笑顔を咲かせた少女は紛れもなく…   作:西部荒野に彷徨う海賊

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 今年初の美雪ちゃんです!
 さあ、2016年も張り切っていきますよーっ!

 ――という訳で、今回もよろしくお願いします!






90話 決定案と私的論述

 

 

 

 当然な話をするとして――。

 

 人間、生きていれば予想外な出来事に出会すことが多い。

 その予想外の事態とやらは、常に己にとって嫌なもの――それによってマイナス方面へ事態が傾くものばかりだ。

 

 棚からぼた餅とも言うが、賞味期限が切れている腐った餅じゃ意味がない。

 

 思いがけない幸運なんて、珍しいものだ。

 だから人は、珍しい体験や事象について詳しく語りたがる。

 

 大抵は裏切られるものなのだ。

 期待とか、予想と言ったものに。

 

 こうであってほしい。

 あんなふうになったら嬉しい。

 

 事前に抱く祈りや願いは大幅の確立で成立することはない。

 願ってもない歓喜溢れる出来事に両手を上げて喜ぶものだから、人はそれを幸運と呼ぶのだ。

 

 受験を乗り越え、第一志望の大学に受かった。

 幼少期から抱いていた夢を叶えられた。

 

 それは努力の集大成が実を熟したからだろう。

 

 あんな人になりたい、こんな展開が望ましい――ただ思っているだけで、何の行動もせず、過程を放り捨てて怠惰に日々を過ごしている者には、思いがけない珍しい幸運は訪れても、大きな達成の祝い品はもらえない。

 

 俺は。

 夜伽ノ美雪は――。

 

 さて。

 何をしてこれたのか……?

 

 

「何か心当たりがあるのですか?」

 

 

 透明ガラスのテーブルを挟んだ向かい側のソファに腰掛ける園田海未は、出されたコーヒーカップに触れようともせず、そう問いかけた。

 

 柔軟な毛皮を使用したソファに歪みを残すような沈む座り方ではなく、浮くように、硬質な材質に置物をちょんと乗せた感覚。

 それ程の静止、姿勢正しいものから浮く清楚さを身に付けるのに、どれだけの過程があったのか。

 

「ない、訳じゃねェな」

「でしょうね」

 

 案の定、海未は乗っかってくる。

 俺も俺で、今さら誤魔化しは通用しないだろうと踏んでいた所もあったのだ。

 

「先日の暴力沙汰といい、先程の尾行者といい……どうも、あなたが普通の『女子高校生』とは、私には思えないのです」

 

 いつか聞いた、彼女から感じる懐かしい姿勢。

 それは、かつてμ'sのメンバーとして、俺が迎え入れられる前に見た、園田海未だった。

 

 自分用のカップを持ち上げ、コーヒーを啜る。

 

「……あれは誰です? 美雪は、何に巻き込まれているのですか?」

 

 そして、海未はとうとう嫌な質問を飛ばしてきた。

 

 こっちの事情に巻き込みたくないとか。

 こちらの世界に踏み込ませたくないだとか。

 

 そんな一人前の悪を演じ、自分の世界を確立するが故に陶酔しきった野郎になったつもりはない。

 

 ただ、μ'sの世界で済ませたかった。

 友人に、自分の情けない面を見せたくなかった。

 

 薬厨に陥った自分を身近な者達に公表される恥ずかしさと同じだ。

 かといって、犯罪に溺れた自分を仲間が救ってくれる未来も望んではいない。

 

 だから、嫌だったのだ。

 せっかく現れたμ'sの友人達に、自分の過去はもちろん、交友関係や周囲環境を探られるのが。

 

「……いえ。その件に関しては、また後ほどで構わないでしょう」

「!」

 

 目を瞑り言う彼女の言葉に、俺は安堵を覚える。

 それと同時に、妙な既視感さえ感じられた。

 

「あ……」

 

 思い出す。

 

『確かに穂乃果がいきなり近寄りすぎた行為に走った事は確かですが、何もあそこまで強烈に振りほどいてやる事はなかったでしょう――――なぜです』

『いえ、それはまた今度でいいでしょう』

 

 あれは、確か以前に初めて、穂乃果の家にお邪魔した時のことだ。

 あの場で園田海未と二人、似たような会話を交えた気がする。

 

「いいのか……」

「えぇ、長くなりそうですし。それに、相手方の個人の事情に、無理矢理と割り込んでいくのも失礼かと」

 

 その辺はやはり、園田海未だろう。

 これがもし東條希であったりすれば、きっと強引にでも相手の話を聞こうと迫って来るのかもしれない。

 

