ですが、設定の矛盾、描写の間違いなどはあるかもしれません。 所詮はド素人の腕試程度で書いているものですので、そこは温かい目で見守ってくださったら幸いです。
それでもよいと仰る心の広いあなた様は、どうぞ、この拙作でよろしければご覧ください。
では、何卒宜しくお願いします。
傾いで穴の空いたビルが立ち並ぶ。
入り口のあまりにも広い教会がある。
削られた地面にはコンクリートが張り付き、地面の見える部分は複数のビルに囲まれた広場になっている。
傾いで穴が開いているのは、類稀な土木技術を使った最新の建物だからでも、観光地のとある塔を参考にしているからでもない。
入り口が広いのは、そう設計されたからではない。 だとしても、人の三倍もある高さの入り口など、建物の規模からして設計するはずもない。
コンクリートが張り付いている、と表現したのは、人為的に敷かれたコンクリートとは明らかに違う場所にあるからだ。 厳密には、地面に突然空いた穴が崖になり、その崖の側面にコンクリートがこびりついていると表現したほうが適当か。
地面が見えている広場、といえば都会に唯一の自然と触れ合える公園のようにも聞こえるかもしれないが、その実、あるのは茶色い地面だけで、遊具はおろか植物すら見当たらない。
この光景を統合すると、食いかけのお菓子の街が出来上がる。 歯型がくっきり残る、歪な街並みが。
ビルの穴、教会のあまりにも広い入り口、崖になった地面、コンクリートの剥がれた裸の広場。
材質が何だろうかはお構い無し。
大理石だろうがコンクリートだろうがガラスだろうが。
喰らわれた風景はどうして出来上がったのか。
なぜ一帯には人の一人もいないのか。
にも関わらず、広場に動物らしきものがいるのはどうしてか。
そう。 動物『らしき』ものが居る。 大きく口を開けた教会の前で頭を下げて、ぐちゃぐちゃと粘質な音を立てながら、何かを食らっている。
まるで、短い草しか生えないサバンナで、肉食獣が獲物にありついているような光景だ。
いや、実際そうなのだろう。
粘質な音を立て赤いものを食いちぎる様子は、肉食獣のそれだ。 しかし、我々が想像する光景との相違点がある。
食らう側と食らわれる側の存在が、我々が想像できる既存の動物の何にも当てはまらない点だ。
食らわれる側は二本足で立つことができるようだが、食らわれていてもピクリともしないところを見ると死んでいるらしい。
食らっている側は4本足で立ち、ちょうど猫が地面に落ちた餌を食べるときにするように、前足を少し折り曲げて顔を獲物の腹に埋め、咀嚼している。
猫を例えに出したが、その4本足は猫よりも虎に近い。 しかし、近いだけで虎そのものではない。 先ほど既存の動物のどれにも当てはまらないと言った通りである。
その虎のようなものには、前足の付け根から前足の付け根、つまり右肩から背中を通り左肩に到達するまで、等間隔で帯のようなものが伸びていた。 『マント』と呼ばれる部位で、それが虎のようなものをいっそう虎のイメージからかけ離れさせていた。
そして、その虎のようなものを建物の陰から観察する存在があった。 三人組だ。
人は一人も街中にはいない。 先ほどのこの描写の頭には、『一般の』という言葉が入る。
「討伐対象、発見、と。」
三人組の一人、一番年長の青年がポツリと、しかし軽い調子でつぶやく。
「互いに捕食し合って、任務(ミッション)開始時に聞いた数より随分減ってるわね。」
残り二人のうち一人、青年に次ぐ年齢と思われるスタイルの良い女性が、餌にありつく存在を観察し、周りに三体ほど転がる『既に捕食された』存在を眺めながら、答えになっているのか怪しい事をつぶき返す。
「捕食した分だけ強くなるとは言え、数が減るのはむしろありがたい事だろう。 俺たち『狩る側』としては。」
「無駄話もほどほどにしろ。」
