ファフニール? いいえポケモンです。   作:legends

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明けましておめでとうございます(遅い)。今年もよろしくお願いします。
元旦から三日までの仕事は辛かった……。


出航

 女子寮から少し離れた場所にある、深月が個人で所有する宿舎―――悠と大和は一室ずつ借りて生活している。

 

 普段は朝と夜の七時に食堂でよく三人で食事をしているのだが、その日は時間になっても深月は帰ってこなかった。

 

 不審に思った悠と大和だったが、仕方なく家事用ロボ―――全自動召使い(オートメイド)が作った夕食を二人で軽く談話しながら食べ、自室に戻った。

 

 その後、二人に連絡が来た。個人端末宛てに深月からのメールが届いていた。

 

『今から学園時計塔一階の第一会議室に来てください』、と。開封したメールには指示だけが簡潔に書かれていた。

 

 二人は再度合流し、指示通りに学園に向かう。

 

「こんな時間から学園にって、ちょっと変じゃない?」

 

「そうだな。なんで、俺達が呼び出されるんだ?」

 

「キーリへの対応が決まったとか?」

 

「かもしれないが……理由は分からない」

 

 二人はそんな話をしながら歩く。辺りは夜の(とばり)に包まれていたものの、星明かりが眩しいので歩くのには困らない。

 

 島のどこからでも見える学園の時計塔には、まだ明かりが灯っていた。

 

 二人は個人端末を(かざ)してゲートを通過し、静まり返った学園内を進む。普段時計塔に入るのに使う渡り廊下からの入口は閉まっていたため、裏の通用口から中に入る事にした。

 

「第一会議室……ここだな」

 

「―――失礼します」

 

 部屋のプレートを見ながら歩き、目的の場所を見つけた二人。大和は一言礼しながら扉を開けた。

 

「―――ようやく来ましたわね。遅いですわよ、モノノベ・ユウ、タイガ・ヤマト」

 

 いきなりリーザに睨まれ、二人は面食らう。会議室にはブリュンヒルデ教室の面々が勢揃いしていた。

 

「兄さん、大和さん、早く着席して下さい」

 

 ホワイトボードの前に立つ深月が、二人を急かす。その隣には遥もおり、他の皆は席に着いていた。

 

「ユウ! ヤマト! こっちこっち!」

 

 ティアに呼ばれ、悠は彼女の隣に、大和は彼の隣に座る。

 

 深月の宿舎は女子寮より遠いため、二人が皆を待たせていたようだ。

 

 室内をぐるりと見渡す。席順は、右斜め前にイリス、リーザとフィリルは最前列に座っており、アリエラは机に突っ伏して居眠りしているレンの肩を揺すっていた。

 

「―――全員集まったようなので、話を始める。レン・ミヤザワ、そろそろ起きろ」

 

 遥が一歩前に踏み出て、深月は脇に下がる。

 

「ん……」

 

 レンは目を擦りながら、顔を上げた。

 

「このような時間に呼び出しをかけてすまない。急な話になるが―――明朝六時、君達にはエルリア公国へ出立してもらいたい」

 

「え―――エルリア公国に?」

 

 思わず驚きの声を漏らす大和。彼だけでなく、皆が呆気に取られた表情で遥を見つめている。

 

「うむ。現在エルリア公国に滞在中のキーリ・スルト・ムスペルヘイムは、ミッドガルの保護を求めている。それも"D"による迎えをだ。そのメンバーとして私は君達を選んだ」

 

 遥はそう言い、大和達一同を順番に見つめた。

 

「彼女との交戦経験がある物部悠とリーザ・ハイウォーカー、大河大和。縁の深いティア・ライトニング。竜伐隊の隊長である物部深月。そしてエルリア公園の姫であるフィリル・クレスト。これだけの人員が揃っている以上、このブリュンヒルデ教室が最も今回の任務に適していると私は考える」

 

「ちょ、ちょっと待ってください! 篠宮先生は彼女を再びミッドガルに招き入れると仰るんですか!?」

 

 リーザが信じられないという様子で声を上げる。

 

 確かに当然と言えば当然だ。キーリは甚大な被害をミッドガルにもたらした。そんな人物を迎えに行くなど、自殺行為に等しい。

 

