さて、第九章の二話目です!
今回もよろしくお願いします!
しかし……まぁ、よくぞ人間はこのような建築物を全て手作業で創り出そうと考える。
イギリス、ロンドンの中央街。
年間訪れる観光者の中で最も高い人気を獲得している、一つの宮殿があった。
外見として、ヴァチカンの歴史建築物のように天井がドーム型をしている訳でもない四角の形状を保っているが、屋根には槍や剣を天に掲げる騎士団の銅像やら、壁から突出した天使やらペガサスの金像が観光客の目線を引く。
宮殿の正面広場にはヴェクトリア記念碑と呼ばれるものが建立されており、その向こうでは広場に繋がる国旗道が、生い茂った街路並木に沿って位置してある。
正面入り口から見られる庭には凶悪そうな顔でいるライオンの鬣に腕をやる元国王の銅像や高いオベリスク。
英国イングランドではさほど珍しくない形状をした段差式の噴水もあり、深夜一二時をまわったこの夜中でも、観光客達に魅せていた昼間の姿と何ら変わっておらず、水のアーチを描いている。
金細工が施されている立派な構えの門を抜けて中に入ると、イギリスではお馴染みの近衛兵の姿が見られた。
どういう構造なのか毛皮で覆われる黒い帽子を被っては目元を隠し、三〇人近い近衛兵達が黒い制服に身を包みながら様々な楽器を手に行進している。
そんな彼らの行動を少し離れた場所で眺めているのはイギリス警官だ。
底が広がった形の円柱を被ったようなお洒落デザインの帽子に似合い、イギリスの警察官は人種を問わず、どのような観光客に対しても交友的だ。
度を過ぎた混雑状況でなければ一人一人に対して宮殿内の道案内もするし、記念写真の撮影だって承諾してくれる――時間がある時ではイギリス王室やこの宮殿の歴史についても詳しく教えてくれたりもするのだ。
イギリスとは良い国だ。
世界遺産が四方八方に広がるロシアやフランスなんかも悪くないが、是非とも生涯の内に一回はこの地に訪れてみたいものだと誰もが思う。
「第二王女様は今日も夜更かしか?」
「今夜は騎士様がいらっしゃるらしい。どうも第二王女様の急な日本への出張に対し、かなりご立腹らしいぞ」
広大な庭の道。
行進の列から外れ、国旗道から続く正面入り口の門で見張り役に立たされている二人の近衛兵が小声で会話を交わしていた。
「しかしなぜ、第二王女様は突然として日本へ行くなど言い出したのだろう?」
「やはり、今年のオリンピックの件に関してじゃないか? 我が英国は様々な国と幅広い外交関係にある。日本とも何かと連携を取り合っていることは多いからな」
「『観測者の見解』だか何だか分からないが、それの導入のせいでやむを得なく、だろう。なぜ第二王女様ともあろうお方が、身のリスクを考慮してまで極東の島国まで高飛びしなくては――」
「世界がこんな状況だ……きっと何か考えがおありなのだろう。ただ単に、日本オリンピックの件で第二女王様自らが向こうの地に赴くとは考えづらい……あの温和な王女様も娘の言うことであったが、あまり良い顔はしなかったようだしな……」
「なら、何だ……? 第二王女様が日本に行った所で何になる? 戦争勃発国としてマークされている訳でもない日本に……」
「さぁな……。ん――おい、ご到着だ」
近衛兵の片割れが言うと、もう一人もその音に気づき、二人は丸めた拳の中に持っていた小型リモコンのボタンを押す。
ギギギギギッッ! という鈍重な音が轟くと同時、その大きく堂々とした砦のような構えの門が、両開きに解放されていく。
国旗道の向こうから聞こえる騒がしく凶暴な足音に、歪に動く影の正体。
それは二頭の馬が頭を振り乱しながら走る、それに連結された屋根のない馬車だった。
馬車に乗るのは手綱を握る白髭の御者と、広い後部座席に両脚を交差させながら腰掛ける一人の若い男。
いや、その若い男は『若く見える』、と表現した方が適切だろう。
