ファフニール? いいえポケモンです。   作:legends

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スカーレット・イノセント
驚愕の新事実


「ふぁ~……ねっみ」

 

 大和は自室にて、大きな欠伸を掻きながら目を覚ました。

 

『おはようございます、マスター』

 

「ああリム、おはようさん」

 

 そこへ、ベッドの隣にある机に置いてあった腕輪型デバイスのリムが挨拶を交わしてきた。

 

 大和はリムの挨拶を返した後、そのまま時刻を確かめる。

 

 時刻は午前六時半。

 

 大和がミッドガルに入学して間もない日数が経過したが、学園生活に徐々に慣れつつあった。それは、彼が環境適応力に強い賜物である。

 

 普段は、この時刻か最低七時の前に起きているため、比較的早い目覚めになった。

 

 元々そんなに目覚めは良くない大和であったが、リムの指示と早起きの習慣を付けたために、規則正しい生活を行えるようになった。

 

 ……ただ、寝る時は眠気に任せるのが普通だが、どうしても眠れない時は技の『眠る』で強制睡眠を取る事もある。

 

 更に朝、どうしても眠いという時は自分で、『目覚ましビンタ』で強制覚醒もあった。ただあれを自分でやって涙目になる程、頬が膨れ上がりあまりに痛すぎて酷い目に遭ったので、今後は使用を控える事にした。

 

「何か夢で泣いてる幼女が炎の周りで座っていたのと、コートっぽいの着てた奴が立ってたのあったけど、あの女どっかで見た事あんだよなー……気のせいかな」

 

 何かを思い出した表情をした大和はそう呟く。

 

 彼は寝ている最中に夢を見た。辺りに満ちた炎と熱気の中、少女が座り込み、その中で煤けた外套(がいとう)(なび)かせ、女性らしき何者かが少女へ歩み寄っていた光景。

 

 大和は羽織っていた外套の人物に関して、何処か思い出せそうで思い出せないという歯痒い思いがあった。

 

「あと何かオレが見えざる手っぽいものとピカチュウが電気の槍っぽいもの出してたのは気のせいかな?」

 

 そしてもう一つ。 大和の周辺の地面が黒く染まり、そこから何本もの漆黒の長い手が伸びた光景と、実際にピカチュウが如何にも強力な電気を槍のような形で放出し、直撃した地点に巨大な電気の柱が立った事。

 

「デスカーンの黒い手かと思ったけど、あれ四本限定だし夢はリアル手デス(↑)もんなぁ」

 

 大和はその事を考えている時、怠惰を冠しており、常に愛と「脳が震える」と叫んでいるとある人物を思い描いていた。

 

 最も、彼が挙げた数々の項目を再現できそうなのは、言うまでもないが。

 

「まあいいや顔洗お」

 

 ベッドから降り、洗面所に向かう。鏡に見慣れた自分の顔が映る。

 

 鏡の向こうから彼を仏頂面で見てくる少年の名は、大河大和。年齢は十六歳。これは既に分かりきった事である。

 

 しかしその本質は、ポケモンという異質な力を持つ少年。誰も持ち得ない突飛した力を持つ。

 

 同時に、そのポケモンを召喚する技術も持ち得ている。これにミッドガルの面々は、畏怖、または戦慄を覚えない者はいない。

 

 その大和が一か月前、彼の身元保護を大義名分とした上で、深月と学園側の承諾の上でミッドガルに編入してきた。

 

 丁度その同時期に、ニブルに在籍していた物部悠という特殊部隊スレイプニルの一員となる少年が、ミッドガルに転入してきたのである。

 

 ここミッドガルは“学園”である。日本の遥か南に位置する無人島を改造して作られた、“D”達の自治教育機関で、二人は今、ミッドガル学園の生徒として生活している。

 

 顔を冷たい水で洗うと、表情が引き締まった。

 

 大和は部屋へと戻り、学園の制服へと着替えると、その後リムを持ち、リムは自動的に端末型に変わる。

 

 大和はその流れに特に気にならない様子で、少しばかり指を動かして時間の確かめなどをした後、リムを制服のポケットの中に仕舞う。

 

 そう、本来このリムという存在はメガリングという役割を務めているが、このようにスマートフォン型携帯端末や時計にも変形させる事も可能である。しかもリムは、以前ミッドガルに入学してから支給された端末の情報をも埋め込んだのだ。否、取り込んだと言ってもいい。

 

