笑顔を咲かせた少女は紛れもなく…   作:西部荒野に彷徨う海賊

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 今回は直接的な戦闘シーンはありません。
 戦闘シーンの介入は次話からですね。

 今回もよろしくです――。







113話 そして役者は揃えられる

 

 

 

 

 

 ……あー、マイクテス、マイクテス。

 

 梶ヶ谷燐桐から住民及び愚音隊構成員達に連絡がある。

 

 すでに気づいた奴も多いだろうが、現在、このビルに招待状を渡した覚えのないクソ野郎共が三人ほど侵入している。

 

 ロビー階での爆発ではどうやら火力不足だったらしい。

 なぜならビル全体を網羅するように設置されてある監視カメラの二階台と二四階台に侵入者達の姿が映っているからだ。

 

 当然、彼らの行為は不法侵入にあたる。

 彼らがどれ程の脅威を携えてこの場に訪れたかは不明だが、少なからず俺達に牙を剥いていることは見て取れるようだ。

 

 ともなれば俺達、音ノ木愚音隊は彼らに対抗する権利がある。

 俺達の家へ無遠慮に礼儀も弁えず土足で踏み込んできた彼らにはそれなりに相応しい罰を与える必要がある。

 

 そうだろう?

 

 一切の救済も求められないような。

 一瞬の贖罪も許されないような。

 

 それ程の仕打ちが必要だ。

 皆もそう思うだろう?

 

 それに久方ぶりの獲物だ。

 飛んで火に入る夏の虫は随分と素早いようだが、それ程のお楽しみが待っているだろう。

 

 拳を振るって構わない。

 刀を抜いて構わない。

 銃の引き金を引いても構わない。

 

 お前らも興奮してきただろう。

 感情が昂ぶりだして、暴れたい、滅茶苦茶に痛みつけてやりたいと血が騒ぎ始めているだろう。

 

 生け捕りが好ましいが遠慮はいらない。

 一人でも捕らえたら俺の下へ引き摺ってでも連れて来い。

 

 奴らに見せつけてやるんだ。

 

 音ノ木愚音隊の野蛮さを。

 お前らの腕っ節を。

 

 俺達の『力』を。

 

 この年季の重ねられたボロマンションを模様替えするように、奴らの真っ赤な血で全体を染め上げてやれ。  

 

 これは戦争だ。

 敵は、人肉をミキサーにかけたよりもそれ以上に粉々に、肉や骨も越えて魂まで粉砕してやるに相応しい。

 

 もう一度言う。

 これは、戦争だ。

 

 音ノ木愚音隊の最大火力でもって、敵を全力で葬ることだ。

 

 ……放送は以上。

 野郎共、お楽しみのステージは幕を開けたぞ。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 二五階建ての高層ビル。

 その中腹階の一つの部屋に、その少年と少女は静かに暮らしていた。

 

 この居場所は平和だった。

 

 暴力団という現代社会に生じたイレギュラーの傘下にあるというだけで、そこらのチンピラやギャング達が乗り込んでくる恐れもない。

 例え世間知らずの奴が足を踏み入れたとて、総勢六〇名以上の無法者達によって一斉に取り囲まれ、二度と外見を晒して外を出歩けない顔にしてもらえるだろう。

 

 現に、今までに何人かいたのだ。

 愚音隊の構成員と因縁を巻き起こし、このビルに帰宅した者の後を追っては彼らの隠れ家に足を踏み入れてしまう愚か者が。

 

 基本的に、愚音隊の構成員達は喧嘩好きだ。

 人を殴れる、人を殺せる免罪符さえあるのなら一切の躊躇いもなくそれを実行する。

 

 過去の愚か者達は残らず叩きのめされた。

 殴打に留まった話ではない――上層部から特別に配分される『所持するだけで法に触れるような道具』なんかで拷問じみた行為まで執り行ってきた。

 

 以来、裏社会では噂される。

 あの高層マンションには近づかない方が身のためだ、と――。

 

 暴力を振り翳すことを生き甲斐にしている奴らばかりだ。

 血気盛んで勢いに乗ると何かと理由を付けながら歯止めの効かない集団が蔓延っている。

 

 チャンスがあれば暴れていた。

 構成員達は上層部から与えられる免罪符を片手に、殴れるものは殴り、血を流せるものからは血を残らず搾取してきた。

 

 しかし。

 この少年。

 

