卒業試験も終了し(結果はまだ出ていませんが……)、ようやく続きのお話を書ける西海です!
しかし、長いこと間を開けてしまいましたm(_ _)m
久方ぶりのアナザーストーリーです!
暖冬の今年もまだ真冬の季節じゃないけれど、九月の初頭とは言え、空に近づく高度を増した地点に立てば風が冷たかった。
それが、都心の煌々とした人工光彩の夜景を一望できる夜空の真下ともなれば、また一段と――。
航空障害灯の赤いランプの光が回るように点滅していて、さほど距離のない場所からそれを眺めていると、目印を頼りに飛行するヘリコプターがバタバタと音を立てながら飛び去っていた。
夕霧靜霞、なんて平凡な一人の女子高校生――剥奪される危機が窺えるような特権も何も持ち合わせていない私が、都心のオフィスビルの屋上までのこのことやって来られる訳もなかった。
けれど、企業秘密の機密情報を狙う強盗なんかが事前にアポなんてものを取る訳もない――侵入した経路は地下駐車場の通路からだった。
この日のために通販で購入した男物のスーツを纏い、緩んだネクタイとボタンの締められていない上着は高度位置に吹く風に揺らされている。
「……良い、景色ね」
最寄り駅まで一本であったものの、電車に乗ってここまで来た甲斐はあった。
富士山山頂から拝む朝日や夕陽、また丘の上から眺める緑一色の田舎風景といった自然美とは、また違った味の景色が目の前に広がっている。
普段から登下校用に使用するローファーだけが、唯一日常の色を帯びる夕霧靜霞の私物。
慣れない手つきで薄く化粧も済ませたし、今も夜風にたなびくセミロングの茶髪も普段以上に手入れに気合いを入れた。
だって、最後だから。
最後だから、ここに来た。
「……少し、もったいないけどね」
都会色に染まる夜景を眺めながら、たった一人だけの屋上で私は呟く。
恵まれた自分だった。
容姿も良くて、プロポーションも抜群。
学校での成績も常にトップクラスで、運動や芸術分野でも鋭才なる才能を発揮できた。
一見、完璧超人に思えた。
友人や恋人がいない、という人間関係の点を除けば……。
それが、夕霧靜霞。
私は紛れもなく、『人生の勝利者』だった。
将来を掲げられた。
たくさん遊べた。
希望と自由を約束された。
そんな人間であったはずだった。
「笑顔を咲かせられたことなんて、一度もなかったんだけど……」
常によそ者だった。
毎日が孤独だった。
人間という部族に所属している以上、人間関係以上に大切なものはないと痛快なくらい骨身に染みた。
諦め半分だった。
けれど、未来が見えない訳でもなかった。
友人がいなかろうと。
恋人が作れなかろうと。
誰からも、愛されなかったとしても……。
ここさえ――高校生活さえ乗り越えれば、きっと未来は……。
そんな、縋れる藁を必死に探し出そうと彷徨える子羊になっていた。
そんな時。
ひとつの光が現れた。
「夜伽ノさん……」
彼女は、私が眺める夜の世界で、今頃は何をしているんだろう。
ご飯を食べているんだろうか。
お風呂に入っているのだろうか。
気怠いと全ての物事を忘れるように投げ出し、ベッドかソファに身を沈めて眠っているのだろうか。
「結局、最後に何も言えなかったわね……」
……いや、その方が良かったのかもしれない。
最後に会話をした相手として何か重荷を背負わせてしまうような展開になったとしたら、きっと夜伽ノさんも辛いだろう。
辛苦を強いられる彼女を、私は望んでいない。
けれどさっき言ったように、全てを忘れて投げ捨てて、私と一緒にいてくれと彼女の運命をねじ曲げてしまうことも、私自身がそれを許さない。
「やっぱり、好きだから……」
好き、だった……。
なのに――。
どうしてか――。
「……どうして、夜伽ノさん……」
裏切られた、という表現は相応しくないでしょうね。
だって、私と彼女は別に、特別な約束や契約の糸で結ばれた関係性なんかじゃなかったもの。
けれど。
それでも、やはり――。
「唯一の光を見失ったショックは大きかった……ということよね」
色々な感情が混濁して、私の心は大きく揺らいだ。
悔しさ。
悲しさ。
怒り。
怖さ。
そして……酷く恨んだ。
夜伽ノさんを、ではない。
「アイドル研究部……」
力なく呟かれたその名前は、かつて私が所属していたはずの部活動だった。
二学期に突入し、クラス――いや、学校全体がその話題で持ち切り状態だった。
音ノ木坂学院から誕生したスクールアイドル――今や全国から注目を浴び、競争率の高い都会から絶大なる人気を得ている、μ's。
まさか、いやはや。
まさかのまさか。
『μ'sのマネージャーって、同学年のあの夜伽ノ美雪さんなんでしょー!』
『意外だよね! しかも投稿されてた動画見たらすっごくイケメンだったじゃん!?』
『今まで怖いってイメージしかなかったけどね!』
『私、今からサインもらいに行こうっと!』
聞きたくなかった。
知らないままの方が幸せだった。
無関心を貫く所で、居場所の範囲内に漂う外部情報が耳に入るなんて珍しいものじゃない。
夜伽ノ美雪という名前に、過剰な反応が脳内で起こってしまった。
「…………あははっ。もう、いいわ……。考えることすら億劫ね」
足を踏み出し、屋上のコンクリートを進む。
透明のシートが被さる長方形の植木鉢には苺が実っていて、その真横を通り過ぎると、すでに屋上階の端だった。