肌には染みも皺もない引き締まった色が浮かび、細く吊り上がった瞳には若者のやんちゃっ気とは違う濃厚でまた透徹した海の色が浮かんでいる。
ビシッ、と背中を反らせる程の敬礼をする近衛兵に対して、宮殿敷地内へと突進する馬車の上で、その男は片手で応えた。
馬車が庭に入ると、門はすぐさま一般道との道を閉ざす――まるで同じ国の中で世界の差を明確にさせるように。
門が完全に閉じ終わり、自動施錠がかかるまで近衛兵は敬礼を崩さなかった。
馬は速度を落とし、噴水やらオベリスクやら銅像やらが建ち並ぶ石畳の道を迂回して回り、やがてホテルで言う所のVIP駐車場の宮殿入り口の正面で馬車を停める。
「到着です、騎士様」
「ご苦労だった……。しかしこの馬、今日は一段と気性が荒っぽくはなかったか?」
その下車の仕方がまた凄い。
男が後部座席から瞬間的の素早さで姿を消したかと思うと、その身体はすでに宙を舞い、長い茶色の髪型は乱すこともなく、軽やかに地面に着地する。
騎士様、なんて中世的な呼称の割には服装がよくある執事服のようであった。
白いシャツと紫色の混じるウェストコートとネクタイの他は全て漆黒に染めたデザイン。
肌触りを思わず試したくなってしまうような、見るからに高級材質の革製ジャケットは裾が長く、燕尾服のように裾口に切り込みが施されてある。
だが、最も気になる点は他だ。
ジャケットの前裾を押し上げて覗く、サーベルの取っ手部分か――控えめな湾曲に模られた鞘も長く、男の後ろ姿にもよく似合っていると思うのは風格のせいか。
本物、の可能性が高いだろう。
いざ鞘から剣を抜けば木製でした、なんてくだらないオチではないはずだ。
「ふぅむ……いつもは大人しい子達なのです。どうか怒らないでやってください騎士様」
「いや、良いのだ。ただどうしてここまで……何かに興奮しているような、気分が昂ぶっているのか?」
「うむむ……しかし可能性は低いですが、心当たりとすれば今日のお昼と晩ご飯をまだあげていないということしか――」
「……もうそれが原因ではないか?」
英国の騎士とは紳士である。
些細なことにいちいち腹を立てて癇癪を起こしていては、そもそも誇り高き英国人としての胸に傷が生まれると言われている。
「騎士様、護衛の方々を――」
「必要ない。ここは米国のホワイトハウスと同等のレベル体勢で組み敷かれる警護装置があるのだろう。『UAI』だとか『観測者の見解』といった科学の権化に身を委ねるというのはいささか不本意だが、女王様の宮殿に悪漢の一人でも侵入を許せばそれこそ英国の名折れ。例えそのような事態が巻き起こったとしても、私がその悪をこの剣で貫く」
サーベルの丸い柄を手袋で覆った指先で撫でながら身を翻し、騎士様は宮殿に使役されるメイド達によって開けられた入り口の硬いドアへと歩き始める。
「騎士様……」
背後から、御者である老人の控えめな声がした。
「お言葉ですが、やはり現代は科学力がものを言う時代。我が母国イギリスも同様、どこの国でも科学の最前線を走る最新兵器を欲しがります。……とてもそのサーベル一本で刃向かえる程の脅威だとは思えません。念には念を――また騎士様の実力に科学の兵器が備われば鬼に金棒。どうかここは用心のため、その科学の権化とやらを携帯すべきです」
心の底から心配しているのだろう。
老人が男に敬語を使おうと、男が老人に背を向けて話を聞いていようと――そんな上下関係がありながら、御者の老人はこの騎士様のことを、産まれたばかりの赤ん坊の頃から知っているのだ。
日常生活から戦闘訓練までずっと世話をしてきた。
三〇年以上、自分の人生を騎士様に捧げていたと言っても過言ではない。
だから、心配をしている。
本当に自分の息子か孫と思っていたこのお男に、何かあってはならないと。
しかしそんな助言に。