 音ノ木愚音隊が所持する難民受け入れ施設であった高層ビルの一三階を住居とする矢澤灯愛は、そういった無意味の残虐に興味を示さなかった。

 

 身内がいくら暴れていようと、自分は手を貸さない。

 加減も無視した闘技場が目の前に展開されている時だって、自分の拳はその場に突っ込ませることもなく、ましてや自分の部屋のベッドから腰を浮かそうとも考えない。

 

 夜伽ノ美雪は、μ'sにとってのイレギュラーである。

 だとすれば矢澤灯愛は、音ノ木愚音隊にとってのイレギュラーなのだ。

 

 彼はあくまで静かに、平和な時を好み、何の飾り気もなく埃臭いだけの部屋で、一人の幼い少女と共に過ごしている現実だけを捉えていた。

 

「おにいちゃん……今の声、なに?」

 

 カビが侵蝕する板張りの床の上で積み木を重ね遊んでいた少女――年齢にして一〇歳くらいの女の子が突如流れた館内放送に顔を上げ、ボロボロのシーツが数枚重なるベッドに重く腰掛ける矢澤灯愛に尋ねた。

 

「……お前は気にしなくて良い」

 

 彼は幼い少女に目もくれず、まるで嫌悪感を抱く相手に話しかけられた時の対応と言わんばかりの沈んだ声で言う。

 

「そっか」

 

 少女もさほど興味を示さなかったようで、視線を戻しては再び多種多様の形状を持つ積み木で何かを作り始めた。

 一〇歳にもなる女の子が積み木で遊ぶというのも変な話だが――これは少女が好きで積み木を重ねる作業に没頭している訳ではなく、その場に遊び道具がそれしかない、と言った方がいいのか。

 

 矢澤灯愛の部屋はビルの外壁と面していて、窓もあれば洗濯物を干せるベランダと柵まである。

 

 基本的に、愚音隊の構成員は窓のある部屋を使用する。

 残されたインドの難民達も人数的に窓のある部屋へと配慮はされる――内部に密集する窓のない部屋は荷物置きや『実験施設』、『拷問場』と姿を変えている。

 

 矢澤灯愛は、普段あまり自分の部屋を出ようとはしない。

 基本的に彼は、この少女を一人にさせることを嫌っていた。

 

 血縁関係でもないのに『おにいちゃん』と恩着せがましい態度を取ってくるこの少女を。

 一人にすれば、また何処か手の届かない、遥か彼方へと連れ去られてしまう気がして……。

 

 だから、矢澤灯愛は部屋を出ない。

 少女を二度と独りぼっちにはさせないために。

 

 今回の場合もそうなのだろうか。

 ビル内に三人の侵入者が現れた、今夜も――。

 

「……今日は、」

 

 彼は呟く。

 決して少女の方は見ないように。

 

 しかし少女は嬉しそうに顔を綻ばせた。

 慎重に、短い腕をプルプルと震わせながら積み上げてきた積み木のお城が崩れようと、全く気に留めず彼にとてとてと近寄る。

 

「なに? おにいちゃん」

「……今日は、風呂に入る時間を遅らせる」

「え? なんで? どうして?」

「何でもだ」

 

 今日の彼はいつも以上に前髪がだらしなく垂れ下がっている。

 酷い癖毛にも関わらず右目を隠してしまう長さと分厚さを兼ね揃える金メッシュ入りの黒髪は、アイロンで整えればいったいどれだけの長さになるのか。

 

 今度こそ、赤い瞳は少女を捉えた。

 女の子はいじけるように腰を捻っては両腕をぶらんぶらんとさせ、頬を膨らまして憮然な態度を見せる。

 

「早くお風呂に入って早く寝ないと、お肌が荒れちゃうってママが言ってたよ……。わたしはすーぱーアイドルになるんだから、お肌のケアはしっかりしなきゃ駄目だって」

 

 すーぱーアイドル。

 その単語を耳にした途端、矢澤灯愛の眉がピクリと反応した。

 

「……そうか」

 

 彼は少女の頭に右手を乗せ、まばらな長さに切り揃えられた黒髪をくしゃくしゃにするように撫でる。

 

 少女は抵抗しなかった。

 むしろ飼い主に褒められて喜び尻尾を振る犬のように、甘く柔らかい笑みを浮かべてもっとと頭を差し出す。

 

