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1話 夜伽ノ美雪の高校生活
夜。
「夜伽ノ美雪〈よとぎのみゆき〉? 誰なんすか、そいつ?」
半円を描くように集まって地べたに座り込む集団の中、一人の男がそう訊いた。
彼らが取り巻く円の中心に存在する一人、段差が高い階段に腰掛けるその男は頷いた。
「お前ら、当然の事を訊くが、水浦竜三〈みうらたつみ〉は知っているな」
金髪のオールバックを決め込んだ男が言うと、取り巻きの男達は急に騒ぎ始める。
「えぇ! この地域に奴の名を知らん奴はいないでしょうよ!」
「くっそ! こないだあいつにやられた腰がまだ痛むんだよ!」
「いい加減叩きのめさにゃならんでしょ、兄貴!」
優に三〇人は超える男の群れの騒ぎを、
「静まれ」
金髪オールバックはその鶴の一声で止めさせた。
「す、すいません兄貴、つい……」
「いや、謝る事はねぇよ。気持ちは分かる。俺達の同胞も随分とあの野郎に世話になったもんだからな」
しかもだ、と男は続けた。
「最近……いやこれは他地域の奴らから聞き出した情報なんだがよ……。水浦の奴が、今になって誰かと手を組んでるって噂よ」
これには、取り巻き達は動揺を隠せない様子だった。
「ちょ、兄貴……それマジすか?」
「デマじゃないすか? 俺達に抜け駆けされないようにそいつらがハッタリかましたんじゃ……」
「あの一匹狼の水浦が……まさかっすよ」
また次々と騒ぎ立てる規律のない取り巻き達を、男は手を叩いて沈めた。
「いいや、俺に情報を寄越した奴の口ぶりはハッタリなんかじゃねぇ。ちと前歯を一本飛ばしてやったんだが、それからの怯えっぷりから見てもそれは確かだ」
前歯を飛ばす……なかなかに非道徳的な表現だ。
そう言う彼もさほど歳を取っている訳ではない。彼自身、まだ高校生の身なのだ。
だが彼の周りに集まっている男達は明らかに大学生、中には二十歳に届いてそうな面子が見える。
そんな彼らが兄貴と呼ぶに相応しい器量を持っているのだ、この男は。
「そ、それじゃ兄貴……水浦の野郎が手を組んだって奴が……そいつが……」
「あぁ、そうだ」
彼は一呼吸置き、彼らの顔を見回しながら言う。
「そいつの名こそが、夜伽ノ美雪。無論、名前から分かるようにこいつは女だ」
場が、シンと静まり返る。
「そいつの特徴を言うぞ、よぉく頭に叩き込んどけ」
金髪の男は傍らに置いておいたメモ用紙を拾い上げ、書いてある文章に目を這わせながらそれを挙げていく。
「長い銀髪はかなり綺麗だそうだ。後ろを細いポニーテールに括って長さは尻の下まであるらしい。前髪も長く、鼻の頭までかかっている。前髪の隙間から覗く両目は鋭く、瞳の色は……赤? カラコンでもつけてんのかもな。身長は一六五cm程。外見じゃ華奢なように見えるが、奴の放つキックの威力は舐めてかかれば大怪我する……だとよ。おい覚えたか!?」
メモ用紙を頭上でヒラヒラ舞わせながら男は声を上げる。
「でも兄貴……なんだかんだ言って、そいつは結局女なんすよね?」
「あぁそうだ。だが言ったろ、舐めてると大怪我するってな。早速、情報に似た人物に気を配っておけ。街で見かけてこいつだと思ったら写真でも何でもいい、顔が分かるように何か掴んでこい。いいか、もう一度だけ言うぞ」
この男は、実に用心深い男でもあった。
短く生えた顎髭をなぞりながら、警告の色を最大限に出した声を発する。
「油断だけはすんじゃねぇぞ」
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「――てな感じで、警察の方が謝りの電話くれてたから」
「あ、そうすか」
「そうすかって……はぁ、もういいわ。教室に戻りなさい」
「うす」
「……あの、ねぇ夜伽ノさん?」
「あ?」
「その……今日も制服はクリーニングなのかしら?」
「そうですけど……何か?」
「…………」
そんな会話を担任とした後、俺は職員室を出た。
今日もこれから一時間目からの授業が始まるのだと思うと嫌気がさしてくる。
確か最初は……世界史だったか。あぁ、そういやイスラームだっけか、今度の範囲。
あ~あ、マジ世界史とか片仮名ばっかで覚えづらいったらありゃしねぇ、やっぱ日本史選択にすりゃ良かったかもな……。