騎士様は鼻で笑う。
「爺様、私は私の道を歩むまでだ。幼少期から爺様に剣術を習い、法律や国家の略や歴史、尊き心を学んだ。その過程があったからこそ、私はこの姿で今、この場に立っている。この誇り高き騎士の制服に身を包み、英国の国旗を背負って生きている。我が生涯は母国のため――しかし自分が信じる生き方を曲げることはしない。世間の流行に遅れているから早く追いつこうとファッションやセンスを磨く若者や、民衆がこれを主張するから自分も流れに沿うことにしようと考える無責任な輩とは違う」
あくまで冷静な声だった。
興奮するように肩を震わせるでも、頭に血を昇らせて頬を赤くしている訳でもない。
何とも紳士らしい、クールな対応だった。
古傷を隠すように長い前髪で隠れた右目は閉じられたままだろうが、綺麗な左の瞳には魂の炎が静かに燃えたぎっている。
「私は中世ヨーロッパの時代からの英国騎士の一族――歴史は短かろうと、目立った戦歴がなかろうと、我が身は女王様に拾われたもの。ならば私は家名を背負うと同時、女王様をこの剣一本でお守りする。時代の背景から騎士道を学べる者が消え去ろうと、私は英国最後の騎士となってみせる。それが、私の生き方――生涯だ」
もう、白髭の老人は何も言わなかった。
絹帽子の唾を深く下げ、俯いているようにも見えた。
騎士様はまた歩き出す。
ドアをくぐり、宮殿内へと片足を踏み入れた時に、彼はまた口を開く。
騎士と言う割には、気を許した数少ない友人に対しては、口数が多くなるものか。
「それに、科学など恐れるものでもない。神話では、英国の騎士は鉄と木材を組み合わせた断頭台なる道具で魔女を処刑し、日本の『サムライ』という騎士達は馬に跨り世に蔓延る妖怪達を火縄銃で討伐していたそうではないか。魔術や魔法を扱う魔女やこの世の万物が効果を成さない妖怪に比べ、人間達の手によって製造された科学兵器に何を恐れる必要がある」
後ろで一つにまとめて縛った長いポニーテールを揺らしながら歩き、騎士様はニヤリと唇を歪める。
「本当に怖いのは、己の力を信じず兵器に頼り、無差別的な虐殺行為を繰り返す愚か者共ではない。明確な敵を心に釘付け、己の技術や力の腕前だけで相手と真っ向からぶつかろうとする真の勇者だ。……そうだな、きっと日本にいた『ソノダ』とかいう男。彼のような男が、私にとっては本当の脅威だ」
遠くの相手へ尊敬の眼差しを込め。
またその相手を懐かしむように。
「今頃あいつめ……何をしているだろうか」
騎士様が宮殿内へと入ると、扉は自動運転の動きで閉じられた。
「騎士様……」
老人は。
騎士様の親代わりは、儚く消え入りそうな声で呟く。
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大玄関を抜けると、賓客が必ず通るとされるエントランスの大広間にまず辿り着く。
高雅な印象を与える真っ赤なカーペットの中央を歩き、騎士様は女のメイド達に付いて来なくていいと指示を出すと、左右に分かれる湾曲の階段の片方を登る。
天井を見上げれば天空に飛ぶ天使達の絵画。
煌々とした神秘的な魅力を含む金細工の彫刻や歴代女王の絵画は丁寧に壁にかけられており、付近の棚には高価そうな壺やらレースのカーテンが設けられている。
空間全体は純白と黄金を中心的に織り交ぜられた部屋だ。
階段を登ると神の存在を誇張する女神像があり、騎士様はそれに軽くお辞儀をする。
三階の通路に出ると、また大理石の床一面に敷かれた不可思議模様の赤いカーペット――一般人が来客すれば自分の足裏なんかで踏んでもいいのだろうかと躊躇いをもたせる程の優雅さが映されてる。
右側の壁には肖像画が黄金に煌めく額縁に飾り付けられていて、決して建物を支える役割は持っていないだろうとされる数本の丸い柱には、輝く宝石が強引に埋め込まれてあるような装飾も見られる。