 しかし、矢澤灯愛もそれ以上はしてやらない。

 ベッドから腰を浮かし、首や指、腰の関節を大きく鳴らすとハンガーロックに掛けられた黒のライダースジャケットを羽織り、ジッパーを閉める。

 

 靴紐を一段ときつく締め直し、ベルトまで穴一つきつく締める。

 本革製のレザーパンツは艶めく程の漆黒に染まり、全身を夜空と同意色に染め上げた。

 

「なら、この騒然とした悲壮な茶番劇もさっさと終わらせないとな」

 

 どうやら今日は例外となったらしい。

 

 それは少女のシャワーの件があるからか。

 それとも侵入者とやらの中に一人、個人的に見知った顔がいるからか。

 

「……どこか、行くの?」

 

 しかし今度は少女の方が、ハイブランドのジャケットの裾をきゅっと小さな白い手で握り、彼の動きを止めさせる。

 

「……将来、アイドルになるんだろ」

「うん……なる、絶対に」

「なら、早くシャワーを浴びて早く寝る。その環境を作りに行くんだ」

「でも……」

 

 矢澤灯愛は振り返らない。

 すでに部屋のドアノブまで握っている。

 

 少女は熱く溜め込んだ涙が浮かぶ瞳を彼の背中に向け、小さく囁いた。

 

 

「おにいちゃんがまた怪我しなくちゃいけないなら、今日はシャワー、我慢する」

 

 

 少女はただ、彼を想っている。

 恋愛とは全く異なり、友情かと訊かれればそれにも頷けない何かの感情で。

 

 少女は、矢澤灯愛という少年が傷つくところを何度も目にしてきた。

 いつも冷静で態度も素っ気ない彼が、自分のために敵へ目を剥き、咆哮し、固く握りしめた拳を血に染め上げてきた場面を幾度となく目の当たりにしてきた。

 

 これ以上、残酷な運命を彼に与えたくない。

 ましてやこれ以上自分のために、彼に傷ついてほしくない。

 

 幼いながらに、少女は彼を想ってやれるだけの心があった。

 今までの辛苦な経験で、それだけの心を持つまでに成長できていた。

 

 それは当然。

 矢澤灯愛にだって、分かっている。

 

 分かっているからこそ。

 これ以上、自分のためだけに少女が余計な気遣いをしてくれることを嫌った。

 

 振り向かないまま。

 廊下へと――戦場へと続く境界線のドアノブを掴みながら、彼は言う。

 

「前にも話したが……オレの知り合いに、本気でプロのアイドルを目指している奴がいる」

 

 知り合い。

 そんな素っ気ない関係性だと説明する辺り、未だ彼は少女に自分の詳細を完全には晒していない。

 

「そいつは小さい頃からアイドルを夢見て……何だったか、『にこにー』なんて巫山戯た真似をしながら、誰よりも他人を笑顔にしようと……同時に、自分の夢を叶えようと、世界で一番、頑張っている奴だ」

 

 しかし彼は、その『知り合い』とやらを認めていた。

 少女と同じくらい、大事に想っていることも事実だった。

 

「小学校の頃、自分の名前で同級生から馬鹿にされたこともあった。中学の頃から、働きづめで家に帰れない母親の代わりに弟や妹の面倒を見ながら、それでもアイドルについての勉強は欠かさない奴だった。高校じゃスクールアイドルなんて部活を始めたものの、仲間に裏切られて挫折しそうになって……それでもアイドルへの想いは鎮火されず、再び新しく見つけた仲間達と夢へ向かって走り始めた」

 

 彼は、その少女のことを近くで見ていた。

 最も……誰よりもよく、その少女のことを知っていた。

 

 だから、言える。

 だから、ここまで評価できる。

 

「そんなあいつも、普段から美肌ケアなんてもんは欠かしていなかった。決まった時間に風呂に入り、特別な事情がない限りは決まった時間にベッドに入る。金がねえ家の癖に、そこだけは譲れないとばかりに美容パックまで定期的に購入するぐらいな」

 

 あぁ……。

 この人は、他人のことをここまで話せるような人だったんだ……。

 

 幼い少女は思わず、彼のジャケットから手を滑らせるように離した。

 

「……お前も、風呂と睡眠は大事にした方がいい。でなきゃ少なくとも、オレの知る『あいつ』には勝てない」

 

 だから、行くのだ。

 彼は少女を将来アイドルとして、その『知り合い』に勝たせるために。

 