 加えて、人型にも姿を変える事も出来る。応用すれば、隠密行動が可能となる。

 

 ……最も、現時点の大和のスペックが異常なばかりに強いため、その必要はないのだが。

 

「さあて、今日も楽しい楽しい学園生活をしてくっかねー」

 

 教材等が入った鞄を持った大和は、皮肉を込めて自室から出て行く。

 

 大和の部屋は、宿舎の一階廊下右奥で、悠の部屋の隣である。そのためか、よくお邪魔するようになった。

 

 深月に貰ったマスターキーを掛けて、悠の部屋に向かいノックをする。

 

「ん、悠はいないんか。早いな」

 

 が、今日は悠はいないらしい。いつもは同時間だが、部屋にいないとなるともう食堂に行っているのかと感じた。

 

 とりあえず、特に用事はないため、そのまま大和も食堂へ向かう事にした。

 

「おう、オートメイド達よご苦労さん」

 

 その際、道行く先に家事をしているオートメイドの集団に出くわし、大和はノリで手を挙げて声を掛ける。

 

 オートメイドは機械らしい反応で彼に対応をすると、そのまま仕事に戻っていった。

 

 その光景にもう慣れた大和にとっては不思議な事ではなく、特別気にする事なく三階に向かう。

 

 深月個人の宿舎は、朝食、夕食とそれぞれ七時、十九時にオートメイドが三階の食堂に用意してくれる。

 

 本来、ポケモンの能力を持っているため、ある程度は食事を摂らなくても平気ではあるが、人間の習慣が抜き切れる事無く、普通通りに過ごしてきたのだ。

 

 余談だが、ミッドガルの校舎一階から渡り廊下で繋がる食堂棟があり、そこに雑多な購買スペースと中庭に面したカフェテリアがある。

 

 学園生活を過ごすようになってから、最初のうちは慣れなかったものの、徐々に慣れてきて、今ではよく利用するようになった。

 

 そんな事を考えながらも食堂に辿り着くと、そこには食事の準備をしている深月と悠の姿があった。

 

「……おはようございます、大和さん」

 

「おはよう」

 

 大和の存在に気付いた二人は挨拶を交わしてくる。

 

「おっすおっす~。てか悠起きんの早くね? 部屋にいなかったし」

 

「ああ、ちょっとな……」

 

 問う大和に対し、何処か言いたげな様子を見せる悠。その一方で深月を見ると、何処か不機嫌そうな顔をしていた。

 

 大和はそんな二人に疑問が残るが、これから食事時であるため、敢えてその事に関しては触れないでいた。

 

 その後、互いに談笑(主に大和が中心となって)しながら朝食を摂ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二十五年前、日本上空に突如として出現した巨大生物。

 

 ただ移動するだけで甚大な被害を巻き起こしたその怪物は、物質を無から作り出すという異能を用い、人間側のあらゆる攻撃を無効化した。

 

 必死に抵抗する人類を嘲笑うかのように、怪物は悠々と世界を一周し、何の前触れもなく姿を消す。

 

 その後、人間の中に怪物と同様の力を持つ者が生まれ始めた。それが上位元素(ダークマター)生成能力者“D”、もしくはタイプ・ドラゴンと呼称される子供達。

 

 任意の物質を作れるという能力は、経済的価値が非常に高い。昔は“D”の奪い合いで戦争すら起こったという。

 

 そして“D”の発生と同時期に、新たなる巨大生物が世界中に出現する。

 

 人智を超越する力を持つその怪物達を、世界はドラゴンと総称し、対ドラゴンの専門の国際機関アスガルを設立した。

 

 アスガルは国連軍を再編し、超法規的に活動できる軍隊―――ニブルを組織。ドラゴンが原因で発生した諸問題に、軍事力で介入、解決を図った。

 

 更に“D”もドラゴンによる問題の一つと位置付け、赤道に近い無人島に隔離施設を建造。それがミッドガルの雛形となる。

 

 設立当初は収容所的な側面が強かったらしいが、“D”達が成長し、数が増えると共に発言力は増し、遂には人権と自治を得た。

 

 そうしてミッドガルは現在の学園となるのだが……“D”として生まれる者は何故か女性ばかり。必然的にミッドガルは女学校となった。

 

 しかし悠は、そんな秘密の花園に通っている。

 

 それは悠にも、上位元素生成能力があるからだ。

 

 現在のところ世界でただ一人の、男の“D”。それが―――物部悠。

 