左側には窓ガラスと真紅のカーテン――防弾仕様だろうが、その鋼材に近い窓ガラスにも女神像のイラストが職人技で描かれている。
騎士様にだって分からない点はあった。
この通路を通る度、なぜ観光客も来賓客もない癖、いくつもの椅子やテーブルが置かれているのだろう、と。
日本人から見ると、そこは『世界の宮殿』なんていう題名の参考書の中でしか見たことがない、写真に収まる世界。
英国の歴史や魅力をギュッと敷き詰めて建設されたような建物にこの内装――まさに贅を尽くした英国ランドだろう。
金メッキの手すりに手袋の手を滑らせながら、また騎士様は階段を上がる。
どうも、こんな入り口から遠い場所に最重要箇所があっては、いざという非常事態に対処しにくいではないかという苦情は受け付けない建物だ。
騎士様は一つの部屋にまた差しかかる。
白色を基調とした金と黄色の家具で飾られる、何とも豪華絢爛とした部屋だ。
ところでさっきから、メイドや他の執事と全くすれ違う気配もない。
(第二王女様が気を利かしてくれたか……)
この部屋には騎士様が入ってきた入り口の扉とは別にもう一つ、真反対の奥に扉が存在している。
それは両開きで、造りもスケールも他の部屋の扉とはまた随分と大胆で大違いなものだ。
騎士様は思う。
(この息を飲むほどの美しさと華やかさ……何とも英国とは素晴らしき国よ。我が身と心、また五感が英国最高にして最大の桃源郷へと誘われることに感謝します、神よ……)
確かに、この宮殿は美しい。
神がかっている、まさに神秘的で幻想的な儚さもある。
一度見た者を虜にし、生涯その景色、また目にした途端に心へと押し寄せる博大なイギリス歴史と魅力を忘れることはないだろうと思われる理想郷。
様々なものがあるのだ。
全長が七〇メートル以上にも及ぶ贅を尽くした大回廊。
一七世紀の高級品とされた乱反響の鏡が床に敷き詰められた部屋。
当時の発明家達が団結して設計計画から練り上げた、様々な形状のシャンデリアをぶつかり合うほど天井に飾り付けた部屋。
英国に集う芸術家達が女王様の為だけに描いた共同制作とされる何十枚という絵画は一つの部屋に、金銀の彫刻が彫られた贅沢額縁に納められて重宝されている。
(我らが先祖様、私をこの世に産み落としてくれたことに感謝します。故、私はこれから展開される神のご光景を目に焼き付けねばなりません。ご一緒できないことに深くお詫びを。また誓いましょう。あたなの子孫であるこの私がこれからこの宮殿、この国をお守りすると――)
教育の賜の姿勢か。
または無意識でか。
騎士様はその場で右手を胸に当てていた。
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「あら、アーロン騎士じゃない」
そんな宮殿を堂々と住まいとするこの女性は、イングランド王国の正真正銘、第二王女。
現女王の第二子である彼女は、その宮殿の『王座の間』という部屋で、退屈そうに深く椅子に腰掛けながら訪問者を見た。
「……お疲れのようですね、第二王女様」
「堅っ苦しい、名前で呼べっていつも言っているでしょう? 何? 第二王女様であるわたくしのお言葉を無視すると? そういう抵抗の姿勢なのかしら?」
「いえ、第二王女様。そういったつもりでは……」
この騎士様。
どうも第二王女を目の前に、やや緊張気味らしい。
二人はもう知り合って長く立つが、騎士様の心にある『国への高い尊敬』の念から、第二王女という肩書きをもらっている彼女の存在は天よりも高いものに映っている…………の、かもしれない。
「はぁ……もういいわ。で、何か用?」
さて、随分と雑な受け答えだが――世間の皆さんは、『国の王女様はみんながお淑やかで上品な淑女様ばっかりなんだろうなぁ』なんていう偏見をお持ちではないだろうか?
