かよちゃん回?
「なかなか奇抜な母親じゃねェか。高校時代には元アイドル研究生で、自分の娘を赤ちゃん事務所に入れるたァ、そうそういねェ種類の親バカッてやつだろ」
「でもやっぱり、お母さんがわたしの小さい頃から、アイドルの動画とかライブを見せてくれたりしたから、わたしはアイドルを好きになれたし、今もこうして、μ'sの一員になれたんだと思うんです」
「……へェ」
小泉の脚を俺が治療してやってから、一時間程が経過した。
結局、あの後は絢瀬や矢澤に、今日の所は大事をとって見学しろと言われ、小泉は俺の隣で大人しく座っていた。
数え切れない程の畏まった礼をしてくるもんだから、避けるように俺が話題を振ってここまでもったが、なんとなく、小泉花陽という人間像が見えてきていた。
「あ! そうでした!」
小泉はハッとして顔を上げる。
「わたし、絵里ちゃんから美雪さ――美雪ちゃんに! ラブライブの事について説明しておいてって頼まれてたんでした!」
……言い直したな、こいつ。
だが、もう俺に対するちゃん付けなんざ、高坂や南だって使っている。もう、いいやという投げやりな気分になっていた。
そして、小泉の今の言葉――。
「その……ラブライブ? ッて、何だ?」
「知らないんで――あ、いや、ゴメンなさい」
「いや謝るなよ。説明してくれ」
俺が誘うと、小泉はなぜかパァッと表情を明るくさせ、その瞳は輝いて見えた。
「お任せください!」
自らの胸を叩き、小泉が堂々と宣言する。
こいつ、恥ずかしがり屋に見えて、意外とはりきっちゃう方面の顔もあるのか?
「ラブライブというのは、それは所謂夢の舞台……スクールアイドルの憧れの箱庭! そうです! まさに全世界から輝き出た女子高校生達の集う幻の祭典!!」
……ん?
「それに出場する事を叶えた人達は、大勢の人々から羨望の眼差しを受け! 霹靂の如くの歓声を浴び! 豪華絢爛の栄光を得る事のできる!! まさに豪放かつ秀逸なる、唯一無二のアイドルステージなんです!!」
声を張り上げ、興奮しているかのように目を剥いて言い放った。
……こいつ、小泉だよな――?
俺は彼女の豹変ぶりに驚き、また若干狼狽えながらも言い尋ねる。
「あー、つまり、何だ? 高校野球でいう甲子園みたいなモンか?」
「はい、まさしく……!」
「……つゥ事は、それッてつまり全国大会なンだろ? 地区で行われる予選とかはねェのか?」
「いえ……まずはそこら辺から詳しく説明してあげましょう――っ!」
魂そのものが彼女の口から声と共に吐き出されているようで、俺も思わず座りながらも背筋をピンと張った。
「ラブライブに応募できるのは一つの学校に一グループです。各都道府県でそれぞれ一校を選抜し、そこで勝ち残った四九校が代表となり、全国大会のラブライブで日本一のスクールアイドルを決めるんです」
まぁ、一般的なものだな。
「けど、ですね。ここからが厳しいんですよ美雪ちゃん」
小泉が身体を俺の方にズイッと寄せてくる。
大分興奮気味だなこいつ。さっきまで二人で話していて分かったのだが、それだけこいつは、相当のアイドルオタクらしい。
「高校の数が多い東京では、地区を東と西の二ブロックに分けられるんです」
「つまり、それだけライバルが多いッて事かよ?」
「いえ、東地区から一校、西地区から一校と選抜されるので大差はないのですが……やはりそれでも予選では苦戦を絞られるでしょう」
まぁ、当然だろう。
どうやら俺が思っている以上に、スクールアイドルを編成している高校というものは多く存在するらしい。
「ンで、その地区予選ッてのはどうやッて選抜校を決めるンだよ。まさか全校が一カ所に集まって踊りを披露するとか面倒臭ェ事はしねェよな」
「はい。各地区予選はラブライブのホームページに掲載されている、人気ランキングというものによって決められるんです」
「……人気ランキング?」
「はい。そこに自分達のグループの歌や踊りの動画をアップして、視聴者からポイントを貰うんです。そこで稼げるポイントでランキングの順位を争い、三位以内に入れば最終予選へと行けます」
「……最終予選?」
「はい! 最終予選では、ランキング上位三位以内に入った高校のアイドルグループが、ホームページへと中継映像の入るステージを披露するんです」
「つまり、そこで一番良いステージを披露できた高校が……」
「ラブライブ出場! という訳なんです」
……なるほど。
これはつまり。
「まずは、最終予選への切符を入手する為に、ラブライブのホームページでランキングを上げていかないといけない訳ですか……」
「そうですね。もちろん作成したPVを乗せる事もできますし、あと重要なのは、顧問やグループリーダー、マネージャーさんのインタビューとかも必須ですね」
「へェえ…………あ?」
今、こいつ何て言った?
マネージャーのインタビューだと?
