ただおかしいと思ったのは、作品の各話にある題名に決まりのテーマが定まっていない事ですね。
――家の鍵を校舎に忘れたので、一晩だけ泊めてほしい。
そう言ってきた彼女に、他に行くアテはなかったのかと尋ねたが。
――ツバサ達の前で恥はかきたくない。
とか何とかぶつくさ呟いてきたので、仕方がなく彼女を、俺は家に入れてやった訳だが……。
「き、貴様……私に雑用など押し付けてくれて……おかげで制服がびしょびしょじゃないか」
「なァンで風呂掃除如きでそんなに濡れる事があるンですかねェ。あとこッちは他人の分まで飯作ッてやッてンですから文句言わないでくださいィ」
「き、着替えとかはないのか……」
「二階の俺の部屋のクローゼットから勝手に取ッてこい。前に一度来た事あンだから、分かるだろ?」
「あぁ……助かる」
自宅の台所で、俺は唯一の得意分野と胸を張って言える料理をこなしながら、統堂英玲奈に顎で指し示しそう言った。
先程まで、任せていた風呂掃除とお湯張りをしていた彼女はほぼ全身をずぶ濡れ状態で上がって来ている。どう失敗したらあそこまで水びたしになれるのか。入れた湯船のお湯にそのまま突っ込んだのだろうか。
フライパンの上で色鮮やかに染まる野菜を踊らせ、塩と黒胡椒をまぶし、また数分間炒めたそれを大皿に盛り付ける。
隣のコンロで加熱していた麻婆豆腐も完成に近づいているようだ、スパイシーな臭いが漂ってくる。
醤油に大根下ろしを盛り付けたピーマンの肉詰めと餃子が数個並んだ皿も合わせて、それらをテーブルまで運んだ。
ニラ玉スープと、炊飯器から十分に蒸した白米を、茶碗によそる。
「ま、こンなモンだろ」
親父が家を空ける事が多いうちの家庭で、俺は晩飯を常にカップ麺で済ます事がほとんどだった。その事実を知った親父がみかね、俺が高校一年の頃、料理の手解きをしてくれたのだ。
初めて自分の手だけで作った料理を、親父に褒めてもらった事がある。あの時親父は「お前にも女の子に必要なスキルがやっと一つ、身についたじゃねぇか」と笑っていた。
『お前の母さんも、料理の腕前は天下一品だったんだよなぁ』
とも言っていたのを覚えている。
それでもやはり、俺は料理に対する面倒臭さから、どうしてもインスタントでの晩飯で済ましてしまう生活から抜け出せなかった。
だが、今回は客がいる。
さすがに客にカップ麺を出すのは失礼というもんだろう。
ましてや、久しぶりに再会した幼馴染み相手に――。
「なぁ、言われた通り勝手にお前の私物を適当に見繕って着合わせてみたのだが、これでいいのか?」
二人分のコップと箸を並べているとそう声が聞こえ、俺はそちらに顔を向ける。
ネズミ色一色の無地な寝間着。
普段から俺が就寝時に着ているパジャマを、英玲奈が着ていた。背丈は俺の方が少し高いが、サイズはほぼピッタリのようだ。
「あァ、構わねェよ」
「……というか、寝間着がこの地味な灰色しかなかったのだが」
「同じ種類を何枚か買ッているからな。何ですかァ? 最近の女子高生は寝る時にまで服装の選択をしているンですかァ?」
「そういう訳ではないのだが……む、良い匂いだ」
鼻をピクピクとさせる英玲奈をこちらへと促し、俺達はテーブルのイスに座る。
「随分豪勢な仕上がりじゃないか。以前に来た時は親父さんが手料理を振る舞ってくれたが、まさかお前まで料理を可能とするとはな」
「見様見真似だ」
「今日、親父さんはどうした?」
「二軍の球場に顔出して、後輩らの指導でもしてンじゃねェの。ホテルに泊まッてくるンだとよ」
「なら、お前は一人の時、いつもこのようにメニュー豊富な晩ご飯を?」
「ンな訳あるかァ。いつもはカップ麺で済ましてるッての。今日はお前が来たから、料理してやッただけだ」
「……いつか身体壊すぞ」
警告ありがたいが、それを無視して俺は先に箸を持ち、ニラ玉のスープを啜った。
英玲奈は行儀良く手を合わせてから「いただきます」と言い、彼女もスープから手を付けていく。大事だよな、食事での最初の選別。まぁ普通は汁物って決まっているんだが。そうじゃないと乾いた箸に白米などが引っ付いて非常に面倒臭い事になる。
