何か題名が、初めてのおつかいみたいになっちゃってる……。
なんか最近、主人公が周りに流されやすくなってるような気がするんですよね……
シャワーから上がり、バスタオルを『腰』に巻いた状態のまま階段を上がり、自室のベッドに用意した衣服に着替える。
朝練習の時に着ていたものとは別物の……だが同じサイズで同じ柄の入った服。
金色の刺繍が幾何学模様を描いたような黒い長袖シャツに、灰色のジーパン。異種類の生地が交差したような黒いパーカーを羽織る。
基本的に、俺は同じ種類の服を何着かクローゼットの中にしまってある。いちいち「今日はどの服にしようかな」なんて迷っている事が無駄な行為だと思っているからだ。
パーカーはそんなに数は必要ないので二着しか持っていない。
そういえば、前に俺の衣服がしまってあるクローゼットを開けた親父が両膝を付いて何かを嘆いていた記憶があるが、まぁどうでもいいだろう。
その親父は、もうすでに仕事へ向かったらしい。
「……そういや、親父ッて今日、先発投手だッたッけかァ?」
絶対にテレビで見ろよと、メールで送られてきていたような気もするが……。
そう思い、ふと俺がベッドの上に置かれたスマホに視線を落とすと、誰かからのラインのメッセージが入っている。
「東條……?」
見ると、それは個人チャットで送られている東條からのメッセージ。
『ちゃんと下着は着けて行きな~。今朝触らせてもらった時、あれは間違いなくノーブラの感触やったで~(^o^)』
…………。
『余計なお世話だ。それにあんなもん付けられるか』
送信。
「ッたく……」
すると素早く、彼女からの返信が来た。
『下はどしてんの?』
……………………。
『お前のスマホ叩き割るぞ』
送信。
からの電源切り。
「さて、と……」
ジーパンのポケットに財布とスマホを入れ、俺は家の玄関の鍵を片手に部屋を出た。
ーーーーーーーーーー
取り敢えず高坂からは、十二時くらいに家に来て欲しいと言われていた。
正午ジャスト。
『穂むら』と書かれた看板が立つ家の玄関口に、俺は立っていた。
人の家にお邪魔するのは、水浦竜三と、あともう一人の家で経験があるのだが、逆に言えばそれだけだ。
大袈裟に言って、人生で他人の家に上がり込むのは今日で三度目。
和風式のスライド扉に手をかけ、俺は一息吸ってから玄関を開ける。
「おじゃまし――」
「いらっしゃいませ!!」
聞き覚えのある陽気な声が俺の耳に入る。
説明するまでもない、高坂穂乃果だ。
彼女は店のカウンターの内側で、頭に三角巾、首からエプロンを提げて営業スマイル――いや、普段通りの笑顔を浮かべていた。
けど残念ながら、俺は客じゃない。
「あ! 美雪ちゃん!」
「……よォ」
彼女は俺と確認するなり、カウンターを飛び出して暖簾をくぐり、奥の部屋へと消えていく。
「お母さーん! 友達来たから店番変わってー!」
きっとあの暖簾の奥では、高坂家が団欒で過ごす生活の部屋があるのだろう。
そちらから大声で俺を『友達』と言う高坂の声に、多少だが、どこか、むず痒い気分になってくる。何だろうな、この違和感。
しかし店内を見回してみると、なるほど和風の雰囲気と臭いが充満している。
ビル並みの続く都会じゃなかなか味わえない安心感や涼しさが、この店にはあった。
そうしていると、暖簾の奥から三角巾とエプロンを外した高坂が顔を出す。
「美雪ちゃん、こっちこっち」
手招きしながら俺を誘う彼女に、俺は足を前に進める……といった所で、彼女の背後から母親らしき人物が、娘を押しのけるようにして出てきた。
見ると確かに、顔の作りは親子だと納得できる。
だが、正直俺の顔は見られたくなかった。
「あらいらっしゃい。えーっと、あなたが美雪ちゃんでいいのよね?」
「あァ……はい」
高坂の母親らしき人物は俺の近くまで歩み寄ると、そう尋ねてきた。
高坂から話が通っていれば、男と誤解される事もないのだろうが。
「穂乃果から聞いてるわよ」
……まずは一安心。
