ファフニール? いいえポケモンです。   作:legends

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仕事に就いてから、少し安定してきたので、あまり期間が空かずに投稿できました。

それではどうぞ。


竜人のティア

 “D”の自治教育機関であるミッドガルには、(おおやけ)にされていないもう一つの役割がある。

 

 島を中心にして展開する環状多重防衛機構(ミドガルズオルム)は、ドラゴンからミッドガルを守る防衛線。

 

 この改造島は、対ドラゴン戦を想定した迎撃要塞でもある。

 

 授業ではドラゴンと戦うための能力運用方法を“D”達は学び、優秀な生徒は竜伐隊として選抜される。

 

 そうまでして戦いに備えなければならないのは、ドラゴンはいずれミッドガルへ侵攻してくる事が確実視されるためだ。

 

 ドラゴンは自らに適合する“D”を“つがい”として選ぶ。見初められた“D”の竜紋は変色し、ドラゴンが接触すると同種のドラゴンへと変貌する。

 

 これは、にわかには信じ難い話だが、二年前―――“紫”のクラーケン戦において、この現象が確認された。

 

 そしてつい二週間前にはブリュンヒルデ教室に所属する、イリスの竜紋が変色し、“白”のリヴァイアサンがミッドガルへと進撃してきた。

 

「―――今回、臨時で健康診断を行ったのには理由がある」

 

 健康診断が終わった後の三時限目、教室には二週間前と似た緊張感が漂っていた。

 

 教壇の上に立った遥は、悠達を見回して言葉を続ける。

 

「我々が着々と討伐計画を進めていたドラゴン―――“赤”のバジリスクが、テリトリーとしていたサハラ砂漠から移動を開始した」

 

 その言葉で教室がざわめく。深月以外のクラスメイトは驚きを現わにしていた。

 

 事前にシャルロットから健康診断の目的を聞いていた悠と大和は、やはりそうなのかと納得していた。

 

 竜紋を調べなければならない事案など、ドラゴン関連以外に有り得ない。

 

 皆の動揺が収まるのを待ってから、遥は口を開く。

 

「出現してからの約二十年間、砂漠を出る事がなかったバジリスクのイレギュラーな行動は、つがいを見出したが故と私達は推測した。そして急遽、混乱を招かぬように健康診断という名目で、竜紋のチェックを行わせてもらったのだ。その結果―――」

 

 空気が張り詰める。検査の結果は深月もまだ知らないようで、真剣な顔つきで遥を見つめていた。

 

「―――ミッドガルにいる学生の中で、竜紋が変色している者はいなかった」

 

 その言葉に、ほぅ……と悠の隣にいるイリスが安堵の息を吐く。

 

 しかし遥は険しい表情を崩さず、首を横に振った。

 

「安心してもらっては困る。これは非常に良くない結果なのだ。もしもバジリスクの移動目的が私達の推測通りであれば、狙われているのはまだ未発見の“D”という事になる」

 

 それを聞いて事態を把握したイリスは、慌てた様子で言う。

 

「じゃ、じゃあその子を守ってあげないと!」

 

「ああ、その通りだ。我々は同胞を見捨てない。既にニブルがバジリスクの進行方向上にある町を捜索中だ。発見次第、ミッドガルへと移送する手筈になっている」

 

 遥は力強い言葉で告げる。すると今度は、リーザが手を挙げて発言した。

 

「わたくし達が協力できる事はないんですの? リヴァイアサンと戦った時のように、足止めぐらいなら―――」

 

「ダメだ。バジリスクは、最も防御に特化したリヴァイアサンとは正反対のタイプ―――ドラゴンの中で最強の攻撃力を持つ個体。戦いになれば、やるかやられるかの二択しかない」

 

「でしたら、この機会にやってしまえばいいと思いますわ」

 

 リーザは強気に言い返す。実力と自信がある故の台詞なのだろうが、遥は渋い表情を浮かべた。

 

