とある夜のことです。すでに時計の針は8時を回っていました。
町はずれにあるお寺もあたりはすっかり暗くなっています。街灯も少ないので一層外が暗くなっていました。
それでもここは現代の世界。お寺の一角から漏れる煌々とした明りが見えます。まだカーテンは閉めていないようです。その明りに近づいてみると、窓の中には多くの敷蒲団が敷き詰められています。
広い座敷です。敷蒲団はお昼におてんとうさまにあったかくしてもらってふかふかです。今日の当番は毘沙門天でしたが、彼女は今お風呂にはいっていていません。流石に夏の暑さからか一つの敷布団にタオルケット一枚程度しかありません。
「ふ、ふふーん」
そんな敷布団の上で寝転がっている可愛い女の子が居ました。水色の髪はしっとりとしています。お風呂上りなのでしょう。フリルのついた桃色のパジャマが愛らしくて、でも熱いからズボンは膝のあたりで捲っています。
言うまでもなく小傘ちゃんでした。彼女はふかふかの蒲団の上で、うつぶせに寝そべって足をぱたぱたさせています。顔はうずめているわけではありません。枕に顎を載せてから、寝そべったまま本を読んでいるのでした。
もちろんトレードマークの茄のような傘は横に畳んでおいてあります。
小傘ちゃんはいつの間に読書家になってしまったのでしょう。枕元には数冊本が積まれていました。ほんのり火照ったほっぺたを枕につけて、だらしない恰好で小傘ちゃんは本を読んでいます。一応明日は早いので早寝をする気ではあります。それでいいのでしょう。
ある意味リラックスしているともいえました。
「あれ、小傘さん。何をされているのですか?」
そういって部屋に入ってきたのはウェーブのかかった青髪の少女でした。タオルで頭をふきふきしながら彼女は小傘ちゃんに近づいてきます。白いトップスに青い短パンを穿いている彼女の名は雲居一輪ちゃんです。もらったジャージを寝間着にしているのは残念です。
「ふふ、研究書よ」
小傘ちゃんは起き上がりました。眼がきらきらしています。そしてその両手には一冊の本「恐怖! 本当にあった怖いはなし」というタイトルがついていました。確かに小傘ちゃんには研究書でしょう。
一輪はぷっと吹き出ししまいました。小傘ちゃんはむっとしましたので、一輪もあわてて言います。
「そうですか、それ……怖いんですか?」
「……ま、まあまあね」
あ、怖いんだ。と一輪は直感しました。別に中身を見たわけではありません。小傘ちゃんを見てそう思いました。ただ、可愛らしい傘の付喪神を笑うことはしません。一輪はとても良い子なのです。お酒は飲んじゃいますけど!
「どれ、一冊借りていいですか?」
「あっ。そう? それじゃあ……地獄先生ぬーぼーとかどうかしら。ムラサに借りたの」
「漫画ですか……」
一輪は「ムラサに借りた」という言葉だけで漫画だと言い当てました。とんだ風評被害ですが、今回は当たっているので仕方ありません。
☆
それから一輪と小傘ちゃんは黙ってページをぺらぺら、二人は熱心に研究をします。いえ、もしかしらた「付喪神さん」は一柱かもしれません。でもいいのです、小傘ちゃんは熱心のに本を読んでいます。
――隙間女の本を少女は読みました。
「小傘さん? これとか参考にしたらどうですか?」
「ベッドの下にもぐりこむのね……埃っぽくて嫌だなぁ」
――トイレの花子さんの本を少女は読みました。
「こがささんこがささん、これは?」
「うーん、幻想郷には学校がないから……こっちで学校に侵入したらセカムに追いかけられたわ……」
――八尺さまの本を少女は読みました。
「わぁ。これ怖いなぁ。ぽぽぽかぁ。現代にもすごい妖怪がいるんですね」
「うーん。ま、まだまだね」
――番町皿屋敷の本を少女は読みました。
「ふふふ。これは古いですね。こんなのに怖がるなんて誰もいないですよ」
「これくらいなら、できそう……あ、いやなんでもないわ」
この時。
「へくち」
遠くの誰かがくしゃみをしました。
――メリーさんの電話の本を少女は読みました。
「電話かぁ。このごろ小傘さんもけーたいを渡されたそうですが、どうですか? どうにもこれが苦手なのよね」
「え? けーたいって電話する以外になにかできることあるの!?」
こがさちゃんの子供用のケータイはできません。GPSは付いています。
いちりんさんのもっている物は格安ですがスマートフォンでしたが使い道がありません。
しかたなく使っているのでしょう。