 だが、その人物とはまた特殊で、異質な者が加わっていた。

 

 上位元素生成能力もなければ、傍から見ればただの人間にしか見えないだろう。

 

 しかし、彼の持つ特有の能力、ポケモンというこの世界では誰も見た事がない異能の力が備わっていたからこそ、この学園に通えている。

 

 そんな例外的存在が二人もいるという、異例の事態。

 

 ただし悠の場合は三年前にニブルで身柄を拘束された時、彼はミッドガルには送られず、ニブルで兵士として育成された。

 

 だがひと月前、悠はいきなりミッドガルへ異動となった。それはミッドガルで大きな権力を得た、妹の深月による計らいである。

 

 以降、悠は深月の“監視下”で学園生活を送っている。

 

 それは大和とて、例外ではない。

 

 様々な勢力による彼への狙いが無きにしも非ずだからだ。理由としては、単純に大和の稀有な力の対象がある故に、大和はミッドガルに保護される形になった。

 

 無論、他の勢力が狙いに来ようが、圧倒的な彼一人でも対処は出来るだろう。

 

 ただ万が一の問題が無い訳ではない。もし大和一人で対処出来なくなった場合、いざという時の“保険”にもなり得る。

 

 勿論学園側に迷惑を被ったら、相応の罰が下されるのは目に見えている。それを承知の上で、大和はミッドガルの生活を送っている。

 

 こうして、学園で二人の男子である悠と大和が何か問題を起こさないよう、深月は一般寮から離れた自分の宿舎に二人を住まわせたのだ。

 

 ―――そういう訳で、深月と並んで登校するのは、最早毎朝の日常になりつつあった。

 

 時折、大和は時間が合わず個人で行く事はあったのだが。

 

 一般寮からの道と合流するのはまだ先なので、周囲には他の生徒の姿はない。

 

 道は海岸の防波堤に沿って緩やかなカーブを描いている。防波堤の向こうには紺碧(こんぺき)の海と白い砂浜が広がっていた。

 

 聞こえるのは潮騒と、ヤシの木が風にそよぐ音。それに悠と大和、深月の靴音だけである。大和は、最初ミッドガルに辿り着いた時の情景だと感じていた。

 

「最近の兄さんは、少しおかしいです」

 

 朝食を終え、三人一緒に宿舎を出て、学園へ向かう途中―――深月は不機嫌そうな表情で呟く。

 

「俺のどこがおかしいんだ?」

 

 自分では思い当たる部分がなかったので、悠は率直に問い掛ける。

 

「大和さんがいる手前、話しづらいんですが、何というか……近頃、デリカシーのない行動が目立ちます。部屋にはノックなしで入ってくるし、その……私が裸なのに平然と近づいてくるし……少し、気安すぎると思うんです」

 

 彼女の言う内容が恥ずかしかったのか、大和の顔をちらりと一瞥して顔を赤くして言葉を続ける。

 

「……? 兄妹なら気安いのが普通だろ。深月は俺によそよそしくして欲しいのか?」

 

「そうではないんですが……」

 

 もどかしそうに目を伏せる深月。上手く説明が出来ないという様子だ。

 

 ―――俺がおかしい、か。

 

 悠はそう考える。

 

 だがやはり彼が自分の行動を振り返ってみても、全くそんな風には思えない。

 

 けれど……一つだけ、深月の違和感を説明出来る要因はあった。

 

 二週間程前、ミッドガルに侵攻してきたホワイト・ドラゴン―――“白”のリヴァイアサンとの戦いで、悠は少々無茶をした。

 

 事態を打開するため、自らの人格と記憶を食い荒らす“力の情報”を受け入れたのだ。

 

 しかし今の悠にとって重要な情報―――ミッドガルに来てからの出来事は、何一つ損なわれていないはずと思考する。妹の深月の事もちゃんと覚えている。ニブル時代の記憶も鮮明だ。

 

 けれど自覚出来ていないだけで、彼はまた“変質”したのかもしれない。

 

 三年前、深月に関する記憶以外が虫食いだらけになり、恐怖という感情が酷く薄くなった時のように、物部悠(もののべゆう)という人格から更に遠ざかってしまったのかも―――。

 

「おう悠、そんな辛気臭い顔して、どしたんー?」

 

 そこへ、ノリで大和が悠の首を絞めるような形で片腕を回してくる。

 

