「イリス……遅いな」
リーザ達と一緒に登校した悠だったが、ホームルーム開始のチャイムが鳴ってもイリスが現れなかった事に心配する。
左隣の席は未だ空席のまま。右隣に座る深月も心配そうな表情を浮かべる。
「もう篠宮先生が来てしまいますね」
深月がそう言った直後、教室の扉が開いて担任教諭の篠宮
ミッドガルの司令官であり、大佐の階級を持つ女性。
頭の後ろで纏めた黒髪を
「起立」
号令を掛ける深月。
皆が礼をして着席するのを確認してから、遥は口を開いた。
「今日はいくつか重要な連絡事項があるが―――その前にイリス・フレイアの事を伝えておこう。彼女は今日、熱を出して欠席だ。遠征の疲れが出たのだろうな。他の者も体調が悪いと思ったら、無理せず申し出るように」
その言葉を聞いた皆は少しざわつく。
「……寝坊したのは、熱があったからなんですね。ちゃんと確認すれば良かったですわ」
リーザが後悔したように呟く。
イリスは記憶を失う前の悠が話した深月との思い出の記憶を取り戻すために、恐らく気負っていた事も相まって、皆より疲れてしまったのだろう。
「篠宮先生―――放課後、見舞いに行ってもいいでしょうか?」
だからこそ悠は手を挙げて、遥に問いかけた。
イリスが熱を出してしまったのは悠自身にも責任があるのかもしれないと。
「他の者なら構わないが、君は男子だからな……女子寮へ入るのは何かと問題がある」
しかし遥は難しい表情を浮かべる。流石に男子一人で女子寮に行くのには中々許可が降りないだろう。
「キーリとの戦いで俺が入院した時、イリスは見舞いに来てくれました。だから俺もイリスを少しでも元気付けたいんです」
それでも悠は引かずに頼み込むと、遥は腕を組んで考え込んだ。
「ふむ……まあ、フレスベルグ戦における君の働きを思えば、そのぐらいの希望は叶えて然るべきか。私の出す条件を守れるのであれば、許可してもいいだろう」
「条件、ですか?」
「ああ、一つはイリス・フレイア自身の許諾を取る事。二つ目は、寮生の誰かが同行する事。三つ目に、必要ない場所には立ち入らない事。四つ目は、門限までには寮を出る事」
四本指を立ててそして最後に、と遥は告げる。
「大河大和。君も物部遊と同行する事。済まないが、任されるだろうか?」
どうやら大和も悠と同行する事を条件に出してきた。恐らく女子だけの空間に男子一人だけでは気を遣う必要があると思ったのだろう。
「いいですよ。構わないっす」
大和は二つ返事で了承する。
「悪いな大和。ありがとう」
「大丈夫だって。オレもイリスのこと心配だし」
彼もイリスの事を気掛かりに感じ、見舞いに行きたいと踏んでいたらしい。
「よし、ではイリス・フレイアの許諾を得られたら、六限後のホームルームで報告するように」
そう言って遥は教室を見回した。
「―――他に質問はないな? なら連絡事項へ移ろう」
こほんと小さく
「まず、あまり良くないニュースからだ。ヘカトンケイルが再び姿を現したらしい」
「とうとう、ですか」
深月が暗い声で言う。
「ああ、やはり殺し切れてはいなかったようだな。今のところ奴がこちらへ向かってくる様子はないが、以前のように突然ミッドガルに出現する可能性も否定できん。常に心構えだけはしておいてくれ」
真剣な表情で皆に注意を促す。
ヘカトンケイルが突如としてミッドガルに出現したのは、少なからず何かしらの関わりがあるであろうキーリが潜入していたためだと大和は推測付ける。
それでも、別の要因で現れる可能性も否めないので、気を抜きすぎないように心構えた。
大和が意気込んでいる間、遥は表情を緩めた。
「さて次だが、こちらは暗い話題ではない。まあ君達にとっては、少しばかり大変な事になるかもしれんが……」
どこか面白がるような顔で遥は彼らを見回す。
(大変な事だと言う割には、顔が面白がっているような?)
「大変という事は、また何かの任務ですか?」
大和が思考している中、リーザが遥に問いかけた。
「そうだな、ある意味では特別任務とも言える。この度―――学園長の発案で、一ヶ月後に学園祭が開催される事になった」
「が、学園祭?」
「へぇ……」
戸惑った声を上げるリーザ。驚いたのは悠や他の皆も同じだったが、大和は感嘆していた様子を見せた。
「このミッドガルが学園として機能し始めた当初はまだ"D"も少なく、催し物と言えば年末のクリスマスパーティーぐらいなものだった。けれど生徒数もクラスの数も増えた今ならば、それなりに賑やかなものにできるだろう———という学園長のお考えだ」
遥はそこまで説明したところで、少し声を低くした。
「それにこれは生徒達のためだけに発案されたイベントではなく、対外的なアピールも兼ねている。この学園祭は、我々が前回の任務を失敗したツケだと考えて欲しい」
(ツケ、か)
大和は思考を巡らせる。
前回の任務は、フィリルの故郷であるエルリア公国へ赴いてキーリ・スルト・ムスペルヘイムを保護し、ミッドガルに移送する事。
だがその最中にフレスベルグが来襲。フレスベルグは撃破したものの、キーリは姿を
皆が何故、学園祭の開催と繋がるのかと疑問を抱いている中、遥は言葉を続ける。
「キーリ・スルト・ムスペルヘイムは、ニブルが反社会的な"D"を処分しているとメディアの前で公言し、それは今も波紋を呼んでいる。そして彼女を保護できなかった事で、我々ミッドガルの信用にも傷がついた。そのためミッドガルが"D"による"D"のための教育機関である事をアピールする必要に迫られたのだ」
「という事は、その学園祭には外部の方々が大勢来られるのですか?」
話を聞いたリーザが、質問を投げかける。
確かに外部へアピールするならば、外から人を招かなければ意味がない。
「ああ、各国の要人や大口の出資者、生徒たちの親族の招待を予定している。もちろん厳しい審査をクリアした者に限られるがな」
親族―――。
悠はニブルに連れて行かれるよりも前の記憶を失っているため、自分の両親の顔すら思い出せない状態だ。もしも彼らが訪れるような事があれば、どう対応したらいいか戸惑ってしまう。
「兄さん―――父さんと母さんに会えるかもしれませんね」
だが深月は内心で焦っていた悠とは正反対に、嬉しそうな表情で話しかけてくる。
「……そうだな」
悠はぎこちなく笑って、首肯した。
「学園祭では、各クラスでそれぞれ出し物を用意してもらう。今日はイリス・フレイアが欠席しているので先送りにするが、後日話し合う場を設けるので、それまで企画案を練っておくように。あと―――物部悠、大河大和」
遥は最後に悠と大和の名を呼ぶ。
「はい?」
悠は何だろうかと思いながら返事をする。
「学園祭に関する事で、学園長が君達に話をしたいらしい。昼休みに学園長室へ顔を出してくれ」
「「分かりました」」
二人は口を揃えて返事をする。用件は分からないが、竜紋の傍に出来た傷の事で学園長に話があるため、ちょうど良いタイミングだった。