水浦勢力vz音ノ木愚音隊シリーズ
上下階とは部屋配分や形状の構造が異なり、その部屋に窓は存在せず、照明も付けない広いだけの長方形の部屋は、テレビ画面が重ねられるように多く揃えられている電子画面の画質光だけで照らされていた。
テレビを見る時は離れて部屋を明るくしましょうというお決まりのルールをまとめて無視したように、梶ヶ谷燐桐は見上げる程の高さまで積み上げられた電子画面の至近距離から、大きな鉄板テーブルに両足を乗せ、タイヤのついた椅子に腰掛けていた。
彼の背後には一人の少年と一人の少女。
結城雅人と來栖麗羅も同じく、身内の集団が激しく拳を振り上げ乱舞する、数多くの中のとある一つの電子画面に注目している。
「殺しちまったな。水浦に、あの男も」
梶ヶ谷燐桐は息リフレッシュと評判の良いミントガムをくっちゃくっちゃと音を立てて噛みながら呟く。
右手を腰に当てて呆れるような表情を浮かべた結城雅人は、今まで舌の上で転がしていた飴玉を奥歯で噛み砕いた。
「部屋の照明くらい点けたらどうだ梶ヶ谷。視力に悪影響しか出ねえよこんな環境」
「文句あるなら出てけよ」
「呼び出したのはお前だろうが」
しかし見てみれば、彼ら三人の他に部屋の中には七、八人程の構成員達が揃っている。
全員が拳銃や鉈を携え、結城雅人と來栖麗羅から背後数メートル間隔を置いた所でテレビ画面に視線をやっていた。
「結局、あの眼鏡の男は誰だった訳? あたしは始めて顔を見るけど、詳細は出たの?」
「あいつに関してはさっぱり謎だ。氷室が一度かち合ったとか言ってたが、どうも空手か何かを習得しているらしい。情報はそれだけだ。家柄や交友関係もさっぱり割り出せない」
言ってから、薄汚れが目立つホワイトパンツに薄ピンク色のシャツ、ブルーの薄いジャケットを着た結城雅人は周囲を見回した。
「んで、その氷室はどこ行ってんだ?」
「ここだ」
答えるように梶ヶ谷燐桐は、とある一つのテレビ画面を指さした。
画面の中には一八階の廊下が映っていて、その通路に大勢を引き連れながら先陣を堂々と、胸を張りながら歩く氷室亞月の姿がある。
「そういえば亞月の奴、あの眼鏡男にリベンジするとか言って張り切ってたわねぇ」
「以前のような『負け逃げ』は絶対に許さねえとか何とか言ってたな、確かに」
つまり、だ。
先程、この映像を見て氷室亞月は、自分が標的として狙っているその眼鏡男とやらの現在地は割り出せている訳だ。
だからこうして、本意か不本意かは分からないが仲間を引き連れ、上層階へと昇っている。
敵は二手に分かれた。
一つの方面にこちらの実力者は派遣されている。
「おい、矢澤」
結城雅人は指をパチンと鳴らし、まるでマナーの悪い客が高級店でウエイトレスを呼ぶような仕草を取る。
しかし部下は逆らわず、命令に従うままに一歩踏み出し、彼ら三人の元へと歩み寄った。
矢澤灯愛。
手入れがされていない天然パーマが目立つ毛先金色の黒髪は右目を覆って乞食のような見てくれだが、身なりでは本革製のレザーパンツに艶のある漆黒のライダースジャケットを着こなしている。
別名、『暴虐者』。
一見、何の光も映っていないようだが近づくだけで斬られてしまいそうな鋭利な眼光を灯す彼に、結城雅人はヘラヘラと薄ら笑いを浮かべながらテレビ画面を差す。
そこには、あの黒のパーカーを愛用する銀髪の少女が通路を走るように映っていた。
「お前の出番だ、部下を何人か貸してやる。確実に仕留めてここに連れて来い」
結城雅人は続ける。
「いくらお前と言えども警戒は怠るなよ。奴を目の前にしたら絶対に油断するな。あの化け物は、いかなる緊急時でも氷のように冷静に物事を判断し、たった一ミリのミスすら犯さないような冷酷で、また凶暴な奴だからな」
そういえば以前に、結城雅人は夜伽ノ美雪と対峙したことがある。
だから、分かってしまう。
彼女がもたらす脅威。
彼女自身の狂気というものが。
身を以て、それを体感したのだから。
しかし。
『暴虐者』は静かに言う。
「……部下は必要ではありません」
結城雅人は思わず固まる。
梶ヶ谷燐桐も、來栖麗羅も――本当に思わず、そのイレギュラーたる存在を横目に凝視してしまう。
「…………はっ、はっははははは……。おい、……おい、なぁ矢澤くんよ」
薄ら笑いではない。
