笑顔を咲かせた少女は紛れもなく…   作:西部荒野に彷徨う海賊

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 本編一〇〇話到達です!
 みなさんありがとうございます!

 祝・一〇〇話です!
 なのに物語の雰囲気が全体的に暗いのは何かの間違いです!






 ……西海です!






100話 それはきっと、どうしようもなかったお話

 

 

 

「――という訳で、今日は雨が降ッてくる前に早く帰ッて休養に努めることだ。大分、体育祭で身体を酷使したからなァ、明日に疲労を残さないために、さッさとベッドに入るように。はい以上」

 

 俺が手を叩いて区切りをつけると、メンバー全員が「お疲れ様でしたー」なんて声を揃えて言う。

 

 今日はただ、部室に集合しただけの日。

 練習着に着替えることもなければ、すでにステージが完成された屋上に上がることもなかった。

 

「結局、総合優勝は三年生かー」

「一年生も惜しい所まで行ったんだけどなぁ」

 

 鞄の荷物を整理しながら、そんなことを穂乃果と凛が静かに言った。

 クスリと唇に浅い笑みを浮かべ、にこが両手を腰に当てて胸を張るのが見えた。

 

「まぁ、高校の体育祭なんてもんは学校生活の最後を迎える三年生達に花を添えるようになってんのよ。序盤こそは張り切って点数ボードを取り替えていた体育祭役員達も、最後の方じゃほぼ手抜きなんじゃない?」

「ま、確かにそうなのかもね。でも運動神経抜群のエリーがいるせいか、あのクラスは大縄もリレーも飛び抜けて良かったじゃない?」

「あれは私だけの活躍じゃないわよ、クラスのみんなが頑張ってくれたの。ねぇ希」

「みんな、最後の体育祭ってことで気合い入ってたからね」

 

 確かに、絵里と希のクラスは総合優勝を果たした三年生の中でも断トツに良い結果を残していた。

 真姫が言ったようにリレーや大縄もそうだが、身体のぶつかり合いが激しい騎馬戦や高校生にしては少し子供じみた玉入れなんていう競技でも、常にトップを飾っていた。

 

「美雪ちゃんもリレーで一人、抜かしてたよね。あれ凄くかっこよかったなぁ」

「あ、そうだったね! 穂乃果も海未ちゃんやことりちゃんと一緒に応援してたんだよ!」

「あ、あァ……そうか」

 

 急に賞讃の意見を送る花陽に驚いた。

 あの後、クラスの奴らにも「凄い凄い」とやかましく喚かれたが――やはり朝練習だけは参加している俺にも脚力はついているということなのか。

 

 ……そういえば、確かに走っている最中、穂乃果の声が聞こえていたような。

 

「あぁ、そういえばこっちのクラスの生徒が抜かされてたわね、美雪に。あんたがあそこまでやるとは思わなかったわ」

「……まァ、にこは抜かされるか抜かされないかの瀬戸際でヒィヒィ言いながら走ッてたもンな」

「なっ……わ、私は明日のライブに備えて体力温存してただけよ!」

 

 しかし、体育祭というやつも出場してみれば案外、悪いもんじゃない。

 他人からの声援を身に受けるというものは、決して悪い気分にはならない。

 

「そういやァ、リレーで一番凄かッたのは凛じゃねェか。クラスで四位から一気にトップへ躍り出てたじゃねェか」

「確かに、あれにはさすがに生き肝を抜かれました。脚の回転が目に見えないくらいでしたから……」

「さすが、元陸上部員って所かしらね」

「え、えぇ……そ、そうかなぁ。えへへ……」

 

 あまり大勢から褒められるのに慣れていないのか――いや、そんなキャラじゃあるまい。

 だが今の凛は周囲から賞讃の言葉をかけられ、頬を赤く染めて照れるように頭を掻きながらはにかむ。

 

「でもほんと、わたしが抜かされちゃった時はどうしようかと思ったから……うぅ、凛ちゃんありがとーっ!」

「かよちんも凄く頑張ってたよ!」

「……あたしも一走者目で、かなり緊張したわね」

「真姫ちゃんも頑張ったにゃーっ!」

「う゛ぇぇえ……抱き付かないで」

 

 戯れる一年生組を傍目に、椅子から立ち上がった絵里は鞄を肩に提げた。

 