「……美味いな。親父さんに教わったのか」
「まァな。俺の母親が料理の達人らしかッたから、その血筋ッてのもあり得るンじゃねェの」
「……そうなのか」
――っと、今のは少し意地悪だったか。
いかんな、俺。
今日の放課後にあった絢瀬との会話で生まれた捻くれた機嫌を、英玲奈にぶつけるのはさすがに間違っているか。
「いや、悪い。今のは忘れてくれ」
「いいんだ。気にするな。……ん、この麻婆豆腐も美味だ」
「まァ、料理は俺のたッた一つの得意分野だからな」
「なら、中学での調理実習などではさぞ大活躍したのではないか?」
「いや、俺は基本的に調理実習とか、そういう授業はサボッてた。三年間違ったクラスにいたお前は知らンだろうが」
「……は? いや、でもお前……当時はちゃんとやったって私に――」
「そりゃ多分、お前に叱られるまいと思ッて咄嗟に吐いた嘘だ」
「き、貴様は……ッ!」
そう言って英玲奈はピクピクと眉間に皺を寄せていったが、俺が一からの素材から作り上げた餃子を箸で持って差し出すと、それを彼女は「アーン」で受け取る。
「ん…………ちょっぴり辛みが効いてて、具材がしっかりと詰まっているな。美味い」
「だろ」
ほれ、機嫌直った。
幼馴染みなんだ、どういう扱いをすれば落ち着かせる事が可能か、それくらいの術はとうの昔に心得ている。人の性格や人情はそうコロコロと変えられるようなもんじゃないしな。
「しかし、サボったという言葉で思い出したのだが、美雪は一度、授業参観の日にも授業をサボっていたよな」
「……覚えてねェ。いつだ」
「確か、中学二年の頃だったと思う。屋上で寝過ごしていたお前を、授業参観に来ていたお前の親父さんが校内全てを歩き回って探していたという噂だ」
「あいつならきッとやるだろうな」
あ、このピーマンの肉詰め……。少し焼きが強すぎたか。久々の料理だったから、時間や加減の調節があやふやだったんだよな。まぁ、焼ききれていない生物じみたものよりはマシか。
「そうだ美雪。最近、あの男とはまだ連んでいるのか?」
「……あの男?」
「ほら、何と言ったか……中学の頃の同じクラスにいた、よくお前に話しかけていた金髪の男だ」
「あァ、竜三か」
「そんな名だった。卒業するまで仲は良さげに見えたが、今はどうなのだ」
「よく逢うよ。電話でも話す」
「ほぉ……」
そういや、英玲奈は竜三の事をあまり良くは思っていなかったような気がする。「明らかに不良タイプではないか。あの男と絡むのも程々にしておいた方がいい」なんて言ってきた事もあったっけか。
「まァ、学校が違うから電話で話す事の方が多いンだがな。そういやここ一週間は逢ってねェ」
「という事は、前までは一週間の間も開けない程、頻繁に会っていたという事か」
「頻繁にッて訳でもねェけどな……まァ向こうから俺ン家にアポなしで訪問してくるのがほとンどだ。俺は休日に街に出たりはしねェから、外で遭遇するなンて事はありえねェし」
「どうやら相変わらず、堕落した日々を送ッているようだな、貴様は」
それから俺達はしばらく、料理を片付ける事に専念し始めた。普段は凛々しい、大人びた顔をしている英玲奈は「美味い美味い」と言いながらもやはり表情はあまり変わらない。
思い出したように、彼女が訊いてきた。
「音ノ木坂は今、大丈夫なのか?」
「あ? 何の話だよ」
「廃校の話がちらほらと耳に入ってくるのだがな……今じゃ音ノ木坂からUTXに転入してくる生徒も年々増えているらしいじゃないか」
そういえばこの前、音ノ木坂のホームページで見つけたのだが、と英玲奈は続ける。
「スクールアイドルを立ち上げたらしいな。音ノ木坂も、学校を存続させる為にようやく猛攻に立ち上がった訳か?」
――俺がその音ノ木坂のスクールアイドルのマネージャーなんです、はい。
……なんて言ったら、こいつはどんな反応を返してくるだろうか。
しかし。
学校の存続の為――?
