「その様子だと、かなり旗色は悪そうね。それに大和はどうしたの?」
キーリは微かに諦めの混じった笑みと共に尋ねてくる。
時は少し遡り、半壊したエルリア城、そのホール内にて。"黃"のフレスベルグが襲来し、見初めたであろうキーリをつがいにすべく、城内へと突入した。
突如として現れた竜に城内はパニックになるかと思われたが、ホールでキーリと共に待機していたフィリルが架空武装を用い防壁を張って、瓦礫等の被害を最小限に留めていた。
「大和は……フレスベルグに攻撃された。怪我したが、すぐ合流すると言っていた」
「そう……」
彼女の質問に悠が答える。彼は怪我しながらもキーリをつがいにさせない事を最優先し、フレスベルグからキーリを守るため大和抜きで駆け戻っていたのだ。
そのホール内の人々は外へ避難する事ができたが、竜を追いかけて来た悠達はそうはいかない。
何せ、近くの入口は崩落して通れない上に、どこへ逃げても翼を持つフレスベルグから逃げ切れる可能性は低いためだ。
城内にいた人々のほとんどが避難し、フレスベルグは残った悠達に視線を向けている。金色の粒子を纏う竜の姿がはっきりと目に映る。
「くっ……」
キーリが顔を
キーリをつがいになる者として認識したのか、彼女の指の隙間から眩い光が漏れていた。
「やるしか―――ありません。あらゆる攻撃を試して、打開策を探ります!」
深月の指示で悠達は架空武装を構え、キーリの前に出る。
クァァァァァァァァ―――!
だが彼らが攻撃に移るより早く、フレスベルグは甲高い鳴き声と共に翼を広げた。金色の粒子がフレスベルグを中心に放たれ、こちらに押し寄せてくる。
「エアー・ウォール!」
フィリルが咄嗟に風の結界を張るが、粒子は空気の壁を無視して悠達を呑み込んだ。
「くっ!?」
粒子に包まれた瞬間、体が動かなくなる。意識はしっかりしているのに、肉体が命令に従わない。まるで精神を肉体に閉じ込められたかのような感覚になる。
―――もしかして大和は、同じようにこの違和感を?
悠は先程大和がフレスベルグに特攻を仕掛け、彼が突然動きを止めた事に関してこの感覚になったのだとみなす。
皆、金色の粒子に包まれて動きを止めていた。キーリは死角にいるため分からない。
意識だけで生み出せる
彼らの方へ、悠々と近づいてくるフレスベルグ。
「あなた達ならフレスベルグに勝てるかもと思ったけど———やっぱり難しかったみたいね」
諦観の混じった声が聞こえ、キーリは言葉を続ける。
身動きできない悠の横を通り過ぎ、フレスベルグの前に歩み出るキーリ。彼らが盾になったためか、彼女だけはまだ粒子に包まれていない。
「それとも、私を守るためじゃ本気にはなれなかった?」
口が動かせられないため、答えられない。
勿論全力で戦おうとしたが、やれる事はまだ全てやっていなかった。
しかしこの
「まあ―――でも、お礼は言っておくわ。守ってくれて、ありがとう。それと今日は楽しかった。こんな楽しい日は多分、人生で二度目よ」
キーリはそう言うと前に向き直り、フレスベルグの元へ自ら赴いて足を止める。
フレスベルグも立ち止まり、キーリを見下ろす。
「さあ―――好きにしなさい」
竜紋が輝く右腕を掲げ、彼女はその時を待つ。
ゆっくりと身を屈め、キーリの手に
やめろと悠が叫ぼうとしても声にならない。
だがフレスベルグはキーリの指先に触れる直前で動きを止める。
彼女の輝く竜紋をじっと見つめた後、興味を失くしたように彼女から離れる。
「え……?」
掠れた声を漏らすキーリ。
スウッと、キーリの竜紋が光を失う。
(変色が、治った?)
呆然とする彼女の脇を通り過ぎ、フレスベルグは悠達の方へ近づいてきた。
金色の巨鳥は身動きできない彼らを順番に見つめ、フィリルに視線を固定した。
嫌な予感が這い上がる。
何が興味を惹いたのかは分からないが、身を屈めてフィリルに顔を近づけるフレスベルグ。
―――その時だった。
ドゴオオオオオンッ!
崩落していた近くの入口―――瓦礫の残骸が突如として吹き飛んだ。
何が起こったのか、悠達はその方向に視線を移そうとしても依然として指一本動かせない状況。
しかしすぐさま聞こえてきた声で誰が来たのかが容易に理解できた。
「フィリルから―――離れろォォッ!!」
"三つの赤い棘のようなもの"が生えている、ボロボロの翼を生やした男がフレスベルグに向けて突進してきたのだ。
紛れもない、あれは―――。
そう悠が理解するよりも先に、彼は大きな塊を額に構えており、その勢いで相手に頭突きをお見舞いした。
彼もその塊も粒子に阻まれる事なく、フレスベルグの土手っ腹に直撃した。
クァァァァッ―――!?
