行き詰まりました。
本作品を書き始めて数ヶ月……ここまで筆が進まないことは初めてでした。
さて、更新が遅くなりました!
悩んだ挙げ句、内容が短くなってしまいましたがどうか!
今回もよろしくお願いします……っ。
暖かい夜風が半袖のシャツから伸びる腕を撫で、長い総髪を軽く揺らす。
隣を見れば、同じような締まりのない服装に、風に乗った銀髪を後ろに揺らす、未だ形の掴めない――クラスメイトの少女。
水浦竜三という少年は、まだ彼女と出会い、一年という短期間しか経っていないが――そんな相手と並び、この地に赴いたその経緯は、いかほどのものであったか。
「なぁ、夜伽ノ美雪……。どう思うよ、この光景を」
まだ、染料したばかりの金髪は気合いの入れ直しでもあった。
隣に立つ少女――夜伽ノ美雪と今晩の集合地にて顔を合わせた時、微かに鼻で笑われたその髪型を直しながら、水浦竜三は問う。
目の前二〇メートルもない先には、横いっぱいに広がる人の群れ。
全員がどこかしらの学校の制服を着崩して、口に煙草を咥えている男もいれば、今時はやりそうもないサングラスをかける男もいる。
総勢、教えられた人数だけでも四〇人。
線引きされた向こう側の人数に対し、こちら側は水浦竜三と夜伽ノ美雪、男女二人しか立っていない。
そんなアウェイな状況下。
それでも歓迎するように、自分達を遠目でニヤつきながえら見据えている四〇人を鋭く睨み付ける夜伽ノ美雪の口元は、確かに笑っているようだった。
「あァ……最ッ高だねェ。良い感じに身体も火照ッてきてるし、目の前の桃源郷と言えば……こりゃァ、今までに味わッたことがない程の極上の気分だァ」
不敵に嗤う、吐かれる言葉。
そんな所に、今まで他人に興味を示さなかった水浦竜三も、惚れ込んだのかもしれない。
四〇人で出来上がる壁の中央に飛び出る、リーダーらしい男が一人。
大声を張り上げ、二人に何かを叫んでいるようだが、当の本人達は全くもって聞いていないようだった。
「これだけ相手を揃えてくれた敵さンを褒めてやろうぜ。だが、まァ……人数がどれだけ増えようと、途中で逃げ出す奴がいようと、関係なく全員きッちりぶッ殺すがなァ」
大袈裟な表現だとは、水浦竜三にも分かっている。
だが自分だって、相手を見れば手加減が効く相手ではないと理解しているのだ。
「成り行きとは言え、俺はお前をこの場に連れて来ちまったんだ。背中は守るぜ」
「あァ? なに寝ぼけたこと抜かしてンだ、お前」
水浦竜三の発言は、夜伽ノ美雪に直後として突き返される。
「悪いが、俺は俺だけの戦い方で事態を終結させるつもりでいる訳だ。端からテメェのことなンざ眼中に入れてねェンだよ」
今でも、真紅の瞳を持つ彼女が目線を射る先は、四〇人の男達へ。
冷静に物事を黙考する般若はピクリとも表情を動かさなくなり、赤子も黙るような圧し殺された声のみが、隣に立つ彼へと向けられる。
途端。
二人のみに対し、総勢四〇人以上の数が、一斉に押し寄せてくる。
暴言を吐き。
獲物を振り回し。
拳を固めて。
大津波を思わせる、凸凹の砂利道を駆ける大群は、耳が痛くなる程の騒音を響かせ、二人に飛びかかるように襲いかかる。
「夜伽ノ!」
反射的に、水浦竜三はパートナーの名前を叫んだ。
どれほどの自信を見せようと。
いかに威圧や圧迫感を放っていようと。
所詮は女。
本当に戦えるのか。
そんな懸念が水浦竜三の中にあった。
なぜか、うっすらとぼやける視線。
遠くなる聴覚に、彼女の声が届いた。
「なァ水浦。お前、マジで人を殺してみた経験ッてあるか?」
ーーーーーーーーーーーーーーー
「っ……」
水浦竜三が目を覚ますと、見知った天井の模様を見つけた。
鼻につく埃っぽい匂いだけで、環境の悪い、彼女の部屋であるとすぐに分かった。
「……ぐっ」
起き上がろうとすると、身体中のあちこちに刺さるような痛みが突く。
「うがっ……、ぁ…………く……っ」
呻きながら、柔らかい感触の上で上半身だけでも起き上がらせる。
風邪の頭痛とは違う痛みに額を押さえながら見回すと、やはりそこは彼女の部屋であり、自分が今まで寝転がっていたのは、彼女のベッドらしい。
「……何でここに」
水浦竜三は考える。
ズキン、ズキンと痺れる痛覚に唇を噛みながら、意識を落としてしまう前の出来事を思い出す。
「リビングの、ソファで寝ていたはずだがな……」
それが、なぜここに?
自分が無意識に彼女――つまり、夜伽ノ美雪の温もりを求めようとしていたとでも?