 しかし単純な話、大和が考え込んでいた悠に対し、励まそうとしたに過ぎない。

 

 見ると、深月も不安げな表情で悠の顔を下から覗き込んでいたのも分かった。

 

 ―――ダメだ。深月を心配させてはいけない。深月にだけは悟られてはいけない。

 

 彼は自分が代償として失ったものを知れば、深月は必ず責任を感じてしまうから。と感じ取っていた。

 

 悠は意識を切り替え、明るい口調で話題を変える。

 

「ああ、ちょっと今朝の事を思い出してたんだよ。深月も三年間で色々と成長したんだってなーってさ」

 

「ほうほう」

 

 男子トークをしていると深月は、途端に顔を赤くした。

 

「お、思い出さないで下さい! も、もし校内で同じ事を言ったら、セクシャルハラスメント行為として処罰しますからね! 反省文です! あと、大和さんも反応しないで下さい!」

 

「う……反省文はもう懲り懲りだ。勘弁してくれ」

 

「えぇ……(困惑)」

 

 先の戦いで二人は命令違反をしてしまい、悠は百枚近い反省文を書かされたのだ。正直あれは、ニブルの訓練より辛かったと悠は語る。

 

 ただ大和はただ話を聞いてただけなのに、何で怒られたのと怒りの矛先を向けられた事に困惑した。

 

「でしたら、もう少し考えてから発言するように」

 

「……了解しました、生徒会長」

 

 悠は深月の忠告に承諾した。

 

「あ、兄さんと大和さんに報告ですが、今日、臨時の健康診断が行われます」

 

「え、健康診断? 急やね……まあ、学園だからそりゃあるよなぁ」

 

 まだミッドガルの常識を把握していない悠と大和。そんな大和は抜き打ちだけど学校だから健康診断ぐらいはあるものだと思った。

 

「いえ、今回が初めてですよ?」

 

「じゃあ、何か理由が?」

 

 悠が重ねて問うと、深月は頷く。

 

「―――ありますが、今はまだ言えません」

 

 深月の理由に不明確な二人は、顔を見合わせるが、生徒会長の顔で言い切られると、それ以上追求するのは難しいため、聞き出すのは諦めた。

 

 不意に大和が視線を前に向けると、生い茂る木々の向こうに、学園のシンボルである時計塔の先端が少しだけ見える。

 

 確か、最初はあの場所に向かったんだと彼は懐かしむ。

 

 そんな大和と対照的に、悠は何かが起こりそうな予感を覚えながら、三人は並んで“D”達の学び舎への道を進んでいった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学園に着くと、深月は職員室に用があると言って、時計塔の方へ行ってしまった。時計塔はミッドガル全体の中枢部で、職員室だけでなく作戦司令部などの重要設備が集まっているらしい。

 

 恐らく臨時の健康診断に関して、教師達と打ち合わせがあるのだろう。

 

 二人は自分達の教室がある校舎へと足を向けた。

 

「しっかし毎回思うけど、この学園って教室多すぎやしませんかねぇ」

 

「ああ、やっぱりそう思うよな」

 

 唐突に切り出した大和の質問に悠が答える。

 

 ミッドガルにいる“D”達は年齢や年齢や知識レベルに応じて、九つある教室のどこかへ割り振られる。二人が配属になったのは深月と同じブリュンヒルデ教室。授業中、常に深月の目が光っているという訳だ。

 

 反面、悠程ではないが、大和も一応注意の視線を向けている。主に 暴走しないかという名目で。

 

 ブリュンヒルデ教室のあるフロアは物置や空き教室ばかりで、人気はない。そもそもこの学園は、その規模に比べて生徒が少なすぎるのだ。全校生徒数は七十人に満たないというのに敷地内には三階建て校舎が四つもあった。

 

 今後増えていくかもしれない“D”達のため、余裕を持たせて作ったのだろうが……今のところは一フロアに教室を一つしか入れなくても、校舎が丸々一つ余ってしまう。

 

 そのため、一般寮から通う女生徒達で溢れる通学路は賑やかだが、校舎に入った途端に辺りは静かになる。

 

 それはどこか病棟を連想させる程だ。

 

「人が少ないのに教室多いとか、少子化進んでるんじゃないですかやだー」

 

「いやいや……“D”しかこの学園に入れないんだから少ないのも仕方ないだろ」

 

 大和が両手を頬にべったりとくっ付け、ホラー紛いの顔をしていると、悠にツッコまれる。

 