それに更にレスを返す青年の言葉にかぶせるよう、最年少の少年が感情の薄い、ぼそりとした小さな声を出す。
「へいへい。 んじゃ、とっとと済ませて、お家に帰りますか。」
少年に分かりやすく肩をすくめて見せ、右手に握る柄を掴み直して肉食獣擬きへと視線を戻す。 それでも『狩る側』などと物騒なセリフを吐いたとは思えない軽い笑みが、青年の顔には浮かんだままだ。
一般人ではない彼らを更に異様に見せるものが、彼らの右手には握られている。
青年が握り直した柄の先には、チェーンソーに似た赤い剣が伸びている。 少年の握る柄には鋸に似た黒い剣が、女性の支える柄には黒と白でデザインされた長い銃身が取り付けられていた。
大きさだけで、一番長身な青年より長い武器。 重さだって相当だろう。
しかし三人組はそれぞれ、まるで体の一部であるかのように、軽く振るって構え直す、楽々と持ち上げ肩に乗せる、剣を握ったまま肩を回す。 金属でできているなら20kg以上は余裕でありそうな塊を、である。
これほどの大きさを運ぶのも容易ではない筈であり、振るうなど以ての外。 なにより、彼らの異常性を引き立てるアイテムでしかなくなっている点が、更に恐ろしい。
「俺が先に切り込む。」
未だ仕留めた獲物に夢中な虎擬きから視線を離さずに赤い剣を持て余しつつ、さっきまでとは打って変わり真剣な声で指示が飛ぶ。
「少年、俺に続け。」
「少年じゃねぇと何度言えば分かる。」
「おっと、こいつは失礼。」
少年に対しての指示。 だが、少年と呼ばれる事を嫌う声が久しぶりな台詞で言い返すと、虎擬きから視線を外し、青年は真剣な雰囲気をぶち壊すような気軽さで肩をすくめて、いつものように半ばふざけているような返しをする。
気を取り直し、女性に視線を向け直し、真剣な雰囲気を作り直して声を出す。
「お前は後方支援だ。 頼むぜ。」
「了解したわ。」
組む度に出してきた同じ指示。 しかし答える声は力強く、それこそが自分の役割だと自覚している様子であり、表情にもやる気が満ちていた。 何より、指示を受けて嬉しそうであった。
「うし。 んじゃ始めるぞ。 俺が動いたら開始だ。」
最後は適当に言って、視線を戻す。 持て余していた剣を握って腰を落とし、構える。 目が変わる。 普段とは違う、『狩る側』の、猛禽類のような目だ。
黒い剣の少年もまた、『狩る側』として静かにターゲットを視線で突き刺す。
銃使いの女性もまた、視線で標的を射抜いていた。
と。
餌に飽きたのか、虎のようなものが顔を上げ、前足を伸ばし普段歩く姿勢に戻る。 食事直後で、完全に油断している。
そして、ザッ、と軽い音が鳴る。
まだ油断したように首の回る範囲であちこちを見回しているところを見ると、最初の一歩は獲物に聞こえていない。
そう、青年が駆け出した。
後に二人も付いて行く。
後五歩の時点で獲物は気づき、その巨体からは想像もできない俊敏さで振り返り、威嚇する。
狩人達は止まらない。 見慣れた光景だ、と言外に語るように、切り込み役が剣を振り上げ、迫り来る。
現実にはありえないような喰いかけのお菓子な街に、同じくありえない轟音が木霊する。
銃撃の音、遠雷のような音、金属同士が激突する甲高い音、そして何かを切り裂く音。
束の間寂れた街が賑やかになる。
戦いの火蓋が切られた。
どれほど時間が経ったろうか。
広場に隣り合う空き地のような場所に、真新しい『動物のようなもの』の屍体が転がっている。 それに向かい合うように佇む青年が剣を、先を天に向け肩に担いでいる。 残り二人は青年の両側を守るように辺りを警戒し、屍体に背を向けていた。
『狩り』は成功したようだ。 三人とも、目立った怪我は無い。 むしろ軽い運動の後のような余裕を感じさせるほどだった。
青年がおもむろに肩に担いだ剣を動かし、まるで傘を差すように、地面に垂直に立て持つ。
すると、剣の、刀でいうと鍔が取り付けられている辺りが盛り上がり、中心から黒い何かが取り付けられた剣を飲み込んだ。
