疑念
薄雲の向こうに月明かりがぼうっと
柔らかな夜風を
一人は長い黒髪を
黒髪の少女は髪と同じ色のドレスを纏い、プラチナブロンドの少女は軍服姿。
ちぐはぐな印象を受ける組み合わせの少女達は、歩きながら辺りに立ち並ぶ窓のない建物を見回す。
「ジャンヌちゃん―――ここで間違いないのね?」
黒髪の少女が落ち着いた声で問いかけた。
「……馴れ馴れしい呼び方をするな、キーリ・スルト・ムスペルヘイム」
ジャンヌと呼ばれたプラチナブロンドの少女は、不機嫌な声で黒髪の少女―――キーリに言い返す。
「別にいいじゃない。可愛いあなたにはお似合いよ、ジャンヌちゃん」
「黙れ」
緑色の瞳で睨みつけるジャンヌだが、キーリは楽しげな様子で笑った。
「あら、怖い。今は同じ目的のために協力する仲間なんだから、もう少し仲良くして欲しいわね」
「お前もフレイズマルと同様、隊長に害を及ぼす者だ。慣れ合うつもりはない」
ジャンヌは鋭い視線でキーリを睨む。
「あら、心外だわ。私も彼のためを思って行動しているのに」
キーリはわざとらしく溜息を吐く。
「テロリストの言葉など、信用できるものか。しかも害を及ぼすのはお前だけじゃない。隊長の近くにいたあの男もだ」
「あの男って……」
「お前も知っている通り、単独でドラゴンを倒せる男、大河大和の事だ」
ジャンヌはミッドガルに滞在する、大和の名を出す。
「あの男は脅威だ。奴は今大人しくしているが、いつ隊長を裏切ってもおかしくはない」
彼女はどうやら大和を相当警戒視している。彼と悠と行動している事に疑問を持っており、本性を
「そんな事はないわ。確かに私ですら圧倒する人だけど、エルリア公国にいた時の大和は私を守るって約束してくれたし、悠も彼を信頼しているわ」
「ふん。口だけでは何とでも言えるが、やはり信用できんな」
「何言ってるの。ここへ一緒に忍び込んだ時点で、あなたも私の同類よ」
皮肉っぽい口調でキーリは言い、辺りを示す。
彼女達がいるのは、夜の散歩に適した憩いの場などではない。
広い敷地を取り囲むのは、高いフェンスと高圧電流が通じた鉄条網。窓のない四角い建物の入り口や、通路の角には、死角が生じないように監視カメラが設置されている。
ここは、ニブル西ヨーロッパ方面第三基地。一般人が立ち入る事を許されない軍事施設だ。
「…………」
複雑な表情で視線を逸らすジャンヌ。
「ここまで来たんだから、覚悟を決めなさい。あと、さっきの質問にもちゃんと答えてくれないと。この基地に、フレイズマルの手がかりがあるのは間違いないの?」
キーリは軽やかな足取りでジャンヌの視線の先へ移動し、首を傾げて問いかけた。
「……少なくとも、足取りを
渋々といった様子でジャンヌは答える。
「ふうん、なら一時的にであれ、彼がこの基地にいたのは間違いないわけね。じゃあとりあえず、その辺りの情報を探ってみましょう」
キーリはそう言うと、道のど真ん中を堂々と進んでいく。ジャンヌは辺りを見回しながら後に続いた。
しかしその時、行く手の死角から見回りの兵士が現れる。
「っ!?」
反射的に戦闘態勢に入ろうとするジャンヌだったが、キーリは余裕の表情で首を横に振った。
「大丈夫よ。静かにしていれば気付かれない」
キーリの言葉通り、兵士達は横を素通りしていく。
「まるで、魔法だな……」
兵士達の姿が見えなくなってから、ジャンヌは嘆息と共に呟いた。
「空気を熱して、光の屈折率を調節しただけよ。効果範囲は狭いから、あまり離れないでね」
大した事ではないという風にキーリは言って、近くの建物に近づく。他の建物と同様に窓はなく、入り口の扉は電子錠でロックされていた。カードキーと暗証番号が必要なタイプだった。
「回路を焼き切れば開くかしら」
電子錠に手を
「やめろ、壊れて動けなくなるだけだ。仕方ない―――」
ジャンヌは手の平大の機械を取り出すと、電子錠に取りつけて手早く操作する。十秒もかからず、扉のロックが外れる音が響いた。
そうして彼女達は屋内へと侵入する。
建物の内部にも監視カメラやセンサーがあったが、二人は難なくそれらを突破し、事務室らしき場所に辿り着いた。並んだデスクの上にはパソコンが置かれている。
「ひとまず、ここを調べてみましょうか」
キーリの言葉にジャンヌは無言で頷いた。
パソコンを起動させ、目的の情報を手分けして探し始める二人。
カタカタとキーボードを叩く音だけが暗い室内に響く。
「へぇ……」
しばらくして、キーリが小さく声を漏らした。
「どうした? フレイズマルの出入記録が見つかったのか?」
ジャンヌが自分の作業を止めて
「いいえ、違うわ。ちょっと面白い情報が目に入っただけ」
「面白い情報?」
キーリの言葉に、ジャンヌは眉を寄せた。
「この前ミッドガルで消し飛ばされた"青"のヘカトンケイルが―――日本で再び現れたそうよ。今はユーラシア大陸を西へ横断中みたい」
「……特に面白い情報とは思えないな。不死と言われるヘカトンケイルがいずれ再出現するのは、ある程度予想されていた事だろう」
「ふふ、ジャンヌちゃんには分からないかもしれないけれど、これはとても価値のある情報なの。それにヘカトンケイルの進路も、凄く興味深いわ」
口元に手を当て、まじまじとパソコンの画面を見つめるキーリ。
「ヘカトンケイルはどこへ向かっているんだ?」
「仮に直進したとしたら、いずれドイツとデンマークの国境付近を通過するわね」
「確かその場所は―――」
ジャンヌは何かに思い当たった様子で、息を
彼女の反応を見たキーリは頷き、僅かに高揚した声で告げた。
「そう―――そこには今、別のドラゴンがいる。グリーン・ドラゴン、"緑"のユグドラシルがね」
今回は短めでした。