「そうしたいところではるが……まだ、準備が整っていない。不十分な状態で戦い、大きな損失を出す訳にはいかないのだ。分かってくれ」

 

「むぅ……」

 

 不満そうではあったが、リーザは口を噤む。

 

 遥は他に質問がないのを確かめ、少しだけ口調を柔らかくして言う。

 

「……と、不安を煽るような事ばかり言ってしまったが、今のところミッドガルに直接の危険はない。事態に動きがあるまで、皆は普段通りの生活を送り、英気を養っていてくれ。以上だ」

 

 そうして彼らは遠い場所にある危機を知りながら、いつもの日常に戻る。

 

 しかし、悠は微かな胸騒ぎを覚えていた。

 

 ―――未発見の“D”。

 

 その単語が頭の中で反響する。

 

 彼はニブル時代に一度だけ、発見した“D”を見逃した事があった。とても幼い少女で、両親と引き離すのが酷に思えたからだ。

 

 それに当時の悠は“D”がドラゴンに狙われている事など知らなかった。

 

 だが、そうした行動は、今回のような事態の原因になってしまう。

 

 ―――あの子は、ミッドガルに送るべきだったんだろうか……と、悠は彼女が今も家族と幸せに生きている事を祈りつつ、窓の外に見える遠い空を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんか、緊張するな」

 

 その日の昼休み、悠は約束通りリーザ達と同じテーブルに着く。事情を知らない深月とイリスも一緒である。

 

 場所は食堂棟一階のカフェテリア。ブリュンヒルデ教室の全員が勢揃いしたテーブルは、明らかに注目を集めていた。

 

 生徒会長である深月や、男である悠や大和が目立つのは仕方ないが、リーザ達に対しても熱い視線を送っている者は多い。

 

 が、そんな雰囲気には慣れているのか、深月やリーザは気にした風もなく寛いでいる。

 

 それは大和も同じだった。周りが女子達ばかりだというのにも関わらず、平然としている。これは元々、男女関係なく話せる高いコミュ力を持ち合わせているからだ。

 

 更に、知らない人物であろうと誰とも積極的に話していたりする。それはまるで営業マンの如く。

 

 そんな大和の冤罪絡みの行為に加えて、流れで深月とイリスの分まで奢る事になってしまった悠。既にテーブルには料理が並んでいた。

 

「モノノベ、ご飯奢ってくれてありがとね。でも、今日に限ってどうしたの?」

 

 イリスが礼を言いながらも、不思議そうに問いかけてくる。

 

 悠はまさかイリスの恥ずかしい発言から始まったのが原因だとは言えなかった。なので、彼は視線を逸らして答える。

 

「いや、まあ皆には何だかんだと迷惑かけてるからな。そのお礼だよ」

 

 これは本当の理由ではないが、嘘でもない。男である悠を、とりあえずはクラスメイトとして許容してくれたリーザ達には感謝している。深月に至っては毎日のように世話をかけっぱなしだったりする。

 

「そうそう。悠は本当に迷惑かけてるよなー。これぐらいしてもらわないと」

 

「……おい大和、お前も迷惑の一員なんだぞ」

 

 今回の騒動の原因で裏の元凶だった大和。彼は自分は関係ないとばかりに他人行儀で喋り、奢らされる原因の一つになった大和を悠は睨む。

 

「はて、なんの事か知らんな。それより早く食べよーぜ。飯が冷めちまうし昼休みの時間がなくなる」

 

 大和が言うと、隣から「おい」だとか恨みがましい視線が飛んできたような気がしたが、気のせいだと流しておいた。

 

「そうですね。随分と人目を引いているようですし」

 

 深月は此方の様子を窺っている周囲の生徒を見回し、フォークを手に取る。深月の昼食はパスタだ。

 

「それじゃあ、いただきますっ」

 

 イリスが皮切りの如く、食事を始める挨拶をするとスプーンを持って野菜カレーを食べ始める。

 