安心していいのか否か。
そんなイメージは所詮、国民が相手へと身勝手に押し付ける確証もない幻想と言っていいだろう。
「この部屋でしばしお待ちを……なんて使用人が言うから待ってみればかれこれ待つこと三〇分……あぁ、いい加減にケツが痛くなってくるんだけど?」
「申し訳ありません第二王女様、どうか何なりと罰を――」
「いや、そこは普通、なんか言い訳するでしょ」
「……いえ、まさか――」
「何かあったんでしょー? アーロン騎士が時間に遅れるなんてこと、今までに一度もなかったじゃなーい。例えば御者が手綱を掴んでいた馬が道中で大暴れして、時間を食ったとか――」
「…………」
「それともなにー? 我慢できなくてその辺の茂みで野グソでもしてきたのー? きゃっはははは!!」
さて、ここで騎士様の心の内を読んでみようじゃないか。
(こ、このクソアマがぁ……っっ!! 仮にも誇り高き英国第二女王でありながら相変わらずその野蛮な態度、その乱暴な口調…………あぁぶん殴りたい、あぁ五臓六腑が掻き乱れるくらいぶん殴りたいでも女王だからサーベル剣でその肌を切り刻むくらいで許してやろうかいやそっちの方が重傷か……っ!! ともかく一言で言うのならぶっ殺してやりたいっ!! 恥を知れ恥を! 貴様など英国の国旗を背負う資格などないわあっ!! というか王女様はご自身の娘様のこの態度を見てなぜ何も仰らないのか!!)
……ほらな。
かなりレベルの高い紳士だろう?
「……アーロン騎士よ、どうも顔が赤いぞ? 興奮してるの?」
「……えぇ、ある意味ではもの凄く」
(テメェのせいだボケっ!! 部屋に入ってくる前に国やら先祖様やらに誓いを立ててここにやって来た私の覚悟を冒涜しやがってぇ……っっ!!)
しかしそんな言葉に、女王様は笑う。
「あっははは!! そうかそうか! いつも冷静沈着で表情を変えないお前のことだからてっきり感情なんてない生き物だと思っていたけど、『女の身体』にはきちんと反応するのねぇ」
と、言うのは……。
王座の間。
現在でも叙勲式で使用され、劇場装飾を模し、床は白の大理石で天井にはとにかくド派手で絢爛なシャンデリア、他は真紅を中心的に使用した色合いの家具や壁紙という、イギリス人が好みそうな内装。
第二王女様は数段の階段を昇った広い空間に設けられた『ラブホテルって高級感漂うよな笑』なんて言ってる若者が見れば思わず陶酔しきってしまうほど豪華な造りをした透明レース付きベッドに腰掛けている。
――全裸で。
「……第二王女様、ドレスを着てください」
「邪魔なだけよ、重いし動きづらいわ」
「下着はそうなされたのですか」
「この歳になってま~だ胸が成長途中ってことはありえるのかしら? 下着が合わなくなっちゃってねぇ。でも、ちゃんと毛布にくるまっているのだから、構わないことでしょう?」
「風邪を引かれて寝込まれてしまっても困ります。一ヶ月としない期間中に日本へと行かれるのでしょう?」
「まー確かに、美雪様に会えなくなってしまうのは悲しいわ」
「そうでしょう、向こうは総理大臣までわざわざ空港に足を運んで出迎えてくれる支度までしているというの、に…………?」
そこで、アーロン騎士の言葉が止まった。
「は?」と、まるで返却された自信満々のテストの点数欄にゼロのマークを見た生徒のような顔をしている。
「あの……第二王女様? ……あ、あなた、日本へ何しに行かれるのですか?」
「? 聞いてなかったのアーロン騎士。いくら『まだ』世の中が平和の中にあろうと、作戦内容の伝達ミスは戦場じゃ命取りになってよ?」
「あ、あの第二王女……? に、日本へは、オリンピックの開催地へ挨拶参りをするというものでは……」
アーロン騎士からはすでに余裕はなくなった。
いや、常備していたはずの冷静さを欠いてしまったというべきか。
「はぁ? どうしてこのわたくしがそんなものの為に日本へ行かなくてはならないの?」
「そ、そんな、もの……?」
「えぇ、そんなもの。わたくしが今回、日本を訪れる目的はあくまで日本オリンピックの開催を祝うための挨拶――という偽造目的の下、夜伽ノ美雪様に会いに行くためなの」