いや、実際には飲み込んではいないが、そう錯覚するだけの勢いで、今まで剣があった場所に歪な黒色を出現させる。
それは、巨大な顎。
肉食獣よりも獰猛な、全てに噛み付く化け物のような。
そしてその姿を見ながら顔色一つ変えずに獲物に顎を突きつけ、そのまま化け物に従い、勢い良く屍体へ噛みつかせる。 それが当たり前で、習慣なのだと感じさせる手際だった。
果たして黒い顎は獲物を噛み砕き、噛みちぎり、中へ中へと傷口を広げ、何かを飲み込んだ所で動きを止めて、剣の柄近くへ、再び身を収める。
するとその付近、剣の峰側が輝き始める。 黒い顎の本体に埋もれた、橙色の球体からの光だ。
「おっと、レアものだな。」
光の加減からかそれ以外で判断しているのか、とにかく青年はそれを見て感心するような声を出した。
「戦果は上々…って奴ね。」
「またサカキのおっさんがはしゃぎそうだ。」
嬉しそうにその声に振り返る女声に答え、肩を竦める。
「あとは早く人手が増えてくれると、ありがたいんだけど。」
苦笑いで呟く女性。 特殊であるとはいえ、人の二倍以上の体躯で襲いかかる虎擬きを相手にするために三人しか人員がいない時点で、『人手』の不足が窺える。
そんな不満が思わず漏れるような状況とはいえ、回収すべきものも手に入り、任務は無事に遂行した。
「さ、帰りましょ。 お腹すいちゃった。」
そう明るく言って、気持ちを切り替え、先に踵を返す彼女の後に、二人が続く。
「今日の配給、何だったかしら?」
歩きながら青年に並び、顔を向けて気軽に話しかける。 任務中の緊張感も今はない。 緊張感がなければ、幼馴染どうし、気の置けない間柄、取り留めのないことで普通に盛り上がれる、普通の人間だ。
「ん? 何かこの前の食料会議で言ってたっけな…」
それは青年にとっても同じではあるが、彼の場合任務中でもしばしば緊張に欠ける言動が目立つ人物であるために、任務中も任務後も大して変わらない。 思い出すための間を置いて口を開く。
「あぁ、新しい品種のトウモロコシだ。」
「えーまたあのデカいトウモロコシ?」
あれ食べにくいんだよね…、と呟いて、女性はあからさまに嫌そうな顔で不満を言っている。 大きく口を開けた教会の前、ちょうど虎のようなものに捕食されていた二本足の獲物が死んでいた場所を踏んで歩き進む。
「このご時世だ、食えるだけでありがたいと思えよ。」
そう不満げな顔に声を掛けながら、青年を先頭に、三人組はコンクリートの剥げた広場を横断する。 彼らの獲物に喰らわれた屍体の残骸と思しきものが、視界の端で細切れになって消えていった。
「ねぇ、ソーマ。 何かと交換しない?」
「…断る。」
ここで初めて後ろを歩く少年に声がかかる。 女性は期待の面持ちになる前に、考える素振りすらなく答えられていた。 しょーがない、と肩を落とすのを少年はほぼ感情に波のない瞳で見ながら、それ以上は何も言わない。
「おーいお前ら。 置いてくぞ。」
少年と女性が立ち止まってる間に先に進んでいた青年が、適当な声で二人を呼ぶ。 三人はこれから、二十キロメートルほど離れた家まで帰らなければならない。
青年が目指す方向からは、喧しく空気を叩く、ヘリコプターのローター音が聞こえていた。
喰われ掛けた街並を抜けても尚、荒れた大地は続く。
枯れた植物や大きな岩、建物の残骸以外にはもう何もなく、見渡す限り地面は裸だった。
しかし唯一、そんな荒原の一点に建物が密集している場所がある。 砂漠に不意に出現するオアシスのような、周りの風景から浮いている人工物であった。 いや、二十数年前なら、そこに建物があっても不思議ではなかった。
その建物群が不自然なのは、なにも周りの風景から浮いているだけではない。
一番大きな違いは、ほとんど『食われて』いないところにある。
