とある街のとある場所にお寺がありました。
それは何の変哲もないお寺です。名前は「命連寺」と言いました。元々、そのお寺には別の場所から住職さんが来て、夕方には帰っていくのが日課でした。
最近のことです。お寺に新しい住民が住み着きました。
どこからか流れてきた徳の高い聖人に連れられて、大勢の少女達がお寺に集まってきました。それはそれはお寺は賑やかになりました、だから住職さんも大喜びです。一人でいるより、みんなで居た方がとてもとても嬉しいのでしょう。
今日のお話は、そんなお寺でのことでした――
その日は晴天でした。見上げれば青い空に太陽が輝いています。
お寺のお庭には「ふとん干し」が並んでいて、色とりどりの蒲団が干されています。こんなにあたたかい日です。まるで蒲団達が日向ぼっこをしているようでした。
ただ、今日はどこにもお寺の住民が見当たりません。漫画好きの幽霊も、青い髪の尼さんもいないのです。おそらくどこかに出かけたのでしょう。
それでもお寺の中から歌声が聞こえてきました。何を唄っているのか、楽しそうな明るい声です。しかし、なぜでしょう。どことなく声は「反響」しているようでした。
お寺、お寺と言っても昔の様にお堂だけのあるお寺は少なくなりました。ちゃんと人の住めるように、いえ。人以外も住めるような住居スペースがあるものです。台所もリビングも、寝床もあります。
でもでも。歌声がお寺のどこから聞こえてくるかわかりません。広い座敷も、漫画が数冊置かれた縁側も。ちょっと外に出て蔵の中を探しても誰もいません。それでも可愛らしい歌声は響きます。
それはお寺のお風呂場から響いてきます。
廊下を曲がった先、引き戸になったそのドアの先。そこに洗面台があります。他には洗濯機や洋服の入った箪笥なんかが置いてありますが、くもりガラスのドアがありました。中で動く人影ならぬ「妖怪」影が一つ。何故かくもりガラスの横には茄色の傘が折りたたまれて置いてあります。
『ふぁーんふぁーんふーでぃだすてーすてー』
中から歌が聞こえてきます。なんの歌を唄っているのかはわかりませんが、とても楽しそうでした。
お風呂場には一人の少女が居ました。湯船に入って、スポンジ片手に歌っています。
髪の色は水色、両目の色は片方片方で違います。右は透き通るような蒼色と左は宝石のような赤色でした。彼女はスポンジをごしごし動かしているので、手に泡が付いてしまっていました。その手は小さくて、指は細いようです。本当に「女の子の手」と言っていいでしょう。
彼女の名前は多々良 小傘です。彼女は湯船の中に入って、お風呂掃除をしているのでした。
「よーし! 後は洗い流すだけね」
ばっと立ち上がる小傘ちゃん。手に持ったスポンジは白い泡が付いています。しっかりとお風呂場をキレイにした自信からか、彼女は周りを見渡してから、どやあと一人で誇らしげです。
彼女はシャツの上から青いベストを着て、袖をまくり上げています。それにスカートをはいていますがそれもちょっとまくっていました。そして少しだけ見える太ももから膝、それに「あんよ」までは何もつけていません。濡れてもいいようにでしょう。
小傘ちゃんはシャワーを手に取ってあたりに水をかけ始めました。それでお風呂場にある泡がどんどん落ちて、その下からピカピカになった床や壁なんかが見えてきました。それだけ彼女は頑張ったのです。
彼女は鼻歌を唄いながら水をかけます。足が濡れたりすることがありますが問題ありません。なんといっても素足ですから大丈夫です。しかし、小傘ちゃんはとあることを忘れていました。
ピンポーン!
「えっ?」
おや、インターホンが鳴りました。小傘ちゃんはシャワーをきゅと止めてみます。すると外から「宅配便でーす」と聞こえてきました。もちろん良い子な小傘ちゃんは元気に答えます。
「はいはいはーい!」
そういって彼女はお風呂場のドアを開けます。そして濡れた足のまま、外に出ようとして立ち止まってしまいました。このままでは宅配便を取りに行く場所までぺたぺたと足跡を付けてしまいます。
「ど、どうしよう……」
――本日の小傘ちゃんクライシスです。お風呂を洗っている時に宅配便が来てしまいました。どうするのでしょう?
小傘ちゃんはタオルを探しました。でも、ありません。今日はいい天気なので外に天日干しを全てしています。
それなら足の水気を払おうと小傘ちゃんは足を振ります、右足の水滴を払って、左足を。としたところでせっかく払った右足をお風呂場の床にぺったんとつけてしまいました。もちろん濡れています。
「留守ですかー」
外から聞こえて来ます。小傘ちゃんは「いますー!」と元気に答えたはいいですが、どうすればいいかわかりません。廊下を濡れた足で行くなんて、そんなことできません。
「はっ、そうだわ」
そして小傘ちゃんは名案を思い付きました。
◇◇◇◇◇
小傘ちゃんは廊下を「走ります」。片手に傘を持っているので走りにくいこともありますが、とても遅いです。ただ、その原因は別に難しいことはありません。
「う、おお」
膝立ちで走る小傘ちゃん。眼は真剣そのものです。これなら足を廊下につけなくてもいいのです。まさに名案でした。
「ふぎゃ」
転んでも小傘ちゃんは立ち上がります。鼻をさすりながら、ちょっと泣きながら玄関にまっしぐら。たったったか、どしんばたん。小傘ちゃんは頑張ります。
やっとこさ玄関に辿りついた小傘ちゃんは。靴置場から下駄を履いて、玄関のドアを開けました。かららららー引いたドアが鳴ります。
「お待たせしましたー」
にこーと笑顔満点で小傘ちゃんは言いました。苦労を微塵も出さない彼女の笑顔は、とても可愛らしいものです。
でも現実は残酷でした。
「おや、いたのかい?」
そこにいたのは銀髪の少女です。手に段ボール箱を抱えています。おそらく宅配便でしょう。たまたま帰ってきた彼女が小傘ちゃんの代わりに出てしまったのです。すでに宅配便の人はいません。
少女は紅い眼をしたネズミのような少女です。名前はナズーリンと言います。それは小傘ちゃんももちろん知っているのですが、ナズーリンは家の中に入って行ってしまいました。
残された小傘ちゃんは少し頬を膨らませて家の中に戻っていきます。
今日はふて寝したい気分でした。
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