今回は少し全体的に暗いお話になるかもしれません…
秋はこの先どうするんでしょうか…
懸命に目を凝らして周りを見回してみても、そこにあるのは途方もない程に澄み切った闇があるだけだった。
そこから一生懸命一歩を踏み出そうとしても、何かかがそれをさせてくれない。まるで体がそれを拒むかの様に、意に反して足は地面とも知れぬ暗闇から動こうとはしなかった。
ただ単純に恐怖心で足がすくんで動けなかったわけではない。今は消え失せているはずである、過去の記憶がここから動くことを拒んでいるように思えた。
だが、その暗闇は突如として終わりを迎えた。
私の目の前で、激しい爆音を伴った爆発が熱気を帯びた爆風を巻き起こしながら、炎を纏ってうねりを上げたのだ。爆発の原因は分からない。だが、私はしっかりと炎の中にあるものを視認した。
轟々と渦巻く炎とその中で蠢く悪霊と化した人影が、一目散に自分目掛けて走ってくるのである。その人影を見た瞬間、激しい雷が私の頭の中を駆け抜け、消えて真っ白だった私の過去の一部を鮮明に映し出した。なぜならば、その悪霊たちは父、母、仲間の退魔師達。そして一人の少女。その一人一人の肉体はおぞましいまでに腐敗し、骨の見える指が何度も何度も上下している。
肉親とそれに等しい間柄の仲間の顔は、思い出せなかっただけで忘れていたわけでは無かったようだ。…ただ一人の例外を除いては。
(あの少女は一体…)
他の人間のことは瞬時に思い出すことが出来た。否が応でも思い出さされたという方が正しいが。しかし、少女のことは全く思い出せなかった。忘れてはいけない存在であったということしか、自覚することが出来なかった。
私は炎の中の人影を凝視し、必死にその分からない人影の正体を思い出そうと努力した。だが、一向に思考は思い通りにはいかず、炎と悪霊と化した嘗ての仲間は、憎しみを持って歩みを止めない。
やがて、それらは私の目の前まで迫ってきた。
「人に仇名す愚物は全力を持って排除せよ」
父に耳が酸っぱくなるまで言われた言葉である。目の前にいるのは、父であるが同時に『愚物』でもある。私は迫り来る焦りと使命感とが混ざり合い、気がつけばいつの間に握っていたのか分からない愛用の退魔刀“鳴神”を構えていた。
先程の激しい痛みを伴った雷は、両親たちの顔だけではなく、刀の使用方法までも思い出させた。鳴神はただ抜くだけでは雷は発生しない。霊力を鳴神に流すことで始めて放電する。
退魔師と名乗った少女に刀を向けた時とは違い、バチバチと鳴神から発せられる雷の音だけが、無残に響く。悪霊が唸る声すらも耳に入らない程、私は集中して悪霊と化した少女を見ていた。
鳴神の放電の音にも全く動じない悪霊たちは、一向に止まる気配を見せない。それどころか、次第に歩みのスピードは確実にあがっている。私はやっとのことで地面を蹴り、後ろへと数メートル飛び炎を纏った悪霊達との間を開ける。
だが、そんな私の必死の抵抗も虚しく悪霊たちは徐々にせっかく開けた距離をまた詰める。これでは埒が明かない。そう判断した私は眼前に迫る悪霊たちに鳴神を向けた。
悪霊たちは家族とそれ同然の人たちなのに、私は罪悪感というものは感じなかった。退魔師としての自分の信念なのか、それとも慣れてしまっているのか。
私は一人、また一人と鳴神の切先を悪霊達に向けた。雷を纏った“鳴神”を目の前の父上(今となっては愚物)に向けて、横に一気にスライドさせる。鳴神はバチバチと放電音を響かせながら、愚物を炎を発生させながら切り裂いて行く。
炎を纏っても炎上しない悪霊たちだが、鳴神に切り裂かれた場合、自然の法則に従うしか術はないらしく、耳を塞ぎたくなるような悲鳴を挙げて次々に炎にのまれていく。
そんな悲鳴を聞きながらも、私は悲哀感などまったく感じなかった。機械的なその作業が、罪悪感を徹底的に頭の隅から追いやってしまっていたからかもしれない。
父、母、仲間と切り倒し、最後に名前を思い出せない少女に切先を向けた時、口をきくことなど出来様もない骨の見える唇がそっと動いた。
その唇の動きから、発せられた言葉を読み取ることは私には簡単だった。それはかつて自分に向かって放たれた、もっとも敬愛すべき言葉だった。
「あああああああ!!!!」
気づけば私は絶叫し、この悪夢から現実世界へと引き戻されていた。
◇
