笑顔を咲かせた少女は紛れもなく…   作:西部荒野に彷徨う海賊

133 / 138



 このままだと完全にオリジナル作品になりそうなので(汗)、少しお話を変更して短めの内容にしていました――はい、更新が遅れたらだの言い訳ですね(泣)

 それではお久しぶりですが、今回もよろしくお願いします!





116話 対面

 

 

 

 

 

 いったい誰が書いた小説なのか。

 それは何によって描かれた物語なのか。

 

 

 神の、どのようなご意思で定められた運命なのか。

 

 

 例えばある世界では、秋葉原、神田と神保町に挟まれた地域にある音ノ木坂学院に、夜伽ノ美雪という少女の生徒記録は存在しなかったのかもしれない。

 その世界の音ノ木坂学院では同じように統廃合の対象とされていたのだろうが、変わらずきっと九人の歌姫達が何かしらの事情で集い、スクールアイドルを結成し、その活躍でもって学院を救済する物語があったのだろう。

 

 もしかしたら、彼女達が叶えた物語は学院存続だけに留まらないのではないか。

 学校のアイドルとしての本筋を見極め、団結力を確かなものと開花させた九人の歌姫達はスクールアイドルの祭典――『ラブライブ!』の出場を決めていたかもしれない。

 

 その世界の――その小説の物語で彼女達は一致団結し、自分達が破ってきたライバル校のスクールアイドル達の思いすら心に灯し、全国大会のステージに上がったのだろう――。

 

 そんな世界が、あったのかもしれない。

 

「お客さん、いっぱいいるんだよね。ことりの作った衣装、大丈夫だよね……」

「楽しみですよね。もうすっかり癖になってしまいました。大勢のお客さんの前で歌を歌うのが」

 

 不安半分、楽しみ半分の気持ちで。

 

「大丈夫かな……か、可愛いかな……」

「大丈夫だよかよちん! すっごく可愛いよ!」

 

 親友を、仲間を励ましながら。

 

「今日のうちは遠慮せずに前に出るから、覚悟しといてね!」

「なら、私もセンターのつもりで目立ちまくるわよ? 最後のステージなんだから」

 

 スクールアイドルとして最終ステージを目前に意気込みながら。

 

「三年生だからって、ボヤボヤしていると置いていくわよ。宇宙ナンバーワンアイドルさん?」

「ふふん、面白いこと言ってくれるじゃない。私を本気にさせたらどうなるか……覚悟しなさいよ!」

 

 挑発し合うように笑い合い、互いの志気を高めながら。

 

「みんな、全部ぶつけよう! 今までの気持ちと、思いと、ありがとうを、全部乗せて歌おう!」

 

 全ての努力と想いをその瞬間に重ねて――。

 

 

 そんな物語が、叶えられていたのかもしれない。

 

 

「もうみんな、感じていることも、考えていることも同じ……そうでしょ?」

 

 仲間同士の絆。

 今までの思い出。

 

 大丈夫。

 できる。

 この『九人』でなら物語を完成させられる!!

 

 

「μ'sラストライブ! 全力で飛ばしていこう!」

 

 

 九人の歌姫達が円陣を組み、ラストライブに全力の魂をぶつけにいく――そんな堂々たる最後が飾られる小説が書かれていたのかもしれない。

 

 

 

『μ's! ミュージック――スタートっ!!』

 

 

 

 誰かがそんな小説を書いたのかもしれない。

 そんな世界があったのかもしれない。

 運命がそのように誘ってくれていたのかもしれない。

 

 音ノ木坂学院で誕生したμ'sの九人と。

 独りぼっちの少女、夜伽ノ美雪。

 

「おい美雪、見てみろよ。あれ、なんだ? すげぇきらきら光ってるステージで人が踊ってるみたいだけどよ」

「水浦くん……、相変わらず君は世間の流行にとことん興味のない男だね。まさに今あるじゃないか、日本人なら誰もが注目している『スクールアイドル』なんていう存在がさ」

 

 その世界は存在していたのかもしれない。

 イレギュラーの存在が規格外でなくなっている物語で、少女がたった一人、彼女達の輪から外れているお伽噺が。

 

 

「アイドル、ねェ……。はッ、くだらねェ」

 

 

