皆さんお久しぶりです、西海です。
音ノ木祭――俺が所属するアイドル研究部が舞台を飾る学院祭の本番まで、三週間を切っている。
放課後、屋上での練習にはメンバー全員がいつも以上の志気を見せ、普段からおちゃらけている凛や希も不気味なくらいに真剣味を帯びた様子でいた。
ことりには随分と負荷をかけている。
既存の曲で披露する衣装は仕上がり七〇%といった所まで完成してはいたのだが、新曲の衣装なんてものには当然、未だ手を付けられていない。
何とか花陽とにこが助太刀に入っているが、それでも時間はかなり圧されている状況だった。
また新曲について、曲は出来上がっているものの、それにマッチした歌詞作りの方がまだ途中だ。
俺と海未で放課後の練習を終えた後、二人で部室に残りながら案を出し合い、言葉を紡いでいく作業も時間が必要だと感じる。
また、新曲で披露するダンスの練習。
振り付けは絵里と凛が完成させているも、まだそれを実戦に移行する段階にすら突入していない。
何もかもが遅れていた。
だが小説家や漫画家がどうしようもない時に行使する『締め切りを遅らせてください』というものは、学校行事の学院祭には通用しない。
皆が焦っていた。
時間の経過がやけに早いと感じていた。
だが、毎度のようにそんなメンバー達を励ましていたのが、高坂穂乃果――μ'sのリーダーだった。
気合い。
頑張ろう。
ファイト。
ありきたりで単純すぎる言葉だが、それと重なる太陽のような覇気と笑顔に、全員が背中を押され、弱気の雰囲気を霧散できていた。
授業中の睡眠は日常茶飯事。
約束時刻の遅刻は当たり前。
言い付けを守らない食いしん坊。
幼馴染みの話を聞く限りどうしようもなく堕落しきった少女だが、彼女はいつも、μ'sの太陽であった。
彼女の言葉で、皆が立ち上がる。
彼女の笑顔で、皆が明るくなる。
彼女が進んでいるから、皆が付いてくる。
そんな高坂穂乃果に、俺でさえも尊敬の念を抱くこともあった。
夜伽ノ美雪には実行不可能であるような事柄を、彼女はいとも簡単にやってのける。
多分、だが――。
これは、きっと――。
「高坂穂乃果が存在していなかッたら、同じくμ'sも音ノ木坂学院から誕生していなかッた」
結論は大きかった。
少なくとも穂乃果は、九人の高校生活の環境――運命というものを大幅に変えてしまったのだから。
「へぇ……随分と行動力に満ちた奴なんだな」
俺の話を聞いていた竜三はそう感想を述べる。
自分とは無関係な話題に対して興味がないといった訳でもなさそうだが――どのような経緯で、禁忌したはずのμ'sの話になったのかは、結局俺も覚えていない。
「それで、結局間に合いそうなのかよ、学院祭には」
「作詞がようやく形になッてきた。衣装の方は、あいつらにゃ悪いが任せきり。それに歌やダンスの練習もさせなきゃいけねェ」
「一ヶ月もねぇんだよな。なんか……絶望的じゃね?」
「……だよなァ」
時刻は夜の九時過ぎ。
場所は神田明神の男坂という階段の中腹辺りで、俺と竜三は並んで腰掛けていた。
朝練では毎日、この男坂をメンバー達が往復しては、俺はストップウォッチで個人のタイムを記録している。
太陽の陽射しを浴びている時間帯にメンバー達が汗水垂らして必死に足腰を鍛えているその場所で、俺達はそれぞれ缶コーヒーを片手にただ喋っているだけだった。
……そういや最近になって、絵里のタイムが落ちていたな。
今までは凛と海未が毎度のようにトップを飾っていて、その次位辺りに絵里が位置していたんだが――ここの所では希や穂乃果に負かされている。
「体調不良とかじゃなけりゃ良いが……」
「ん?」
「……何でもねェ」
だが、放課後の練習や部室でのミーティングで変わった様子はなかったはずだ。
それに何か異変が見られるようなら、生徒会で一緒の希が世話をするだろう。
「しかし、三週間後か……」