はんっ、と鼻で笑い飛ばす。
そもそも自分は彼女の温もりなんて知らない、と。
「今日、何日だ……。ここに来て、何日が経った……」
長時間、喉を潤さないままだったのか。
枯れたように掠れた声は小さく、水浦竜三を知る者ならば誰しもが本人かと疑うほど、衰弱しきっている様子だ。
「二週間とちょっと、って所かな」
返事があった。
自分が寝ている枕元の位置――ベッドの側面からヒョイと顔を出した男を、水浦竜三は見つけた。
「……何してんだ、お前」
「寝転がりながら、少し本をね。自分の楽な体勢で読んでいた方が集中できるのさ。親からはいつも直せと言われるけど」
バランスの整わない黒髪に、細い狐目に眼鏡をかける、二十歳辺りの男。
柊蒼太郎は立ち上がり、手に持つ文庫本を自分の鞄と思われるそれに、ポイと投げるように仕舞った。
「でも今のは駄目だね。あれくらいなら、僕が手がける作品の方が全然良い」
「何様のつもりだよ……」
「優秀な人間が自分を自慢して何か悪いのかい? 学力の話で、学校の頂点を狙えと言われればトップを飾れるし、芥川賞を取れと言われれば獲得してやれるさ、僕なら」
両手を広げ、自分を見てくださいと言わんばかりに胸を張るこの男に、水浦竜三は苦痛も放り捨てる嫌そうな表情で、顔を逸らす。
「……もう九月か」
「そうさ。全国的に学校の二学期が始まっている頃だろう。僕はまだ夏休みだけど、高校生の君は学校に行かなきゃまずいんじゃない? 卒業できる?」
出席日数なんて、数えていないのはいつからか。
科目別の出席単位で言えば、明らかに評価の定置を下回っているだろう。
「……さすがに居すぎたな」
「そうかもね。本当憎たらしい奴だよ君は」
柊蒼太郎が天井を仰ぎ、額に右手の指を参ったかのように添えながら言う。
「君がここに運ばれた日以来、君が美雪ちゃんと二週間以上も共に、一緒の家で生活していたのかと思うと……あぁ、羨ましい」
「ほとんど俺は寝てばっかだった」
「それでもお昼ご飯とか! 晩ご飯とか! 身体を拭いてもらったり怪我の治療とか!! 美雪ちゃんに看病してもらったんだろう!?」
発狂する柊蒼太郎はグイッ、と水浦竜三に顔を近づけさせ、かと思うと悶えて身体をくねらせ、「あぁ~! 良いな~~~っ!」と頭痛に苛まれるように頭を抱えている。
だが、確かにその通りだ。
街では夏祭りがあったあの日。
夜だった。
とある喧嘩の果てに叩き潰された水浦竜三は、偶然に通りかかった柊蒼太郎に助けられ、夜伽ノ美雪の自宅に運ばれて来た。
「あぐっ……」
触れた訳でもないが、あの日のことを思い出すと、左の頬が重く痛む。
左側の頬なんて何発殴られたか覚えていないが、あの日に家に運ばれた時、夜伽ノ美雪からもらった一発の拳が、最も彼に効いていた。
その後はすぐ、夜伽ノ美雪によって柊蒼太郎は家を追い出され、彼女の部屋に、二人きりとなる。
そこから――。
「確かに、迷惑かけちまった」
傷の手当て。
飯の準備。
濡れたタオルで身体を拭いてもらったり、新品の歯ブラシで歯を磨かれたことも……。
食事の時は、お互い一言も喋ろうとはせず、ただただ気まずい沈黙だけが空間を支配していた。
傷の手当てもタオルで身体を拭いてもらう時も、夜伽ノ美雪の方から何も言わず、強引に衣服や古い包帯を剥ぎ取られた。
そんな生活が、二週間以上。
今日でようやく、水浦竜三は身体を起こせるぐらいには回復したと言っていいだろう。
「けど美雪ちゃんには、ちゃんとお礼は言いなよ」
急に真面目な表情で、腕を組みながら彼を見下ろす柊蒼太郎が言う。
「二週間、家から一歩も出ないで君の傍に居続けてたんだ。あんなにも嫌っている僕に、食材の買い出しやら何やらを頼んでまでね」
そう聞いて。
水浦竜三はすぐに立ち上がろうとした。
身体の痛みはどうでもいい。
まず、何とか話してもらえるように、親友に会わなくては――。
「おっと――」
それを、ベッドから腰を浮かす前に、柊蒼太郎によって止められる。
両肩をガシッと力強く掴まれ、初めて水浦竜三は、彼の固い手の平の表面を知った。
「……何しやがる」
「悪いけど、今君をこの部屋から出す訳にはいかないんだ」
スッ、と腕を引く。
開かない、廊下の奥から足音すらも聞こえない扉へと目を向け、彼は知らせる。
「美雪ちゃんの命令なんだよ。何でも今は、お友達が来てるっぽい」
そういえばこれ、2016年最初の投稿か……