ファフニール? いいえポケモンです。   作:legends

25 / 60
新年一発目の投稿です。


紆余曲折祭り

 ティアが深月の宿舎に来るようになってから、様々な出来事があった。

 

 まず、ティアの学習進度に合わせた教材を元に、教科書とノートを用いた授業を悠が行った。

 

 が、さも当然のように悠の膝が自分の座る位置と言わんばかりに彼の膝の上に乗り、ティアが悠のお嫁さんと自称している事や、ティア自身がドラゴンと認識しているため、彼女は人間の理屈・常識がまるで通用していなかった。

 

 その事に頭を抱える悠だが、それでも遥に言われた通り、教育係としてティアの面倒を見なければならないので、彼女に授業を教えていく。

 

 結果的に勉強に集中できたお陰でティアは真面目に知識を得ていた。それは同年代の子に負けない教養を備えている程。

 

 とまあ、授業を何だかんだ真面目に取り組み、七時の夕食時。深月は悠とティア、それから大和も呼んだため、四人で夕食を食べる事に。

 

「……ティアさんの教育は、不調なようですね」

 

 相も変わらず悠の膝を指定席にしているティアを見た深月は、落胆した様子で言う。

 

「いや、勉強に関しては順調なんだが……ルールを教えるのは難しくて」

 

 頭を掻きながら悠が答えると、深月は溜息を吐いた。

 

「分かりました。では、ルール教育に関しては私が引き受けましょう。生徒会長として、ティアさんの勝手気ままな行動を放っておけませんから」

 

 生徒会長でありながら責任感も強い深月。彼女は夕食後、悠の部屋で深月による教育が始まった。

 

 のだが―――。

 

「……ですから、ティアさん。規律に従ってミッドガルで生活することにより、私たちは世界から存在を認められて―――」

 

「そんなの人間が勝手に決めたことなの。ティアはドラゴンだし関係ないの」

 

「…………」

 

 もう何度目かも分からないティアのドラゴン理論の前に、深月はがっくりと肩を落とした。

 

「兄さんの苦労が、よく分かりました」

 深月はティアの椅子となっている俺に、疲れた顔を向ける。

 

「だろ?いくらルールを納得させようとしても無理なんだよ」

 

 ようやく仲間を得られた気分で、俺は苦笑を返した。

 

「これは難敵ですね……いつの間にか九時を回っていますし、そろそろお風呂にしましょう。一旦、頭を切り替えます」

 

 頭を冷やすという遠回しな意味も含み、そう言った深月は席を立つ。だがその直後にティアが口にした言葉を聞いて、動きを止めた。

 

「やっぱりそう来ましたか……」

 

 深月は自分の額に手を当て、低い声で呟く。

 

「ティア、頼むから風呂は一人で入ってくれないか?トイレのときみたいに、ちゃんと外で待ってるからさ」

 

 悠はできるだけ優しい口調で頼んでみるが、ティアはぶんぶんと首を横に振る。

 

「や!ユウと入るの!旦那さまはいつも一緒じゃないとダメなの!」

 

「……どうしてティアは、俺と離れることをそんなに嫌がるんだ?俺は別にいなくなったりしないぞ?」

 

 悠は思い切って、踏み込んだ質問をしてみる。するとティアは表情を曇らせた。

 

「ダメなの……ティアが傍にいないと、きっと、消えちゃうの」

 

「消える?」

 

「…………」

 

 彼は言葉の意味がよく分からずに問い返すが、ティアは口を引き結んで答えてくれない。

 

 無言で彼の服をぎゅっと掴み、テコでも動かぬ姿勢だ。

 

「分かりました。仕方ありませんね……」

 

 深月が漏らした言葉を聞いて、悠は驚いた。

 

「え?まさか、許可するのか?」

 

 生徒会長である深月が、混浴を認めるなど信じられない。以前、リヴァイアサン侵攻時にイリスに背中を流してもらった事があったのだが、その事が露見した際は、大量の反省文を書かされたのだ。

 

「はい、ただし条件付きですが。こうなることは半ば予想していました。なので、対策は用意してあります。少し待っていてください」

 

 そう言って深月は部屋を出て行き、すぐに荷物を抱えて戻ってきた。

 

「それは……?」

 

