声で、太宰は言った。そして、何時になく険しい表情で、「乱歩さん、止めて貰えます?」
「良いじゃない、減るもんじゃないんだから」
また包帯を引っ張って、更に包帯が捲れ、日焼けの無い白い肌が露わになる。
……あれ?
白い腕に小さい傷があるのが、敦の目に入った。
「太宰さん、その傷……」
太宰は夢から醒めたようにハッとした顔を見せ、乱歩から包帯を引っ手繰って、慌てた様子で包帯を巻き戻した。
「傷有るの? 太宰、見せてくれない?」
覗き込もうとする乱歩を捕まえたのは、国木田だった。
「乱歩さん、此の世にはやって良い事と悪い事があります。何時も飄々としている自殺馬鹿がこんなに嫌がっているから、止めてあげて下さい」
「何、国木田。僕に逆らうの?」
「逆らった積もりは有りません。只、好い加減にしておかないと社長に叱られるかと」
『社長』と聞いて、乱歩の顔が蒼褪める。
そして直ぐに太宰に頭を下げた。
「太宰、御免」
「太宰さん、御免なさい」
事の発端を作った敦も頭を下げた。
「うん」
自由になった太宰は徐に立ち上がり、出口へ向かって行く。
扉の前で振り返り、「今日は何だか気分が悪い。早退させて貰うよ」
「嗚呼」
国木田が許可を出し、三人は無言で太宰を見送った。
自宅に着き、自室の畳の上に胡座を掻くと、太宰は包帯を巻き直す為に一度剥がした。
敦が目敏く認めた傷跡をさする。
治りかけてしまっている……。
この傷が出来た時の出来事は、今でも記憶に焼き付いていた。
私のせいで、彼の人は……
治るな。決して治るな。死ぬ迄持って行くのだ。其れが私に出来る唯一の償い。
嗚呼、早く死ななければ。此の傷が治る前に、私は死ななくてはならない。
此の刻印が消えてしまえば、彼の人は浮かばれ無い。
死ななければ。
ふらりと立ち上がり、台所にある包丁を手に取った。
胸にそっと切っ先を向ける。
少しでも力を入れれば、服を突き抜け、皮膚を破る。
『太宰さん』
己の名を呼ぶ声が、耳に響いた。否、脳と言った方が正確だろう。
「敦君……」
敦の声が空耳だという事は解っていた。しかし、それは太宰を躊躇させた。
私は死ななくてはならない……
手が震え、包丁を落とした。カラン、という音に続き、ドサリと太宰は膝から崩れ落ちた。
「私を死なせてくれ、敦君……」
いっそ、あの時の君に喰い殺されていれば。……否、其れだと敦君は人を殺してしまう事になる。
嗚呼、君に会ってしまった私は、幸か不幸か。
只、此れだけは言える。
敦君、君は私の誇らしき部下だ。
太宰は目を閉じる。
済まない、もう少しだけ、もう少しだけ、此の世に居させてくれ。我が儘な私を赦してくれ。
力が抜けたように太宰は横たわる。そして、そのまま夢の世界へ誘われていった。
<終>