 そう鼻で笑い、一瞥もせずに彼女達のステージを素通りする夜伽ノ美雪がいたかもしれない。

 その世界で夜伽ノ美雪はμ'sと何の関連性も持てず、ただ混沌とした闇と焼け野原の戦場を悪鬼羅刹の如く跳梁跋扈し、血塗れに倒れた下等の敵を嘲弄するだけの愚者となっていただろう。

 

 

 そんな世界があった。

 そんな物語がどこかに隠されていた。

 

 

 だが『この世界』では――。

 夜伽ノ美雪は音ノ木坂学院に入学し、そこの生徒として二年以上も生活して、今ではμ'sの一員とされている。

 

 暖かい居場所に和まされて。

 眩しい笑顔を向けられて。

 優しい声をかけられて。

 

 その『イレギュラー』はμ'sに馴染めたのかもしれない。

 その『規格外』は自分の現状に満足しているのかもしれない。

 

 

 大違いだ。

『あの世界』と『この世界』では。

 

 

 μ'sの九人は以前変わらずだが。

 少なくとも夜伽ノ美雪という一人の少女にとっては天国と地獄のようなものだ。

 

 運命の路線は変えられた。

 

 小説の物語は書き換えられ、世界はμ'sと夜伽ノ美雪を中心として改変された。

 

 事実が上書きされている。

 

 しかし、だからと言って――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギャッッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッ!! おいどうしたクソッたれ共ォ!! 俺を殺すンじゃなかッたのか!? 血祭りにあげて骨も肉もバラバラに砕いて引き裂いてェ!! クスリをやッた後のような達成感と快感に身を躍らせるのが目的だッたンじゃねェのかァ!? 法の裁きからも親の命令からも束縛されずにィ! ありとあらゆる犯罪行為への免罪符を手にしているテメェらがァ! 女一人もヤれねェでどンな存在価値や人生の楽しみッてもンを見出して! 『この世界』に生まれてきて良かッただなンて感じていられンだァ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生まれつきとして持っている人間の性は、絶対に変えられない。

 

 それは鉄則だ。

 どの世界においてもそうなのだ。

 

 先程の例にあげたように、例えμ'sと夜伽ノ美雪の間に何の交流もなかろうと。

 

 友人に迷惑をかけたくない、悲しい重荷を抱えさせたくないと優柔不断だった南ことりも。

 一度深い溝に囚われると一人では逃げ出せない高坂穂乃果も。

 根本から深く穢れきった欲望に心を蝕まれている園田海未も。

 自分の女の子らしさに自信を持てなかった星空凛も。

 妹や弟たちを執拗に思うがあまりに必要以上の苦労を強いられる矢澤にこも。

 消極的な自分の中に可能性を見出せなかった小泉花陽も。

 一人きりの我が家に帰るとメンバーの顔を思い出し、悲しみと孤独感を感じてしまう東條希も。

 自分の思った通りの意見を言えず、なかなか素直な表情と言葉を出せないままの西木野真姫も。

 自分の力不足に怒りを覚えながら、自分よりもお気楽で浅はかな考えに浸り続ける存在を敵対視する絢瀬絵里も。

 

 己の過去さえも分からず、確かに心の中に蔓延る汚濁しきった自分の本性を無意識下に押し殺し続けている夜伽ノ美雪だって。

 

 結局。

 どこの世界でも。

 

 物語は変わろうと。

 人間は、変わらない。

 

 ならば――。

 

 物語が改変される起因は、どこにある――?

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

《七階フロア》

 

 少し危なかった……。

 昂ぶる興奮とわずかな緊張に体温も上昇し、うるさいまでに重苦しく鼓動する心臓の動きを確かに感じながら、ぱっくりと裂かれた右目下の切り傷からの出血を手の甲で拭う。

 

「へェ……上層部から全く信頼の寄せられてねェ下等構成員だと見下していたが、やッぱ集団ともなればかすり傷くらいは付けられンのかァ」

 

 七階フロアの南側に位置する奥通路。

 距離的に数十メートルはありそうなそこの中央位置に立ち塞がる俺の足下には呻き声を上げて転がる痛々しい姿の愚音隊構成員達。

 

 だが、まだだ。

 すぐ右折の通路へ走ればこの場から逃れられるが、現在、俺の前後を挟むように群がる計六人を相手に鬼ごっこをするつもりも毛頭ない。

 

「くっそがあああああああああああああ!!」

 