建物群の周り、聳え立つ十メートルはあろうかという高さの鋼鉄の壁を境にして、内側は無傷、外側は無残に食い荒らされた風景が広がる。
壁は正方形に近い四角形のブロックが積み上げられたような、まさに家屋を囲むブロック塀と同じ構造を取っている。 ただしサイズが桁外れな上、ブロックを繋いでいるのはセメントなどではない。 外側から見れば、ブロックの隙間が作る格子のような線、それが全てオレンジ色に輝いている。
壁の内側、そのすぐ側まで小さな家屋が敷き詰められている。 全体的にみずぼらしい、荒屋(あばらや)と云っても差し支えないような、見るからに貧弱な家が多い。 そこに住まう人の生活が想像できないような有様だった。
そんな家屋の一つ。
魔狼をデザインとするエンブレムが付いた、黒塗りの車両が近くの道端に停められていて、その家屋の入り口に、同じく黒いスーツを纏った大柄の男が、入り口と車を見張るように、周りを警戒するように立っている。
周りからは遠巻きにその家屋を、入り口を、黒塗りの車を眺める住人達の視線が集中している。
そう、住人たちは知っている。 その『魔狼からの黒い使者』が来た意味を。
そしてしばらく経ち、もう一人の黒スーツと共に、周りのどの荒屋よりも荒らな荒屋から一人の少年が出てくる。
その少年の顔には、笑み。
ただし、その笑みはくたびれていて、何かを諦めたような、そんな表情(かお)をしていた。
周りの住人は、あるいは羨望を、あるいは失望を込めて口々に言う。
彼は『選ばれた』と。
『狼』に『召された』と。
そして宿命を負わされるのだ。 彼らのように…
辛そうな笑顔の少年は、スーツの人物に誘導されて黒塗りの車両に乗り込む。 最後まで抵抗らしい抵抗もしないまま、彼はこのまま建物群の中央へ連れていかれる。
その役職に出来ることを、その生活水準を知りながら、しかしその辛さを知らない住人たちの視線に押される形で。
かくして、少年を乗せた車両は狭い道をゆっくりと進み、中央の一番大きな建物を目指す。 魔狼の戦の最前線へと。
前時代のビルと同じような外見ながら、地下に広がりを持つ、複雑な構造を取る建物であった。 上下合わせて並の建物を凌駕するこれは、通称『アナグラ』。 技術の粋を結集して形作られる、人類の砦である。
そんな砦の核、他とは一線を画すシックな雰囲気のフロアの中の一室、このアナグラを統べるトップである『支部長』は、手を組んで肘を机に乗せ、組んだ手に口元を寄せて、ひとり黙っていた。 考え事の途中だったのかもしれないし、仕事の合間の休息でもあったのかもしれない。
そこへ、机の上、支部長からみて右側に、恐らくは書類仕事の邪魔にならないように退けた結果なのだろうが、ともかくノート型端末への通信が来た。
コールに応えると、若い女の声での事務的な口調で報告が入る。
「支部長。 照合中のデータベースから、新型神機の適合候補者が見つかりました。」
「そうか。 名前は何という?」
大した感動もなくこちらも事務的な返答を返す。 『あちら側』から素早くキーをタイプする音が聞こえ、それが止んで数秒、『こちら側』の端末のディスプレイに詳細な情報ファイルが送られ、通知のシステム音が小さく鳴る。
キーを押して開くと同時、事務的な口調があちら側から聞こえてきた。
「上往スオウ(カミユキ スオウ)。 性別男性、外部居住区出身、年齢は17歳です。」
「ふむ…」
ディスプレイに映し出された顔写真と各種データを眺め、値踏みするように、一拍の間が空く。
「さっそく、適合試験を受けてもらうとしよう。」
準備を指示して通信を切る。 このフロアは重役のための部屋ばかりで、滅多に人はいない。 普段は誰もいないがために、通信の切れた後の部屋は殆ど音がなく、自分の吐息すら聞こえるほどであった。 しかし、彼は薄く笑いながら手を組んで、また思案の体制に戻る。 暫くその体制のままであったが、適合試験に同席するための準備が必要であり、そのため立派な椅子から腰を上げ、立ち上がる。
