小傘ちゃんクライシス!   作:ほりぃー

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喧嘩? の時には甘いものがいいのです

 小傘ちゃんはあったかい蒲団の中でぱっちり眼を開けました。

 耳に聞こえてくるのはこちこちという時計の音です。まだ彼女の寝ている座敷は暗いようです。どうやらまだまだ、夜の様です。

 

 小傘ちゃんはかわいい瞳をくりくりと動かしています。不意に早起きしちゃった時、ちょっと今起きていいのか考えちゃいます。それは最恐の幽霊だって同じことです。小傘ちゃんはなんとなく眼を閉じてみますが、駄目です。眠たくありません。

 

 唐傘おばけだって早起きしていいではありませんか。朝のアルバイトがあるのです。

 むっくりと起き上がった小傘ちゃん。横を見ればお腹を出して寝ているキャプテンは一人。ちゃんと蒲団を肩まで掛けてあげました。彼女も幽霊ですが、ぐーぐー幸せそうです。

 並んだ蒲団にはいろんな妖怪が眠っています。

 小傘ちゃんはそろりそろりとまだまだ寝ているみんなを起こさないように、ぬきあし、さしあし。ぱじゃま姿の小傘ちゃんは座敷からでます。手には傘が一本折りたたまれていました。

 

 ちょっと冷えてる廊下に出ます。小傘ちゃんは黙ったまま、ゆーくりと座敷の襖を締めました。気遣いのできる女の子です。人を驚かせるにも作法があるのでしょう。

 

 ★☆★

 

 洗面台で顔を洗います。小さな手のひらにお水……お湯をたっぷりと手に取って顔をごしごし。タオルを目をつぶったまま探して、虚空を掴んだりしている小傘ちゃん。やっと見つけたのはバスタオル。

 大きなそれで顔を洗います。それですっきり。ぱちぱち瞬き。きらきらした瞳。彼女は洗面台の鏡の前で舌を出して「ぅらめしやー……」と小声で練習します。大きな声を出してしまっては近所迷惑じゃないですか。

 

 小傘ちゃんの後ろはお風呂場です。電気は消えて真っ暗。彼女はそっちには興味を示しません。パジャマを脱いで着替えを探します。いつものブラウスを、と考えたところで気付きました。着替えは座敷に置いてあるはずです。

 今から取りに行ってはと困りました。小傘ちゃんはうーんと小首を傾げて、沈思黙考いえ「ちんしもっこう」します。

 

 ふと、眼に飛び込んできたものが一つ。なんと脱衣所の傍に置かれた服があるじゃないですか。それは胸元にフリルのついた上着に頭巾、それにスカートです。とある「尼」さんのお洋服です。

 

 小傘ちゃんはそれをじっと見ました。多分明日の(今日のことです) 為に用意しているお着替えなのでしょう。そうおもって、にやり。きっと驚くいたずらを考えました――

 

 小傘ちゃん上着を着ます。袖が長くて裾には青い文様が付いています。普段袈裟に隠れて見えませんが胸元にはフリルが付いています。そして置いてあった赤い玉のついた首飾りをつけます。

 そしてスカートを穿いて、袈裟を付けます。仕上げに頭巾をかぶってみます。ちょっと胸元がぶかぶかしますが、そこまで気になりません。

 

 小傘ちゃん、僧侶になってしまいました。これで退治されることはありませんから、無敵です。彼女は両手を腰にあてて胸を張り、べーと舌を出します。鏡の前です。及第点でしょうか。ふふーんと鼻を鳴らしています。

 

 これでこの服の「本来の持ち主は驚いて」くれるでしょう。わくわくがとまりません。

 小傘ちゃんは傘を掴んで洗面室から出ていきます。鼻歌を歌って、ご機嫌です。

 

 

 ところで昨今、デフレーションの進んできたご時世。生活費を抑える為に光熱費を抑えて生活をする女の子が増えています。洗面室の電気を付けていれば、お風呂場の電気を付けなくても体は洗えますし、問題ありません。

 

 真っ暗なお風呂の曇りガラスに人影が写りました。着替えが無くなった哀れな女の子です。でも安心してください。ここにはちゃーんと他の女の子のお洋服が一着ありました。封獣ぬえちゃんのワンピースです。

 

 ★☆★

 

 尼さんが新たな試練に直面しているときに小傘ちゃんは庭に出ました。空を見れば星の光る静かな夜です。いえ、朝でしょうか。彼女は時計を持っていませんからわかりません。

 袈裟をひらひら。初めて来た法衣は新鮮です。青い髪も持ち主さんと同じです。

 傘を開いて、くるりくるり。意味はありません。冷たい空気って気もちいいいからかもしれません。

 

「よーし、今日はきっといっぱい驚かせることができるわ!」

 

 根拠はありませんが元気よくガッツポーズ。まずはやる気です。人間、いえ妖怪だって気合が大切なのです。彼女は草履で地面を蹴ります。お寺の庭は砂利が巻いてありますから、ぱらぱらと飛びます。

 隅には七つのゴムボールが手作りの台座に置かれています。小傘ちゃんはそっちには眼もくれません。

 

 ただ、今日はどうやって人々をきょうふのどんぞこに陥れようかと考えているのです。傘を構えて昨日見た村紗ちゃんの漫画の牙突みたいに構えます。なんか違いますね。

 研究熱心な小傘ちゃんはあらゆる場面を想定します。街中の場合とかお墓の場合です。うらめしやーのタイミングがもっとも大切ですね。それ以外はミニなことです。

 