「それでは、わたくし達も頂かせてもらいますわよ?」

 

 リーザは奢らせてもらった悠に向けて声をかける。

 

「あ、ああ、どうぞ」

 

 悠が頷くと、他の皆も続くように食事に手をつけ始める。

 

 カチャカチャと、しばらくはナイフやフォークが皿に触れる音だけが響く。だがしばらくすると自然に会話が始まった。

 

 話題は当然ながら、バジリスクに関するものだ。

 

「―――バジリスクが移動を始めたという事ですが、皆さんは本当に“D”が目的だと思いますか?」

 

 深月が真面目な口調で皆に問いかけると、リーザは眉を寄せて言う。

 

「わたくしは、早すぎるような気がしますわ。“紫”のクラーケンと“白”のリヴァイアサン侵攻の間隔は二年もあったというのに……今回はまだ二週間ですわよ?」

 

 するとアリエラがパンを千切って食べていた手を止め、異論を唱える。

 

「んー……ボクはやっぱり、竜紋変色者が何処かに現れたんじゃないかって思うな。何しろバジリスクが砂漠を出たのは、二十年間で初めての事なんだろう?」

 

 リーザはアリエラの意見に、難しい表情を作りながらも頷く。

 

「確かに……他のドラゴンと関連付けるのではなく、バジリスクだけを見て判断するという考え方もありますわね。ただ、もしも外部の“D”が狙われているとなると、いろいろな問題が発生しそうですが……」

 

 それを聞いたフィリルが目を伏せ、小さな声で呟く。

 

「……そうだね。ミッドガルの外にいる人は、まだ家族じゃない。本当に、守るべき人なのかも分からない」

 

 その言葉が意味するところは、大和は察し、悠にも何となく理解できた。

 

 今回の事案は、対象の“D”がどんな人物かで、状況が大きく変わってしまう。

 

「どういう事? “D”は皆、仲間なんじゃないの?」

 

 だがイリスはきょとんとした表情で首を傾げる。いまいちフィリルの言う事が呑み込めていないらしい。

 

 リーザ達は困った様子で顔を見合わせる。これはかなりデリケートな問題なので、言葉に迷っているのだろう。

 

 なので悠が説明する事にした。

 

「イリス、俺達“D”も人間だ。当然、良い奴も悪い奴もいる。それは分かるよな?」

 

「う、うん……」

 

 イリスが頷くのを見て、彼は話を続ける。

 

「“D”の能力がマフィアやテロリストに利用されるのは珍しくないが、稀に“D”本人が率先して悪事を働く場合があるんだ。そういう“D”は災害認定され、殲滅対象になる」

 

「災害認定?」

 

 どうやらイリスは初耳らしい。これは“D”達にとって、見ないふりをしたいはずの問題だ。授業では敢えて教えていないのかもしれない。

 

 だがリーザ達は知っているようなので、噂としては聞こえてくるのだろう。

 

 悠がニブル時代に所属していたスレイプニルは、災害指定された“D”との戦いを想定した部隊だった。在隊中に災害指定者と出会う事はなかったが、その辺りの事情は恐らくだがリーザ達より詳しいだろう。

  

(そういえば、そんなテロ組織団体もあったな)

 

 大和も彼の言葉に思い当たる節があるのか、思い浮かんだ。

    

「つまりドラゴンと同じ(・・・・・・・)扱いって事だ。もう人間と見なされない。もし今回狙われているのがそんな奴だったら、状況は複雑になるだろうな」

 

「そうなんだ……自分から災害(ドラゴン)になろうとする子も、いるんだね」

 

 悲しそうに呟くイリス。

 

 彼女はリヴァイアサンに見初められた時、自分がドラゴンになって皆を傷付けるぐらいなら、死を望むと言った。だからこそ、自ら人である事を放棄する“D”に、複雑な思いを抱いているのだろう。

 