高坂穂乃果や小泉花陽、矢澤にこは『ラブライブ優勝』の目標を掲げてスクールアイドルを始めたのだと言っていた。
しかし園田海未や西木野真姫は、優勝など自分達の手が届く範囲ではないと、少なからずそう思っているらしい。話を聞いた限りの推測だがな。
ならなぜ、あいつらはスクールアイドルをしている?
――学園を守る。
スクールアイドルの創立によって少しでも多くの注目を集め、入学希望者を捕まえようと――?
そう考えると、合点がいく。
そのルートなら、生徒会の絢瀬絵里と東條希までもがμ'sのメンバーとして加わっている事も納得ができるのだが。
「つゥか、いくら今の世代で有名になッていようが、英玲奈がスクールアイドルの存在を知ッているとは驚きだわ。お前、アイドルとかッて全く興味なさそうなイメージだしよ」
素直に、俺は第一に思った印象を話した。
すると、それこそ天地がひっくり返るかと恐れるような言葉が、英玲奈から飛び出す。
「まぁ私も、UTX学院のスクールアイドルとして、様々なステージに立っている訳だからな」
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「A―RISE……?」
「そのユニット名で私達三人のグループは、世間に通っている」
おいおい、こりゃたまげた。
小泉花陽は言っていた。
『せっかく、アイドルをしていられるんだから、上まで進んで行きたい…………わたしも、ラブライブに出場して、できる事なら、その……優、勝……したい、かもです』
優勝したい、と。
だが。
『だけど……やっぱり、無謀なのかもしれません……』
諦めるように彼女はそうも言っていた。
俺はあの時、なぜかと訊いた。
A―RISEがいるから。
その為に、予選の枠は一つ失ったようなものだと。例え最終予選まで登り詰めたとしても、そのステージでA―RISEに勝利できるとは思わない。
小泉花陽はそう諦めていた。
UTXのA―RISEとやらの事を調べ上げ、ネット上に挙げられている動画にも目を向けてみようと思っていた矢先に。
俺はその、最強と謳われたスクールアイドルグループの一員と知り合いだったらしい。
しかも聞いてみれば、彼女らは一度、ラブライブという夢の大舞台で優勝した経験があるようだ。高校生の身で有名ヒロインの立場に置かれた彼女らには、すでにいくつかの芸能事務所から声がかかったりしているらしい。
そんなスーパーアイドルが、今、俺の目の前に座っている。
真っ白で透き通るような肌を晒して背中を向け、彼女の繊細な紫色の髪の毛を、俺はシャンプーで洗ってやっている所だ。
晩飯は終わり、場所はバスルーム。
お互いバスタオルは巻かず、生まれたままの姿で一緒に風呂へと入っていた。
「昔はこうやって一緒に洗いっこをしたよな。覚えているか、美雪」
「覚えてるよ。シャンプーが目に入って慌てて湯船に頭から飛び込んだ小学校低学年の頃のお前をな」
「あれは、お前の洗い方が下手だっただけだろう。だが、今は違うな。手付きが優しい」
「優しいだァ? ハッ、そンな事俺に言うのはお前だけだ」
シャワーで頭を洗い流し、髪の毛先までしっかりとシャンプーを落とす。濡れた髪を全体的にうなじから首後ろに束ねる彼女は、どこか色っぽい。
「さて、今度は私が洗ってあげよう」
妖美な笑みを浮かべながら、英玲奈は立ち上がった。すると自然的に、俺の視界は彼女の濡れて艶のある太股へと向かってしまう。
形の良い柔らかそうな尻も、女子特有の丸みをさらに優雅に帯びた腰回りも、スラリとした体型に似合う整った形状の胸も。
女の俺が、思わず見惚れる程だった。
稀に見るような色気溢れる美貌を見て、なるほど納得できる。
彼女は、アイドルなのだと。
「しかし、まさか美雪もマネージャーという形でスクールアイドルに携わっていたとはな」
シャワーで俺の長い銀髪を濡らしながら、英玲奈は笑いながらそう言う。
