名を―――
血は繋がっていないが、幼い頃から長い時間を共に過ごしてきた家族
曖昧な物言いになってしまうのは、彼の知識の中に本来あるべき中身が……
“緑”のユグドラシルに干渉し、“黄”のフレスベルグに通用する
そのため、悠は“家族として”深月の兄として続けていかなければならない―――彼女を
◇
「ふわぁ~……」
午前七時過ぎ。一人の少年が歩きながら
現在は深月の宿舎で過ごしている、彼の名は
“黃”のフレスベルグとの激闘が行われたエルリア公国から帰還して、今日で三日目。
元々治癒能力・学習能力も高い事もあってか、戦いの疲れと時差ボケも抜け、既に体も本調子に戻っている。
そんな彼は、呑気そうに三階の食堂に向かっていた。
朝食、夕食は朝夜の七時に
―――“住めば都”とは良く言ったものだ、と微妙に意味合いが違う事を考えながら食堂に向かっていると、二人の影が見えてきた。
「おはよ、悠、深月」
悠と深月が着席していたのが窺えたので、大和は二人に挨拶する。
「おはよう、大和」
「おはようございます。大和さん」
二人も挨拶を返す。
「えっと、待ったかな?」
「いや、今席に着いたばかりだ」
「はい」
どうやら二人を待たせていないかの確認だったが、杞憂だったようで大和はホッと安堵しながら席に着く。
そこで大和は、悠の左手に貼られている絆創膏に目が行く。
「悠、手ケガしたん?」
「ああ、今朝起きたらミミズ腫れができてたんだ。多分寝ている間に何処かに引っ掛けたんだと思う。深い傷じゃないから安心してくれ」
「なるほど」
大和がそっかと一言言うと、悠は溜め息を
「放っておけばすぐに治るって深月に言ったんだけどな」
「ダメです。もしも悪化したらどうするんですか? 少しはこちらの心配も考えて下さい」
ピシャリと深月が言う。彼女もその怪我の事は存じていたようだ。
「アハハ、悠はすーぐ無茶するからな」
「本当ですよ」
「……そんなつもりはないんだけどな」
「嘘乙」
そんな談話を交わしながら朝食を食べ進める三人。
こうした会話も慣れたものだと大和談。
(にしても悠、記憶大丈夫なんかな)
その一方で悠の記憶が気掛かりに思う大和だが、彼の様子もいつも通りだ。
実際、彼は先の戦いで無茶をした事で、記憶を失ってしまっている事を知っている。悠は"深月の兄として"振る舞っているが、いつボロが出るか分からない。
もしかしたら時間の問題かもしれない―――と大和は心配に思うが、悠がこうして
だったら彼の友人として、サポートしていく必要がある。大和は改めてそう決意し、朝食を食べ進めるのであった。
◇
二十五年前、突如として日本上空に現れた一体目のドラゴン―――“黒”のヴリトラ。
甚大な被害を撒き散らしながら世界を横断したその怪物は、出現時と同様に突然姿を消した。
そしてその時を境に、人間の中にヴリトラと同様の能力を持つ子供が現れ始める。
それが通称“D”と呼ばれる者達だ。
念じるだけであらゆる物質に変換可能な
しかし三年前、悠の身柄を確保したのはミッドガルではなく、ドラゴン関連の問題に対処する軍事組織ニブル。
彼はニブルで戦闘訓練を受け、特殊部隊であるスレイプニルの一員となった。そこから三年間、兵士として戦場を渡ってきたが、ある日突然ミッドガルへ転属となり、今は他の“D”と同様に学園へ通っている。
戦場ばかりを駆け巡っていた時と違い、同年代の子供達と過ごす学園生活は、とても充実していた。ただ、一つ慣れない部分があるとすれば、それは悠と大和以外、男子がいない事だ。
理由は不明だが、“D”として生まれるのは女性ばかりで、男で上位元素生成能力を有しているのは現在時点では悠のみ。