机に背を向けると壁に向かい合う格好になる。 壁には大きな、狼のエンブレムが赤で描かれていた。
それを見て表情は変えず、ゆっくりと準備に取り掛かる。
彼の顔には、再び笑みが浮かんでいた。
少年、上往スオウは、アナグラ内の一つの扉の前に立たされた。
服装は荒屋から出てきた時と違い、魔狼のエンブレムが背中に刺繍されたとある役職の制服だった。 同じエンブレムを持った黒服達に連れられてここへ来て、色を選べと言われたのでモノトーンと答えたら、このトップスが白、ボトムスが黒の制服を渡され、着ろ、と命令されたのである。
(…あぁ、迫力満点だった…。)
顔で笑って心で泣いたりする少年である。 その時も、顔で微笑んで心では小動物ライクに怯えていたのだ。
とはいえ、まともな服装なんて殆どしたことのない上往にとってこの服は、え、本当に貰っても大丈夫なんですかこれ、後で返せとか言われませんよねこれ、という、嬉しさ四割戸惑い一割、恐怖五割の複雑な心境にさせるものであった。 正直に言えば後が怖い。
(さて。)
荒屋から離れるのは悲しかったし、一応人一倍の悲劇を経験しているがゆえの寂しさを感じなかった訳ではなかったが、切り替えて、ここで生き残らなければいけない。
差し当たっては、まず、この最初の関門をクリアしなくては。 公共放送ではアルコールパッチテスト程度と言われているが、その実、結果が悪ければ消されてしまう試験。
『神機適合試験』。
公共放送のプロパガンダを鵜呑みにすれば、アルコールパッチテスト程度と信じられるはずである。 住民たちが何故、失敗すれば消されると分かるかといえば、答えは簡単で、成功したらとある職業に就き通知が届くが、失敗した者の姿を見たことがないからである。 そして失敗した者の通知は来ず、職員に訊いたところで何も答えては貰えない。
(でもまぁ、成功、つまり合格する確率はかなり高い訳だし、そんなに悲観することもないよね。)
そう、自分に言い聞かせていると、扉の傍に待機していた職員が耳に手をやり、イヤホンからの無線音声を聞いて応え、その後、少年に黙礼し、扉を開ける。
大きく開く扉。
その向こうに広がっていたのは、天井の高い、広い場所だった。 部屋というには広い。
床は半径が二十五メートル程の円形で、しかしよく見ると十二角形になっている。 右には身長程の段差、左にはその二倍の段差が備わっている。 十二角形の辺に合わせて上に伸びる壁は鋼板のようなもので補強されていて、その壁には幾つもの直線状の傷が刻まれていた。 扉から見える正面の壁には例のエンブレムがあった。
おそらく、普段は訓練場として使われている設備なのだろう。 そう少年は予測をつけた。
そして床の中心に、赤い、巨大な装置が鎮座していた。
脚の太い、一本足のテーブルのような装置であった。
テーブルの上には、剣と銃と盾を一つにまとめた、奇妙な兵器が収まっている。 適合試験で試されるのは、これを振るえるか振るえないかであると、事前に説明は受けている。
その近くには、バウムクーヘンを半分に割ったような形状の、装置と同じく赤い物体が添えられている。 テーブルの真上にある同じ面積の蓋には、片割れが取り付けられていた。
空いた扉をくぐり、中へ入る。 装置まで五メートルを切ると、ゆっくりと扉が閉じられた。 立ち止まる。
「長く待たせてすまない。」
マイク越しの声が聞こえる。 低く、威厳のある落ち着いた声であった。 それが支部長の声であることを、上往スオウはまだ知らない。 彼から見ると、声を掛けてきた人物は、正面の壁、エンブレムの更に上にあるガラス張りの壁の向こうからこちらを見ながらマイクを口元へ寄せている。
マイクを越しの声を伝えてくる人物の両脇には、逆光でよく見えない為にシルエット化した人物が一人ずつ見受けられる。