第三者の濫入と予期しない攻撃により、思わず怯んで多少の距離を取るフレスベルグ。
(大和!)
悠は内心で無事な大和に安堵の声を上げる。
そう、今攻撃したのはフレスベルグに傷を負わされた大和が、万全の状態で戻ってきたのだ。
更には、彼の"思念の頭突き"によってフレスベルグにダメージを与えられたのだ。もしかすると、打開策を見つけられたかもしれない。
―――クェェェェェェェェッ!!
小さき者に傷を負わされた事によるためか、怒りの混じったような鳴き声と共に翼を広げる。正に臨戦態勢と言わんばかりに。
辺りに満ちる金色の粒子が一層濃くなる。
「誰もやらせはしないぞ……」
フィリルの側に歩み寄り、そう言いながら彼女を庇うように手を
大和の周りにも粒子が纏わり付いているように見えたが、それはまるで受け付けないとばかりに大和の体を透過し、体全体を粒子に包まれなく動けている。
余裕で口が動かせられたり、体も問題なく動いてる事が何よりの証拠だ。
―――これで状況が分からなくなった。
金色の粒子が舞う空間の中で、お互いが睨み合う。いつどちらが仕掛けても良いように。
だがその粒子がアルバート王の
粒子の中に、ぼうっと人間のシルエットが浮かび上がる。
まるで点描画のように、細かな金の粒子によって描き出される輪郭。
「魂を具現化させる……その噂は本当だったようだな」
大和が苦々しげに呟く。
彼の言った通り、フレスベルグは魂を具現化させる力を持つ。
ならば、アルバート王の棺の前で形作られていく人物は―――。
曖昧に揺らめく金色のシルエットは、粒子の密度が増していく毎にその顔立ちが見分けられるようになる。
露わになったソレは大和や悠が目にした、ホールに掲げられたアルバート王の肖像と同じ顔。
何故、今になって顕現したのか。大和と同じようにフィリルを守ろうとして現れたのか。そう考えれば辻褄が合うが―――。
―――クェェェェェェ!
甲高い鳴き声を上げたフレスベルグはアルバート王の魂と
強い風が巻き起こる。ホール内に満ちていた金色の粒子が逆巻き、風に束ねられ、フレスベルグの口に吸い込まれていく。
それはアルバート王の姿を形作った粒子も例外ではなかった。
「なっ!?」
大和が驚愕の表情を浮かべる。
ザァ―――と砂の城が崩れるように、粒子で具現化していたアルバート王は輪郭を失う。
魂を喰らう魔鳥。
正に伝説の通り―――フレスベルグは魂を喰っていた。
大和の側に立つ、フィリルの目の前で削られていくアルバート王の魂。
「サイコキネシス―――クソっ、駄目だ、間に合わない……!」
フィリルの大事な人の魂を奪われる訳にはいかない。即座に手を翳す大和だが、粒子は半分以上喰われて最早間に合う術はなかった。
消える寸前、アルバート王はフィリルの方を向いた気がした。だがその表情はもはや読み取る事もできない。
―――同時に。
「……!」
一瞬だけ大和の方にも向いたと思えば、何を伝えたかったのか分からないまま―――彼の全ては失われた。
魂を喰って満足したのか、それとも何か他の理由があるのか、フレスベルグはその場から離れ、彼らに背を向ける。
金色の翼を広げ、宙に舞い上がるフレスベルグ。
そしてそのまま、ホールの壁に空いた大穴から空へと飛び立っていた。
「シャドーボール!」
最後までこのまま逃がす訳にはいかない大和は黒い塊を連射するが、掠るだけに終わってしまった。
辺りに満ちていた金色の粒子が薄くなり、他の皆の体が動くようになる。
ガラガラと瓦礫の崩れ落ちる音だけが、静まり返った城内に
「そう―――
キーリはフレスベルグの去った大穴を見上げながら、乾いた笑い声を上げた。
「ふふっ……あははははっ! 残念ね、お母様。私はあなたが思っていた以上の役立たずみたい」
そして―――自由を取り戻したフィリルは、地面に崩れ落ちて泣いていた。
「……っく……う……ああっ……あああああああっ!」
アルバート王の魂が立っていた場所で
他の者は、何も言えない。大和も同様に、茫然自失となっている。
ひとまずは危機が去り、最悪の結末は避けられたのだろう。しかしフレスベルグの残した爪痕は―――あまりにも深かった。
原作なら、粒子状態のアルバート王がフィリルを守ろうとフレスベルグを叩くのですが、大和が退かせた事でその描写がカットされています。