 もしくは――。

 

「部屋からは出るな」

 

 矢澤灯愛は厳しく言い付ける。

 

 彼と少女はすでに、別世界へと隔離された。

 無限の防弾ガラスが広がるように、手を離してしまった少女は決して、再び少年の手を取ることはできない。

 

「ベッドで寝てろ。毛布にくるまって、目を閉じてろ。自然と眠りにつける。……あぁ、部屋の鍵を閉めるのは忘れるなよ。廊下で足音がしても、それはオレじゃない。決してドアを開けるな」

 

 この静寂が流れる世界から、出るな。

 外は、危険だから。

 

 守ってやるとか。

 お前を連れて逃げるなんて言わない。

 

 もう、ここで決着をつけるつもりなのだ。

 矢澤灯愛は、その覚悟はあらかじめ準備していた。

 

「おにいちゃん……」

 

 ギチギチと錆に軋むドアノブを回したと同時、背後から力ない少女の声がする。

 矢澤灯愛は息を吸った。

 

「帰って、きてね……?」

 

 言葉と同時に、冷たい空気を吐き出す。

 

「……約束する」

 

 少年は、二度と少女を手放さないと決めた。

 二度と少女を孤独にしないと心に誓った。

 

 この残酷な世界を。

 血と欲望のドブ色で染め上げられている社会を。

 

 もう絶対に、少女には見せないと。

 味わわせてはいけないと。

 

 少女の命を守れるのなら。

 また、少女の夢を叶えてやれるのなら。

 

 オレは――何だってやる。

 矢澤灯愛は、そう決心していた。

 

 やがて、その手でドアを開ける。

 

 しばらくの辛抱だと少女に告げ――。

 彼は戦渦に身を投じる。

 

 

 かつて『暴虐者』と恐れられた少年は。

 今、再び戦場に舞い戻った。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 さて、今ここで。

 一度、神様にでもなったつもりで現状の物語を俯瞰してみることにしよう。

 

 夜伽ノ美雪は単独行動で二階フロアへと駆け上がった。

 水浦竜三と柊蒼太郎はエレベーターで二四階へと昇った。

 

 彼らがこの高層ビルを訪れた理由は?

 水浦竜三と梶ヶ谷燐桐の決着――夜伽ノ美雪は親友を一人で戦わせないため、そんな彼女を守ろうと柊蒼太郎も参戦した。

 

 梶ヶ谷燐桐は指令室でビル全体の内部を監視カメラ映像でもって観察していた。

 結城雅人と氷室亞月、また來栖麗羅は騒ぎに乗じて各々の部屋から飛び出した。

 

 過去に『暴虐者』という異名を授かった最凶最悪の悪魔――矢澤灯愛も戦闘に加わるため立ち上がった。

 自分の命にかえても守り抜くと誓った少女に危害が渡る前に、この騒動に決着をつけにいくため。

 

 これらが、今回の事件の主柱だ。

 梶ヶ谷燐桐と水浦竜三の直接対決が骨格として、後の肉付けは全ておまけのようなものだが――それでも、現状の事態は激しく揺れ動いている。

 

 少なくとも、スクールアイドル関係者約二名を含んでいる時点で。

 少なくとも、全く無関係の幼い少女が戦場と隣り合わせの空間に放り出されている時点で。

 

 そして、また。

 この場においては部外者であるはずの者が二人――夜空を背景に幽寂と聳える高層ビルを見上げながら、それぞれ互いを認識しないまま己の覚悟を固めていた。

 

 

「ようやく見つけたわよ灯愛……絶対に、あんたを家に連れて帰る!」

「さぁて――血みどろに染まる狂気が激しく慟哭する、愉快なパレードの開幕です……」

 

 

 一人の少女は『正義感』と『信じる絆』を胸に。

 一人の少女はただ穢れきった『欲望』のみを眼中に。

 

 もし、真面目な話で。

 本当に神様たるものが存在するとして。

 

 この全員を同じ場所、同じ状況に放り込まざるを得ない運命を見据えながら時の歯車を回し続けていたとしたのなら――。

 

 

 きっと神様は、酷く性格が歪んでいることだろう。

 

 

 

 








 さて、次回からはとうとう戦闘編です!
 
 矢澤灯愛が十歳の少女と同棲!?
 否っ! 彼はロリコンではないっ!!

 次話もよろしくお願いします!




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