ふと、竜三が隣で呟いた。
お気に入りの黒のパーカー――そのフードを頭に被せた俺は、また一口コーヒーを口に流し込む。
「なぁ、美雪――」
「余計な気遣いはするなと言ッたはずだぞ竜三」
ピシャリと。
俺は鋭く言葉を立てる。
竜三は息を詰まらせた。
「分かッている、理解しているンだよ俺も。俺にとッて今じゃμ'sも大事な存在だが、竜三――お前も俺の親友だ」
改めてそう言うのは、竜三が何を言わんとするか、俺には理解できていたから。
親友だと堂々と言葉にできるのは(μ'sと比較する言い方はしたくないが)、それに値する信頼が確かに存在するからだ。
「μ'sのあいつらより、付き合いはお前との方が長いンだ。例え一世一代の勝負をかけたステージにμ'sが出場している最中だろうと、竜三に何かあッた場合、俺は絶対にお前を優先できる覚悟でいる」
「美雪……」
冷たい夜風に吹かれ、竜三の長い金髪が揺れる。
俺を見ながら、竜三は何か思うように呟いた。
「……なるべく同日や、それに近い日は避けたいとは思ってる」
「あァ。俺としてもそうしてくれると助かる訳だが……まァ、しょうがねェよ。柊の提案は確かに良いものなンだ」
柊蒼太郎の提案。
元の議題は、音ノ木愚音隊についてだった。
梶ヶ谷燐桐。
結城雅人。
氷室亞月。
來栖麗羅。
彼ら四人――『観測者の見解』からの明確なる指令に従順と動作する『UAI搭載次世代型メンタルウェポン』という名の最凶最悪な力を手にした恐ろしい強敵。
奴らが極悪兵器を完全に手懐ける、その前に――。
二度と俺達に歯向かってやろうとは思えない程までに打ちのめす。
奇襲。
陽動作戦。
『僕の将来のお嫁さんを傷つけさせる訳にはいかない。けど、何を言っても美雪ちゃんは行くつもりなんだろう? なら水浦くんと僕でお姫様を守りながら戦うしかないさ。無関係のように思えるけど、美雪ちゃんが参加すると明言した時点で、僕も強制参加のようなもんだから』
あの男は言っていた。
あいつ自身、将来には馬鹿でかいくらいの目標と複雑な家庭環境がある癖に、戦渦に身を投じる覚悟を示していた。
『言っただろう、僕は美雪ちゃんを守護する手段として方法は選ばない。陰に生きるヤンキー達が四人程度ボコボコにされた所で、誰も注目はしないし暴力団の抗争の可能性を視野に入れれば警察も動けない。潰すなら徹底的に潰す。そして不安因子は早い段階で消しておくのに損はない。美雪ちゃん、スクールアイドルの予定が立っている所悪いんだけど――』
計画は決まった。
俺も竜三もそれに承諾した。
俺と竜三と柊――この三人を線で結んだ一つのチームが生まれていた。
目的意識は『音ノ木愚音隊の代表格四人を徹底的に潰す』――コレに限っている。
だが、同じチームの中でもそれぞれの行動理由というものに相違はあった。
夜伽ノ美雪を守るため――あくまでそれ一つに絞られた目標を掲げる柊蒼太郎は単純だろう。
そして俺の行動理由は、すでに敵方からターゲットされていることもあるが、何より親友を一人で戦わせないため。
以前からそうだった。
中学時代から、俺と竜三は常に二人一緒で戦ってきた。
そして。
柊蒼太郎は少しの興味も示していなかったが――。
「そろそろ教えてくれてもいいンじゃねェのか、竜三」
空の缶を握り潰し、俺は竜三に尋ねる。
初めて気づいたが、竜三は缶コーヒーのプルタブすら外していなかったようだ。
だが気にせず、俺は続ける。
わずかに両肩に反応を見せた竜三に、容赦なく続けた。
「お前の行動理由――いや、違うな」
俺は首を振り、一区切り置く。
今の今まで解答をはぐらかされ続けてきた問題を、今度こそ目の前に掲示する。
「梶ヶ谷燐桐の行動理由は、何だ」
発言と同時、階段下に立ち並ぶ住居や居酒屋の電気、提灯の灯りなどが落とされた。
周囲が真っ暗になり、神社をバックに前方から吹かれる風から目を背け、竜三はやや俯いた。