「……つゥかお前、確か俺に話があるンだッたよな」

 

 そこで、俺はようやく本来の目的というやつを思い出した。

 えぇ、と海未も頷く。

 

「あ、いただきます」

「あ、おゥ……」

 

 妙なタイミングでコーヒーカップを手に掴む彼女に、そういえば濁ったお茶の方が好みだったろうかと思う。

 

 一口だけ啜ってカップをテーブルに置くと、一つ咳払いをし、海未は俺を見た。

 

「一つ、決定案を美雪に報告しなければと思いまして」

「……決定案?」

「はい」

 

 ……何のことか、分からなかった。

 

 過去に、マネージャーである俺を含め、海未や絵里といった真面目キャラを中心に議題を取り決め、ライブや衣装についてなどと話し合いを繰り広げてきたことはあるが……。

 

 今回、そういった話し合いがあっただろうか。

 何かを取り決めなくてはならない、議会の場が設けられていただろうか。

 

 それとも、俺を含まない場で、何かの談論が飛び交っていたのだろうか。

 

「このことは、別にμ'sに関してのものではありません」

 

 迷走する俺を察したのか、海未が簡潔に言う。

 

「いえ、まぁμ'sのため……と言えばそうなるのかもしれませんが――。ですがこれは、私と絵里、そして理事長と取り決めたことなのです」

「……はァ」

 

 よく分からず、溜息とも遠い声を出す。

 

「理事長が絡んでいるッてことは、何か学校関係だよな」

 

『決定案』……と言うのだから、音ノ木坂が廃校を免れました、なんてハッピーな展開ではないだろう。

 

「そうです。しかし今思えば、あれは理事長からの命令、と言うのでしょうか」

「命令? 理事長から、海未と絵里にか?」

「いえ。実質、私だけにです。絵里はμ'sとしてではなく、生徒会長として、その場にいたのですから」

 

 理事長、そして生徒会長という、教師また生徒の中でトップに君臨する二人が鎮座する空間。

 そこで与えられた、園田海未への使命――?

 

「……あまり良い予感はしねェな。つか、不穏な感じしかしないまである」

「私もでしたよ。学院のトップと生徒達の頂点に座するお二人が揃っている時点で、それは察しました。あの時の絵里も、生徒会長としての顔をしていましたからね、少し怖かったです」

 

 思い出して引き攣るように笑ったのも一瞬、すぐに表情を戻して俺と視線を合わせた。

 

「……ンで、それを俺に報告するッてことは、その決定案とやらは、この夜伽ノ美雪に関連するものだッたりする訳か?」

「ご名答です、美雪。あなたはつくづく、勘が良いといいますか、冴えていると言いますか……」

 

 感心するように言った。

 

 間違いなく、海未が持ってきた決定案とやらは、少なくとも良い報告ではない。

 そして俺に関係している辺り、それはどうもロクでもないものに違いない。

 

 何せ、俺はそれを回避するための過程を過ごしていない。

 ふとして開けられた棚から、新品のぼた餅が見つけられるような幸運は巡ってこない。

 

「美雪」

 

 一つ間を置くように、海未は続ける。

 

「確かにあなたは、『一般的な女子高校生』とは少し、離れた位置にあるイメージがあります」

「……つまり?」

「外見や口調については置いておきましょう。容姿などというものは、世界にたった一人、その人しか持ち合わせていない貴重な、ありのままの姿である訳ですからね」

 

 第一の道は外された。

 なら、第二の道はどこに標されるのか。

 

「以前の暴力事件がそうでした。友人のことを厚く思えることは、立派だと思います。けれど……。初対面の方の顔面を、急に蹴り上げるなど、その行為には狂気じみたものを感じます」

 

 道は延びた。

 永遠に――一度も訪れたことのない場所で、しかし既知であったのか、目的地までの道のりが脳内でイメージできるかのように。

 

「また美雪。私は、あなたのそういった過度の暴力行為が、今回が初めてだとは思っていません。聞いた話ですが、相手は蹴られた衝撃で出血が止まらない程の大怪我を負ったといいます。喧嘩の素人に、たった一発の足だけで、相手を病院送りにまでさせる程の重症を負わせることができるのでしょうか。どうにも私には、美雪がそういった喧嘩や争い事に慣れている、と見えるのです」

 

 そこに、明晰な頭脳が加わる。

 捜査課や科捜研が存在する世界ではないにしろ、明確な解析度を誇るコンピュータが確かにいる。

 