「言いたい事は分かる。だが、あれだけ大々的に彼女のメッセージが世界に発信されてしまった以上、ミッドガルは人道的な対応をせざるを得ないのだ」

 

「けれど、彼女はテロリストなんですよ!?」

 

「彼女をテロリストだと暴けば"D"全体の信用失墜を招く。ニブルもこれまでの行いを隠匿するため、災害指定者の存在は公表しないのだろう。つまり―――私たちは彼女を犯罪者として扱う事ができないのだよ」

 

「だ、だとしても……この対応が正解だと思えません!」

 

 必死に食い下がるリーザ。誰よりも仲間を―――家族を大切にするリーザだからこそ、危険分子を内側に入れる事ができないのだろう。

 

 しかしそんな彼女に対し、大和が言う。

 

「落ち着きなさいリーザ。先生も無策で考えてる訳じゃないだろうし、何か対策してるはず」

 

「そうだ。確かに正解ではないが、それは表向きの動く場合の話だ。故に調整は後で行う」

 

「後……?」

 

「ああ、エルリア公国から彼女を連れ出した後だ。ミッドガルで生活するのならば、多くの自由を制限させてもらう事を告げ、それが受け入れられなければ―――災害指定に関する情報を口外しない事を条件に解放する」

 

「自由の制限は妥当ですが……交渉が決裂した時、解放してしまっていいのですか?」

 

 眉を寄せ、リーザは訊ねる。

 

「ミッドガルは"D"を守るための組織だ。たとえ災害指定者であろうと、私たちは彼女を討つ理由も、義務もない。何より君達に()()()はさせられん」

 

 遥の返答を聞いたリーザは口を噤む。

 

 人殺し―――その言葉は、それだけの重みを持っていた。そして大和が―――最も危惧する事でもある。

 

「他に質問がなければ、話を続けるぞ。"D"がミッドガルの領海外に出ることは禁じられているが、今回は特例として五日間の越境許可が得られた。その間に私達はエルリア公国に赴き、キーリ・スルト・ムスペルヘイムと接触する」

 

「篠宮先生、キーリを移送するだけにしては期間が長いように思うんですが」

 

 五日間という部分に引っ掛かった悠は、挙手をして質問する。

 

「ああ、それには事情がある。エルリア公国では明後日から三日間、アルバート王の葬儀が大々的に行われていることになっていてな。彼女は最終的に献花に参加する事を、メディアに公言している。だから彼女を移送するのは、葬儀を終わってからだ。君達はそれまで彼女の護衛を務めて欲しい」

 

「護衛……ですか?」

 

「ニブルは恐らく彼女を狙っている。けれどエルリア公国にいる間の彼女は、あくまで助けを求めている一人の"D"だ。少なくとも彼女と交渉を行うまで、殺させる訳にはいかない」

 

 キーリを"D"として扱うなら、ミッドガルは彼女を守る義務がある。それは分かっているのだが―――。

 

「あのキーリに……護衛が必要とは思えませんが」

 

 彼女の強さを思い出しつつ、悠は言う。()()()()()であるなら話は別だが、普通に戦えば彼女の方が確実に強い。

 

「それでも、万が一という事はある。頼んだぞ、物部悠、大河大和」

 

 その言い方だと、恐らく彼女を実際に護衛するのは悠の役目なのだろう。警戒対象は人間であるため、ニブル出身の悠が適任だろう。本人は気が重かったらしいが。

 

 そして大和に至っては、一人だけでキーリを圧倒した。その経験上、キーリがこちら側に何かしらの危害を加えようものなら、ストッパーの役割を果たせる。

 

「……分かりました」

 

「任せて下さい」

 

 悠は諦めの息を吐いて渋々承諾し、大和は自信満々といった様子で胸を叩く。

 

 その後はスケジュールについて詳しい説明があり、一時間程で解散となった。

 

「明日に備えて急いで準備をしなければいけませんね……兄さん、荷造りを手伝って貰えますか?」

 

「ああ、いいぞ」

 

 深月の言葉に頷き、悠は一緒に会議室を出る。

 

 バジリスク討伐から間もないというのに、再びミッドガルを離れる事になった。そして海外旅行ではあるものの―――以前の時とは違い、浮かれた気持ちにはなれない。

 