もっと呆れるように、楽観主義者のお気楽思考を思わず褒めてやりたくなった批評家のようにケタケタと喉を鳴らしながら、結城雅人は矢澤灯愛の肩を抱いた。
「未だに……これまで幾度となく言ってきたがまだ分かっていないようだからなぁ、もう一度忠告してやる」
一段と、一瞬の突風が吹き荒れるように声が冷たくなる。
しかし矢澤灯愛の耳元では、決して冷えていない興奮したような熱い吐息でもって何かの感情に乗って囁かれる。
社会とも同じように、上に立つ者が目下の者に歯向かわれるほど嫌悪感を抱くものはない。
「お前も所詮、俺達の犬だ。命令を言われるがままに遂行して疑問を抱かないアンドロイドとは違って臓物や器官は存在するが、それでもお前は、てめえらは、有機物の機械人間だ。愚音隊の下等構成員なんざ俺達上層部が存在してねえと碌に生活する環境も揃えられねえ。まだお前は、お前だけは、そのありがたみってやつを理解していない」
ドンッ、と弾いて突き放すように、矢澤灯愛の身体を手の平で突き飛ばす。
後方に蹌踉めきながら、彼も彼で結城雅人から視線を外さなかった。
梶ヶ谷燐桐も、來栖麗羅も何も言わない。
この二人でさえ、メンバーの中でイレギュラーと囁かれる矢澤灯愛について、詳細なんてものは今ひとつ分かっていない――だから、信用するに足らない。
「もう一度言うぞ。嶺岸と若山を連れ、お前がリーダーとなって――夜伽ノ美雪を、潰しに行け」
結城雅人だって、矢澤灯愛の実力は買っている。
二人が激突すれば、それこそ最後にどちらが立っているのか――その判断を迫られればきっと曖昧な答えになるだろう。
他の二人は保険だ、分かっている。
結城雅人は、一〇〇%の条件を揃えたい人間なのだから。
「…………、」
矢澤灯愛は尻目に視線をチラと送り、嶺岸と若山という構成員に合図する。
腰鉈を携えた二人も動きだし、やがて三人は長方形に広いだけのその指令室のドアを開け、廊下へと出て行った。
「……クソが、やっぱりどうも気に入らねえ」
結城雅人は毒突く。
しかし今までの展開の流れをいっさい無視するように、來栖麗羅は身を翻して片手を上げた。
「それじゃ、あたしはあいつらが万が一に取り溢した魚を捕らえる役になろうかしらねぇ」
胸元とヘソ周りを大胆に見せつける小悪魔的な服装――肌白い、妖美な身体をよく映している真紅のトップスと紫色のミニスカートに、背景を陰湿なものとする真っ黒な裾の長いコート。
その衣装はかつて、彼女が水浦竜三と激突したあの日とまったく同じものであった。
「麗羅」
「ん? なぁに燐くん?」
彼女がドアノブに手をかけた時、梶ヶ谷燐桐が呼び止める。
「気を付けろよ」
「……あら」
「今までにいないタイプの奴らだ。当然、科学兵器の存在だってあいつらは知っている。凶暴な――」
「平気よぉ」
來栖麗羅は遮った。
パチンと可愛らしくウインクをして、喧嘩向きとは思えない細長い指をした手でノブを回しては木材のドアを開ける。
「燐くんにそうやって心配してもらえるだけで、あたしは世界で一番強力なお守りを身に付けられたも同然なんだから♪」
宗教者からの神のお告げや。
行く末を占うお神籤も必要ではない。
ただ、愛しの彼の言葉があれば、それだけで――。
上機嫌に。
戦場に赴くとは思えない軽い表情を浮かべて。
來栖麗羅は通路に出て、扉を閉めた。
すると直後に、結城雅人がふぅ……、と溜息混じりに口元に笑みを浮かべる。
「心配なら意地でも来させなきゃ良かったものを」
「心配している訳じゃねえ」
今日も相変わらず金髪をオールバックに固め、あまりお洒落になんて興味もないようなノームコアでバランスの良い服装をした梶ヶ谷燐桐は床にガムを吐き捨てる。
結城雅人は、今度こそ分かり易く笑った。
「強がっちゃって」
「……殺すぞ」
「けっ……」
その時だ。
彼らに背を向けられて並び立つ構成員達の一人が「あっ」と何かに気づいたように声を上げた。
「梶ヶ谷さん!」
「なんだ」
「三階フロアの画面、下から三番目を見てください!」
そう言われ、梶ヶ谷燐桐と結城雅人は指名されたテレビ画面に視線を映す。
途端、結城雅人は片眉を上げた。
「あぁ……? どっから迷い込んで来たこのガキ」
そこには、通路の壁際を沿うように歩き、体勢を低くしながら周囲を警戒する素振りを見せている、『中学生くらいのツインテールの少女』がいた。