 黒髪の短く切り揃えた一人の構成員が腰のホルダーから拳銃を抜く。

 輸入品だろうか、アメリカの警官が普段から携帯しているようなハンドガンだ。

 

 素早く俺も反応する。

 パーカーの裾の内側に両手を潜らせ、柄の感触を握りしめる。

 

 拳銃の銃口が向けられた途端、轟く銃声があった。

 同時に、耳の鼓膜を劈くような激しい高音が鳴り響く。

 

「なっ……ぁ、ああ…………は、ぁ……?」

 

 そうだろう。

 そんな反応になるだろう。

 万事休すかと思われた俺の窮地に誰もが終わったと感じた――未だに平然と佇む俺に、引き金を引いた男だけでなく他の構成員達も目を剥いて驚愕に口をぽっかり開けている。

 

 そうだ。

 奴らは知らない。

 その存在を、知らされていない。

 

 振り上げた右手の中にある逆手の『ククリナイフ』を下げて、口を開いた。

 

「次世代型メンタルウェポン――道具の内部に搭載された『UAI』に『観測者からの見解』からの指令が飛ばされ、情報受信したその道具は自動操縦のように、持ち手にとって適切な動作を行ッてくれる」

 

 それは、柊蒼太郎から預けられた次世代型メンタルウェポン。

 極端なくの字に折れ曲がる銀の刃は額の直前で銃弾を切り裂き、しかし短い刀身には傷一つさえ付いていない。

 

「どうせ説明した所で何も分からねェンだろうがな。一つだけアドバイスしてやれるとしたら、このククリナイフはすでに『学習済み』だ。お前らが銃器の使用ッつゥ手段を用いてくることは予測済みだッた訳だからなァ、事前に予習勉強をさせておいた。人工知能は自動学習によッて機能を進化させるだろ」

 

 両手に構えた逆手のククリナイフ。

 一度は話に聞いただけの脅威に身を震わせたが、実際に手にしてみると料理用の包丁を扱っているように緊張感はまるでない――ただ『観測者の見解』から受信される動作に、腕が勝手に動かされるようなマリオネットの感覚には慣れていない。

 

「どの方面、どンな速度で発射されたどのような硬度の弾丸に対し、どの角度、どれだけの力加減で腕を振るえば弾を弾くことができ、また切断できるのかを……それをこのナイフは熟知している。その日の天候や風向き、風力なンかは最新型気象衛星からデータを取り寄せている。『UAI』と『観測者の見解』の動作性関係は上司から送られたメールの指示に従う部下と異なる箇所はないが、それが全世界規模で一斉に、光速や音速の単位を遥かに凌駕した速度で送受信されている。お前らの前じゃもう実証済みだろ? 銃の引き金を引いた瞬間に『UAI』から現状報告がなされ、弾丸が軌道線を走る段間ではすでに『観測者の見解』から解決策が届けられている」

 

 無茶苦茶な話だと思うだろう。

 俺だってそう感じた、どんなSF設定がなされた創作世界の話だと――だが、それが実際に目の前で現実にありえている。

 

「う、撃てえ!! 全員で撃ちまくれ!!」

 

 後方からの合図と共に、前後それぞれ三人ずつの敵が一斉に銃を構えた。

 ハンドガンの奴もいればフルオートライフルを両手に構える奴もいる。

 

 直後。

 閃光や不協和音と共に、弾丸の雨が降り注がれる。

 

「――ッ」

 

 包囲された中で無防備に立ち尽くしながら銃弾を浴びるというのに恐怖感はあった。

 例え全弾が命中せずに的外れな場所へと乱反射しようと、その銃声を近距離で聞くだけで、または銃口が自分の額へと向けられるだけでトラウマを植えつけられる結果になることもある。

 

「なっ!? ま、待てぇ!! 撃つな! お前ら撃つなあっっ!?」

「おい冗談だろ……世の中はまだ映画に出て来るような超科学時代じゃねえだろ!?」

 

 焦るように怒鳴り散らす構成員の姿が薄い黄金色のホログラムシート越しに眺められる。

 前後にぶち当たる無数の破裂音や反射音が、開いた左右の隙間から入り込んで俺の耳を激しく刺激した。

 

 銃声が鳴り止む。

 男達は全員、何が起こっているのか分からないと混乱するように顔を青ざめながら狼狽えるように声を出す。

 