一方大和は例外で、“D”でもなければ上位元素生成能力を持たない。だが“架空の生物”である“ポケモン”の能力を備え、尚且つ彼のパートナーとしてポケモンをボールから展開・格納できる。
“架空の生物”という意味合いでは、“D”達が上位元素を用いて架空の物などを物質変換して
閑話休題。
とにかく、学園に男子生徒は二人しかいないため、深月の宿舎を出て学園に向かうと、女子寮からの道と合流した時点で周囲は女子生徒ばかりになってしまった。
最初の頃、悠は遠巻きにジロジロと眺められて居心地が悪かったが、エルリア公国から戻ってきて以降―――別の意味で落ち着かない状況になっていた。
「きゃーっ!」
三人が通学する女子生徒達の前に現れた途端、黄色い歓声が響く。
一瞬びくりとした悠と「おおっ」と声を上げる大和だが、深月は余裕のある表情で「皆さん、おはようございます」と挨拶を交わした。
「おはようございます!」
すると周囲の女子生徒達は声を合わせて挨拶を返す。
皆が足を止め、ぼうっとした表情で大和達を眺めていた。二人はむず
「一体この状況は何なんだ……」
悠が小さな声でぼやくと、深月が彼を見上げて言う。
「仕方ないですよ。今やブリュンヒルデ教室は、ミッドガルの英雄的存在なんですから」
「英雄って……それは言い過ぎじゃない?」
大和がそう言い返すと、深月は呆れた様子で息を吐く。
「兄さんと大和さんは自覚が足りませんね。ブリュンヒルデ教室はこれまでのドラゴン討伐において常に作戦の中核を担ってきました。その上、前回はチーム単独で撃破不可能と言われたフレスベルグを打倒したんです。注目されるのは当然と言えます」
「……そういうものなのか?」
「でも、そう言われたら納得できる部分はあるわな」
フレスベルグはドラゴンの中で最も難敵とされていた。それが討伐されたとなれば、皆が特に喜び、安心するのも分かる。バジリスクを討伐した時も、皆とても喜んでいた。
だが今回は、これまでと注目のされ方が違うように思えた。更にその視線が二人はそうだが、特に大和が視線に行っているようにも窺える。
「ただ今回の主な原因として―――大和さん、あなたが英雄というよりも、王子様として見られているのかもしれませんよ」
「へ? オレ? 王子様?」
大和は、いつものふざけた口調が消えて素に戻り、困惑する。
「これは主に、フィリルさんのせいですね。ミッドガルに帰ってきてから、色んな人に大和さんの話をしているそうです。大和さんは自分にとって、白馬の王子様だった―――って」
確かではないですけどねと少し怪訝そうな様子で言う深月。
フィリルはフレスベルグに見初められたクラスメイトであり、エルリア公国の王女。
主に大和が彼女を守るために体を張り、戦って勝利を掴めたのだ。
「あンのお姫様はッ……というか、あの時の
大和は何かを思い出したのか、ぐぬぬと唸っている。
「大和?」
ぶつぶつと何かを呟いているその様子を不思議に思った二人が、大和に視線を向ける。
彼はその視線にはっと我に返り、手を降って心配ないと意思表示を示す。
「ああいや、何でもない何でもない。けど白馬の王子って、英雄よりも恥ずかしいな」
「そう言いながらも、何だか嬉しそうじゃないか?」
「……悠に言われるとは思わなんだ」
悠にからかわれ、恨めしそうに悠を睨む大和。
「大和さん、分かっているかもしれませんが、このままだと、不純異性交遊禁止の通達を破る子が出てくるかもしれません。十分気を付けるように」
だが、すぐさま深月からも注意を言われる。
「
以前、耳にタコができるぐらいに言われた経験があるのか、分かっていると言った。
「あのっ! お、おはようございます!」
途中、何人かの女子生徒に挨拶される。大和と悠は彼女達のキラキラした