 悠は深月が持ってきた物を指差して訊ねる。 

 

「水着とパジャマです」

 

 真剣で答える深月。悠はそれが意味するところを理解し、眉を寄せた。 

 

「…………水着なら、いいのか?」

 

 深月にしてはずいぶんな譲歩だと思い、確認してみる。

 

「水着は学園指定のものです。温水プールに入るのだと思えば、風紀上の問題はないと思います。た、ただし、監視役として私も同行しますが」

 

 頬を赤くし、深月はさらに予想外のことを告げた。

 

「な……深月も入るのか?」

 

「———何か問題が?兄さんはティアさんと二人っきりで、イチャイチャとお風呂を満喫したいのですか?」

 

「そ、そんな訳ないだろ」

 

 悠が慌てて否定する。ただ、深月と風呂に入るのだと考えた時、何故だかとても落ち着かない気分になったのだ。

 

 ―――深月は妹で、意識する必要もないはずなのに―――と。

 

「だったら構いませんよね?私も兄さんと入ります」

 

(……兄さんと?)

 

 話の中心はティアのはずだったので、言い回しに少し違和感を覚える。だが深月の眼光に気圧された悠は、それを指摘することなく頷いた。

 

「わ、分かった……」

 

「よろしい、では―――お風呂タイムです」

 

 声を弾ませ、そう宣言する深月。何だか、心なしか妙に楽しそうな様子。

 

 懐かしき、子供の頃を思い出しているのかもしれない。

 

(あれ、でも……俺は深月と、風呂に入ったことがあったか?)

 

 兄妹ならば、幼い頃は一緒に入るのが普通だろう。

 

 だがいくら考えてみても、そんな記憶はどこにも見つからなかった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃。

 

 悠の隣の部屋である大和は、不本意ながら隣り部屋に向けて聞き耳を立てていた。プライバシーの侵害だと思ったので本当に不本意ながらだが。

 

 悠の部屋からはそんな大声が飛び交っている訳でもなく、様子確かめに聞いた程度。しかし常人のそれを逸している大和の聴力なら、余裕だった。

 

 妖精ポケモン“ピクシー”の能力、『どんなに遠くの物音も聞き分けられる』、『一キロ先の針が落ちた音も聞こえる』といったずば抜けた聴力をも有している。

 

 そんな中で、壁に沿って聞き耳を立てていたのだが……。

 

「いや、水着だからっていい訳じゃねーっしょ。悠にティアが独占されるから単に深月も入りたいだけかと思われ」

 

 そう何処か呆れながら大和は言う。どうしても悠と一緒に風呂に入りたいティアに対し、深月も混浴すると仰った。

 

 と、その言葉にツッコミを入れた大和。防音性がないとは言えないが、大和の前では筒抜けだった。

 

「フッ、オレじゃなきゃ見逃しちゃうね」

 

 別に恐ろしく速いものを見た訳ではないが、何故かやり遂げた感があった大和は自画自賛した。

 

 その後、別にこんな事する必要あったか―――と葛藤していたのは別の話。

 

 何はともあれ、騒音騒ぎになるという事もないと分かれば、別段気にする必要ないと思った大和は自分も安心して風呂に入る事にしたのだった。

 

 後、別にエッチなハプニングがあったとか、そういうのはありませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気持ちよさそうに眠っていますね」

 

 悠のベッドで寝息を立てているパジャマ姿のティアを眺め、深月が頬を緩める。

 

「……これでやっと解放される」

 

大きく息を吐いた悠は、勉強机の椅子に深々と腰をかけた。

 

「お疲れ様です、兄さん」

 

 深月は苦笑を浮かべながら彼を労い、ベッドの(ふち)に座る。

 

 風呂から上がった後、悠と深月はそれぞれ寝間着に着替え、冷たい飲み物で喉を潤していたが、気が付くとティアはうつらうつらと舟を漕いでいた。

 

 それでとりあえず彼のベッドに寝かせたところ、あっという間に眠ってしまったのだ。

 

 そこは流石に年相応というところか。

 

「けど、任務は失敗だ。結局、今日中にティアを説得できなかった」

 

 恐らく明日もティアは、悠の膝で授業を受けようとするはず。

 