「これも、次世代型メンタルウェポンの一種だ」

 

 しかしこいつは俺が以前にくすねてきたもの。

 これを俺が所持していることは、きっと柊も竜三も知らないだろう。

 

「『電子結界』ッつゥ名前らしいがなァ。俺の靴裏に貼り付けられてあるバーコードシールから量子型網目防御壁の自動展開が床を伝い、持ち手の一定距離で展開されることになッているようだ。その壁は外壁に衝突する全ての情報――つまり五感に訴えかけてくる何かしらの衝撃や、物理手段の銃弾なンてものを一斉にして弾き返す、また無力化する効力がある。この絶対的な壁が展開されている限り、お前らの銃弾は俺には届かない」

 

 空の薬莢とは別に、熱を失ってグシャッと潰れた弾丸が床に撒き散らされている。

 全て、『電子結界』の防御壁に弾丸としての効力を無効化されて虚しく落下したものだ。

 

「まァ今は見ての通り安全圏を確保してある左右の壁が貫通してるンでお互いの声は聞こえるが、これが完全密閉型に展開されれば声はおろか、肌を触る風の感触も感じなくなるしメールや電話ッつゥ通信手段も妨害される」

 

 現実離れの話に付いていけず、呆然とする男達に構わず俺は勢い良く床を蹴った。

 靴裏が通路の床から離れた途端に結界は解かれ、両手ナイフを腰の鞘に収めながら俺は前方の敵へと突進する。

 潰れて転がる無数の弾丸に滑らないよう、倒れる数人の男達を飛び越えて――。

 

「あ……」

「お前らだッて人の命を葬ることができるような玩具を振り回してンだ。これぐらいのハンデくらいは許されるよなァ、スペックの差には目を瞑ッてくれると助かる訳だが」

 

 先頭に立つ男は咄嗟に拳銃を構えようとするが、黒い銃身を上から被せるように左手で掴み取り、意表を突かれたと動けない男の顔面に右の拳を叩き込む。

 直後に背後の二人はフルオートライフルを斜め左右から構えてきた――その銃口の下腹部をそれぞれ片手に掴み、奴らの腕と一緒に強引に天井へ向けた。

 

 放たれた銃弾は天井を砕き、鋭利な破片が落ちてくる。

 それに怯んだ男達が銃撃を停止させたのを見計らい、細い銃口から子供が誤飲してしまいそうなビー玉サイズの改造版火薬を中に転がした。

 

「くっそが!!」

 

 一歩距離を置いた俺に片方が再び銃口を向け、引き金を引く。

 直後、暴発をさらに酷くしたようにフルオートライフルの全身が赤く爆発し、その危険な熱気や破片が男の顔に被弾する。

 

「竜三のお手製だ。どういう構造になッているかは分からンが、どうも銃の内部を瞬時の間に超冷却させるものがあるらしいな」

 

 説明口調に話してやったと同時、隣の男はフルオートライフルを捨ててバタフライナイフを取り出して俺の腹へと突き出してくる。

 

 身体を反っては躱して腕を掴み、膝を腹に深くめり込ませてからその左腕を背中へのあらん角度にひん曲げる。

 

 直後、後方にいた三人がフルオートライフルを構えて発砲してきた。

 野郎、やはり仲間が巻き添えで死のうがどうしようが一切構わないつもりだ。

 

 しかし俺の右脚のブーツの底は床についている。

 弾道が俺と男の音に届く前に、鉄壁以上の防御壁が一枚展開され、無数の銃弾が弾き返される。

 

「基本的に『電子結界』は床や地面から薄く伸びるように展開される。だから壁の設計に必要な情報も床や地面、もしくは横の壁から伝達しなけりゃいけない。地に足をついていなきゃいけないッてのが唯一の条件だが、それさえ達せられれば理不尽の速度で『UAI』が攻撃手段のなされた方角に一瞬を凌駕するスピードで壁を建築してくれる」

 

 数秒ともすると、やがて相手は弾切れになった。

 不愉快極まる骨が悲鳴を上げる音と同時に男から手を離し、急いで弾倉を取り替えようと作業にかかる構成員三人を見据え、拾い上げたハンドガンを躊躇なく連続して発砲する。

 どこかで練習した訳ではない。

 拳銃を握る機会を与えられていた訳でもない。

 