「ああ、おはよう」
「おはようさん。挨拶ありがと」
「……っ!」
すると女子生徒は顔を真っ赤にして走り去る。そんな事の繰り返しに大和は一人言う。
「フッ、確かにこれは悪い気はしないな」
調子に乗ったキザったらしい大和の言葉に、深月の機嫌はどんどん悪くなってしまう。
「兄さん、それから大和さん―――人気が出てさぞや嬉しいでしょうが、調子に乗って風紀を乱すような行いはしないでください」
じろりと大和達を見上げ、釘を刺す深月。
「わ、分かってるって」
「あい。心配しなくても、節度は守るから安心しろい」
妙な迫力に
けれど、そのような遠慮をする必要のない者達もいる。それは大和や悠、深月と同じブリュンヒルデ教室に所属する仲間達だ。
「あっ、ユウとミツキ、ヤマトなの!」
弾んだ声が前方から響いてくる。
大和達の行く手に、クラスメイト達の姿があった。早足で進んでいた三人は、すぐ彼女達に追い付く。
「おはよう、ユウ! ミツキ! ヤマト!」
一番に大和達を見つけた少女が、元気な声で挨拶してきた。光の加減で桃色にも見える髪の間からは、二本の赤い角が
この少女の名はティア・ライトニング。二ヵ月程前、彼女は“ムスペルの子ら”というドラゴン信奉者団体から保護され、ミッドガルにやってきた。彼女の角はアクセサリーではなく、本物。“ムスペルの子ら”のリーダーであるキーリ・スルト・ムスペルヘイムが、上位元素からの生体変換によって与えたもの。
そしてティアと一緒にいた他の少女達も、続いて挨拶してくる。
「三人とも、おはようございます」
長い金色の髪を
大和と悠に対する言動は厳しいが、とても面倒見が良く、仲間思いの少女で、ブリュンヒルデ教室は彼女を中心に纏まっていると言っても過言ではない。
「深月、物部クン、大河クン、おはよう」
「ん」
続いてボーイッシュな雰囲気のアリエラ・ルーと、いつも無口な赤毛の女の子、レン・ミヤザワが挨拶をする。
「おはよう、皆」
「おはようございます」
「おはよ~」
悠と深月、大和は手を挙げて皆に応じた。
だがその場にいた最後の一人―――文庫本を手にした少女、フィリル・クレストだけは挨拶を口にせず、無言で大和に近づく。
「(アッ、なーんかヤな予感)あの~フィリル殿?」
大和が嫌な感覚と感じ取りながら疑問の眼差しをフィリルに向ける。彼女は文庫本を閉じると両手を広げ、大和に正面から抱きついてきた。
「ッ!?」
制服の下に隠れた大きな二つの膨らみが押し付けられ、その柔らかな感触に顔が熱くなる感覚を覚える。
遠巻きに見ていた女子生徒達に、大きなどよめきが走る。
「……おはよう、大河くん」
背伸びをしたフィリルが大和の耳元で
「ちょっと、フィリルさん! いきなり何をしているんですか!」
深月が裏返った声で叫んだ。
「何って、ハグだよ。愛情の
けれどフィリルは、平然と落ち着いた声で答える。
周囲からはきゃーきゃーと騒がしい歓声が聞こえていたが、気にも留めていない様子。
「あ、愛情?」
僅かにたじろぐ深月。
「ヤマトいいなー! ティアもユウとハグするの!」
二人の影響を受けたのか、ティアも正面から悠に抱き付く。
「ティア!?」
いきなり抱きついてくるなんて思わなかった悠は、流石に驚いてしまう。
まだ幼いティアの体は起伏が少ないが、それでも女の子としての柔らかさはあったため、彼女の体温と香りが漂ってくる。悠は思わず
「もうティアさんまで! いくら挨拶でも、公衆の面前で過剰なスキンシップは謹しんでください。風紀に悪影響を及ぼします!」
顔を赤くして、深月はまずティアを悠から無理やり引き離す。
「深月のケチー」
不満そうにティアは文句を言っていたが、フィリルは引き離される前に素直に身を引いた。