「それに少しだけですが――」

「あァ、ちょッといいか」

 

 遮り、手を前に出して海未を制止した。

 ムッとしたように海未が憮然とした表情を見せるが、構わない。

 

「もう前置きは飽きたよ。簡単に、結末から話してくれ」

「……そうですか。では、そうしましょう」

 

 海未も折れる。

 身構えるでもなく、内面に準備を進めるでもなく、俺は待った。

 

 そして――。

 

 

「これからの日々、私、園田海未は――夜伽ノ美雪の監視役を務めさせていただきます」

 

 

 これには、言葉が出ない……というより、思考が疑った。

 目の前の事実とやらに、それを拒もうとする本能に近い何かが動きそうになった。

 

 だが、俺のそれも一瞬。

 態度は変えず、頭は冷めた。

 

「……つまり、音ノ木坂学院は、とことん俺を信用できないッて訳か」

「以前にも予告しておいたはずですよ、美雪。たった一つの些細な行動でも、それによって周囲は簡単に、あなたに対してのイメージをころりと変えてしまってもおかしくはないと」

 

 容姿や口調からくる偏見ではないと前もって告げられている手前、俺も強くは否定できない。

 そもそも、周囲が抱く元からの俺へのイメージなんて、この三年間、俺がよく実感していた。

 

 μ'sのマネージャーになった。

 たったそれだけで、俺の周囲の環境というものはガラリと変化したのも確かだ。

 それは今日、身をもって実感した。

 

「……一般的な女子高校生とはかけ離れたイメージ、ねェ」

「先程、私が言ったことですか」

 

 ドカッ、と深く、ソファに身体を沈ませる。

 

 呟いた言葉に、海未は正確に反応した。

 

「まァ、俺が思うに、女だからとか男だからとか、そンな区別は無意味だと思う訳だ」

「ふむ……つまり?」

「男だから多少の喧嘩は仕方がないだとか、女だから可愛い服を着たがるだとか……それは一般論じゃなく、世間論だと思うッてことだ」

「……?」

 

 俺は続ける。

 すぐに乾く口内もコーヒーで癒そうとはしなかった。

 

「例えば星空凛は、過去の苦い思い出から、女の子らしい格好になるのを嫌っていた。だが、女が男みたいな身なりをするのはおかしいことか? 俺はマネージャーとして、凛に『自信を付けさせるため』にそれを克服させようとした訳で、決して『男みたいな格好をやめさせるため』じゃない。言ッている意味、分かるか?」

「えぇ、よく分かります」

 

 海未は頷く。

 

「また例えば、恋愛的な意味合いでもそうだ。人間は異性に情熱的な好意を抱くというのが当たり前、なンて一般論があるから、LGBTなンて差別的用語が生まれたりする。これも、同性に恋愛的好意を抱いてはいけない、なンて世間論があるせいだろ」

 

 現に、俺の知り合いにいるのだ。

 過程は分からないが、自分自身が女でありながら、一人の同性に恋愛感情を抱いている人間が。

 

「今回の件もそうだろ。女だから派手な喧嘩……まァ、殴り合いとかの暴力的行為に及ぶのは間違ッている――それはちと、理不尽だ。なら、男同士の喧嘩は許されるのか?」

「……いえ、それも止められますね」

「だろ? 喧嘩をする理由とか、暴力に及ぶ原因は性別や性格の問題じゃない」

 

 そこで、俺はある一つの可能性を見出す。

 

 

「『人間』だからだよ、海未」

 

 

 それが結論だった。

 結局は世の中、その一言で収まってしまうのではないかと思えるほどの可能性。

 

「RPGのゲーム世界や、小説に登場する主人公の勇者様とは話が違う。誰の手に操作されるでもなく、事前に設けられている規定のルートがある訳でもない。自分の思考で、自分の身体を動かして生きる人間だからこそ、なンだよ」

 

 一息入れる間もなかった。

 

「どうしても我慢できないことがある。どんな汚い手段を使おうと乗り越えたい壁がある。考えて考える結果、オツムやピースの足りない人間達は、殺人や誘拐、放火や詐欺なンていう犯罪に手を染めることだッてある。だがな、それは本能の一種なンだよ。自然界じゃ弱肉強食が基本だ。食料を必要とし、動物は動物を狩る。それは自分だけのためでなく、仲間や子供への援助だッたりもする。餌を手に入れるためなら、相手を騙したり、脅したりすることだッてあるはずだ。それが動物たちが生きる自然界の基本であッて、罪とはされない無法の常だ」