「梶ヶ谷燐桐とやら言う男は、それこそもッと以前からお前のことを潰滅させるべきターゲットとして狙ッていた。俺が結城雅人に奇襲されたのも、俺が竜三との関連性を持ち合わせていたからだ。柊が(これはあくまで予想だが)氷室亞月とやらに襲われたのも、夜伽ノ美雪という水浦一派に属する奴と関係を持ッていたからだ。なら、その繋がりの先端はどこにある。竜三か梶ヶ谷、お前らどちらかだろう」
ずっと理由が分からなかった。
理由も分からず敵対する相手に拳を向けることに言う程の罪悪感なんてものはないに等しかったが、やはり違和感はあった。
「梶ヶ谷燐桐は前からお前のことを狙ッていたンだろ? その理由があるはずだろう。なァ水浦竜三、お前はあいつに何をした。どうしてそこまで恨みを買われた」
戦争が勃発した起因はどこからか。
部族抗争や宗教戦争などに限った話ではない。
独立戦争や国内紛争、第一次や第二次世界大戦といった規模が大きいものばかりではない。
例えば、猫が鼠に噛みつく。
例えば、犬が猿に吠える。
例えば、人が人を拳で殴る。
争い事には常に理由があった。
大歴史を経てもなお、妥協や許しを覚えない愚かな命ある生物達が作り上げる理由があったからこそ、戦いの場が設けられてきた。
「あるはずだ竜三。お前、梶ヶ谷にいッたい何をした。どンな行為が梶ヶ谷を怒らせた。なぜ、お前は『ソレ』を梶ヶ谷に仕向けた」
争いの理由。
問えば、竜三はしばらく黙り込んだ後、ゆっくり顔を上げると重たい口を動かす。
「……そ、……それは、――」
直後。
「あ、あれ……美雪ちゃん?」
本当に直後だった。
思わず恨んでしまうくらい気持ちの良いタイミングで、聞き覚えのある、どこか熱い吐息混じりの声が耳に入った。
声の方向に目線を下げた先は、神田明神の男坂を昇り始めたくらいの位置で石段に佇む、学校指定のものとは異なるフード付きのジャージを着た、穂乃果だった。
「…………穂乃果?」
言うと、竜三も彼女に目線を向ける。
そして数分前の話題に登場していた名前に反応したようだった。
「はぁ……、はぁ……、あ、あれ……その人……」
随分とお疲れのようだ。
二・〇の視力を夜の闇に忍ばせて見ると、穂乃果の首筋や額には脂っこい汗が滲んでいて、前髪がそれに張り付いている。
「あぁ……、高坂穂乃果ってのはこいつのことだったのか」
隣でボソリと呟いた竜三に、俺も思い出す。
聞いた話に過ぎなかったが、こいつらは以前に俺の家で、顔を合わせていたんだっけか。
すると、石段を歩いて登ってくる穂乃果は、数段下で立ち止まり、俺達を見上げた。
予想はしていたが、初対面同然の相手が目の前にいた所で、よほどのことがない限り、穂乃果は敬遠といった壁は作らないタイプだ。
「美雪ちゃんどうしたの、こんな時間に」
「コンビニの帰りだ。それよりお前こそどうしてここにいる。お前の家からは確かに徒歩で来られる距離だが、そンな格好で汗だくになりながら、散歩ッて訳でもねェだろう」
「えへへ、ちょっと自主練をね」
可愛らしく首を傾げ、そして困ったように笑う穂乃果に、俺は少し不安を感じた。
「……毎日こンな時間までやッてンのか、自主練」
「今まで続けてた訳じゃないよ? さっき家を出て、軽く走っとこうかな~って軽い感じで」
穂乃果はその場でランニングの足踏みを見せ、ターンを見せてから動作を止める。
「もう学院祭まで時間ないじゃん? でも穂乃果は衣装制作のお手伝いもできないし、作曲活動にだってまともな案も出せないから……せめてみんなの足を引っ張らないように、リーダーとして誰よりも基礎練習だけは頑張ろうと思ったんだよ」
多少の息切れを混じらせながら言う穂乃果。
軽いランニング程度で、毎日のように放課後に身体を動かしている運動部員がそれほどの疲労を見せる訳もなかった。
「まァ、無理はすンなよ」