「まあ、そんな奴は本当にごく一部だ。ミッドガルに来れば人権は保障されるし、資源依頼を引き受けて、一生不自由しないだけの金を合法的に稼ぐ事もできる。まともな損得勘定ができるなら、自分から人類の敵になったりはしないさ」

 

「……うん、そうだね。もしバジリスクの目的がホントに“D”なのなら、悪い子じゃないといいなぁ」

 

「ああ……そうだな」

 

 イリスは祈るように呟いた。

 

 悠も全く同感だった。もし見初められたのが災害指定者なら、逃亡した挙げ句にバジリスクとの接触を許してしまうかもしれない。

 

 だが、遥も言った通り悠達にできることはない。

 

 そう皆が危惧・不安が入り混じった表情をする中、一人だけは違った。

 

「なーにしょげてんのさ皆」

 

 一人だけ、快活に言う者がいた。それは今まで一言も話す事なく黙々と食事をしていた大和だった。

 

 既に平らげていた大和の言葉で、皆の視線が彼に注目する。

 

「確かに今回の件の“D”はどんな人か分かんない。良い奴か悪い奴かも分からない。そんな“D”は皆不安がるだろうね」

 

 大和はでも、とそこから言葉を続ける。

 

「もっと前向きに考えようよ皆。例えその“D”がどんな奴だろうとこの学園に来るんでしょ? なら、悪い事ばっか考えないで、せめて出迎えるぐらいの準備はしといた方がいいんでない?」

 

 要するに大和はこう言いたいのだろう。―――どんな“D”が来ても相手方が不安がらないように温かく出迎えた方がいい、と……。

 

 リーザやフィリルは今回の“D”は仲間や家族ではない可能性があると言い、大和はミッドガルに来る“D”が悪い者ではない確率が高いと思った。

 

 理由は単純。遥が挙げた意見の通り、単にミッドガルが保護するという名目があるから。

 

 自分もかつて隔離されたが、それは保護という理由があった。バジリスクに狙われているなら、保護して竜の対策に応じるという事が今回ミッドガルが立てている計画の一つ。

 

 大和もそれを総じて考え、且つ「“D”は皆仲間」というイリスの意見も尊重していた。

 

 彼の言葉で、多少ながら張り詰めていた空気が和らいだような気がした。

 

「あなたの口からそのような言葉が出てくるとは思いませんでしたわ」

 

 一息吐きながら言うリーザは何処か皮肉げな口調だが、彼女の口元は緩んでいた。

 

「ですが、大和さんの意見も一理ありますね」

 

「ああ、それもそうだな」

 

 深月や悠も同様の意見だったらしい。

 

 大和の言葉で今回の件は最悪の結果にならないよう、というよりも、良い方向にも傾くように、と皆が心の中で願うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結論としては、ニブルの働きにより、バジリスクが増えるという自体は回避した。

 

 そして同時に、大和が言った事があながち嘘ではない事がその結果となった。

 

「―――この度、私達にまた新たな仲間ができました。バジリスク進行方向上の町を虱潰しに捜索していたニブルが、二人の“D”を発見、保護したのです」

 

 健康診断の日から丁度一週間が経過した金曜日。学校の体育館で、全校集会が開かれていた。

 

 壇上に立つのは深月。悠や大和が転入してきた際に思い出させる光景でもある。

 

 恐らくだが、新入りが来る度に、全校生徒に対して紹介の場を設けているのだろう。

 

「二人のうち一人には竜紋の変色が確認され、バジリスクの目的が“D”との接触にある事は、ほぼ間違いない状況となりました」

 

 深月の発言に生徒達が少しだけ騒めく。彼らの視線は深月に向いておらず、その後ろに立つ新入りの“D”だけに注がれていた。

 

「ですが、慌てる必要はありません。バジリスクは水中を移動するのに適した体の構造をしておらず、海を渡るのは困難だと考えられています。仮にバジリスクが海を陸と同じように進めても、その移動速度は非常に遅く、ミッドガルに到達するのは一ヶ月以上先になるでしょう」