申し訳程度に一段設けられた石段、それに両足を登らせる。
つまり――目下には、垂直に地面へと伸びる平面の壁。
「っ……」
さすがに、ゾクッと鳥肌が立った。
夜風とは別の冷気が身体を纏い、鼓動が早くなる心臓をひんやりとした手の平で鷲掴みにされたような緊張感だった。
「……。――――」
慎重に、そちらは踏み外さないよう用心しながら足場を変え、身体の向きを反転させた。
目を、閉じる。
踏み留まらないように。
高層のオフィスビルの屋上。
その端。
鉄骨組みの断崖絶壁の頂に立ち、煌めく都会の夜景をバックに私は両手を広げながら静かに佇んだ。
………………やっと。
「さようなら、夕霧靜霞。一七年間、お疲れ様」
聞いていた浮遊感はなかった。
足場を失ったと同時、背中に感じる底のない闇は呑み込まれるような予感があった。
そして、自由落下と共に脳裏に浮かんだ。
これは、死の恐怖じゃない。
谷底に見える深淵の闇でもない。
平気か? ――と。
そう心配してくれた、彼女の顔は……。
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「救急車……いや、警察だ! 誰か警察に通報しろ!」
「飛び降りたのか……この高さじゃぁな、もう――」
「おい、子供は遠ざけろよ! どうしてこの時間帯に子供が出歩いているんだ!!」
「誰も近づかない方が良い!! 警察が来るまでな、事件の可能性だってあるだろうっ!」
突如、平凡な日常に巻き起こった驚愕の現実に、群がる野次馬たちからは悲鳴に混じりそんな命令口調が飛び交った。
皆が興奮しているのだろう。
三〇階以上の高層ビルから地面へと激突した人間の、見るも無惨な死体に気分がどこか昂揚しているのだ。
すぐに、警告色とサイレンを見せるパトカーが数台やってくる。
車から降りてくる警視庁の人間達は死体なんて見慣れているのか、現場の確保と屋上への人員の送り込み、その他諸々の行動をしてから、調査が始められた。
「こりゃ、スーツだな、男物の」
「顔が……どうやら女ですね」
「この会社の社員か? 身元を調べろ」
「財布や携帯はポケットにあるのか? 誰か調べろよ」
「科捜研を呼べ。おい鑑識! 始めてくれ!」
「皆さんこれ以上前に出ないで! 現場を荒らされては困ります!」
自殺か。
他殺か。
人の死というものに、同じ人間は多大なる興味を示す。
その好奇心の眼差しは全て、すでに五体満足では立っていない悲惨な血塗れの現場へと集中している。
そんな野次馬や警視庁の人間達からの視線から逃れた場所。
ビルとビルの間に入り組む裏路地の入り口に設けられた自動販売機の影に隠れて、二人の少女の影はあった。
一人は、数分前までオフィスビルの屋上に立っていた、地面に座り込んでは自販機に上半身をもたれさせる夕霧靜霞。
もう一人は、そんな彼女の目の前で、ビルの外壁に立ちながらよりかかる漆黒の少女、ネフティス。
「……ネフ、ティス……?」
「意外と、何とかなったわね。次世代型メンタルウェポンを手懐けるのに時間は必要ではなかったのだけれど、代わりの死体を調達する仕事なんて、もう二度とやりたくないわ……」
夕霧靜霞は、現状を捉えきれていなかった。
ただ、いつの間にか上下の下着姿だけとなっていた彼女はなぜか息切れのある疲労した身体を動かし、ネフティスを見上げる。
ネフティスは続けた。
「夜伽ノ美雪という光を見失った? それはどうしてかしら夕霧さん。自分と同じで人を寄せつけず、常に一人なのだと親近感を抱いていたにも関わらず、その彼女がかつて自分の居場所であったアイドル研究部に所属していて、仲間もいて――そんな彼女に、裏切られたと思ったから? 自分だけはやはり孤独なのだと失望してしまったからかしら?」
――愚かなものね。
上品であったネフティスは吐き捨てるように言う。
「自殺の理由としては不十分だわ。何しろあなたには、未来を見る力はあったのだから。未来に続く一筋の希望の光を壁の亀裂から発見できるだけの気力はあったのだから」
暗く、静かな路地裏。
ツンとした刺激臭が鼻を虐める。
遠くからはパトカーのサイレン音。
野次馬たちの騒ぎ声。
それら全てを別世界と切り離したネフティスという、夕霧靜霞にとって『一つの世界』という象徴になった彼女は、無表情のまま薄紅色の唇だけを動かすのだ。
「何かあるのよ、夕霧さん。あなたを自殺にまで追い込んだ、何かしらの原因が――。あなたの救済者として、私もそれを一緒に探し出してあげるわ。そして必ず、あなたに希望を与えて深淵の底から救ってみせる。それが、私の使命。『アルファルド』の一員としての義務」
向かい合うようにしゃがみ込むと、ネフティスの長い黒髪がワンピースの背中を伝ってコンクリートの地面に触れた。
些細なことだとすら思わないように、ネフティスは構わず、夕霧靜霞の瞳をじっと見据え、その頬を優しく撫でる。
「手始めに、あなたの過去から洗い流してあげましょうか。夜伽ノ美雪と同様、記憶の消去や改竄が無意識下のうちに行われているのかもしれないわ。最もあなたの場合、何か強烈なショックやストレスが原因で……の可能性が高い訳なのだけれど――」
さぁて!
明日からはまた本編――夜伽ノ美雪を頑張って描いていきますよー!!
それでは次話もよろしくお願いします!