英玲奈がスクールアイドルをやっているのだと告白した晩飯時に、俺も自らが音ノ木坂スクールアイドルのマネージャーを引き受けているのだと話した。
「先程は言わせてくれてが、お前の方が遥かに、スクールアイドルなんてお遊戯には不似合いだぞ」
手に乗せたシャンプーを俺の頭に乗せ、幼い頃に感じた懐かしい手つきで泡を広げさせていく。当時の俺は、まだ黒髪だったが。
しかし今、英玲奈の言葉に不自然な単語が混じっていたような気がするが……。
「お遊戯……?」
「そうだろう。プロ入り、メジャーデビューを果たした成人越えならともかく、高校生がなんとなく歌って踊るだけのステージを、お遊戯と言わず何と呼ぶ?」
「……けどお前よ……ラブライブで優勝したンだろ? 話に聞いた限りじゃ、あのステージに上がる事さえかなり難しいッてのによ」
「私の夢はシンガーソングライターでメジャーデビューする事だ。その為には名の高いUTXの芸能学科で勉強、卒業する事がまず第一歩。そして自分の歌唱力や表現力を最大限に発揮できる場としてスクールアイドルを見つけた。私はA―RISEとして自分の存在、学院の評判を持ち上げているに過ぎないんだ。特別アイドルに興味がある訳じゃない、お前の言う通りな」
それは、つまり言ってしまえば。
UTX学院という有名校を。
全国に名を轟かせたA―RISEという名前を。
自分の将来の為に利用しているという事か。
英玲奈が撫でるように、俺の髪を根本から毛先まで泡を馴染ませていく。
「大分、髪が伸びたな」
彼女が言う。
「ン? あァ……手入れとかしねェし」
「よくスクールアイドルのマネージャーの申し出を、彼女らは受け入れてくれたもんだな。こんな髪だけ異様に長すぎる不良のような顔つきした奴を」
「そうじゃねェよ。向こうから俺を誘ッてきたンだ」
「……音ノ木坂はそこまで生徒数の減少問題が深刻なのか」
「うるせェ――まァ、お前は大分大人びちまッたがな」
「そうか?」
現状、今の三年二年の生徒数は大した問題じゃない。廃校の話が持ち出された起因は、今年の一年の入学生徒数に、去年の学校説明会時の来校者数だろう。絢瀬から聞いたが、それはもう目が飛び出る程の少なさだったと言う。
その問題の打開策として、スクールアイドルの創立は悪くないだろうと思う。ラブライブ優勝ともいかなくても、最終予選まで残ればそれなりの注目度はあるはずだろう。
それが入学希望者の増加と比例するかどうかは定かではないが、希望は見える。
まぁ当然、確実に入学希望者を全国からかき集めたいというのなら、高坂達の目標であるラブライブ優勝という大成果が必要だろう。
だが――。
なんとなく、分かる。
小泉花陽の言う通りだ。
俺は統堂英玲奈の歌唱力など知らない。
どれだけ身体のキレが良いダンスを披露するのか見当もつかない。
何せ、彼女はアイドルに興味がないのだから。
だが久しぶりに、成長した英玲奈の裸体を見て。
その完璧なプロポーションに見惚れ。
UTXの真骨頂とも讃えられても過言でない程の麗姿に、
豪華絢爛としたオーラを感じ――。
――勝てないかもしれない。
そう直感できた。
A―RISEのメンバーは全員で三人だと英玲奈は言った。
きっと他の二人も、彼女のそれ以下という事はあるまい。
そして何と言おうと、彼女らには全国優勝と言う事実があるのだ。
アイドルとしての演技力は生半可なレベルではないだろう。
勝てるか?
A―RISEに、μ'sが。
シンガーソングライターの野望を持つ統堂英玲奈に。
優勝したいという大雑把なゴール地点だけを構えた高坂穂乃果が、弱気で内気な小泉花陽が、無理だと食わず嫌いの諦めを心で描いている西木野真姫が。
ふと、英玲奈がシャワーで俺の髪を洗い流しながら、こんな質問を投げかけてきた。
「お前自身はどうなんだ、美雪。μ'sのメンバーとは、上手くやっていけそうなのか?」
「………………」
そんな素朴で単純な、なんて事ない問いに。
俺は即答できずにいる――。
そろそろ第二章も終わりかなと思います。