 しかし俺の撃った弾丸は三人の男達の膝元や足首などの下半身に命中する。

 底知れない鉛玉の痛覚に呻きながら、三人は出血箇所を押さえ込むようにして床に倒れ込んだ。

 

 さて、これで全員を鎮圧――。

 

「くっそ野郎があああああああああああっっ!!」

 

 直後、後方から重苦しい重圧がかけられたかと思ったら、羽交い締めとは違って腕を首元に通された。

 

「ぐッ――」

 

 くそが、一発顔面を殴っただけじゃ足りなかったか。

 呼吸の器官を締め付けられ、息を吸うことも吐くこともできなく顔を歪ませる。

 

 膝から崩れて床に倒れるも、男はがっちりと両手でホールドしているのか、俺の首元に入った腕は放さない。

 お互いに苦しく短い声を荒げながら床を二転、三転と転がるも状況は変わらない。

 

 まずい……いくら次世代型メンタルウェポンを装備していようと人間としての機能を俺自身が果たしてくれなきゃ何もかもが駄目だ。

 血液が溜まると同時に酸素の供給ができなくなり、顔が熱くなるのが分かる。

 

「……ッ! …か、………ッ」

 

 だが俺を落とそうと躍起になるあまり、こいつは現状が見えていない。

 首を絞められながら、俺がつい今さっき、お仲間を拳銃で撃ち落としたのを見逃しているのか。

 

 ズドンッ! と――人指し指に力を込めた途端、鈍重な音が真下で響いた。

 同時に俺を絞殺しようとしていた腕は緩み、背後の男の身体は俺の背中にもたれながら床に倒れる。

 

「がッ――はァ!! はッ、はァ……」

 

 器官を確保して空気を吸い込む。

 体内の酸素を行き渡らせるのを急かすように、何度も何度も短い呼吸を繰り返した。

 

 荒く息を吐き、尻餅をつきながら振り向くと、そこにはうつ伏せで倒れ込む男の身体。

 真っ赤な血がそこから噴き出すように、血溜まりは床を冒していくように広がっていった。

 

 

 まずい……。

 

 

 そう感じた俺の行動は早かった。

 

「っ……ぐ、…………く、ぅう……」

 

 息がある。

 まだ生きている。

 

 拳銃を捨ててその後方――先程に暴発で倒れた男のシャツを引き千切るかのように脱がすと、その布を分厚く折り畳んでから、うつ伏せに倒れる男をまず仰向けに転がす。

 

「おい…………」

 

 さっき俺が発砲して脚を撃たれた男達は以前として苦悶の表情で床をのたうち回っている――だが軽傷だろう、死ぬことはない。

 だがこの男は腹――脾臓の部分を撃たれている。

 

 首を締められながら、しかも逆手に持ったピストルは狙いを定められる状況じゃなかった。

 脾臓なんて正直なくても人間は生きていられるが、しかし損傷が深いまま一時間も放置していると出血多量で死亡する恐れがある。

 

「おい頼むよ……しッかりしろ」

 

 洗顔なんて一度もしていないんじゃないかと思うような真っ黒に汚れた頬をペチペチと叩きながら、俺は男の腹部――出血箇所にそれを押し当てた。

 脾臓だから確かに出血は少ないかもしれないが時間経過と共に分からなくなる――そうして覆い被しておくだけでも大分変わるだろう。

 

 俺自身、どこで覚えた知識なのか……いや、そもそもそれは正確なのかどうかも分からない知恵を働かせて処置を行う。

 男の両腕を動かし、出血箇所を塞ぐ分厚いシャツを押さえてやるように重ね置いた。

 

「押さえてろ、動かすなよ」

 

 俺は立ち上がり、男に背を向けて走り出した。

 もうこの通路の調査は終えた、敵も片付け終えた。

 

「………」

 

 ……なぜ、そうしたのかは分からない。

 ただ死なれたら困る――なぜか、直感とはまた違うどこかの司令部が、俺の全身にそう告げていたような気がした。

 

 どうせ今日のこの一件は、明日にでもなるそれより前に暴力団組織によって闇に葬られる。

 そこで死亡した奴は、元からその場所には存在していませんでしたよというデータに書き換えられる。

 

 なら、殺してしまっても良かった。

 正当防衛ですと言い張っても良かった。

 

 なぜ――。

 

「なぜ、助けた……」

 