「オレも準備すっか」

 

 大和は独り言を呟いた後、軽い荷造りを済ませに宿舎に戻ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝六時―――悠達ブリュンヒルデ教室一同は、遥に引率されてミッドガルを出発した。

 

 まずは大型の高速ヘリで数時間掛けてどこかの空港へ運ばれ、そこから貸切のジェット機に乗り換える。

 

 大和は、本当は全部一人だけで行く事も考えたが、遥と深月に止められた。

 

「ZZZ……はっ!」

 

 飛行機の中で眠りに付いていた大和。移動に二十時間近く費やすようで、暇になった大和は技の『眠る』を使用していた。

 

 しかし機内のアナウンスで目を覚ますと、窓からは眩しい夕日が射し込んでいた。

 

『お知らせします―――間もなく、当機は目的地に到着します』

 

 外はまだ夕方で、恐らくミッドガルとは七、八時間の時差があると思われる。

 

 飛行機は未だ高空にあるようで、遥か下に見える大地を茜色(あかねいろ)に染まった雲が断片的に覆っている。雲から突き出しているのは、頂に雪の積もった高い連峰である。

 

「こう見ると、山ばっかりだなぁ」

 

「……まあ、それがエルリア公国の特徴みたいなものだから」

 

 窓の外を見ながら呟くと、隣に座っていたフィリルが言う。

 

「あのね、エルリア公国は高い山に囲まれてるせいで、"陸の島国"って呼ばれる程、外との交通手段が限られてるの」

 

「そういや飛行機でしかまともに行き来ができないって聞いた事があるな。鎖国かよ」

 

「……そこまで程じゃないけど、陸路は基本的に山越えだしね。一応山間(やまあい)を通る河川もあるけど、流れが速いから国の外へ出るだけの一方通行。空港ができるまでは周囲から完全に取り残された国だったんだ」

 

 フィリルは窓の外に見える大地を示しながら言葉を告げる。

 

「というか……第二次大戦後のゴタゴタで独立するまでは、大国の一領地で―――国ですらなかったんだけどね。ひいお爺様より前は王様じゃなくて、大公様だったんだよ」

 

「なるほど、通りで王国じゃなくて、公国なんだ」

 

 納得して頷く大和。

 

「そういう事。クレスト家は何百年もこの辺りを統治はしていたけど、本当の意味で王政が敷かれていた時期はとても短いんだ」

 

 故郷が間近に迫ったからか、フィリルのテンションがやけに高く、饒舌(じょうぜつ)だ。

 

「そっか。今は確か民主制だったっけ?」

 

 そう授業で習った記憶があった大和。

 

「お爺様が即位した時に、自分から権力を手放したの。希少な資源が採掘できる国有地を民間に開放して……国をすごく豊かにした。お爺様は、本当に凄い人」

 

「―――それに、"D"の人権回復やミッドガル独立にも関わったんでしょ? まるで国と世界を変えちまう物凄いお人ですわ」

 

 彼女の祖父が為した功績を大和は心から感嘆する。

 

 たった一人の人間がそれだけの変革を為したという事実。それは驚愕に値する。

 

「ただ、そんな人が亡くなったっていうのは、皆悲しんでるよね……」

 

 きっと国中が暗い雰囲気になってるなと思った大和だったが、フィリルは何故かおかしそうに笑った。

 

「まあ、悲しんでるとは思うけど……大河くんが考えている感じじゃないよ、きっと」

 

「それって、どういう事?」

 

「それは、見てのお楽しみ」

 

 悪戯っぽく微笑むフィリル。

 

「―――間もなく着陸態勢に入ります。シートベルトをご着用下さい」

 

 そこに着ないアナウンスが響く。

 

「着いたら、物部くんと一緒に色々と案内するね」

 

 フィリルがそういった後、飛行機が止まるまで口を開かなかった。

 

(見てのお楽しみ……そこまで険悪なムードじゃないって事かな。あまり気にしすぎない方がいいか)

 

 大和はもうすぐ着くであろうエルリア公国の国内の雰囲気を思いながら、着陸を待った。

 




今年も恐らく本小説ときんモザ小説がメインになると思いますが、どうぞよろしくお願いします。

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