 

 熱くなる。

 

「動物たちは生きるために動物を狩る。それが当たり前の一般論だ。けど、とある一人の乞食が金銭や食料を求め、裕福な人の命を奪えば罪に問われる。それは法律の下で、人を殺したからという理由があるから――それが世間合致の揺るぎない正義論だ。ならなぜそのような区別がされた? 決まッている、『人間』だからだろう?」

 

 人間は考える葦である。

 そんな言葉を誰かが言った。

 

「人間ッて生き物は、いわば動物界の最先端に位置する存在だ。だから科学や技術を発展させられるし、器用な物の捉え方ができる。だからこそ、汚い部分がより浮き出て、一般的に言われる罪を犯し、束縛の法律で裁かれ、『贖罪』に生きる。そンな人間達を、最先端に生きるまた別の人間達が冴えわたる程の思考を巡らせ、どうにか『救済』してやりたいと願う。だがやはり人間だ。法律やルールブックの中で生きながら、心の片隅では完全なる『自由』を求め続けている。それが人間達の致命的な瑕疵だろう。何かを求めすぎるから理想が膨らむ。叶えようと躍起になる猿どもの勢いに制限をかけようと定規が置かれ、制止の薬として一般論や世間論、正義や悪といッた言葉が生まれるもンだ」

 

 話が大袈裟すぎるだろう。

 自然界の掟などに、人間達がどう加わればいいのか、なんて摘発の意見も生まれるだろう。

 

「だが俺が言いたいのは、そンな誰から生まれたかも分からねェ一般論とやらに惑わされて我慢がなるかッて話だ。異性のみに恋心を抱いてはならない? 女だから暴力レベルの喧嘩をしたらおかしい? はッ、くだらねェ。そンな偏見が世の中に蔓延してッから、世間の隅に追いやられる人間がでてくるンだッつの」

 

 ふぅ――っ、と。

 大きく息を吐いた。

 

 改めて見ると、ただ黙って聞いていた海未は、ポカンと口を開け、拍子抜けのように表情を固めている。

 しかし俺の視線に気づいたのか、何回か素早く瞬きをして、頭を覚ますかのように首を振る。

 

「ず、随分な力説でしたね」

「そうだなァ。俺も、どうしてお前にここまで語れたのかが分からねェ」

 

 ようやく、俺はカップに残ったコーヒーを口に流すことができた。

 

「――つゥか、今の話、理解できたか?」

「えぇ。それはもちろんです。あなた個人の意見でしかありませんが、確かに共感できる箇所はあります。しかし、それと今回の件ではあまり関係が――」

 

 

「理解できたのなら、お前はすでに嘘を吐いているッて独白しているようなもンなンだよ」

 

 

 海未の言葉が止まる。

 泳いでいた視線もピタリと定められた。

 

「…………は?」

「まァ、意味が分からねェのも当然な訳だが――」

 

 姿勢を正す。

 腰を曲げ、指を絡めた両手の腕を表の太股に乗せる格好で俺は続ける。

 

 

「一年前に、同じ話を理事長にしたことがある」

 

 

 なっ……、と。

 海未は反射的な声を喉に詰まらせる反応を見せた。

 

「確かにお前は、生徒会長の絢瀬絵里の隣で、俺のことを理事長に言われたンだろうよ」

 

 そのことは確かだろう。

 だが、真実を交えた中での嘘という巧妙で便利な手口を使うに、海未は一歩、及んでいなかった。

 

 俺も、あの南理事長に関しては知っているのだ。

 何せ、あの人とは一年の頃から説教はもちろん、よく二人だけで話す機会が多かった。

 

「よく聞いてくれたよ、あの人は。一年前、何度も何度も頷きながら、俺の演説に関心を示してくれた。もちろん賛成はされなかッたが、個人的な意見として尊重してくれた」

 

 そんな思い出があったからこそ。

 

 園田海未はまたしても、俺に『ゲーム』で負けたのだ。

 

「そンなあの人がお前に、俺を『監視しろ』だなンて命令するはずがない。今回の暴力事件の延長線上での話であるのなら、それは尚更の可能性だ」

「あ……」

「確かに何か言われはしたンだろう。だがそれも、『夜伽ノ美雪をよろしく頼む』だとか、『彼女のことを、同じ部活のメンバーとして見ていてくれ』程度のもののはずだ」

 

 絶対の自信。

 湧いてくる源泉には、それが通る過程という道筋が立てられていた。

 