その女性は、とても娘の高坂穂乃果にはつくれないような柔らかな笑みを浮かべる。
「長い銀髪をしたイケメンさんが来てくれるってね。楽しみにしてたけど……なるほどぉ、確かに雰囲気はあるわね……」
俺の顔全体、身体の上から下まで無遠慮に見回すと、彼女は後ろから歩み寄ってくる娘には聞かれないようにか、耳元に顔を寄せてこう訊いてきた。
「あの、それで……うちの穂乃果とは、その……どこまでいっているのかしら?」
「……は?」
「いやね……私としても訊きにくいし、あなたも答えにくい質問ですけど……やっぱり親としては、ねぇ?」
どこか困ったように尋ねてくる彼女に、俺は確信する。
あぁ――また誤解されている。
「あの、…………お母さん」
「?」
目線を合わせようとしまいと顔を背け、俺は呟くように言った。
「俺、女です」
途端。
その場が凍てつくのが感じられた。
そりゃそうだ、こうなるに決まっている。前に職務質問してきた警官だって同じ反応をしてきた。
「……お、おほほほほほ。まぁ、まぁ嫌だわ美雪『くん』ったら……。穂乃果、あんたもなかなか面白い彼氏連れて来たねぇ。雪穂が知ったらきっと腰抜かすわよ?」
とうとう……くん付けにしてくれやがった。
一方、穂乃果は慌てたように顔を赤らめると、両手と首を振る。
「彼氏!? ち、違うよお母さん! 美雪ちゃんは女の子だよ!?」
ーーーーーーーーーー
それからは大変だった。
コスプレマニアなのか、女装癖なのかと疑われ、最終的にはそんな人が娘の彼氏で大丈夫なのかと本気で娘の将来を心配し出した母親に、俺は最終手段でもって、自分が女だと分からせる。
どんな方法を使ったか――あぁ、思い出したくねぇ……。
「ご、ごめんなさいね美雪ちゃん。ほんと私ったら早とちりで……おほほほ」
誤魔化すように口元に手を当てて笑う高坂の母親に、俺は持って来た手土産を渡した。
「あら~、ご親切にどうも。ほんと、さっきはご無礼を致しましたのに……」
「……いえ」
もう、娘の相手も疲れるがその母親とも話していて疲れる。
すでに俺が高坂家にお邪魔してから二〇分が経過しているが、俺は未だに一歩もその場から動けていない。
「それじゃ、今日はゆっくりしていってください美雪く……美雪さん」
……あの野郎、ほんとはまだ疑ってんじゃねぇだろうな。
いや、人の母親にこの野郎なんて言ったら駄目だな。
「それじゃ行こ、美雪ちゃん」
高坂が俺に背中を向け、顔だけをこちらに向けて言った。
「行くッて……どこに」
「わたしの部屋! もう大分、ことりちゃんと海未ちゃんを待たせちゃってるからさ!」
「あァ……」
もう俺、お前の母親と話してどっと疲れてるんですけど……今までの中のしつこかった奴らのランキングじゃ上位に入るぜあれ。
「つか、何でお前は母親に説明してねェンだよ。誤解される事は目に見えてたろ」
暖簾をくぐり、高坂の後に続いて階段を登っている途中で俺は責めるように尋ねた。
「え~? わたしちゃんと言ったんだよ? 綺麗な銀髪に赤い眼をしたイケメンの友達が来るって。お母さんは初めて見る子だからとも言っておいたはずなのに~」
「説明不足なンだよ! それじゃ間違いなく男が来るッて思われるじゃねェか!」
「でもでも! ちゃんと美雪ちゃんって名前も言ったもん!」
「ストレートに女が来るッて言えよ! お前の母親途中から俺の事を美雪くんッて言ッてたじゃねェか!」
言い合いながらも階段を登りきると、左に曲がって伸びた廊下にはいくつかの部屋があった。
「これが雪穂の部屋~」
階段側の端に位置する扉を差しながら、高坂が言う。そういえば、こいつの母親もさっき、そんな名前を出していた。
「お前の妹か何かか?」
「うん! 中学三年生の妹なんだ! でも、わたしより年下の癖に毎度毎度命令口調で指図してくるもんだから、やんなっちゃうよね!」
頬を膨らませ、妹の部屋から顔をプイと背ける。
「今はいねェの?」
「午前中から遊びに行っちゃってるよ。多分、今日も亜里沙ちゃんと遊んでるのかな」
アリサ?