マイクはトランシーバーのような四角いものだ。 刑事ドラマなどでパトカーについている無線装置のようなもの、そのマイクと同じだと言えば分かるだろうか。
「さて、ようこそ…人類最後の砦『フェンリル』へ。」
そしてフェンリルと云う単語を聞いた上往の目が自然と正面の壁にあるあのマークに向く。
魔狼。
フェンリル。
生化学工業を取り扱う一企業にすぎなかった、今や世界の盟主として君臨する存在。
その紋章に想いを馳せる一庶民に気づいているのかいないのか、ともかく支部長はマイク越しの声を響かせる。
「今から、対アラガミ討伐部隊『ゴッドイーター』としての適合試験を始める。」
視線を正面のテーブルに戻した上往の表情に、緊張の色が混ざる。 扉をくぐる前に覚悟を決め、自らを鼓舞するように良いイメージを頭に描いて準備していたというのに。
それほど、予測できない、イメージすることも能わない『死』は、少年の心に圧をかけているのだろう。
「少しリラックスしたまえ。 その方がいい結果が出やすい。」
するとその表情の変化に気づいたのか、あまり感情に変化がないような、相変わらずどこか余裕のある、あの低い声でそんな言葉をかけられた。
続けて支部長は言う。
「心の準備ができたら、中央のケースの前に立ってくれ。 何、心配はいらない。 君は既に『選ばれて』そこにいるのだからな。」
再び支部長のいるガラスの壁、その向こう側に視線を向ける。 その表情は逆光に遮られて朧げにも見えない。
彼はどんな表情で、この試験を見てきたのだろうか。 無論成功だけではなく、失敗も見てきているはずだ。 人間が『呑まれる』様を、いったいどんな心持ちで見てきたのだろう。
(いや…)
そんなことを考えている場合ではない。 現実から逃避しても何も始まらない。
目の前に視線を向け直す。
視界に入った赤い試験装置、それが、自分の棺になるかもしれない。 そう考えてしまうと重圧が増した。 試験前に、『呑まれてしまう』気がした。
不安を隠すように踏み、恐怖を圧し殺すように躙り、一歩、また一歩とゆっくりと近づいていく。
装置までの距離が近づくほどに、心拍は上がっていく。
気持ちの悪い汗が頬を伝う。
そして、目の前まで、手の届く位置まで、歩み寄る。
床の中央に鎮座する赤いテーブル。
そこに納められた兵器を見て、より一層緊張が増していく。 20キログラム超の鋼の塊…と形容できる兵器である。 これを振るうなど、自分にできるのだろうか。
「よろしい。 ではケースに手を差し入れ、『神機』の柄を握ってくれたまえ。」
これも、事前に説明は受けていた。 ケースの中、兵器の柄、その近くには『腕輪』の片割れが添えられていた。 その半円に腕、正確には手首のあたりを乗せて、その上で柄を握る。
それが、試験開始の合図になると。
なんらかの前兆があると思っていたが、しかし、心拍数が跳ね上がる少年の心配とは裏腹に、案外『来ない』。
少年の表情が訝しみの色を帯び始める。
一本足のテーブル、その真上にある同じ面積の蓋。 それはテーブルの端を囲むように間隔で伸びる柱に支えられていたのだが。
なんの前触れもなく、蓋はテーブルに落ちる。
ガシャン!! と一際大きな音と共に試験が始まる。
「ぐッ…、……ッ!?」
突然のことに、声が出そうになる。 しかし、上往は直感で思う。 そんなことしたら、『呑まれる』。 何が何でも、耐える他ない。
喉元までせりあがる叫びを、必死に圧し殺す。
痛い?
熱い?
当たり前の痛覚が、遅れて悲鳴を上げ始める。 『腕輪の片割れ』に両側から挟まれ『腕輪』となった腕輪の内側が手首にフィットするように、自分の手に合わせて粘土のように形を変える。 それはテーブルから顔を出している側、肘に向いた方向から観察することで目視出来た事だ。
だが、腕輪から向こう側で何が起きているのだろう?
冷静に思考する能力に制限をかけるような痛みが襲い来るのはどういうことだろう?