俺の隣で、小泉が何かを期待しているかのように、俺の顔を見つめている。
「……俺ァやらねェぞ」
「どうしてですか! やってくださいよ!?」
「できる訳ねェだろ!? 考えてもみろ! こんな顔した女がインタビューに全国規模で顔晒したら、もうそれだけでお前らμ'sの評判はガタ落ちだ!!」
そして確か、このアイドル研究部とやらの部長は矢澤にこ。
μ'sとしてのリーダー格の存在は高坂穂乃果だと聞いた。
二人なら別に問題はないだろう。だがもし俺がネット上に顔出して女ですと言ってみろ。コメント欄は大荒れの大炎上だぞ。
あぁ、そういえば。
大事な事を訊くのを忘れてた。
「なァ、時に小泉さんよ」
「はい?」
「お前ら、どこまで目指して練習してンの?」
これこそ、まさに一番大事な事だろう。
目標のない練習など、人間に何の価値もなければ成果も与えてはくれない。
もし、今のこいつらがアイドルへの好奇心、または遊び半分という覚悟でやっているとしたら、この朝練は何の意味ももたらさないだろう。
だがその可能性は、まずない。
あそこまで熱心に粘り強く、俺をマネージャーに引き入れようとしたんだ。
それにこいつらが遊び半分の生半可な覚悟で臨んでいたとすれば、さっきの男坂五〇往復で数人はリタイアしていたはずだ。
それがなかったという事は。
全員がそれぞれ、何かへ向けての決意を固めているという事だろう。
そして、小泉の答えはこうだった。
「ラブライブ、優勝――」
それは気が遠くなる程のゴール地点だと、話を聞いただけの俺にも分かる。
甲子園を目指す高校球児が毎日夜遅くまで、ユニフォームを泥と汗に塗れながら必死こいて練習するのと同じレベルだ。
スポーツなんてもんは、大抵がそうなのだ。
アイドルの基本は身体作り。ならばアイドル活動も立派なスポーツと言えるだろう。
だが、その目標にいったい何人、付いてこられるか。
「穂乃果ちゃんやにこちゃんは、絶対にラブライブを優勝するんだって息巻いてるんです」
それは、なんとなく雰囲気で感じ取れる。
「絵里ちゃんや希ちゃん達も、目標は高く持った方が良いって言ってくれて」
「あァ、あいつらならそう言うだろうな。ンで、園田と西木野らへんは、優勝なンて無謀だッて言ッてるのか?」
「い、いえ……そうはっきり言っている訳ではないんですけど……」
つまり。
素人が集合しただけの自分達にトップの座を飾り付けるのは現実的に不可能だと、少なからずそういった念がある訳だ。
「お前と特に仲の良い星空は、何て言ッてンだよ」
「り、凛ちゃんは……」
俺の質問に、小泉は柔らかそうな頬を指でなぞりながら照れ臭いように言う。
「どんな場所まででも、わたしに付いてきてくれるって……えへへへ」
あぁ、確かに凛はそういう奴だ。
小泉花陽と星空凛。
この二人はまさに、親友という形なのだろう。
「ンで、お前自身はどうな訳?」
小泉にとっては核心に触れるこの問いに。
彼女は遠慮がちにだが、その願いをはっきりと声に表す。
「せっかく、アイドルをしていられるんだから、上まで進んで行きたい…………わたしも、ラブライブに出場して、できる事なら、その……優、勝……したい、かもです」
「…………そうか」
正直、その心さえあれば十分なんじゃないかと思える。
もちろん心意気だけで結果が付いてくる訳ではない。野球の甲子園だって出場する全校チームが優勝を狙っているだろうが、そのトップに君臨できるのは選ばれしたったの一校だ。
夢や希望を持っている人間が全て勝ち組という訳じゃない。
それでも。
目標を持てるという事は、そいつは強い人間なんだと俺は思う。
そんな人間を、俺は一人、知っているが――――そいつも昔から強かった。
そう考えれば、この恥ずかしがり屋でダンスで転んでしまうような小泉花陽は。
俺なんかより、よっぽど強い力を持っているはずだ。
「わたし、本気でアイドルが好きなんです」
小泉は言う。
「最初は、みんな顔が可愛くて、スタイルが良くて羨ましいって、憧れの面だけを見ていました」
ほとんどの人間がそうだ。
サッカー選手や水泳選手に憧れる少年少女も、最初はその人物の実力や偉大な実績に目を輝かせる。
「好きなアイドルのグッズやレプリカ衣装を買い漁って、ライブとかも沢山見に行って……それを続けているうちに、わたしの中でアイドルという存在が大きくなっていくのを感じていったんです」
羨望の眼差し。
一種の依存に近いとされるそれはじょじょに自分の心に棲み憑きながら大きく成長していく。
正しければ夢や目標へ。
間違えれば犯罪にだって繋がるものだ。
「わたしもステージで歌ってみたい、踊ってみたい、可愛い衣装を着て、お客さんを喜ばせてあげられる立場になりたいって思いはじめてきたんです」
……あぁ、やっぱり。
小泉花陽という女の子は、大木のように太い芯が通った強力な人間だ。
大層な偉業を成し遂げた偉人に、前人未踏な成績を記録したプロ選手にいくら憧れようと、自分もいずれこの人のようになりたいと明確に思える人間は少ないものだ。
大抵は、いくら憧れの念が強く心に渦巻いていても、それをテレビの前だけで消化してしまうものがほとんどだろうと俺は思う。
火事の現場で活躍していた消防士に憧れて、自分も消防士になりました。
困っている住民を助ける為に働く警察官を尊敬し、自分も警察官を志願しました。
これらとはまた、違った類だ。
ほんの一握りの人間にしか掴めない目標。
幼い頃から必死で努力しても叶えられる保証なんてどこにもないゴール。
それらを目指し、死に物狂いで手を――指先まで伸ばそうとする人間は真の強者だろう。
小泉花陽はそれになれる器を持っているかもしれない。
現に俺は、その器を持つに値する人物を一人、知っているのだ。
俺のような怠け者ではなく。
水浦竜三のような荒れ暮れ者でもない。
しかしやがて。
小泉花陽は消え入りそうな声で呟く。
「だけど……やっぱり、無謀なのかもしれません……」
「…………あ?」
やった!
一〇話だ!
二桁到達だー!
皆さん、今まで僕の作品を読んでくれてありがとうございます!
お気に入り登録してくれた方や感想をくれた方々には、深い感謝を。
これからもこんな素人作品を面倒見てやってください!