「分かってるよ~、平気平気!」
……なぜか、穂乃果は上機嫌そうにルンルンとリズムを弾ませながら身体を揺らし、俺の言葉に返事をする。
「それと、こンな遅い時間に一人で出歩いてンじゃねェよ。何かと物騒だし、都会は」
「美雪ちゃん、雪穂やお母さんと同じこと言ってる~!」
と思ったら、今度はふて腐れるように目を細め、頬を膨らませながらブーブーと文句を垂れた。
「じゃあ、穂乃果はそろそろ行くね! ――あっ!」
と、何かを思いついたかのように声を上げる穂乃果。
その視線は俺の左隣に向けられ、同時に彼女は石段を駆け上がると――。
「お友達さん!」
「うお――っ!?」
勢い良く身を乗せ、隣の竜三に急接近したかと思うと、穂乃果は竜三を両手を包むように取った。
それに対し、竜三はまるで怖がるように、怯懦の表情と声を上げた。
しかし、穂乃果はそんな些細な変化にいちいち気づかない。
「三週間後! 音ノ木坂学院の学院祭で、わたし達μ'sが出場しますので! 是非とも是非とも! 屋上ステージまで見に来てください!!」
それはただの宣伝だった。
和菓子屋看板娘の血が騒いだのか。
「…………あ、あぁ――」
目の前にある穂乃果の顔に、竜三は顔を背けて小さく返事をした。
だが、分かる。
俺も一度は経験したことがあるから、理解できる。
あれは、照れているのではない。
別世界の住人に――自分とは違う見慣れない未知の人種に、怯えている――。
「ありがとうございますっ!」
単純な穂乃果はそれを承諾の意と受け取った。
そしてすぐに立ち上がり、拳を固めた両腕を夜空へと伸ばす。
「よーーーっし! 気合いが注入されたーーっ! もうひとっ走り――」
「帰れ。言われたこと忘れてンのか」
「あ、あはは……」
それからは、穂乃果は身を翻して登ってきた石段をステップを踏みながら降りていった。
何度か振り返っては俺達に手を振り、竜三は相変わらず目線を背けたまま、俺が軽くそれに応える程度だった。
「……これはどうなる、美雪」
「分かるだろ、仕方がない。……ノーカウントだ」
やがて、鳥居を抜けた穂乃果の姿も見えなくなる。
ようやく顔を上げ、夜空の少ない星々を見上げた竜三は、口を開いた。
「光と影、だな」
思わず、俺は頬を緩める。
「やッぱり俺とお前は親友同士だな、竜三。全く同じ考えを、俺も抱いていた時期があッた」
光と影。
太陽と月。
炎と氷。
対極の関係性である者同士が重なり合った瞬間の狭間に生まれる、澱の世界。
きっと水浦竜三は、今日初めて、その苦い味を体験したのではないか。
ふと、竜三が立ち上がる。
やや冷めてしまったであろう缶コーヒーのプルタブをようやく開け、一口飲んでから、広がる夜景を眺めながら言う。
「終わったら話す」
「…………」
「理由は、全てが片付いたら包み隠さず全部話す。お前と俺が親友同士だってことに疑いは持ってない。親友同士だからこそ、隠したがる秘密は全て告白して楽になろうなんていう馬鹿げた条約まで一時期は結んでいた」
「……………………」
「だが、こればかりはどうしても躊躇わされる。親友のお前だからこそ、なのかもしれないが……」
そして、竜三は俺を見た。
「その時まで、待っていてくれないか」
竜三には、竜三なりの考えがある。
人間それぞれ、隠し事はある。
それを世間に、または一人の相手に知らせる勇気の準備か。
またはどう言い逃れしようかと考えを逡巡させる悪巧みなのか。
しかし。
やはり俺と竜三は親友同士であり、それなりの信頼関係がすでに生じている。
つまるところ――。
「……まァ、約束な」
俺はそれを、逃げとは呼ばなかった。
更新が遅くなってしまい、申し訳ありません!
ちょっと東京ドームでのファイナルライブのチケットの抽選で両日外れてしまったショックが未だ僕の中で――グハッ!!
そ、それでは次回もヨロシクお願いします!