「ほらほら、そろそろ帰るわよ。明日の集合も早いんだし、朝に少しダンスの復習をするんでしょ?」

「せやね。今日はこれくらいにして、万全な体勢で明日に挑まんと」

「明日……ついに明日だーーーっ!!」

 

 大声を張り上げながら穂乃果も立ち上がる。

 声が響いたのか、部室の窓の外からこちらに視線をやる下校の生徒達の姿が見えた。

 

「真姫、明日の発声練習は本当にいいのですか?」

「えぇ、あたしは平気。それより少しピアノを弾いて指を慣らしたいの」

「? 本番は歌とダンスのみなので、ピアノは――」

「分かってるわよ。勝手なお願いだけど、それが私にとっての緊張の解し方になるの」

「ふふっ、やはり真姫も緊張はするのですね」

「なっ、いや別に…………あ、当たり前でしょー!」

 

 ……どうやら真姫と海未は喧嘩をしている訳ではなさそうだ。

 今でも普通に表情豊かに会話を交わしている。

 

「海未ちゃん、ことりちゃん! 早く帰ろうよー!」

「はいはい、分かっていますよ」

「うん……」

 

「凛は明日も飛ばすにゃーっ!」

「誤ってステージから落ちないでよ?」

「そのために、今日は早く寝ないとね。ご飯もたくさん食べないと!」

 

「にこ、希。衣装の微調整は平気なの?」

「平気よ、さっきもみんなで確かめたじゃない」

「にこっち……胸に空いた隙間のせいで本番中に衣装がズレ落ちたら笑い話にもならんで」

「いやさすがに怒るわよっ!?」

 

 大丈夫だ、全員が平常運転だ。

 心配する点は何もない。

 

 明日の文化祭さえ終われば、俺もようやく『本業』に精を出すことができる。

 音ノ木愚音隊について、竜三や柊と戦略を練ったりすることに集中できるというものだ。

 

「美雪」

「あ?」

 

 絵里に話しかけられる。

 部室の扉を開け、廊下に出た時だ。

 

「最後に確認したいのだけれど、屋上ステージの照明はもうばっちりなのよね?」

「何度も確認した、もう平気だよ。……あァ穂乃果、作業を手伝ッてくれたクラスメイト達に、お礼を言ッておいてくれ。あいつらにはかなり助けられたからなァ」

「ヒデコ達だね、オッケーだよ!」

 

 さて、今日の体育祭でも特に部員に怪我などはなかったとの報告を聞く。

 誰も体調不良を訴えず、ましてやそんな素振りを見せるメンバーはいなかった。

 

 

 万全だ。

 学院祭当日の前日に、全てが何とか間に合った。

 

 

「そンじゃ、帰るぞ」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 その着信は唐突だった。

 特に何の約束をした訳でもなく、何かの相談事に乗られた訳でもない。

 

 まして、南ことり自身から悩みを打ち明けた訳でもなかったが……。

 こう色々と考えを逡巡させてしまうのは、普段、相手の彼女とはあまり電話などで通話はしないからか。

 

「希、ちゃん?」

 

 自室。

 可愛らしい人形や壁紙を揃えた女の子の部屋に置かれるベッドに腰掛け、震える携帯電話を手に取ったことりは怪訝に呟いた。

 

(どうしたんだろ……明日のことについてかな? 衣装で何か気になったことがあるのかも……)

 

 思いながら、スマホの画面をタップする。

 相手の携帯電話との通話回線が開いた。

 

「はい、もしもし?」

『あ、ことりちゃん? いま平気?』

「うん、平気だよ希ちゃん」

 

 電話越しに聞こえる慣れた関西弁。

 しかしよくテレビのドラマなどで放送される関西人のそれとは若干異なるような独特の訛りを持つ少女の声は、当然だが東條希のものであった。

 

 時刻は午後の九時過ぎ。

 外を見れば、漆黒の夜空を映した窓に雨音が激しく打ち鳴っている。

 

(やっぱり、降ってきちゃったかぁ。穂乃果ちゃん、ちょっと落ち込んでるかも)

 

 そんなことを思いながら、南ことりは通話に応じる。

 

「どうかしたの? 衣装について?」

『あ、ううん。いきなり呼び出しといてアレなんやけど、うちのことで電話した訳やないんよ』

「へ……?」

 

 ならば、何のことだろうか?