「んだとしてもさ、プリズンな学園じゃあるまいしもう少しくらい周り喋ってても―――ってあれ……」

 

「ん?」

 

 病院内の如く静寂の中を歩いていると、二人はブリュンヒルデ教室の前でうろうろしている少女を見つける。何故かスカートの裾をぐっと引っ張り、もじもじした様子で教室に入るのを躊躇っている。

 

 窓からの朝日を浴びてキラキラと輝く銀髪。透けるように白い肌。じっとしていれば、芸術作品のように美しい彼女の事を、悠はよく知っていた。

 

 ―――イリス・フレイア。

 

 教室では悠の左隣に座る、クラスメイト。

 

 上手く能力を使えず落ちこぼれ扱いだった彼女と、ミッドガルにおける能力運用法の素人だった悠は、共にテストへ向けて放課後居残り練習をしたり、リヴァイアサン侵攻時には力を合わせて戦ったりした。

 

 悠の妹である深月を除けば、学園で大和と同じくらい親しい間柄と言えるのだが―――。

 

 悠はごくり、と唾を呑み込む。

 

 ―――ダメだ、緊張するな。落ち着け、俺。

 

「悠何やってんの? おーいイリス、おっはー」

 

「はわぁっ!?」

 

 傍らで悠が唾を飲んだ事と、深呼吸した事に不信感を覚えつつ、大和はイリスに声を掛ける。

 

 ふわっと膨らんだスカートの下から眩しい太ももが覗く。それに気付いたイリスは顔を真っ赤にしてスカートの裾を押さえた。

 

「ファッ!?」

 

 その仕草に何故か大和も変な声を上げる。

 

「おいおい……」

 

 その一部始終を見ていた悠は一人で深く考えていたのが馬鹿らしく思い、二人の側へ行く。

 

「イリス、おはよう」

 

「あ、モノノベ……おはよう。そ、それよりもタイガ……見た?」

 

 声を震わせながら悠に挨拶を交わした後、大和に問い掛けるイリス。

 

「―――…………」

 

 しかし反応はない。ただの屍のようだ(死んでいません)。

 

「あ、あれ? タイガ? もしもーし?」

 

 何の反応も示さない大和に疑問を覚え、イリスは彼の顔の前で手を振って合図を促す。

 

「はっ!!」

 

 しかしそれで漸く我に返ったのか一瞬の驚きの後、後ろに倒れ、尻餅を付く。

 

 イリスと悠の二人はその様子に驚いてしまう。

 

「わわっ!? タイガ、どうしたの!?」

 

「みみみみみみみみみ見てない! オレは決して見てないぞ! ホントにだ!」

 

 珍しく凄まじい慌てようで顔を赤くしながら両手をぶんぶんと振りながら否定を示す大和。だがその反応は、逆に怪しさを感じさせる程だった。

 

「ほ、ホントに?」

 

「ああホントだ! 決して滅多に見えない太ももとかが見えたくらいで驚いたりなんかしてないぞ!」

 

「やっぱり見てたんでしょって……あれ、そこなの?」

 

 その怪しさに追求してきたイリスが詰め寄るが、墓穴掘り気味の大和の言葉で一時的にすぐさまキョトンとする。

 

「見てない見てません……。お願いします、ちょっと見えないとこ見えただけですぐ恥ずくなるオレを許して下さい……堪忍してつかぁさい……」

 

「た、タイガ落ち着いて! あたしが悪いのか分かんないけど、何かごめん!」

 

 そのまま体育座りになって(うずくま)り、肩を震わせている大和を慌ててイリスが介抱するような形になる。

 

「ど、どういう事だ?」

 

 その様子に呆気に取られていたが、どういう事かと訳を大和に問う。

 

「…………ああ、オレは女性恐怖症って訳じゃないけど、女の子が大胆な格好をしてたり、ちょっと素足とか見えてたらすぐ固まっちまったり鼻血流しちまうんだよ……」

 

「「…………」」

 

 大和が震え声で言うと同時に二人は呆然とする。

 

 普段から強くてマイペースでふざけている面が多々見られたが、それは彼の思わぬ驚愕の新事実だった。

 

 大和は女性が苦手ではないらしいが、女性の大胆な格好や、太ももなど普段からあまり見えない部分を見てしまうと、鼻血を流して倒れたり、固まってしまった経験が多々あるという。

 