「さて、園田海未。俺の意見に何か反論は?」

 

 俺の言葉を最後に、場は一転として沈黙へと静まり返った。

 冷風を送り込むエアコンの音が、妙にやかましく聞こえるほど。

 

 顔は下げていないものの、必死に言葉を探すように、顔を顰めながら視線を泳がす海未の表情は、滅多に見られるものではないのかもしれない。

 

 それこそ、以前に彼女とトランプでババ抜きをした時以来か。

 

「……けど、まァ」

 

 時間切れの合図に、俺が切り出す。

 海未は救われたという風に、また俺を見た。

 

 そして――。

 

「監視役のことについては、俺も否定するつもりはねェよ」

「え……っ!?」

 

 驚くだろう、当然だ。

 

 あれだけのことを言っておいたのは、何も海未が話す決定案を廃棄させるためのものではない。

 

「海未、お前もお前で考えるところがあッたンだろ。可能性の一つとしてだが例えば、また俺が問題行動を起こすンじゃないかと危惧している。それによッてμ'sがラブライブ出場を断念せざるを得ない状況に追い込まれてしまうのではないか、なンて不安を抱いている」

 

 海未の表情は変わらない。

 沈黙は図星と捉えた。

 

「理事長との談話をこぎつけにしたことを責める訳でもないが、良い機会が巡ッてきたと思ッたンだろ?」

「……その通りです」

 

 ようやく、海未は言葉を発す。

 

「仲間を大事に思ってくれる美雪を信用しながらも、どこかで、まだ疑いの念を持つ私がいました。部員の問題行動で、大会を辞退するといった高校のケースも多く見られる時代です。暴力事件と聞いて、それだけで私は、美雪に疑念を持ち始めました」

「そのことに関しては、完全に俺が悪いンだよ。海未の言う通りだ。たッた一つの行動で、相手からどう思われているのかが分からなくなる。そうやッて言葉にしてもらえた方がよッぽど安心できるもンだ」

 

 だが、俺としても人の時間を奪う、というのは好きではない。

 

 例え海未が俺の監視役に就いたとは言え、彼女の私生活はどうなる。

 

 食事、入浴、勉強は当たり前だ。

 それにまた、彼女の場合は家のことで、稽古や修行といったこともあるだろう。

 

 が――。

 

「なァ海未。俺は、お前らのマネージャーだッたな」

「? え、えぇ……それは当然のことですが……?」

「……マネージャーが、部員を不安にさせる訳にもいかないしよ」

 

 俺は提案する。

 決定案を廃棄せず、なおかつ両者ともが納得のいく最善の形――。

 

 

「まァ、お前の都合を邪魔しない程度になら、任せるよ。その、監視役ッてのをさ」

「!! ――っ」

 

 

 本当に意外そうに。

 またどこか、なぜか、嬉しそうに。

 

 瞳を輝かせるぐらいに。

 

「はいっ!」

 

 大きく、返事をする。

 

 あぁ、まただ――。

 俺は思った。

 

 そして、一度目のゲームの際にはできなかったことを、ここでしようとも咄嗟に思った。

 

 俺はスッ、と手を差し出す。

 一瞬、怪訝顔を浮かべた海未も、広げた手を伸ばした。

 

「不安にさせたくないとか言いながら、迷惑をかける結果になッちまッたな。すまない」

「良いのです。私が好きでやっていることなので。それに私達は選手とマネージャーという関係より、同じ部員の仲間ですよ」

「……響きは良いな」

 

 透明ガラスのテーブルの上で、今度こそ、俺と海未は握手を交わした。

 間に、ペテン師が扱うジョーカーカードなんて挟まってなどいない、正真正銘、肌を合わせた握手。

 

 俺は初めて、μ'sのメンバーの一人と、この行為にまで及んだのだ。

 

 

 

 もちろん。

 先に差し出した、『左手』で――。

 

 

 

 

 







海未「監視役になります」
美雪「はいそうですか」
   ――そんな簡単なやり取りで美雪ちゃんが納得いく訳ありませんものね。
 勿論ですが、美雪ちゃんに長いこと語らせたのにもいろいろ訳はあります。



 久々に文字数の多い文章……今回の物語にも目を這わせていただき、ありがとうございました!

 しかし海未ちゃんが監視役になったら、美雪は竜三とか柊蒼太郎とは接触できないんじゃないの? と思う読者様もいるでしょう。
 はてさて、そこの所、美雪はどうするつもりでしょうかねぇ……。

 次話もよろしくお願いします!!


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