「ティアさんにルールを教えられなかったのは、私も同じです。明日は私からも篠宮先生に説明して、期限を延ばしてもらいます」

 

「ありがとう深月、助かる。ただ……ティアの“自分はドラゴン”だって思い込みを何とかしない事には、いくら時間を掛けて言い聞かせても無駄だろうな」

 

 ドラゴンには人間が決めたルールなんて関係ない———その一言であらゆる説得が無意味になってしまう。

 

「……正直、こんなにも頑固な子だったのは予想外でした。彼女はニブルに保護された時も、ミッドガルへ移送されて検査を受けた時も、全く抵抗しなかったと聞いていましたから。ずっと無表情で、大人しく言う事に従っていたそうです」

 

「今とは、ずいぶん印象が違うな」

 

悠にとってはころころと目まぐるしく表情を変えるティアに振り回された直後であるため、すぐには信じられない。

 

「はい、全校集会の前に会ったときとは、まるで別人です。最初は、無口で従順な子に思えたのですが……」

 

「つまり性格が豹変して見えるほど、"D"が人間だって発言は、ティアにとって聞き逃せないものだったわけか。なあ、ティアがどんなどんな環境で生活していたのかは分からないのか?」

 

 悠がそう訊ねると、深月はちらりとティアの様子を窺う。

 

「―――下校前に、篠宮先生からできるだけ詳しく教えてもらいました。ティアさんは、よく眠っているようですし、今なら話しても大丈夫でしょう。彼女には、あまり聞かせたくない話ですから」

 

 その言葉に俺は眉を寄せる。

 

「まさか、ティアは酷い目に遭っていたのか?」

 

 ティアの思想は、“D”の排斥団体と似通っている部分があった。まさかそういった組織に捕らえられていたのかと心配になる。

 

 だが深月は、ゆっくりと首を横に振った。

 

「―――いいえ、その逆です。ティアさんは崇められていました」

 

「崇められていた?」 

 

「ニブルの部隊がティアさんを発見したのは、ドラゴン信奉者団体“ムスペルの子ら”の武装車両内だったそうです」

 

 その名を聞いた悠は息を呑む。

 

「“ムスペルの子ら”……世界最悪のテロ組織じゃないか」

 

 ドラゴン信奉者団体というのは、“D”の排斥団体とは全く考え方が逆の人々だ。人智を超えた怪物であるドラゴンを神と崇め、敬う。

 

 ドラゴンの脅威に晒された世界で、そういった新興宗教が生まれたのは、ある意味必然だった。

 

 崇めるというのは、絶対的な恐怖なら逃れる方法の一つ。自分はドラゴンの使徒だと信じる事で、心の安定を保てている。

 

 そんなドラゴン信奉者団体の中でも、“ムスペルの子ら”は非常に過激な思想を有している最大派閥。ドラゴンを倒そうとしている国や組織にテロを仕掛け、活動を妨害し続けている。当然ながらアスガルやニブルもその対象にされていた。

 

「兄さんは、“ムスペルの子ら”と関わった事があるんですか?」

 

 悠の苦々しい口調から何かを感じたのか、深月は躊躇いがちに問いかけてくる。

 

「……ああ。奴らは竜災にあった国へ入り込み、信徒を増やそうとするからな。ニブルとは必然的に衝突する。もしもリーダーの“D”を発見した場合は、即時抹殺の指示を受けていた」

 

「え……?リーダーが"D"?」

 

 深月が目を丸くするのを見て、悠は説明する。

 

「公にはなっていないが、“ムスペルの子ら”のリーダーの名はキーリ・スルト・ムスペルヘイム―――ニブルでは“ドラゴンよりも多くの人間を殺した魔女”として恐れられていたよ。俺は結局、出くわす事がなかったけどな」

 

 もしも出会っていたら、殺すか殺されるかという二択しかない状況になっていただろうと悠は推測する。

 

 悠自身が手を汚さずにいられたのは、彼女と巡り合わなかったのが幸いか。

 

「そんな……“D”がテロ組織を率いているだなんて」

 

 深月はショックを受けた様子で声を震わせた。

 

「表沙汰になれば“D”の社会的地位は、一気に危うくなるだろうな。だから、ミッドガルやその恩恵を受けている国々が情報統制しているのさ。深月が知らなかったのも当然だ」