 数秒前の自分の行動が。

 自分にも全く理解できない。

 

 現状では音ノ木愚音隊構成員以外にも――つまり俺や竜三達にだって、殺人の免罪符は配布されているようなものだ。

 

 なのに、分かっていながら――。

 

 敵と戦っているよりも。

 銃弾の雨を目の前にしているよりも。

 

 よっぽど緊張して手に汗握ったのは、どうしてか。

 

 見ると、出血の腹部に触れたのか右手があの男の血で真っ赤に染められている。

 腹の底の深い部分で、流動から何かの液体がドプンと逆流するのを感じた。

 

「チッ……、」

 

 左折の廊下を曲がり、吹き抜けの通路に繋がる扉へと向かっていたその時。

 

 

 ピンッ、と。

 そう耳にした時は遅――

 

 

「しまッ、罠……」

 

 途端、一切の自由は五感から切り離された。

 目に見えた景色は熱いオレンジ色と濃厚な赤色や眩しい黄金が混合した極彩色で、俺の長い銀髪を酷く暴れさせる暴風は床から足が離れる程だった。

 

「ッ――!?」

 

 爆発。

 コンクリートの壁が大破する轟音にそう納得したと同時、受け身も何も取れていない身体に強い衝撃がぶつけられた。

 

 いや、俺の方からぶつかりにいったのだろう。

 爆発の暴風に吹っ飛ばされた俺の身体は扉を突き破り、そのままある一室の部屋に放り投げ出された。

 

 噴煙が舞う。

 全身が激痛に苛まれる。

 自分の身体が床に転がっているのを自覚して顔を上げると、突き破られたはずの扉の場所には安全区域と火災場所を隔離するように、防火シェルター代わりと言わんばかりの『電子結界』が張られていた。

 

 ……いや、俺のメンタルウェポンではない。

 そもそも今だって上半身は起こしているものの脚は横たわっているせいで、靴裏が床につけられていない。

 

「まさか……ッ」

 

 勘付いた時、またしても俺は一歩遅かった。

 振り向きざまに与えられた顔面への衝撃は、横殴りに鋭くかませられた鈍器のような蹴りだと分かりながら吹っ飛ばされる。

 

「が……ッ!?」

 

 またも二転、三転と――首に異常な痛覚を覚え、身体を転がしながらも勢いに乗ったまま両脚を踏ん張るようにして立ち上がる。

 すぐに顔を上げると、明かりも点けられない薄暗い部屋――埃臭い空間に舞う爆発の粉塵の中に人影があった。

 

「クソがッ……、一難去ッてまた一難か」

 

 今度こそ体勢を立て直す。

 通路の壁と壁に人体熱察知機器の爆発物を仕掛けておく戦術から見て、どうも単純に武器を振り回すだけの単細胞生物共とは訳が違うようだ。

 

「――よぉ、夜伽ノ美雪」

 

 その声は陰湿の影にある深い闇を想像させるように不気味なほど低く木霊した。

 部屋はビル内の内部位置――つまり外気を取り入れるための窓が存在せず、月明かりも差し込まない部屋。

 

 噴煙が薄く散っていく。

 ようやく、相手の顔が見えた。

 

 ……いや、見覚えがあると思ったのは気のせいか。

 酷く汚れた天然パーマは右目を覆い隠し、赤い瞳の鋭利な眼光は森の獣を連想させる。

 

「『電子結界』を展開させられているッてことは、次世代型メンタルウェポンの存在を知ッているッて訳だ。つまり愚音隊の上層部か」

「……いいや」

 

 俺の言葉に男は否定する。

 首を振る訳でもないが、ただ酸素が足りずに重苦しい空気の中、一苦労を強いられるかのような疲労感を混じえた鈍い声だ。

 

「俺はどうやら上層部に信頼されていないみたいでな……。かといって部下にいる下等共とも仲良くしている訳じゃない。愚音隊の中じゃイレギュラーなんて呼ばれている」

 

 へぇ、仲間はずれって訳か――そいつは可愛そうだな、なんて。

 そんな軽口を叩いてやろうかと思った矢先だった。

 

 

 

「μ'sのイレギュラーであるお前と、同類みたいなもんだ」

 

 

 

 

 




  


 奴が動いた。
 さて、夜伽ノ美雪はどう出るか――。


 それでは次話もよろしくお願いします。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。