 それ故に、酷い時は水着姿などの女性を直視できない程でもある。普段の彼からは思えぬ、超が付くほど初心で純情なところがあったのが発覚した。

 

 つまりはエロい事に、めっぽう弱いという事である。大胆不敵そうな大和にも、思わぬ苦手な部分があった。最も、その事は大分前なので以前よりは酷くはないと思われるが。

 

 では、その場合の対処はというと、感情を司るポケモン“エムリット”の能力を使用し、強制的に感情を抑える事もあった。

 

 また、多分ないとは思うが逆に責められたら同ポケモンの能力を使用するかもしれないと未来の電波が感じ取った。

 

「そ、そうなんだ……何か意外だね」

 

「ああ……。大和にも苦手なとこがあったんだな……」

 

 しばらく呆然としていたが、イリスの切り出しにより悠も便乗する。

 

「頼むから他の人には言わないでくれよ……」

 

「う、うん……」

 

「わ、分かった」

 

 癖が未だ治らず気分がブルーになりながら大和の宣言に二人は了承する。

 

「はぁ……健康診断の前にこんな事になるなんて思わなかったぜ……」

 

「……え? 健康診断?」

 

 溜息を吐きながら言う大和の言葉に、イリスがサァーッとイリスの顔から血の気が引いた。

 

「ああ何でも、深月から聞いたんだが、臨時の健康診断があるらしい」

 

 続けざまに悠が言う。

 

 そして、イリスはスカートの端を押さえながら―――。

 

「ゴメンね、モノノベ、タイガ! あたし、パンツ穿いてくるっ!!」

 

「え゛」

 

「」

 

 廊下に反響する大声で叫び、廊下を走っていった。

 

 彼女の言い分に二人はそれぞれの反応を示した。

 

「…………まさかあいつ、パンツ穿いてなかったのか?」

 

 悠はその後ろ姿を見送りつつそう言った。

 

 イリスはまたも大事な事を忘れていた。ここは―――教室のすぐ前。

 

「不味いな……教室に入ったらなんて言われるか」

 

「怒られんじゃないの―――コフッ」

 

「……って大和ぉぉぉっ!?」

 

 悠が呟くと、大和が答えるが何か吐き出す声が漏れて、見ると鼻を手で抑えて指の隙間から血が流れていた。言わずもがな、鼻血を流していたのだ。それは、病弱な某新選組の一人の如く。

 

 悠はもしかして、イリスがパンツ穿いていないのを想像してこうなったのでは……と予想する。

 

「だ、大丈夫か!?」

 

「大丈夫だ、問題ない。あとちょっと頭ん中真っ白になっただけ」

 

「それ大丈夫とは言わねえ!」

 

 悠は意固地な大和にツッコミを入れつつ、大和の背中を支えつつ教室に一緒に入る。

 

 ガラッと扉を開けて教室に入ると、前列の席に座る金髪の少女が二人に向けてジト目を向けてきた。

 

 彼女はクラスメイトのリーザ・ハイウォーカー。

 

 悠にとっては転入初日から色々と衝突してきた気の強い少女で、最初は挨拶すら返して貰えなかったが、今は何とか二人を“クラスメイト見習い”と見なしてくれている。

 

「リーザ、さっきの……聞こえてたか?」

 

 悠が苦笑を浮かべて問いかけると、リーザは眼差しを鋭くして悠に指差した。

 

「あんな恥ずかしい台詞をイリスさんに叫ばせるなんて……監督不行き届きですわよ、モノノベ・ユウ!」

 

「え、今のは俺のせいなのか?」

 

 まさか矛先が自分に向くとは思っておらず、悠は慌てる。

 

「当然です。おっちょこちょいなイリスさんをきちんとコントロールするのは、あなたの役割ですわ。あの子が恥をかかないよう、もう少し気を使いなさい!」

 

「……俺は、いつからイリスの世話係になったんだ?」

 

 溜息を吐き、小さな声で抗弁する。だがリーザは彼の文句など無視し、今度は大和に視線を向け、指差す。

 

「あなたもですわよ、タイガ・ヤマト! あなたが側に付いていながら静止も掛けてないなんて……」

 

「……よう、リー……モナリーザ」

 

「出会い頭に失礼ですわね、あなたは! というか、今ちゃんと私の名前を言おうとしてませんでしたか!?」

 

 流血した(先程止めた)鼻血の影響でぼーっとしていた大和に声を掛けられ、一度しっかりと名前を言おうとしたが、敢えて有名な肖像画に似た名前を出した。

 