 

 皆の様子には気づいているはずだが、深月は淡々と状況説明を続ける。

 

 バジリスクは海を渡れないから大丈夫などと楽観する気にはなれないが、ミッドガルは安全圏となる可能性もあるらしい。

 

「私達には十分な準備期間があります。尚且つ、バジリスクは以前から討伐計画を練っていた対象です。一人一人が最善を尽くせば、必ずや勝利を掴み取る事ができるでしょう!」

 

 深月の演説は相変わらず達者だった。しかし、今日だけは皆の心に届いているとは言い難かったと悠は感じた。

 

 男である悠や大和が転入する際、大きな注目を浴びた。特に大和に至っては悠を越していた程。しかし今回は更にそれ以上。

                          

 壇上に立つ、新入りの“D”。その一人は、あまりにも異質(・・)だった。

 

「―――それでは転入生を紹介しましょう。二人共、前へ」

 

 指示通りに前へ出てくる二人の転校生。

 

 一人は眼鏡を掛けた真面目そうな印象の少女。年は悠や大和と同程度で、長い黒髪を三つ編みのおさげにして纏めている。

 

 彼女は至って普通の女の子だった。問題はもう一人。

 

 全校生徒の視線を一身に集めているのは、まだ幼い少女だ。恐らくはレンよりも年下で、日本でなら小学校に通っているような年齢に見える。

 

 光の加減で淡い桃色にも見える、色素の薄い髪。肌は白く、顔立ちも整っており、その部分だけならば、誰もが愛らしい少女だというに違いない。

 

 しかし彼女は、人間が持ち得ないパーツを有していた。

 

 それは頭の左右から生えた、二本の小さな角。

 

 角は深い紅色で、竜を連想させる形状。頭上からの照明を受けて鈍く輝いている。

 

 大和も人間には持ち得ない反物質の王であるギラティナの翼を有しているが、あれは自分の意思で生やす事ができるし、常時展開している訳ではない。

 

 だが、あの少女は違う。誰の目から見ても窺える真紅の角。

 

 その角を頭に頂く少女は、赤みを帯びた瞳で彼らを睥睨(へいげい)している。

 

 ―――作り物じゃないのか? 悠は思わずそんな想像をしてしまう。

 

 竜人、とでも表現するしかない容姿の少女に、皆は好奇心と恐怖がない交ぜになった視線を向けている。

 

 あの角は一体何なのか。悠を含む体育館に集まった生徒達が待っているのは、彼女の姿についての説明だった。

 

 しかし深月はまず、竜人の少女ではなく、眼鏡を掛けた黒髪の子を身振りで示した。

 

「彼女は、立川穂乃花さん。“D”の能力にはまだ目覚めたばかりだそうなので、皆さんが色々と教えてあげて下さい」

 

「立川穂乃花です。よろしくお願いします」

 

 眼鏡の女の子―――穂乃花は深々と頭を下げる。どうやら日本人らしい。ニブルが捜索していたのはバジリスクのテリトリーだったサハラ砂漠に近い区域のはずだが……きっと何か事情があったのだろうと悠は推測した。

 

 パチパチと拍手が鳴り、穂乃花はホッとした様子で笑みを零した。

 

「…………」

 

 が、大和は拍手をせず、大元である穂乃花を怪訝な表情で見つめている。

 

(おい大和、どうしたんだ?)

 

 大和の隣にいる悠は、何か思うところがあったのか小声で話しかける。

 

(いや、前にどっかで見た事があるよーな奴だと思ったからさ。多分違うと思うけど)

 

(そ、そうなのか……?)