音ノ木愚音隊の構成員に、女は唯一、來栖麗羅しかいない。
水浦勢力の一味にツインテールの女が加担しているなどという情報も聞いたことがない。
「梶ヶ谷さん! 一一階の上から四番目のテレビにも女が!」
別の構成員がそう叫ぶ。
見上げてみると、エレベーターか階段からやって来たであろう、随分と髪の長い女が一人、異様な身なりで通路に姿を見せた。
「……あれ、刀か?」
ビル内の監視カメラは最先端科学技術を取り入れた高性能機器ではなく、まるで一世代前の不良品ばかりを数だけ集めたものだ。
画像が粗雑で服装までは詳しく見えないが、髪の長い一人の少女の右腰には、昔の侍が使っていたような刀の鞘が二本、差されてある。
「誰だ……」
梶ヶ谷燐桐は画面を見つめながら呟く。
眼鏡男に続いてまた二人の侵入者――イレギュラーとされる存在が出現している。
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さて、ここは何階だったか。
このマンションを住居として利用している者ならば、もう壁の落書きや床の剥がれかたを見るだけで階数を把握できるなんて話もあるが、矢澤灯愛はあまり周囲を見ない。
興味がないと言った方が適切なのかもしれないが、嶺岸と若山を引き連れた矢澤灯愛は折り返し階段を降りている訳なので、階数もどんどんと下がっていく。
「なあ矢澤、夜伽ノ美雪ってやつを見つけたらどうすんだ? 即、殺すか?」
「まあ俺達銃器は持たされていねえからよ、接近戦はやむを得ないだろうがな」
背後で緊張感もまるでないような声で会話する二人の声を耳にして、矢澤灯愛は立ち止まった。
折り返し階段の、ちょうど踊り場の場所だ。
「おい、どうした矢澤」
「見つけたか?」
二人も踊り場に降りる。
その時に、矢澤灯愛がふと振り向いた。
思わず、その顔を見て二人の男は息を呑んだ。
隠された右目はともかく、彼の左目から放たれる異様な妖気には愚音隊構成員じゃ皆が皆、慣れないだとか苦手だとか囁いていた。
「……銃ならある」
ボソリと。
まるで周囲に敵がいるかのようで、その敵に存在を知らさないように潜められた声で、彼は呟く。
二人は戸惑った。
そうか、なら遠距離の武器はあるのか。
それは分かったが、なぜ足を止めた?
考えている間に、展開は大きく変わった。
どこに隠し持っていたのか、急に背後へと回した矢澤灯愛の右手にはハンドガンが握られていて、腕が上げられたと思えばその銃口は嶺岸の眉間に向けられる。
……余談かもしれないが、このビルには無数の監視カメラが設置されている。
夜伽ノ美雪や水浦竜三と言えども、そのセキュリティの目をかいくぐって秘密裏に行動するのは不可能だ。
しかし唯一、カメラの目が行き届いていない場所が存在する。
それが、ロビー階から二五階にまで続く、この折り返し階段。
その情報を把握していた矢澤灯愛は、だからこそ、場所をここに選んだ。
「だから、部下は必要ないと言ったんだ」
その『暴虐者』は、引き金にかけた人指し指に力を込める。
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その集団は五人の愚音隊構成員。
バラバラで行動していたものの、通路でばったり合流した彼らはそのままの形態でもって侵入者の捜索を再開していた。
「廉也達が血塗れで死んでた……二一階の南側奥通路でなぁ。奪われた銃で射殺されたらしい」
「くそ、役立たず共が……っっ」
腰鉈を片手に後方を走る構成員二人が言うと、先頭を切っていた男が足を止めないまま後方の仲間達に叫ぶ。
「もう生け捕り命はなしだ! 奴らを見つけ次第、遠距離から銃ぶっ放して問答無用にぶっ殺す! 背後から狙ったって構いやしねえ! 壁に留まっている蝿や蚊に不意打ちと言わんばかりに殺虫剤を撒いてやるようになっ!!」
殺す気だ。
殺人を楽しむ気だ、こいつらは。
彼らは、自分達にも理由は分からないが殺人や強盗、放火といったありとあらゆる犯罪への免罪符が渡されている。
そんな美味しい機会、見逃す訳がないだろう。
何しろ、あの因縁の水浦竜三を殺せるのなら両手を上げて喜びながら笑顔でぶっ殺してやる。
殺す。
殺す。
殺すっ!