珍しい名前だと思ったが、その雪穂とやらの友達だろう。
「そして!」
声と共に高坂がいきなり回転しだしたと思ったら、片膝を床につき、両手で二番目に位置する扉に指先伸ばして指し示す。
「なんと! ここがわたしの部屋です!」
「なんと、ッて……別に特別な事でも何でもねェだろ」
「美雪ちゃんって海未ちゃんみたいな反応するよね」
俺はあんな畏まった敬語は使わねぇよ。
「では、どーぞ!」
高坂が扉を開ける。
いったいどれ程の豪勢な部屋なんだろうと、和菓子屋の娘に少しでも期待した俺が馬鹿だった。
あんなもったいつけられたら何かはあるのだろうと思ったが、特に珍しいものはないただの、どの家にもありそうな一般的な部屋だった。
他の家にはないだろうとされるものは、床に置かれた四角いテーブルの隣で、下着姿の園田の胸元にメジャーを回している私服姿の南ぐらいだ。
「あ」
「「あ」」
俺と、園田と南の声が合わさる。
「あれ? 二人とも何してるの?」
高坂が俺の後ろから背伸びするように部屋の中の二人に言う。
「あ、ごめんね穂乃果ちゃん、美雪ちゃん。ちょっと海未ちゃんが最近下着がきつくなってきたかもって言うから、衣装作りの為に寸法を取ってたの」
「ちょっ、呑気に説明している場合ですかことり! 夜伽ノさんが! 夜伽ノさんが見てます!」
ケロッとした様子を見せる南に、赤面してしゃがみ込み、床の制服を掴む園田。
「え~、何で? 女の子同士だし、問題はないんじゃない?」
「そ、そういう問題ではありません! 今だって私が家で測ると言うのに、ことりが強引に――」
南の身体を盾にするように隠れ、その場で下着の上から服を着る園田からは酷く焦心の色が浮き出ていた。
だが南の変わらない笑顔を見ていると、きっとこういう事態もこいつらにとっては日常茶飯事なのではないかとさえ思えてくる。……園田可愛そう。
園田が着替え終わると、俺達四人はテーブルを囲むようにして行儀良く座っていた。
「この青いのが雲平でー、この白くて粒々が入ってるのが外郎。このリボンみたいなのが有平糖だよ」
机に乗っかっている材木のお椀には、高坂家の親父さんが作ったとされる和菓子が色彩豊かに並んでいた。実は和菓子というものを間近で見る事すら初めてだった俺に、その光景はどこか幻想的な何かを感じる。
「穂乃果のお父様の和菓子はどれも美味しいですからね」
「うんうん」
園田と南はどうやら食した経験があるらしい。そりゃ幼馴染みなのだから当然だろう。もしかしたら高坂の親父さんとも顔を合わせた事があるのかもしれない。
「そしてこちらが当店自慢の一品! 穂むら饅頭略して――『ほむまん』!!」
あんこが入っているのだろうか、内側から滲み出る色に柔らかそうな餅肌。
「美雪ちゃん! 食べてみてよ!」
「お、おう……」
確かに、素人の目から見ても一級品の品と見える。出来映えからが素晴らしい。高坂の親父さん、かなり一流の凄腕職人なのかもしれない。
俺は自慢の一品だと紹介された、真ん中にでかでかと「ほ」の字が焼かれた『ほむまん』を一つ取り、半分まで口に含む。
「――!」
中からしっかりと厚みの効いた、やや甘さ控えめのあんこが香ばしく鼻をくすぐり、口のなかで白粉をまぶした饅頭皮と一緒にとろけていくのが分かる。これは――
「――美味い、な……」
その一言で表現するには難しかった。なぜか、心の底から高坂の親父さんに礼を言いたい気分になってくる。
「でしょ!?」と胸を張ってふふんと鼻を鳴らす高坂だが、お前が作った訳じゃないだろ。お前の親父さんは確かに凄ぇんだろうけど。
しかし、やばいなこれ。どうして俺はこの和菓子屋を今まで知らなかったのだろうか。女子高生に話題とかニュースでやっているケーキ屋なんかより、よっぽど注目されてもおかしくないだろうに。
それから俺達四人は他愛のないお喋りを続けながら、それぞれの和菓子の見た目と味を楽しんだ。
ーーーーーーーーーー
「それじゃことりちゃん、そろそろ……」
「そうだね」
しばらくすると唐突に。
高坂と南がそう言い、立ち上がった。
何あるのかと俺と園田が座りながら見ていると、なぜか彼女らはドアを開け、二人揃って部屋を後にしようとする。
「はぇ!? あの、ちょ……穂乃果!? ことり!?」
慌てふためいた様子で園田が彼女らを呼ぶも虚しく、高坂と南は廊下から顔だけを部屋の中へ覗かして言う。
「ごめんね海未ちゃん、これも二人の為、そしてμ'sの為なんだよ」
「な、何を……」
「じゃね! ことりちゃん、雪穂の部屋行こ!」
「うん! ごめんね海未ちゃん、美雪ちゃん」
パタン、と。
無慈悲に扉が閉められる。
そして俺は見逃さなかった。
