笑顔を咲かせた少女は紛れもなく…   作:西部荒野に彷徨う海賊

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 さて、アニメ一期ではラブライブファンを「っ!?」と言わせたあの回です。

 









101話 その結末

 

 

 

 雨が降っていた。

 いや、降り始めてきた訳ではなく、もうずっと前からその雨は、分厚い雲で覆われた空から大地を――屋上のステージを、九人の歌姫たちをずぶ濡れにしていた。

 

 手から滑り落ちた傘がコンクリートの地面を転がり、俺の身体も頭から冷たい雨に濡れる。

 

 ……こんなに、今日は冷たい雨が激しく降っていたのか。

 その状況下で、あいつらは歌い、滑りやすいステージ上で身を躍らせていたのか。

 

 

 

「穂乃果! お願いです! お願い、目を……目を開けてください穂乃果ぁ!!」

 

 

 

 聞こえるのは断末魔の悲鳴。

 どうも、会場の雰囲気がざわつき始めたようだ。

 

 

「穂乃果ちゃん!!」

 

 

 呼ばれるのは、高坂穂乃果の名前。

 彼女の幼馴染みである二人のメンバーには、酷く取り乱している様子が見られた。

 

 

「すみません! メンバーにアクシデントが起こりました、しばらくお待ちください!」

「まだできるわよね……これで、これで終わりなんかじゃないわよねぇ!?」

「もう、穂乃果ちゃんは無理や……」

 

 

 口々に喚きながらそれこそパニックを起こしそうになる三年生に、こういった事態に何をどうすればいいのかが分かっておらず狼狽える一年生。

 

 観客席から一人の中学生がステージに飛び込み、高坂穂乃果の親友を押し退けてまで彼女の近くに寄っている。

 ……あぁ、もしかしたらあれが前に言っていた、高坂穂乃果の妹か。

 

 

「お姉ちゃん! お姉ちゃんっ!!」

 

 

 気づくと、屋上の扉が開かれ、傘にまとわりつく水滴を振り払いながら階段の踊り場へと姿を消していく観客もいた。

 一人、また一人……今度は二人一緒にと、見る見るうちに観客は減っていく。

 

 その光景を、水滴が滴る鉄棒のフェンスに身を寄せながら俺は黙り込んで見送っていた。

 わざわざ雨の中屋上ステージまで足を運んでくれた観客達の減少に、ステージ上では生徒会長が悔しそうに唇を噛んでいた。

 

 以前、μ'sのリーダーは倒れたままだ。

 関ヶ原で力尽きた武者のように、滂沱の雨に打たれながら譫言を口にしている。

 

 

 ……おかしい。

 

 

 昨日までは完璧だった。

 今日のライブ直前まで、皆が万全の体調で円陣を組んでいたではないか。

 

 いったい、どこで――。

 

 九人の歌姫が舞い踊る華やかなステージから一転、翼を剥がされて地に堕ちた一人の女神のために、会場には『終了』の雰囲気が暗く流れる。

 

 宴会は終わりだ。

 オリンポス山脈から女神は地に堕落した。

 

 

「神話じゃ、どういう幕の閉じ方をしていたッけなァ……」

 

 

 後頭部を鉄棒に当て、一閃の光も差さない雨空の天空を見上げながら、呟いた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 思えば、マネージャーである夜伽ノ美雪が見逃していた点は一つではなかった。

 

「ことりちゃん、本当にええの?」

「うん……。本番直前にそんな話をしたら、穂乃果ちゃんにも海未ちゃんにも……みんなにも悪いよ」

「でも、今日が期限やって……」

「ステージが終わったら、ちゃんと言うから……わたしから、みんなに――」

 

 確かに、この場に夜伽ノ美雪は存在していなかった。

 用事で別の場所へと移動していて、何しろ東條希と南ことりは故意として人目のつかない場所を選んだのだから。

 

 だとしても、事前に何かを察してもよかった。

 いつもよりどうも口数が少なくなっていた最近の南ことりに、東條希とも一緒でいいから、マネージャーの夜伽ノ美雪が声をかけてやるべきだったのではないか?

