ファフニール? いいえポケモンです。   作:legends

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前回の投稿から三週間以上も間隔を空けて申し訳ありません!


作戦失敗

 ミストルテイン降下作戦が実行される日が来た、その早朝。

 

 ブリュンヒルデ教室の面々は時間通りに艦橋へと集合した。

 

 輸送船は停泊中のため、クルーの姿は少ない。太陽はまだ昇っておらず、艦橋から見える景色は、星空をバックにした火山の影と黒い海。

 

 艦橋には大きなモニターがあり、そこには複数の映像が分割して映し出されている。その一つはノイズ混じりの暗い景色。もう一つは軍服を着た強面の男たちが居る並ぶ会議室の映像。

 

『篠宮大佐―――よく見ておくといい、我々ニブルがバジリスクを討つ瞬間を』

 

「はい、楽しみにしております、ディラン少将」

 

 遥は額に傷のある初老の男性―――ディラン少将と会話をしている。後ろに整列して会議室にいる面々は、今回の作戦に携わるニブルのお偉い方のようだ。

 

『クラーケン、リヴァイアサンを討伐し、ヘカトンケイルを撃破した君達の力はもちろん評価しているが、我々とていつまでも“D”に頼ってはおれん。人の力でドラゴンを倒す事が、今こそ必要なのだ!』

 

 ディラン少将は声高々に叫ぶ。どうやらニブルはドラゴンを倒したという実績が欲しいのだろう。竜災の後始末役というイメージを払拭したいと思っているのだろうか。

 

「んぅ……」

 

 威圧的に話すニブルの軍人を見て、レンはアリエラの後ろに身を隠した。

 

「レン、どうしたんだ?」

 

 悠はその様子が気になって問いかけると、アリエラが苦笑を浮かべて代わりに答える。

 

「ああ、レンは大人の男が少し苦手なんだよ」

 

「そうだったのか……」

 

「でも、物部クンと大河クンは大丈夫だよ。二人ともお兄ちゃんみたいな感じってレンも言ってたし」

 

「―――!? んっ! ん~!」

 

 するとレンは顔を赤くして、アリエラの背中をポカポカ叩く。

 

「あ。これは秘密だったっけ? ごめんごめん」

 

 頭を掻いて謝るアリエラ。だが、その様子はディラン少将にも見えていたようで、彼は毒気を抜かれた様子で息を吐く。

 

『……君の部下達は、随分とマイペースなのだな』

 

「申し訳ありません―――皆、もう少し静かにしろ!」

 

 遥に注意され、彼らは口を閉じる。

 

『む……』

 

 ふと、彼は“ある一点”を見る。視線の方向にはふんぞり返っている大和の姿が。

 

『……そうか。君が、一人でドラゴンを圧倒する子か』

 

 納得した声で言うディラン少将。その声にニブルのお偉い方もざわざわとモニター越しに聞こえてくる。

 

 ニブルは大和の存在を知っており、彼を見るのは初めてではないものの、『神出鬼没で要注意人物』と組織内でマークされている。何せ、一度不可抗力で訪れた事があるのだから。

 

 その縁なのか定かではないが、大和は平然とした様子で画面を見ている。少将や強面の男達を見てもまるで「お前らなんか敵ではない」といった余裕の表情だ。

 

「如何にもオレが大河大和よ。何卒(なにとぞ)よろしく」

 

 自己紹介する大和。やはり大した事ないと言わんばかりか、自身を誇ったような物言いだ。

 

『だが、今回君の手は必要ない。今から我らニブルがバジリスクを討つのだからな。君も我々の力をよく見ておくがいい』

 

 ディラン少将は大和の手は煩わせないと、同時にニブルという組織の力を大和自身に思い知らせるような言い方をする。

 

「ほーう。それは楽しみだなぁ」

 

 物怖じすらせず何故か得意げな表情で返事をする大和。明らかに目上の人物と話しているにも関わらず、敬語や謙遜すらせずに言う彼には強者の風格がある。

 

「あの……」 

 

 そこにティアの小さな声が響く。彼女はおずおずとモニターの前に歩み出ると、画面の向こうにいる男達を見つめる。

 

『その角……君は今回の竜紋(りゅうもん)変色者だな』

 

 ティアの事も知っているようで、ディラン少将は硬い声で言う。ドラゴンを連想させるティアの角は忌々しいものに見えるのかもしれない。

 

「あの、ティア、応援するの!」

 

 だが男達の様子に構わず、ティアは一生懸命に声を上げる。

 

『お、応援?』 

 

 画面の向こうで微かな戸惑いが広がった。

 

「うん―――おじさんたち、ティアを守ってくれて、ありがとうなの! ティア、応援してるから、頑張って!!」

 

 強面の男性陣が明らかに動揺する。

 

『な、何ていい子だ』

 

『うちの娘にもあんな時期が―――』

 

『角もよく見ればキュートではないか……』

 

 ひそひそと囁き合う声が漏れ聞こえてきた。 

 

 ディラン少将はしばらく絶句していたが、こほんと咳払いをしてティアに告げる。

 

『君の気持ちは受け取った。おじさんに任せておけ』

 

(自分でおじさんとか言っちゃいますか。孫に甘々なおじいちゃんかな?)