 

 以前見かけた事があると思ったが、どうやら違うと言っていた。

 

 二人は視線を戻すと同時に、拍手が静まる。見ると深月が角を生やした少女へと視線を向けていた。

 

 空気が張り詰める。誰かが唾を呑む音が、やけに大きく聞こえた。

 

「次に―――この子は、ティア・ライトニングさん。バジリスクに狙われている少女です」

 

 大きなどよめきが起こる。彼女が竜紋変色者らしい。

 

 見初められた“D”は竜紋が変色し、ドラゴンが接触すると、その同種へと変貌する。

 

 少女―――ティアの姿は、そういった現象と何か関係があるのだろうか。

 

 この疑問は、恐らく多くの生徒達が抱いている。深月もそれを分かっている様子で、ざわめきが収まると説明を続けた。

 

「余計な憶測と誤解を招かぬため、まず言っておきます。竜紋の変色とティアさんの角には、何の因果関係もありません。入念な聞き取りと検査の結果、この角は竜紋変色以前に上位元素(ダークマター)生成能力で作り出された、後天的な追加部位だと判明しました。DNAの異常も見つかっていないそうです」

 

 先程以上に生徒達は色めき出す。

 

 肉体と接合した新たな部位を作り出す―――口で言うのは簡単だ。

 

 上位元素はどんな物質にも変換できるのだから、理論上は生体変換も行えるだろう。

 

 しかし、実践するとなれば話は別。

 

 生き物の体は余りにも複雑で、とてもイメージだけで再現できるものではない。

 

 周囲の生徒達は信じられないという眼差しをティアに向けている。だが正体不明のモノに対する恐れは、随分と薄れているように感じられた。

 

 深月の説明が功を奏したのだろう。

 

 人間は未知の存在を恐れるが、逆に言うと―――理解できるものならば、無闇に警戒したりはしない。

 

 最初こそ、悠もそうだが“D”ではない大和の存在に皆が畏怖の念を抱いたが、次第に打ち解けつつある現状だ。

 

 後一歩で、彼らと同じようにティアは学園に受け入れられるはず。

 

 深月は、そのための言葉を紡ぐ。

 

「ティアさんは稀有な才能を持っているだけで、私達と何も変わらぬ“人間”です。ですから―――」

 

「違うの」

 

 が、深月の声は途中で遮られた。

 

 声の主は―――ティア。鈴を鳴らしたかのような、高く澄んだ声音だった。

 

 体育館にいる全員の眼差しが、彼女へと向けられる。

 

「えっと……ティアさん。私、何か間違えましたか?」

 

 流石の深月も戸惑った様子で問い掛けると、ティアはこくんと頷いた。

 

「うん、ティアは、人間じゃないの」

 

 少し片言な日本語で答えるティア。

 

 低いどよめきが生徒の間を駆け抜ける。

 

「そ、そんな事はありません。ティアさんは人間です!」

 

「ううん、違うの。ティアは―――ドラゴン」

 

「なっ……」

 

 絶句する深月を見て、ティアは不思議そうに首を傾げる。

 

「どうして驚くの? あなたも、“D”なのに。“D”は、ドラゴンなのに」

 

「“D”がドラゴン……? いいえ、それは違います。ティアさん、私達は人間です」

 

 深月は諭すように言うが、ティアは表情を固くする。

 

「……ドラゴンなの。ティアは、ドラゴンなの!」

 

 苛立った様子で深月を睨むティア。その周囲に、あぶくのような小さい上位元素の粒が無数に湧き上がる。

 

 在野の“D”は架空武装など使わない。かつての悠がそうだったように、上位元素をダイレクトに物質変換するのが普通だ。だから、あれはもう完全な戦闘態勢だ。

 

 ティアの上位元素は電気へと変換されているのか、火花がバチバチと散っている。

 

 感情が高ぶり、無意識に攻撃的な物質変換を行っているのかもしれない。

 

 だがそんな危険な状況だというのに、深月や他の生徒達は棒立ちのままだ。

 

 ミッドガルではドラゴンに対する訓練が主流なため、対人戦の訓練など行わない。だからどう対応すればいいのか分からないのだろう。

 

 ―――だとすれば不味い!