 

「……でも、どうして“D”がドラゴンを崇めようとするんでしょう。私達を狙ってくる敵だというのに」

 

 訝しげな表情で深月は言う。

 

「“D”のドラゴン化は機密情報なんだろ? だから単純にそれを知らないか……もしくは知った上で、ドラゴンになる事を望んでいるか」

 

「前者なら納得できますが……後者だとしたら、理解不能です」

 

「まあ、テロリストの考えなんて分からないさ。たた……ティアの言動から考えると、組織がドラゴン化の事を知っている可能性は高いな」

 

 ティアは、自分はドラゴンのお嫁さんになるために生まれてきたと言っていた。

 

 これは本来、悠のような男の“D”との婚姻を指すものではなく、バジリスクなどの本物とつがいになる事を意味しているのだろう。

 

 ドラゴン信奉者達がドラゴンを増やすため、ティアにそう言い聞かせていたと考えれば辻褄が合う。

 

「ティアさんが自分をドラゴンだと言い張る原因は、全てそこにあるのでしょうか……」

 

「どうだろう……何ていうか、ティアに言われた事を疑問もなく受け入れるタイプには思えないんだよな」

 

 悠は今日、勉強を見ていて分かったが、ティアは頭のいい子だった。分からない部分はきちんと質問し、理解しようと試みる。知識に根拠を求めるティアが、ドラゴン信奉者たちの出鱈目な教義を素直に信じ込むだろうか。

 

「そうですね……ティアさんは自分をドラゴンだと心から信じているのではなく、無理やり自身に言い聞かせているような印象を受けます」

 

 ―――言い聞かせている、か。

 

 悠は内心でそう考えた。確かに、指摘されてムキになるのは、揺らぎがある証拠だ。

 

 人間は時に恐怖から逃れるため、ドラゴンのような怪物すら神と崇める。有り得ないものを信じようとする。もしティアが心の安定を保つために、自分をドラゴンだと信じているのなら……それは“何から逃れるため”なのだろう。

 

「なあ―――ティアを保護したとき、傍に両親はいなかったのか?」

 

「分かりません。少なくとも、私の聞いた限りではティアさんの両親に関する情報はあまりありませんでした」

 

「そっか……これに関しては直接聞くしかないか」

 

 悠はすやすやと眠るティアの寝顔を見ながら呟く。

 

「今日はもう眠ってしまいましたから、また明日ですね。では、私達もそろそろ寝ましょうか」

 

「そうだな―――って、え?」

 

 そう言った深月はティアの隣に寝転がり、悠はキョトンとした目を向ける。

 

「……深月もここで寝るのか?」

 

「ティアさんを眠っている間に兄さんから引き剥がすのは、あまり良くないでしょう。ですが、だからといって兄さん達を二人きりにする訳にはいきません」

 

 無防備な姿勢で横たわる深月。悠からの問いにそう答えた。

 

「いや、でも三人で寝るにはベッドが狭すぎるぞ」

 

「……何を言っているんですか? 兄さんは床です。使っていない隣の部屋から、寝具を持ってきて下さい。やっぱり最近の兄さんは、デリカシーが欠如していますから」

 

 ジト目で言い返され、悠は顔が暑くなる。が、この言い返されよう。兄を信用していないと思っていたが、よく考えれば風呂も三人一緒だったため、何となくベッドも三人で使うと思ってしまった。

 

「わ、分かってるって。冗談だ」

 

 悠は慌てて言い繕い、布団を取りに向かう。

 

「……これぐらい、以前の兄さんなら自分から提案しそうな事なのに―――」

 

 慌てて部屋に向かったので、深月の呟きが彼に届く事はなかった。

 

 悠は変わったのだろうか。深月の言う“以前”というのが、三年前を指すのか、それともリヴァイアサンと戦った三週間前を指すのか、悠も深月も知る由がなかった―――。

 




あんまり大和活躍してねぇ……。
次回はバトル回ありです。

実は私、神喰らい3をやってるのですが、前作前々作から割と難易度跳ね上がってるんじゃないんですかねぇ……。
あと灰域種……。一度戦えばある程度は戦えるんですが、初見殺し多すぎィ!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。