「ていうか朝から散々な目に遭った。悪ぃが後にしてくんねぇか」

 

 フラフラとした足取りで自分の机に向かうと、座り、すぐに机に手を伸ばして突っ伏してしまう。

 

 朝から自分の苦手分野に突っ込み、悠とイリスに暴露し、尚且つ鼻血を流して冴えない気分なためにそんなご様子である。

 

「ちょ、ちょっと、大丈夫なんですか、彼? そういえば心なしか、目の下と手が赤かったようですが……」

 

 何処か様子がおかしい大和に疑問に思い、悠に訊ねる。

 

「ま、まあ……色々あったんだよ、大和にも」

 

 先程、他言無用だと話していた大和の言葉を思い出し、悠は言葉を濁す。

 

「具合が悪そうに見えましたが……。まあ、ここは退いてあげますわ。ですが、本当に具合が悪ければ、保健室に行くなりなんなりして治して下さい」

 

 流石に大和の様子に気がかりなのか、リーザは内心で彼を心配しつつそんな言葉を伝える。

 

「……ありがとな。リーザ。オレはそんな優しさに感動しますた」

 

「なっ……ほ、褒めたって何も出ませんわよ!」

 

 大和はリーザに向けて震える手でサムズアップし、リーザは頬を赤に染め、不機嫌そうにツンと顔を逸らす。

 

 この教室で一番面倒見が良く、クラスメイトを家族として大切しているのが、このリーザ・ハイウォーカーという少女だ。

 

「そんな訳で、悠が口止め料として皆にランチを奢ってくれるそうデース」

 

「ちょっと待て、何を勝手に決めてるんだ」

 

 大和がちらりと顔を向けると、そんな事を言う。

 

 悠は反論するが、大和は再び顔を伏せる。

 

「あーだりだり。めっちゃダリぃー。悠にイリスと同じみてーに辱めを受けたから超だりー」

 

「待て、俺はそんな事してないぞ!」

 

 大和は棒読みで捏造の言葉を言うと、当然の如く悠から反論される。

 

「モノノベ・ユウ?」

 

「してない、してないから! ランチを奢るからリーザもそんな目をしないでくれ!」

 

 疑わしく思ったリーザが悠に向けて怪訝な視線を投げかける。諦めた悠に対して大和は『計画通り……』と内心ゲスな笑みを浮かべたのだった。

 

 ただ、悠含めたミッドガルの“D”達には、毎月生活費として十分以上の金額が振り込まれており、ランチを奢った程度で生活が苦しくなる事はない。

 

 それは、大和とて同じ事である。

 

 この条件を飲めば、イリスは恥ずかしい思いをしなくて済む上、悠も大和も一緒に食事ができる。まだリーザ達と食卓を囲んだ事がない二人にとっては、これはクラスメイトと親睦を深める大きなチャンスとなる。

 

 更によく考えれば、かなり遠回しな食事のお誘いとも考えられる。

 

 お金に困っていないのはリーザ達も同じ。だから奢られるメリットも、ほとんどない。

 

 ……ただ、それを口減らずの大和に言われたのが癪だと、悠は語る。

 

 悠はそんな事を考えながら、自分の席に向かった。

 

 その後、黒板の上に設置された時計の針は進み、始業三分前には深月と担任の篠宮遥が教室に入ってきた。

 

 軽くシエスタしていた大和は、二人が同時に入ってきた後にすぐ起きた。

 

「回復ゥ!」

 

 起き上がり、うーんと腕を伸ばしながら軽くそんな事を呟く大和。

 

 入ってきた二人を除き、本当は元気だったのではないかと疑うが、追求すると面倒な事になるし、この問題は割愛した。

 

 そして、キーンコーンカーンコーンと始業のベルが鳴り響く。悠は始業まで間に合わなかったと息を吐くが、ベルが鳴り終わる直前に、教室のドアが勢いよく開かれる。

 

「ま、間に合ったぁ……」

 

 息を切らしたイリスが、大和程ではないが、ふらふらと悠の隣に席に着席した。

 

 悠の視線に気付くと、イリスはグッと親指を立てた。

 

「やったよ、モノノベっ」

 

「……ああ、ご苦労さん」

 

 リーザ達が生暖かい眼差しを向けている事に気付かない振りをしながら、悠はイリスを労ったのだった。

 




まさかの主人公超純情説。
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