 そしてこの時の南ことりはまだ、東條希がどのような性格をした人間なのか、把握している訳ではなかった。

 

 

『ことりちゃん、何かに悩んでない?』

「っ……!?」

 

 

 それは予想を遥かに上回る一言。

 決して、幼馴染みの高坂穂乃果や園田海未にも、ましてやマネージャーの夜伽ノ美雪にも、一度として訊かれなかった質問だった。

 

『なんか最近な、妙にことりちゃんの様子がおかしいと思って――。言い出せなくて、誰にも相談できない悩み事を抱えているんやったら、先輩としての……うちに話してみない?』

 

 昔、悩み事なんて南ことりには小さい壁だと思えた。

 

 だからといって、自分の力で乗り越えてきた訳じゃない。

 

 ポジティブ精神旺盛な高坂穂乃果のアドバイスで、太陽のような彼女が隣にいてくれたから、壁なんていくらでも乗り越えることができた。

 例え、高坂穂乃果にさえ言い出しにくい相談事や悩み事を抱えていたとしても、もう一人の親友――園田海未がそれとなく話し相手になってくれていた。

 

 今回の場合は、と南ことりは思う。

 

 やっぱり、言い出せなかった。

 わたしは弱いままだった。

 

 メイド喫茶で働いていることがバレてしまった件の時は、やはり二人の言葉に救われた。

 けど自分は、自分自身のために力を付けようとはしなかった。

 

 まして、今回の件では二人は気づいてくれなかった。

 責任を押し付けるのはお門違いだが、二人とも何か、別のものに熱中している様子だった。

 

 そんな幼馴染みの姿を見て、さらに悩みを打ち明けられる勇気を失ってしまった。

 マネージャーという位置にいる夜伽ノ美雪に相談に乗ってもらおうかとも考えたが、まだ出会って数ヶ月の人に、急に「自分の人生を決めてくれ」というのもおかしな話だと思えた。

 

 何より、迷惑をかけたくなかった。

 この時期に――。

 

『どうかな、ことりちゃん。うちじゃ、頼りないかな』

 

 同時に、こうなると東條希は意地でも退かない性格だ。

 例えここでやんわり断られても、お節介の度が過ぎていると文句を言われようと追求してくる。

 

 また、幸運なのか不運なのか。

 自分を思って電話をかけてくれた相手を突き放す行為なんて、南ことりには到底できない真似なのだ。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「えぇ~っ!? また出掛けるの~?」

「ごめ~ん、すぐ帰るから」

「お母さんに怒られるよ……」

「な、何とか言っといてよ雪穂~……。お姉ちゃん明日本番だから、せめて少しでも多く走り込みはしておきたいんだよ~!」

 

 自前の運動用ジャージに着替え、靴紐を締めながら高坂穂乃果は妹に言い聞かせる。

 

「でも雨降ってるよ?」

「あ、雨……まぁ、少しで帰ってくるから!」

「あーもう……こうなるとお姉ちゃん人の話聞こうとしないからな~」

 

 呆れた様子の妹に苦笑いを浮かべながら、高坂穂乃果は立ち上がる。

 横開きの玄関を開け、それなりに強い勢いで降る雨の世界へと飛び出した。

 

「それじゃ、行ってきまーす!」

 

 フードを被るも、雨は容赦なく身体を打ち付け衣服に染み込み、やがて脚も重くなる。

 長袖長ズボンのフード付きジャージ――唯一肌を晒した両手に当たる雨は小さな針で刺されるような痛みすらあった。

 

「けっこう強いよ……明日大丈夫かなぁ」

 

 水溜まりを思い切り踏み付け、靴の底から染み上がる冷たいグジュグジュとした嫌な感覚に、高坂穂乃果もさすがに顔を顰めた。

 

「でも、頑張らなきゃ」

 

 彼女は走りながら呟く。

 湿気も多く、呼吸がいつもより早く乱れた口内を唾液で濡らしながら言う。

 

「リーダーの穂乃果が、みんなを引っ張らないと……」

 

 家を出て数分。 

 もはや井戸水からようやく這い上がってこられた濡れ鼠の状態となっている。

 

 風に運ばれた雨水が顔に当たるので、目元をグシグシとこする。

 不思議なもので、人間は普段とは変わった環境の中でいつも通りの作業を行うと、それはいつも以上に頑張っていることなんだ、と錯覚することが多い。

 