「ごめんね、じゃあ次からは他に誰もいないところでする」
だがリーザの元に戻りながら、そんな言葉を残すフィリル。
「それはもっとダメです!」
深月は眉を吊り上げて叫び、赤い顔で大和を睨む。
「大和さんもされるがままにならないでください。あなたさえ気を付けていれば、問題は起こらないんですから」
「そうは言っても……いや、以後気を付けるよ」
大和は反論しようとしたが、これ以上面倒な事にならないようにするためか深月の注意に頷いた。
「―――それよりも、イリスはどうしたんだ? 姿は見えないが……」
悠が助け舟を出すように、話題を逸らす事にした。
彼はこの場にいない少女を探す。ブリュンヒルデ教室のメンバーは全員で九人。ここにはあと一人―――イリス・フレイアが足りない。
「イリスさんなら寝坊ですわ。なかなか部屋から出てこないので、わたくしたちは先に行く事にしたんです」
リーザが溜息を吐きつつ、悠の疑問に答える。
「そっか、まあ……いつもの事だな」
そそっかしく、抜けた部分のあるイリスは、寝坊や忘れ物が多い。
「兄さんも私が起こさなかったら、完全に寝坊してましたけどね」
ぼそりと深月が呟くと、リーザが呆れ混じりの眼差しを悠に向ける。
「もしかして――あなたは毎日、深月さんに起こしてもらっているんですか?」
「い、いや、毎日じゃないぞ? ちょっと寝過ごした時だけだ」
「深月さんを当てにしているのなら、同じ事ですわ。全く……妹に頼っている間は、一人前の男性とは呼べませんわよ? ほら、頭にも寝癖が少し残っていますし」
リーザはそう言うと、自然な動作で悠の髪を撫でつけた。
悠とリーザの距離が近づき、またもや辺りから女子生徒達の「きゃー」という声が響く。その声ではっとしたリーザさんは真っ赤にして悠から飛び離れた。
「な、何をさせるんですか!?」
「何って……リーザが勝手に頭を撫でたんだろう」
悠も少し動揺しつつ、リーザに当然の反論をする。
そしてその様子を見ていた大和が、生暖かい微笑みを浮かべて頷きながら言う。
「そうだねうんうん分かる分かるよリーザ。悠ってカッコいい癖に隙があるから、つい構いたくなっちゃうんでしょ?」
「確かに、そういう面はあるかもしれませんわね……って、わたくしが同意したのは隙があるという部分だけですからね! 別にカッコいいとは思っていませんから!」
リーザは悠に指を向け、早口で
「じゃあ大河くんはどう思う? 私は、普段彼は隙だらけなのにいざという時に頼りになるし、意外と奥手なところがあるよね」
今度はフィリルが大和の事を聞く。彼女もリーザをからかい、尚且つ熱視線を向けている大和について意見を求めてきた。
「確かにそうですわね。お陰でフィリルさんも無事ですし、たまに普段とは違う一面も見れて心配したくなる事はありますが……って、フィリルさんまで何を言わせるんですか! タイガ・ヤマトもあまり調子に乗らないでください!」
「えぇ……解せぬ」
顔を真っ赤にしたリーザが大和の事を指差し、彼は困惑の表情を浮かべた。
そして赤くなった顔を隠すように背を向け、ずんずんと学園に向かって歩き始めた。
「皆さん、行きますわよ。ここで話しこんでいては全員遅刻してしまいますわ」
「あ、待ってリーザ」
フィリルが駆け足でリーザを追いかけ、大和達も後に続く。
遠巻きに彼らの事を見ていた女子生徒達も、きゃーきゃーとはしゃぎながら歩みを再開した。
見回せば、いつの間にかギャラリーがかなり増えている。
普段は同じ教室の仲間としか接する機会がないが、こうして他クラスの女子達に包囲されるとその男女比に圧倒されてしまう。
ミッドガルのクラスが十人未満の少人数制で良かったと、悠はささやかな幸運に感謝した。