絢爛に輝く長い金髪。
濃厚に煌めく真っ赤な瞳。
絶世の美女という表現が適切であろう第二王女様は何ともはしたないお姿で、ケロッと何でもない表情を作り、言う。
もはやアーロン騎士の両肩は極寒の吹雪に耐えるような勢いで震えていた。
「そ、その……よ、夜伽ノ美雪、という者は……い、いったいな、何やつで……?」
「あら……。アーロン騎士、あなたには以前にもお教えしたじゃない?」
「え、えぇ……ですが、その、確認のため……ですよ」
「はぁ、全く――」
第二王女様は分厚い毛布から蒸れた空気を逃がそうと、艶めかしい太股を覗かせるように両脚を出す。
背中から肩に回された毛布も弛み、下着も何も付けていない第二王女様の深い胸の谷間が露わになる。
その肌は雪に照らされたかのように透明で、若い。
実際の年齢なんて聞いたら死刑にされかねないが、明らかに制服を着込んでは学校に登校する歳でもない。
彼女は言う。
「わたくしが恋心を寄せる女性――日本は東京、音ノ木坂学院に通う『μ's』の一員、夜伽ノ美雪様よ。待って、いま秋葉原のお店で購入した写真を見せて――」
途端。
アーロン騎士は跳び、叫ぶ。
「第二王女ぉぉぉおおおおおおおおおおおっっ!! もう我慢ならん! 国家反逆罪でも何でも構わんっ! 私を死刑にしてくれても結構っ!! だが貴様だけはっ! 貴様のその誇り高き英国民に相応しくない我が国への冒涜的態度は第二王女の肩書きすら剥奪されるに相応しいぃぃぃいいいいいいいいいいいいっっっ!!」
空中を回転しながら舞い、動きの流れの最中にサーベルを鞘から引き抜く。
湾曲する白銀に磨かれた刃が姿を顕現させ、アーロン騎士は右手でそれを振り下ろす。
当然、この巫山戯た第二王女の脳天へと。
「はあっっ――――っっっ!!!」
渾身の一振り。
もはや騎士道の精神は見失っていた。
彼には悪い癖がある。
国では誰にも劣らないその騎士道精神を買われ、王室守護の任務を請け負っている。
だが、彼が何かに激怒した時。
二年前のように、唯一無二の親友だった男を単なる銀行強盗に殺された時のように。
冷静さを欠いた彼は、ただ人を殺めるだけの獣となる。
そんな自分を、アーロン騎士は嫌いだった。
自分の感情を制御できない騎士があってたまるかと、自殺未遂に走ることだってあった。
だが――。
ギィィィイイイイイインッッッ!!!
金属同士が衝突する高音。
アーロン騎士は瞳に色を戻す。
「わたくし、あなたの『そういう所』――とっても大好きなのよ」
彼女はそれを許した人物だった。
監獄に収容されるはずだった彼を救済したのは、紛れもない彼女だった。
英国の、誇り高き第二王女様。
毛布の中から素早く引き抜いた一本の細いレイピアで、アーロン騎士の一撃を受け止めている。
おかげで毛布は身体からずれ落ちた。
今度こそ、自らのあられもない姿が晒されているも、第二王女様は構わず続ける。
「二週間後か、それより前――わたくしは日本へ飛び立ちます。もちろん本来の目的のついでとして、日本政府側にも挨拶はしましょう。――アーロン騎士、あなたも同行しなさい。これは命令です」
……さて。
二人の間で話題に挙がった『夜伽ノ美雪』という人物。
日本の東京。
音ノ木坂学院と言えば、それは英国ほどではないが歴史と伝統に包まれた古風の女子校だ。
つまり、夜伽ノ美雪とやらは少女なのだろう。
イギリス第二王女様が口にする名前だが、英国の政府側はその人物について全くのノーマーク体勢だ。
ならば、なぜ英国の第二王女様はそんな平凡な一人の日本国民に会いに行くのだろうか?
なぜ、夜伽ノ美雪という名前を英国の第二王女様は知っているのか?
……ところで。
当の夜伽ノ美雪は以前に一度だけ、英国の第二王女様とお会いしたことがあるのだが――彼女はそれを覚えているのか?
次話からは再び、夜伽ノ美雪を取り巻くμ'sのストーリーが再開されます!
学院祭で取り返しの付かないミスをしてしまったμ's――あれからメンバーはどうするのか、美雪はどういった行動に出るのか。
次話もよろしくお願いします。