高坂が部屋を去る際に、テーブルの上にポケットから取り出した一枚の紙を置いていった事に。
その、ノートの切れ端のような紙をめくると、どこかで見覚えのある丸っこい筆記体で、文字がペンで書かれてある。
【海未ちゃんと美雪ちゃんはどこか距離が空いているように感じます。これをきっかけに仲良くなってください! ~穂乃果とことりちゃんより~】
文章に目を這わせたのは、園田も同じだった。わなわなと震わせる身体に、悔しそうな表情も浮かべている。
「二人とも……最初からこれを……」
「……まァ、多分そうだろうなァ」
俺をここに誘い、それに園田が便乗してきたあの時から、すでにこれを狙っていたのか。
しかし高坂と南、よく周りを見れている。でなきゃこんな真似はできない。
幼馴染みの園田が絡んでいるから気づく事ができたのか、またはそれ程までに分かり易かったのか。
しかし、俺だってなんとなく気づいてはいた。
俺と園田には、どこか微妙な距離感が現れている。いや、詳しく言えば、園田が俺に対して距離を保っている。
そもそもだが、この時期ではまだこれが普通なんじゃないかと思える。
学年の違う者が二人、それもつい最近知り合ったばかりでは、まだ俺と園田の今の距離感が自然の形なのだ。
他のあいつらはかなり早いペースで俺に近づいてきている。特に高坂なんて良い例だ。
誰とでも仲良くなれる、正直な所、俺の苦手な人種。
だから彼女には、この状況をつくれるだけの力と発想力がある。
だがな、知っているか高坂。
誰かと誰かを仲良く繋ぎ合わせたい場合、周囲に大人数が揃っている方が確率は上がるもんだが。
それが途端に二人きり、それも一つの部屋の中という閉鎖的空間じゃ、逆効果になりえるんだ。
やはり、高坂穂乃果は頭が悪い。
「し、しかも別に――」
不意に、園田がそう言った。
「私とあなたの間に、その……距離とかはあまりない、ですよね……?」
言葉の最後になっていくにつれ声を小さくする彼女は、俺と視線を合わせようとはしない。
「ほ、ほら……今日の柔軟体操だって、一緒にペア組みましたし……」
あれはお前が強引に引き合わせた結果だ。
「えっと…………その……」
彼女は見つけられない。
他の俺との繋がりを。
見つけられるはずがない。
俺のμ's加入後、俺はこいつと面と向き合って話した事もなければ、視線を合わせられた事もなかった。
だが時折見せる、俺へと向けられた目。
紛れもない敵対心を持った眼差し。
園田は今日の朝練習や、昨日の部室でもその眼光を俺へと向けていた。
俺が誰かと話す度、高坂や南が俺へと歩み寄ってくる度に。
悪いが、俺は一度も見逃した事はないと言い切れる。
「気持ち悪ィなァ……」
「っ――!?」
ほれ見ろ、またその眼だ。
「なァ、園田」
「……何ですか」
明らかにさっきと表情が違う。
下手に言い繕うとしていた戸惑いの表情じゃない。
武士が刀を持って相手に斬りかかろうとする表情だ。
誰よりも冷静でいられ、何者よりも冷酷でいられる眼だ。
「お前が何で俺をそう嫌ッているのか、俺にはさッぱり分からない訳だが……」
俺は立ち上がり、高坂が普段イスに座って向かっているであろう机の上に置いてあるトランプカードの箱を掴み取る。
俺がこの部屋に入った途端に真っ先に目を向け、先程からずっど気にかけていたトランプカードだ。
マジで、これを高坂が向こうの部屋に持っていかなくて良かったと思える。
再び俺は座り、机の中央にそのトランプカードの箱を掲示する。
「このトランプゲームで俺がお前に勝てたら、素直に喋ッてくれ。お前が俺のどこを気に入ッてないのか。それがはッきりしない限り、こッちも気持ち悪くてとてもμ'sのマネージャーなンかやッていけねェ」
俺は別に、他人からどう思われようと深く気にしない性格だ。
だが同じμ'sのメンバーとして、これからも一緒に行動していくとなれば話は別だ。
昨日の部室での自己紹介。
園田は弓道部に所属していると言っていた。
また隣で高坂が、彼女の家は道場を開いているとも言っていた。
そして彼女が普段から癖のように使っている、敬語。
察するに、園田海未は武士道というものを心得ている人物だ。
故に、こう真っ向から勝負を挑まれては、彼女はどんな相手だろうと、その挑戦を拒む事はしない。
「……素直に、ですか。――――いいでしょう。その勝負、受けて立ちます」
案の定、園田海未はあっけなく俺の手中に落ちた。
このトランプカード。
俺の敗北は断じてありえない――――。
長すぎたー……
書きすぎたー……
反省してます。
ですが次話もどうか読んでください!
感想をぜひ、お待ちしてます!
こんな展開があったら――などの意見も歓迎です、今後の参考にしていきたいと思います!