手首が切断されたらこんな痛みが来るだろうな、と想像してみても、尚それより随分と鋭い、壮絶な痛みが来る。
いつまで続くのか、嫌に長い間、痛いんだか熱いんだか分からない痛みは手首にのし掛かり続けた。
上往には知る由もないが、これは腕輪と使用者の手首を癒着させる作業である。 さらに、腕輪からとある因子を使用者に投与する作業も含んでいた。
やはりなんの前触れもなく、棺となるかもしれなかった蓋が開く。
そして、体が幾分軽くなる感覚がした。
それまで感じていた痛みは急速に引いていき、ただの鈍痛が残るだけとなった。 ちょうど、内出血を起こしたような、そんな痛みだ。
力が満ちる。 少し腕を動かす。 腕輪は完全に腕に固定され、柄を握った手も少し動く。 そう動くのだ。 あの鋼の塊を握った状態で。
瞼を開けると、テーブルの足元を見るようにしていた。 痛みに耐えるために下を向いていたらしい。 痛みが襲ってきていた間、何かから逃げるかのように、体を丸めようとしたが故のことなのだろう。
顔を上げる。 テーブルに置かれた、腕輪を嵌めた自分の右手が映る。 同時に、握った柄、その先に伸びる銃と盾と剣も目に入る。
少し力を込める。
簡単に持ち上がった。
腕輪を嵌める前までは振るえると思わなかった、あの兵器は、今、少年の手で垂直に十センチメートルほど宙に浮かせられる。 そして、彼はそれをケースから出し、腕を曲げ、自分の目の前に持ってきて、正に刀の波紋を観察するようにして、更に誇るように持ち上げ、天に向かって掲げる。
ケースの蓋で見えなかった神機は、それにより、支部長の居るガラスの壁からも見えるようになった。
そして、柄のすぐそば、オレンジ色の球体の付近から、一本の黒い触手が伸びてくる。
それは腕輪の手の甲側にある穴に入る。
視界が広がる。
冗談抜きに、今度こそ体が軽くなった。 今ならば、ここから両側に見える段差も楽々飛び越す、もしくはたどり着くことができるだろう。
だからこそ、気づいた。
広くなった視界の端、腕輪と神機が黒い触手で接続された瞬間、自分の手首のあたりに黒い筋が浮かびそうになったことを。
それは何の前兆だったのか、分からなかった。 だが。
「おめでとう、君がこの支部初の『新型』ゴッドイーターだ。」
その支部長の声で、我に帰る。 それは一種の福音だったのだろうか。
気持ちの悪い汗ももうない。 掲げていた兵器を、地面近くに下ろして、持つ。
「適性試験はこれで終了だ。」
その言葉で空気が変わる。 なんと言うべきか、自分だけではなく、場の全てが緊張していたようなそんな空気から、一つの殺伐とした事柄に発展なかった安堵感を含んだ空間へと変化した。 そう表現する他ない。
「次は適合後のメディカルチェックが予定されている。 始まるまで、その扉の向こうの部屋で待機してくれたまえ。」
その雰囲気をまとめるように、支部長の声が響き渡る。
「気分が悪いなどの症状がある場合はすぐに申し出るように。」
上往は再びガラス越しの支部長を見上げる。 今度は違う。 彼はおそらく小さく笑っているのだろう、と上往は思った。
そして、視線が交差した、気がした。
「君には、期待しているよ。」
声の低いアナグラの頂は、その台詞とともに踵を返し、マイクをおろしてガラスの向こうに消えていった。
同時に、少年の背後の扉が開く。
何かを振り払うかのように、左肩のあたりから右手に持った兵器を右下の床へ向けて一振りし、少年もまた踵を返す。
開いた扉と、その近くに控える、銀色の兵器のケースを手に持つ職員二人を視界に収めながら、先ずは『消されなかった』事に安堵しつつ、次のことを考え、胸を高鳴らせていた。
神機を握ったからには、握れたからには、命がけで働かなければならないということを忘ていたが。
いかがでしたでしょうか。
実はこの作品、このサイトで自分が初めて出す作品です。
一応自分でも何度か見返していますが、もし万が一不満か質問がございましたら、どうぞ批判なさってください。 甘んじて受けるつもりですし、次に活かすこともできます。
では今回はこの辺で。
次回二ヶ月後くらいになるかもしれません。
それでは。
2015/03/24追記:
ご指摘通り、台詞と地の文の間を一行空けました。 見やすくなったと思います。 ご指摘ありがとうございました。