 

 それに――。

 

「みんなおはよー」

「ちょっと、遅いわよ穂乃果」

「にこ達もう着替え終わってるんですけど」

「え、えへへ……ごめ~ん――おっとっと」

「……穂乃果、声がちょっと変じゃない?」

「確かに、なんか顔も赤い――」

「そ、そうかあ!? の、のど飴、舐めとくよっ!」

 

 メンバーの体調管理はマネージャーの管轄だ。

 確かに、夜伽ノ美雪は高坂穂乃果に指摘はした。

 

 やめておけと。

 夜遅くのランニングなど、マイナスにしかならないと。

 

 それでいい気になっていたのだ。

 夜伽ノ美雪はまだ、高坂穂乃果がどれだけの『情熱』に溢れ満ちた性格をしている人間なのか、理解できていなかった。

 

 また同時に。

 高坂穂乃果自身も、自分がこれほど『責任』といった言葉に弱いということに、驚いていたのだ。

 

「雨、強くなってない?」

「これじゃ、お客さんが屋上に来てくれたとしても……」

「ううん、みんなやろうっ!」

 

 この時の高坂穂乃果の心には、何があった?

 

 情熱に燃える魂の炎か?

 鉛のように重たい責任の念か?

 

「ファーストライブの時もそうだった! 諦めずにやって来たから今のμ'sがあるんだと思う! だからみんな、行こうっ!!」

 

 高坂穂乃果の声に、メンバー全員が引っ張られる。

 その形は確かに、リーダーの言葉を中心に一つにまとまるチームワークなのかもしれない。

 

 だが――問題はあるのだ。

 その過程に。

 

 結末だけを求めすぎる者は失敗する。

 今まで地球が球体を意地できていたのも、全てにおいて正しい過程があったからだ。

 

 例えばの話、高校野球の甲子園で優勝したチームでは、全員が『甲子園優勝』という一致した目的を掲げて練習をしてきたから、その覇権を掴み取ることができたのだ。

 例えばの話、『核爆弾が存在しない世界を作ろう』と国会で話し合っても、戦争といったビッグビジネスで大儲けしてやろうと汚い考えを持つ軍事企業や政治家がいるせいで、いつまで経っても世界から武力はなくならない。

 

 皆が同じ目的を持つこと。

 逸脱した卑劣な考えを持たないこと。

 

 それが達成された上で、始めて目標へと手が届く。

 

 だが、やはり難しかった。

 人の心を全て同類のものとし、損得勘定なくして目的を一致させるなど、『人間』という生き物には到底不可能に近い話だったのだ。

 

 

 

 結論を言おう。

 この時点ではまだ、歌姫の姉妹達と讃えられるμ'sの心は、バラバラだったのだ――。

 

 

 

(大丈夫! いける。できる。今までもそうやって頑張ってきた!!)

 

 

 

 なぁ、聞かせてくれよ高坂穂乃果。

 君は、今まで『何を目標にして頑張ってきた』のだ?

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 学院祭当日のライブ直前。

 俺は校内放送で呼び出しを受け、あまり良い思い出のない理事長室に足を運んでいた。

 

 文化祭ということで、歩く廊下や通りかかる教室には床、壁、天井などに様々な装飾品が飾られていて、生徒の中ではコスプレをしている奴やお菓子などを配っている奴もいる。

 

 何とも楽しげな雰囲気だ。

 今日の天候はやはり雨天だったが、そんな沈んでしまう気分すら忘れさせてくれる陽気な音楽が、校内には満ちていた。

 

「けどまァ、理事長室はいつも通りッすね。何の飾りもなければ、理事長もいつも通りのスーツ姿だ」

「当然でしょう? 理事長室を飾り付けた所で誰も入ってこないし、ましてや私が生徒達と同じようにメイド服なんて着たらどうなると思っているの? 校内が軽くパニックよ」

「……まァ確かに」

「あら…………?」

「ちょ、何で睨むンすか」

 

 これだから大人ってのは分からない。

 俺の親父の方がよっぽど単細胞で扱いやすいぜ。

 

 普段通りの格好で理事長席に重く腰掛ける理事長のデスクの前で、俺は姿勢を伸ばして待つ。

 