目を開けるとそこは先程とは打って変わって、優しい光が降り注ぐ部屋だった。ツンと独特の消毒液の匂いがするということは、ここは病院なのだろうか。一面、白い壁に囲まれた部屋にポツンと一つのあるベッド。機械類がないことを確認し、少し安堵する。病院に担ぎ込まれて、治療という名の縄で拘束されてはどうしようもない。
一通り状況を確認し、先程の出来事が夢だったということに気づいた時には荒かった呼吸も粗方落ち着き、ほとんど正常通りだった。
「落ち着いた?」
しかし、未だに速い動悸を繰り返す心臓を落ち着かせるため、ゆっくりと深呼吸を繰り返していると、いきなり横から声が投げられた。さっき部屋を見回した時、どうして気がつかなかったのだろうかと疑問を抱きつつ、私は声がした方を見ると、そこには見覚えのある黒い長髪の少女が座っていた。
確か、黄泉さんといいましたか。
見覚えがある筈だ。私が混乱していたとはいえ、確実に悪意と敵意を持って刀を向けた相手なのだから。
私は小さく一度頷いた。それ以上は後悔の念が強すぎて言葉に出来なかった。
「そう、よかった…」
だが黄泉はそんな私を責める素振りは全く見せず、本当に安心したようにホッと胸をなでおろして見せた。
「申し訳ありません、お世話になってしまいました」
「いいのよ、民間人を守るのも私たちの仕事よ」
そう言いつつも、私と目を合わせないのは少しばかり気不味いからであろう。
私はその雰囲気を身にしかと受け止め、掛けられていた布団をどかしてベッドを降りた。冷んやりとする床の温度を直に足で感じ、軽く身震いしながら病室のドアの方へ向かった。
「どこ行く気?」
黄泉の声は先ほどと変わらず、静かで穏やかだったが、同時にトゲが混ざっていたのは気のせいではないだろう。
「刀を向けてしまった以上、ここにはいられません。ただでさえ迷惑をかけたんです。これ以上迷惑が迷惑を呼ぶわけにもいきませんし」
私は黄泉を見ずにそれだけを言うと、“鳴神”と最低限の声量で呟き、後方から無音で飛んでくる刀をつかんだ。私はその間の微妙な空気の重さに耐えきれず、ここを退散しようと足早に病室のドアの取っ手に手をかけようとするが、黄泉の声がそれを抑止する。
「ここを出たとして、どうする気?名前も思い出せてないんでしょ?」
私を止めようとしているのか、少しばかり早口になった黄泉の問いかけを無下には出来ず、しかし振り向かずに私は答えた。
「名前は適当に作ります。それに、不幸中の幸いか、ここは悪霊が多いみたいだから。これを除霊しながら食い扶持くらいは稼げる自身はありますよ」
「でもそれは私たち、対策室の仕事よ」
「しかし私も退魔師。悪霊たちを除霊することは、多いに越したことはないでしょう?」
私はこの状況からはやく逃れるため、少しばかり皮肉を込めて言った。数秒の間が空き、これで諦めてくれたかと思い、ドアに手をかけようとするが、しかし甘かった。
「記憶が戻ったの!?」
黙っていたのは驚いて思考が停止していたためなのだろう。私はまだ黄泉を振り切れてはいなかったようだ。黄泉の声は先ほどとは違い、ボリュームとトーンがLv5ほど上がったようだった。
「思い出したのは、退魔師として必要な情報。あとは父や母、仲間の…」
そう言って私はふと夢の中の少女の顔が浮かんできた。
(あの少女が言った言葉。確か私がこの少女たちと会う前にも確か…)
「仲間?」
話の途中でいきなり思考に切り替わってしまった私を、黄泉が心配し聞き返してくるが、私は「なんでもありません」と、その会話を終わらせた。
「…じゃあ、戻らなかったら?全ての記憶が完全に戻らなかったら?」
「その時はその時。でも戻ります。いえ、戻します。私には取り戻さなければならないものがたくさんある。そんな気がするんです」
私は黄泉に言い聞かせるように言った。ふとその瞬間、懐かしいものを私は感じた。何故だろうと考えながらも、今はその疑問を首を振って遠ざけた。今はそれを考える状況ではない。
今度こそ黙った黄泉を見て、今度こそ質問攻めから振り切ることが出来たということを確認し、やっと病室のドアに手をかけゆっくりと横にスライドさせた。
「じゃあ、少しそのお手伝いをさせてくれない?」
やっと開くことが出来たドアの先にあったのは、長い病院の廊下では無く、優しく微笑む車椅子に座った女性と、それを押す無表情の黒スーツの女性だった。
原作入りは五話目からの予定です。前置きが長くて申し訳ありませんが、どうかお付き合い
ください
ではまた次回お会い出来ることを祈って…
ご意見、ご感想お待ちしております