 停車する車やトラックに叩き付けられる雨粒の音は太鼓の音にも似ていて、なぜだか気分が高揚してくる。

 耳鳴りのように絶え間なく続くその雨音は頭の中で響き始めた。

 

 自分の吐く息すら掻き消す雨音。

 高坂穂乃果は、その日の雨がどれほど強いものだったのかを理解していなかった。

 

「雨になんか、負けてられない……っ」

 

 両足の靴底に気合いの鞭をいれ、さらに勢い良く地面を蹴る。

 じょじょにじょじょにと大股を広げるように走り続ける彼女の姿は無我夢中で、目標も分からずただ突進するだけの猪にも似ていた。

 

 なぜ、そこまでして走る?

 今日は完全休養だと、夜伽ノ美雪に言われていたじゃないか。

 

 ボールを追いかける子供のそれとは違う。

 事情を知っている者が見れば、その姿は何かを達成したいとがむしゃらになれる勇敢な女の子と思えるのか。

 

 あるいは、責任という言葉から逃げている風にも見えた。 

 あるいは、責任という言葉の重みを押し上げているようにも見えた。

 あるいは、未練の気持ちを全力で振り切ろうとしているようにも見えた。

 あるいは、ついに見失ってしまった自分の気持ちを闇雲に探しているようにも見えた。

 

 そんな彼女のことを。

 

 園田海未が見たら。

 南ことりが見たら。

 絢瀬絵里が見たら。

 

 どのように思うのだろうか。

 

「はっ……はあっ……。か、神田明神だ……」

 

 気づけば、そこまで来ていた。

 朝練習の時、いつも彼女はメンバー達と共にここの階段を走って往復していた。

 

 タイムが伸びたら褒められて。

 逆に落ちたらもう一周追加。

 

 そんな練習も楽しいと、高坂穂乃果は思っている。

 幼馴染みの園田海未に鬼だ何だと言いながら、見捨てず厳しい体勢を昔から取り続けてくれる彼女には感謝しているのだ。

 

「今度は、穂乃果が――」

 

 立ち止まった彼女は何を思っているのか。

 高坂穂乃果以外には、きっと理解できないだろう。

 

 そして彼女は、神田明神の男坂、一段目に足を踏み入れ――。

 

 

 

「でェ? お前はここで何してる訳?」

「っ……!?」

 

 

 

 直後の低い声。

 まるで悪さをした子供を静かに責め立てるような――。

 

 途端に振り返るも、高坂穂乃果が瞬時に頭に浮かべた人物の姿は見えなかった。

 

(……空耳?)

 

 それにしては、随分とはっきり聴覚が空気の振動を捉えていた気もする。

 勘違いが生んだ幻聴にしてはリアリティ過ぎる声に、彼女の背筋は雨の冷たさとは関係なしに震えた。

 

「……そろそろ帰ろ」

 

 しかし結局、早い遅いの問題ではない。

 

 爆弾を仕掛けながら起爆スイッチを押さずとも、すでに爆弾を製造したという罪には問われることになる。

 人の顔を殴ろうと二度目に腕を振り上げるが途中で思い直したとしても、すでに一発殴ってしまった事実がある。

 

 高坂穂乃果はすでに、外へ出てしまった。

 この先の物語を暗く暗示させるような滂沱の景色へと飛び出してしまった。

 

 それは、この世界でなくとも。

 仮に、もう一つの筋書きがあったとしても。

 

 きっと、変える事のできなかったストーリーなのだろう。

 

 

 







 やる気を起こした動物の行動は誰にも制御できません。
 ましてや、高坂穂乃果のように情熱に満ちた人間であるのならば――。

 その人が子供であるのならば、尚更。
 周囲が見えなくなっている精神でいるのなら、また尚更。

 親を殺された子供の復讐心とは違います。
 彼女は『自分の気持ちがはっきりしている』と勘違いしているせいでの行動でした。

 やはりそれではきっと、高坂穂乃果の今回の行動は。
 
 例えどのような場合であっても、止められることはなかったでしょう……。



 それでは次回もよろしくお願いします!





 ……いったい、高坂穂乃果はどのような『自分の気持ち』と葛藤していたのでしょうかねぇ。



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