――口裂けおんなの本を少女は読みました。
「いー」
「いー」
顔を見合わせて一輪と小傘ちゃんが自分の頬を引っ張ります。それからくすくす笑いました。
☆☆
そうやって夜は更けていきます。でもでも、実は読書といっても齧るように本をぺらぺらめくって気になったページを抑えただけです。だから時間はあまり立っていませんでした。
一輪さんと小傘ちゃんはすっかりくつろいだ様子で談笑しています。下はふかふかの蒲団ですから座っているだけで心地よいのです。村紗が入ってきます。
座敷にくすくすともれる可愛らしい少女達の笑い声。静かな夜ですが、とても良い夜です。
そんな座敷の電気がバチッと消えました。「わっ」と一輪さん。「ひゃ」と小傘ちゃん。悲鳴まで愛らしいのはご愛嬌。でもでも電気を消したのは誰でしょう、見当もつきません。
突然暗くなって小傘ちゃんと一輪さんは身を寄せ合います。さっきまでホラー本を読んでいたのであたりまえかもしれません。完全に無意識ではありました。
「な、なんで電気が消えたの……」
小傘ちゃんは震えた声で言います。でも、まさか恐怖の頂点に立つ小傘ちゃんが「怖がる」わけがありませんから演技でしょう。一輪さんは目の前にいるはずですが顔も見えません。
そんな二人の前でするっと蒲団のこすれる音がします。驚いて二人がそちらをみたその瞬間でした。
「うらめしやぁー」
顔の下からライトを当てた村紗 水蜜が現れました。舌をめいっぱいだしています。
水色の髪と青色の髪の少女は座敷いっぱいに悲鳴を上げます! それで満足したのか黒髪の船幽霊、村紗は大口をあけて笑いました。
「あはは、ひっかかりましたね!」
「く、この」
一輪さんは直ぐに状況を理解して、立ち上がると。部屋の電気をつけました。
とたんに座敷に光が戻ります。そうです、この驚かせるためだけに水蜜が電気を消したのでした。一輪さんはまんまとひっかかってご立腹です。
「いきなり、子供みたいなことをして……」
一輪さん、気付かず小傘ちゃんをディスります。でも村紗はにやにや、からにこにこにかわります。手のライトをまだ顎の下につけています。
「いや、いきなりやるから驚くんですよ。ねえ、小傘さんもそう……あれ? 小傘さん」
小傘ちゃんを見ると、彼女は両手で顔を覆って体操座りしています。
まさか、ちょっと泣いちゃったなどと他の妖怪にばれるわけにはいかないから、こうやっているのでした。
「あ、あの」
流石に村紗も罪悪感を感じたのか動かない小傘ちゃんに近寄ります。
――本日の小傘ちゃんクライシスです。まさかまさか、船幽霊に驚かされてちょっと涙が出てしまいました。ばれるわけにはいきません、どうするのでしょう?
「大丈夫ですか? 小傘さん」
村紗はゆっさゆっさ小傘ちゃんの肩をゆすります。心配してくれるのはありがたいのですがそもそもの元凶は村紗でした。
「小傘さん。泣いてません?」
一輪さんが心配そうにいらんことを言います。小傘さんは「泣いてない」と毅然と反論しました。ちょっとだけ声が湿っているのは愛嬌です。
「ちがうのよ。眼にゴミが入ったから」
小傘ちゃんは巧妙な嘘をつきました。村紗と一輪はさらに心配して、小傘ちゃんに「見せてみて」といいます。見せたくありません。
小傘ちゃんぴんちです。嘘をついたことで目をなんとしてでも見ようと村紗が小傘ちゃんの腕を取りました。このままでは見られてしまいます。でも、そこは小傘ちゃん。名案を思い付きました。
――そうだわ。逆に驚かせてばいいんだっ!
逆転の発想です。ここで自分から手を開いて村紗に一発「うらめしやぁー」とすれば、大逆転です。それにこれしか方法はありません。小傘ちゃんは隠した顔でほくそえみます。
「小傘さん?」
村紗が小傘ちゃんの手を引っ張りました。今です!
小傘ちゃんは一気に手を外して、村紗を見ました。下から見上げるように、でもちょっと光がまぶしかったのでしょう眼が半開きです。それにそのせいで噛んでしまいました。
「あ゛?」
それはヤクザのような声でした。下から半目でにらむので、小傘ちゃん。とても怖いです。普段のギャップがあるので、効果的です。
村紗と一輪は「ひっ」と本当に悲鳴を上げました。小傘ちゃんはよくわかりませんが、なんか相手がビビっています。ここが勝負どころです。
小傘ちゃん、立ち上がりました! 舌を出してこういいます!
「うらめしやぁー!!」
そのかわいらしさに一輪と村紗はほっと、胸を撫でおろしました。