「どう? 今日のライブ……平気そうかしら?」

「ステージが雨で滑りやすくなッていることが、唯一の心配点ですね。歌や踊り、メンバーの体調なンかには問題はないので」

「ごめんなさいね。本当なら講堂にあなた達専用の舞台を用意してあげたいんだけど……あなた達だけを特別扱いにすると、他の生徒達から不満が飛ぶから」

「まァあいつらも、いつも練習で使ッている屋上なら変に緊張しないで済む、なンて言ッてましたから大丈夫でしょう」

「そう言ってもらえると助かるわ」

 

 そうだ。

 心配点は雨による転倒、それだけだ。

 

 あとは何にも気にすることはない。

 ここまで全てが順調に過ぎている。

 

「けれどあなた達μ'sのおかげで、廃校の案件も撤廃になったことだし……本当、この学院の理事長として、とても感謝しているわ」

「いえ、まァ俺達は…………ン?」

 

 ……あれ。

 今、なんかサラッととんでもないことを言われたような……。

 

「……理事長?」

「はい?」

「…………え?」

「え……?」

「あ、いや……あの…………は?」

「え? …………え?」

 

 そこからしばらくの沈黙。

 喋るの? 喋らないの? みたいな感じでちょっと狼狽える理事長が少し面白く思えたが、いやもうそれどころではない訳だが。

 

 

 

「え、あの……廃校、撤廃?」

「…………あ」

 

 

 

 途端、理事長は口を押さえて目を開き、「しまった」と言わんばかりの表情を浮かべる。

 あ、これまだ生徒の俺は聞いちゃいけないやつだったわ……いやしっかりしろよ理事長今のは俺悪くない。

 

 しかしここまで聞いてしまったのだ。

 悪いが遠慮なしに踏み込ませてもらう覚悟で迫ると、理事長は話してくれた。

 

「μ'sの人気のお陰よ。中学校で行われる高校受験全国模試っていうのは知っているでしょ? そのアンケートで東京はもちろん、埼玉の南部地方の学校からも、この音ノ木坂学院を第一志望と言ってくれる生徒が急増してね。それでついこの間の学会で、学院の存続及び新入生募集の再開が認められたのよ」

「……お、おう」

 

 と、いうことはなんだ、つまり。

 μ'sは、目的を果たしたという訳か?

 

「まだ生徒には誰にも話してないことよ。今度の全校集会で私から発表しようと思っていたから――」

「ッてことは、生徒会の絵里や希も?」

「えぇ、まだ知らないはずよ」

「……そッすか」

 

 なら、このお目出度い話はまだ俺の胸の中にしまっておくことにしよう。

 μ's全体の目標でもあったが、それは生徒会に所属する絵里や希にとっても悲願であったはずだ。

 

 今度の全校集会では、さぞ喜ぶことだろう。

 おまけに今日の学院祭ライブで成功を収めれば――。

 

「ッと、理事長……俺、そろそろ時間です」

「あら、ごめんなさい長く引き留めちゃって」

「いえ、……それでは」

 

 俺は理事長室を出た。

 

 元々、俺は廃校からこの学院を救済したいと願ってμ'sに加入した訳ではない。

 ただあの時は、あいつらが俺を必要としてくれたからメンバーに加わったというだけのこと。

 

 しかし。

 

「まァ、これも悪くない気分だな」

 

 音ノ木坂学院の行方なんて知ったことではない。

 だが、μ'sの目的が達成された――ならばこれは、ハッピーエンドなのではないか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハッピーエンドだと? ――――ふざけるな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 







 突然の報告ですが、これにて第八章は終幕です。



「え……?」と思う読者様も多いでしょうが、第八章で勃発した問題の解決編として、新たに第九章を次回から執筆していきたいと思います。


 いつかのお話で第八章は学院祭終了&愚音隊との決着まで続きます――なんて報告をしてしまいましたが、第八章は問題提起のお話、ということで締め括りたいと作者は思いました。

 そこに、まずお詫びを申し上げます、申し訳ありません。
 しかし章が変わったところでお話はちゃんと続きますので、ご安心をm(_ _)m


 それでは、次回からの第九章。
 よろしくお願いしますっ!!



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