 小傘ちゃんはそこで気が付きました。遠くを見れば朝日が昇ってきています。山々の稜線をオレンジ色に染めて、この世界を暖かく包んでいきます。でも、小傘ちゃんは建前上はお化けですから朝日は苦手ということにしています。

 

 あわてて傘を開きます。べろーんと傘に付いた舌が伸びて、恐怖の一つ目が現れます。これで日光は効きません。小傘ちゃんは得意気です。傘を持ったまま、くるりと後ろを向きます。

 

 もし、この瞬間を誰かが見ていたら朝日を背に微笑んでいる少女がいた、とずっと、ずlっつと覚えていてくれるでしょう。残念ですがここにはだれもいません。

 小傘ちゃんはお寺の中に戻ろうとしました。そこで膝にスカートが引っ掛かります。いつもと違う物ですから慣れていないのでしょう。

 ばったん! 砂利の上に倒れます。小傘ちゃんは慌てて体を起こします。

 

「あ! 汚しちゃったわ……」

 

 

 ――本日の小傘ちゃんクライシスです。やってしまいました。借りたお洋服を汚してしまったのです。どうするのでしょう?

 

 ★☆★

 

 

 

「汚しちゃって。ごめんなさい」

 

 いつもの服に着替えた小傘ちゃん。

 居間で一輪ちゃんに向かいあって謝りました。彼女も早起きしていたらしいのです。今朝はお風呂から上がると服がなくて焦ってしまいました。下着で廊下をうろつくなんてできません。

 でも尼さんは何ででしょう。黒いワンピースを着ています。胸元の赤いリボンを付けています。でもちょっとスカートの部分が短いので、正座したまま太ももをもじもじさせています。

 

 一輪ちゃん。優しく微笑みつついいます。両手を合わせています。

 

「いいのです。小傘さん。むしろ悪いことをしっかりと謝るその姿に感じ入りました」

 

 正直服が戻ってきたことが嬉しいらしいのです。多少汚れていますが、砂利の上に転んでも気になるほどの汚れはないでしょう。一輪ちゃんはおおらかな心で小傘ちゃんを許しました。今すぐに着替えたいようです。

 小傘ちゃんはしゅんとしています。両手に畳んだ一輪ちゃんの法衣を抱え込んでいます。 

 

「これクリーニングに出して返すわ!」

「いえ! いいのです!」

 

 一輪ちゃん必死です。立ち上がるとニーソックスを履いているようです。セットで置いてあったのでしょう。膝でにじり寄って小傘ちゃんから法衣を受け取ろうとします。ニーソックスとワンピースの間に肌色が見えます。

 

「さ、小傘さんもういいですから。それを返してください」

 

 自分の持っている他の服を着ればいい、なんて見えていません。熱くなると周りが見えなくなるのが一輪ちゃんです。それは小傘ちゃんも一緒ですね。

 

「責任はとるわ! 今日一でクリーニングに出して、綺麗にして返すから!」

 

 二人はもみ合い、押し合い。いつの間にか法衣を置いての服の引っ張り合いになっています。喧嘩でしょうか? 周りが見えていないだけです。たまに顔を手のひらで押していたりします。

 

 

「そこまで」

 

 ぱーんと手を叩く音がします。小傘ちゃんと一輪ちゃんが見ると。くすくすと笑う女性がエプロン姿で立っています。長い髪をリボンで結んでいます。そうです住職代理の聖さんです。

 彼女も早起きしていたのでしょう。手にはバスケットを持っています。それが早起きした原因です。

 

 聖さんバスケットから何か取り出しました。丸い、黒いものです。なんでしょう。問答無用で一輪ちゃんの口に押し込みす。

 

「もがっ!」

 

 そこらへんは武闘派ですね。小傘ちゃんは震えあがりますが、次の瞬間には口に黒い丸をいれられていました。彼女はびっくりと、肩を震わせます。

 

「あ……甘い」

 

 チョコレートの味です。甘くそれが口の中で蕩けます。聖さんは言います。

 

「世間ではばれんたいんというらしいので作ってみました。どうですか?」

 

 優しい笑顔。聖さんバレンタインデーが他宗教の行事なんて知りません。この国のイベントは楽しむ為にあるのですから、それでいいのでしょう。小傘ちゃんもこりこり噛んで、ごくり。

 

「おいしいわ」

「ふふ」

 

 聖さんバスケットからいくつかチョコを出して小傘ちゃんの掌へ載せます。それは飴玉程度の大きさです。おそらくお参りに来てくれた人に渡すつもりなのでしょう。小傘ちゃんは口に入れてころころ。ほっぺたを動かしています。

 横では一輪ちゃんもチョコを嘗めています。ちょっと子供っぽいです。恰好はちょっとアレですが。彼女も聖さんからチョコをいくつかもらいました。お礼を言ってお口でころころ。

 聖さんは二人に言います。

 

「みんなが起きてくるまで時間もあるし。良かったら作ってみる?」

「え?」と小傘ちゃん。

「きっと小傘さんがチョコを作って配ればみんな驚くわ」

 

 きらっと光る小傘ちゃんの瞳。チョコで汚れた手を「手元にあった法衣」で無意識にふきふき。一輪ちゃん口を開けて、声なき悲鳴。

 

「それじゃあやるわ! ふっふー」

 

 小傘ちゃんは「人が驚くこと」が大好きです。このごろは恐怖と、ちょっと離れてきてしまって聖さんは苦笑します。こいしちゃんはチョコをもぐもぐしています。

 とにもかくにもお昼に参拝した方にはチョコレートが配られるのでした。

 

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