 

「悠!」

 

「ああ、分かってる!」

 

 大和もこの状況を不味いと思ったのか、悠に声を張り、二人同時に列を抜ける。

 

「モノノベ、それにタイガも……?」

 

 イリスが声を上げるが、答えている暇はない。

 

 悠は深月の元へと走り、大和は壇上の手前―――高速移動で生徒達がいる先頭よりも前に立つ。

 

 そして、両腕を広げ守りの体勢を取る。いつでも防御できる体勢、更にあれが電気ならば、特性“避雷針”を使用して、いざという時に生徒達に攻撃が巻き込まれないよう万全の施しをする。

 

 大和の行動に生徒達は驚きを交えながらも行動の意図が分からなかった。が、そうしている間に悠は走る勢いのまま壇上へと跳び上がり、深月とティアの間に割り込んだ。

 

「やめろ! 落ち着け!」

 

 深月を背中に庇い、悠はティアに叫ぶ。

 

「あ……」

 

 するとティアの表情から急に怒りが抜け落ちた。目を丸くして、悠の顔をジッと見つめたまま動かなくなる。湧き立つように生成されていた上位元素も、全て虚空に消えた。

 

 大和もティアの行動が止まり、安堵すると同時にどうしたのかと思いながらも腕を下げる。

 

「ん……? おい、どうしたんだ?」

 

 刺激してはいけないので、悠は慎重に問い掛ける。

 

「あ―――うそ……また、会えるなんて……あ、あの、あなたも……あなたも、“D”だったの? “D”にも、男の人がいたの?」

 

 呆けていたティアが我に返り、震える声で問い掛けてきた。何だか妙な言い回しで、まるで彼を知っているような反応。

 

 だが悠には、思い当たる節があった。

 

 ―――そういえば、この子、どこかで見た事があるような……。

 

「ああ、俺も“D”だ。今のところ男で一人だけの、な」

 

 だがはっきりとは思い出せず、悠に向けられた問いにだけ答える。

 

 その途端、ティアは花が咲くように満面の笑みを浮かべた。

 

「やったの……やっと会えたの……あなただった……あなただったんだ! ねえ! 名前! あなたの名前は?」

 

「も、物部悠だけど……」

 

「モノノベ、ユウ……ユウ……いい名前。ねえ……ユウ、聞いて欲しい事があるの」

 

 事態がよく分からない方向に流れているのを感じつつ、悠は問い返す。

 

「何を……聞いて欲しいんだ?」

 

「あのね、ティアはね、ドラゴンのお嫁さんになるために生まれてきたの!」

 

「ど、ドラゴンのお嫁さん?」

 

 あまりに突拍子もない発言に、悠は困惑してしまう。

 

 それはまさか、バジリスクのつがいになりたいという意味だろうか。

 

 だとしたら何とか説得しなければと考えるが、続けてティアが口にした台詞に思考回路が停止する。

 

「だからね、ユウはこれから、ティアの旦那さま!」

 

「……は?」

 

「なん……だと……」

 

 呆気に取られる悠と、大和も信じられないものを見たかのような驚きを含めた表情となる。

 

 そんな悠に、ティアは勢いよく抱きついてきた。

 

「そして、ティアはユウのお嫁さん! もう、絶対に離れないの!」

 

 女子生徒達が、歓声か悲鳴か判別のつかない甲高い声を上げ、一斉に騒ぎ始める。

 

 悠は余りの事態に理解が追い付かず、ぎゅっと腰にしがみ付く少女の華奢な肩と小さな角を、ただ呆然と見下ろしていただけだった。

 

 ―――そんな中。

 

(ん……?)

 

 大和もどうなってんだとばかりに事態の状況に困惑している中、不意に穂乃花を見た。

 

 ―――その彼女の口元が僅かに歪んでいたのは、気のせいだろうかと疑問に思ったのだった。

 




大和とティアの絡みどうしよう……w

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