 

 などと大和が考えていると、画面の向こうからは『おい―――今すぐミストルテインの輸送班と繋げ。私が直接気合いを入れてやる』というディラン少将の勇ましい声が聞こえてくる。

 

 そうしたニブル側とのちょっとした交流もありつつ、ついに作戦開始時刻が間近に迫った。

 

『―――ミストルテインは、四機の大型輸送機で牽引(けんいん)できる限界重力までミスリル防壁を厚くしてある。バジリスクの攻撃射程は約五千メートルのため、高度八千メートル付近から投下する予定だ』

 

 ディラン少将はこれから行う作戦の内容を彼らに説明する。

 

「垂直投下するという話ですが、その高度からで目標に当たるのですか?」

 

『バジリスクの射程に入るまでは燃料噴射で細かく位置を調整する。そして一度赤い閃光の中に突入すれば、もう風化による影響は受けない。余計なエネルギーは全て“風化”され、ミストルテインはただ重力に引かれて真っ直ぐに落ちるのみだ』

 

 疑問をぶつける遥に対し、ディラン少将は余裕を持って答えた。

 

「バジリスクがミストルテインを迎撃せず、回避に徹する可能性は?」

 

『これまでのデータでは、自分に接近する何かを感知した場合、バジリスクは必ず足を止めてそれを迎撃している。最初から逃げに徹する確率は低いだろう。直前で回避に切り替えられても、ある程度は追尾できる。バジリスクの鈍足では逃げ切れんよ』

 

 ディラン少将は自信ありげに言うが、聞いた限りでは悠も大和もかなり穴が多いように思えた。バジリスクがイレギュラーな行動を一つでも起こせば、それだけで作戦が破綻しかねないと。

 

(失敗する可能性しか見えないけど……とりあえず未来予知)

 

 大和は密かに技の『未来予知』を繰り出す。この技は二ターン後に念力の塊を相手に送って攻撃する―――というものだが、本来の意味合いであれば“未来を予知する”という予言でもある。

 

 つまり、“これから起こる未来の出来事”が分かるという事。そしてその予知した未来は、発動した二ターン後にやってくるというものに彼は応用させた。

 

『では……間もなく時間だ。ミストルテインの行方を共に見守ろう』

 

 会議室の映像が小さくなり、代わりにノイズ混じりの画面が大きく表示される。先ほどより画面は明るくなっており、それが超遠距離の高空からバジリスクを移し出している映像だと皆は気付いた。

 

 白んだ水平線に小さな黒い影が浮かび上がっている。豆粒程度の大きさにしか見えないが、あれがバジリスクのシルエット。

 

 画面の左上に表示されていた時計が、作戦開始時間を示す。

 

 映像に変化はないが、八千メートルの高さからミストルテインが投下されたはずだ。

 

 皆、息を呑んでモニターを見つめる。

 

 チカッと赤い光が瞬いたのは、誰かが唾を呑む音を響かせたのと同時に、地上から空へと、真っ直ぐに赤い閃光が伸びていく。ミストルテインがバジリスクの射程である高度五千メートルに到達したのだろう。

 

 どうやら落下するミストルテインが、赤い閃光を受け止めているのだ。ニブルの示したデータの通り、ミストルテインは赤い閃光の“風化”に耐えている。

 

(あ、こりゃ失敗するわ)

 

 大和が未来予知の攻撃―――ではなく、先の未来を受け取った瞬間、異変は唐突に起こった。

 

 赤く細い光の柱が、急激に膨張する。何倍もの太さになった赤い閃光が、夜明け前の空を裂く。

 

 そして数秒後―――押し戻されていたかに見えた閃光は、一気に天を()いた。

 

 それは閃光を遮っていた障害物が消えた証。

 

『―――おいっ! 一体どうなっとる!』

 

 モニターの向こうからディラン少将の怒号が響き、画面に部下らしき人物が映り込んだ。

 

『高度約二千メートルにて、ミストルテインの消滅を確認。作戦は失敗です』

 

『何だと!? ミストルテインには攻撃に十分耐えうる量のミスリルを用いたのではないのか?』

 

『風化速度が想定以上だったとしか言いようがありません。観測分析班からは、バジリスクの背中が割れて巨大な眼球が出現したとの報告が届いています』

 

『新たな眼だと? それが“終末時間”の出力が増大した理由か……』

 

 ディラン少将は険しい表情で呟き、大和達の方へと視線を向けた。

 

『―――聞いての通りだ。我々の力は、またしてもドラゴンに通用しなかったらしい』

 

「いえ……決してそんな事は。バジリスクが新たな眼を開いたのは、それだけ追い詰められた証拠です」

 

 遥はそう言うが、ディラン少将は苦笑いを見せて首を横に振る。

 

『それでも、倒せなければ意味はない。バジリスクの新たな眼―――今後は第三の眼(サードアイ)とでも呼ぼうか―――それに関するデータは後程送らせる。そちらの作戦を成功させるために役立ててくれ』

 

「感謝します」

 

 頭を下げる遥。ディラン少将は頷き、次にティアの方を見る。

 

「おじさん……」 

 

『応援してくれたのに、済まないな。力が足りなかった』

 

「ううん、いいの。おじさん、ありがとう!」

 

 ティアが礼を言うと、ディラン少将は薄く微笑む。

 

『……君達の幸運を祈る』

 

 その言葉と共に通信は切れ、モニターは真っ黒になった。代わりに窓の外が明るくなった。陽が昇ったのだろう。

 

 悠は皆の顔を見回す。多少の落胆は隠せないものの、少女達の瞳には覚悟の光があった。

 

 大和も手をポキポキと鳴らしていた。どうやらバジリスクに対してやる気マックスのようだ。

 

 次は自分達が戦う番なのだと、全員が理解している。

 

 悠も拳を握り、前を向く。眩しい朝日に目を細めながら、彼は来たるべき決戦の日に思いを馳せた―――。

 


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