彼らの頭にはそれしかない。
禁断症状を引き起こして必死にクスリを探し求める薬厨患者のように、殺人中毒をきたす彼らは誰よりも早く標的を見つけ、自分達の手で獲物を殺し、その快感を味わおうと躍起になっている。
このマンションなら。
政府の手も目も行き渡らない、この血とカビに塗れたボロマンションの中でなら。
自分達は自由だ。
自分達こそ神なのだ。
侵入者達は、神に逆らおうと無謀に目論んでいる。
「思い知らせてやれ! 俺達がこの世界の主人公だということをなあ!!」
「神の領域に踏み込んだ奴らには血祭り以上の惨劇を味わわせてやるぜえっっ!!」
「俺が殺す! 絶対に水浦はこの俺様がぶっ殺してやるっ!!」
それと同時。
左折の廊下から、人影が現れた。
男達は一斉に急ブレーキをかけ、フルオートライフルの銃身を両手に構える。
咄嗟の行動に、全員が装備品の腰鉈を床に落とし、カランカランと音が鳴った。
「…………は?」
出てきたのは、一人の少女。
愚音隊の構成員でもなく、また水浦勢力に属しているなど情報も回っていない、見たこともない顔の少女だ。
それは、まるでRPGゲームに登場するキャラクターが纏うような衣装。
両肩を晒け出すスタイルで、尻下までの裾がある紺色の艶が纏われた、長袖の薄いコート。
中には真っ白の、身体のラインを浮き立たせるように張り付く肩口のないピチピチのトップスを着ていて、下半身は本革製で丈の短すぎるホットパンツを穿いているが、太股の真ん中まである高身長の茶色いブーツを履いているので、露出は少ない。
しかし、そんな太股の付け根が見えてしまいそうな程の短さを誇るホットパンツなど、基本的にその彼女は日頃から目もくれない。
もしそんな服装を友人に勧められようものなら、きっとその少女は顔を真っ赤にしてこう言うだろう。
『絶対に嫌です破廉恥です! 恥ずかしすぎますっ!』
その右腰には、コートの裾端から覗く二本の柄。
二本の侍をイメージさせるが、常識的に侍というのは上段に長剣、下段に小太刀を携えるものだ。
しかしその少女。
どちらとも、同じ長さの長刀。
一本は、柄に見事な芸術性を見せる紫色の柄糸が巻かれた――鞘に収められるそれは恐らく本物の刀剣だろう。
しかしもう一本は、本数が足りなくて間抜けな侍が急遽用意したのかと思えるような、何の変哲もない裸の木刀。
思わず、五人全員が銃口を下げた。
そして、大いに笑う。
「おいおい、どっから迷い込んできたんだよこの子猫ちゃんは!」
「見ろよ、腰に玩具巻き付けてるぜ?」
「とんだ『イレギュラー』だぜ! 普段なら暖かく歓迎してやれるが日が悪かったなあっ!!」
ゲラゲラゲラゲラと。
腹を抱えて男達は爆笑する。
ステージ上で緊張に固まるお笑い芸人を無様だ滑稽だと馬鹿にするように。
しかし、その青みがかった長い髪を持つ少女。
彼女だけは一人、沈黙を続けていた。
ピクリともしない。
細められた明るい橙色の瞳は真っ直ぐに、馬鹿笑いを続ける男達に向けられていた。
それと同時に、少女は解析していた。
彼らが、自分の敵であるかどうかを。
(あぁ……ちょっと、面倒臭いですね)
しかし、停止させる。
思考は本能に凌駕された。
少女が考える頭脳を放棄した時――、
「――――――アハッ☆」
悪魔は嗤う。
次話、あの二人がとうとう対面する――?