そんな事を思いながら俺は階段を登り、教室へと続く廊下を歩いていた。
ふと、背後から。
「夜伽ノ美雪さん」
声がかけられた。
俺の名前を呼ぶその声に聞き覚えがある。
だから俺は振り向きざまに言ってやった。
「何ですかァ? 生徒会長の絢瀬絵里さん?」
そこには凛とした表情で仁王立ちする金髪の女子生徒が立っていた。
絢瀬絵里。
この高校の生徒会長。
彼女とは何度か話した事があった。
と言っても、彼女が俺に注意するという事がほとんどなのだが。
「あなた、どうして今日もジャージ登校なのかしら?」
どうやら、今回も同じのようだ。
「あァ、すみませンねぇ。ちょっと制服をクリーニングにかけててですね。ほら、こないだまで梅雨でしたし」
「あなた、私に一年以上も同じ指摘を受けていてずっとその言い訳しか使えないかしら? もっと別の理由を探すくらいの努力をしたらどうなの?」
「スカートなンざ俺には履けません」
「とうとう開き直っちゃったじゃないの」
はぁ、と絢瀬は面倒臭そうにため息を吐いた。そんなに面倒を感じるなら相手にしなきゃ良いじゃねぇか。
「別にもう、あなたの一人称や性格についてとやかく言うつもりはないけど、校則は守ってもらわなくちゃ困るのよ。生徒手帳にも書いてあるでしょ、本校の生徒は指定の制服を身に付ける事って」
「手帳なくしましたァ」
「あ、あなたねぇ……」
もはや絢瀬の方も苦笑を浮かべている。それもそうだろう。この会話のやり取りだってお互い今まで何回続けてきた事か。
「つーかよォ……」
ふと、俺は頭に思い浮かんだ事を口にしてみた。
「もう廃校寸前のこンな校舎の中で、今さら校則とか何とか言ってたってしょうがねェだろ?」
俺的には、これは正論だと思った。
この音ノ木坂はもう廃校が確定に近い所まで陥ってる。
昔からの伝統やら何やらが有名らしいが、年々入学希望者が減少し続け、今年の新入生なんざ一クラス編成という過酷な状況にある。
数年後にはこの学園は存在しない。
誰もがそう思っているだろう。
だと言うのに。
絢瀬絵里は勝ち誇った表情で、
「さぁて、それはどうかしら?」
と、挑発的にそう言った。
「……あ?」
「あなた、スクールアイド――」
その絢瀬の言葉の途中で、
授業開始のチャイムが鳴る。
途端に絢瀬絵里がハッ、として焦燥にかけられたような表情を浮かべた。
「あ――っ! ちょ、あなたと話してたら授業始まっちゃったじゃない!」
「あァ? 何で俺のせいにされてンですかァ?」
「ほら! あなたも早く授業に向かいなさい!」
そう言い残し、絢瀬絵里は颯爽と俺の横を通り過ぎ、鞄を片手に走り去っていった。
「生徒会長が廊下走ンなよ」
しかし、確かにもう授業が始まってしまったようだ。
それなのに、自分は未だ廊下に立っている。
……そう考えるとさらに猛烈に怠くなってきた。
「……サボるか」
授業の途中で乱入するように教室に入った所で、クラスの雰囲気を乱すだけだもんな。
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屋上で寝転がる。
風が若干あるが、陽射しが直接差し込んでくるからその点は非常に良し。
春のこの陽射しが俺は好きだった。
暑すぎず、また寒くもない。
また妙な安心感すらあるもんだ。
今日もこの最高な環境下で昼まで眠っていよう。
きっと最高に有意義な午前の時間を過ごせる。
「いや~、ほんま気持ちいいわ~。このままやと昼過ぎまで眠ってまうかもなぁ」
……隣にこいつさえ寝転がってなければの話だが。
「おい、東條」
「ん~? なんや美雪ちゃん?」
その呼称にとてつもなく不愉快な何かが背筋をなぞるが、もうそれもどうでもよくなった。
「お前、何でちょくちょくここにいンの?」
「あははは、別にええやん? 君こそ何で授業中の時間帯にここにおるん?」
「……別にいいだろ」
まただ。
またこの嫌な女に捕まった。
この、どこか違和感のある関西弁を使う東條希は、俺が授業をサボって屋上で寝ていると、四回に一度の頻度でここへやって来る。
「そやね。……こうやって授業を抜け出して屋上に寝転がって空を見上げるっちゅうのも、青春かもなぁ」
そして、たまに意味の分からない事を言う。
そもそもにおいて、こいつは、東條希は生徒会の副会長であったはずだ。
そんな奴が授業を抜け出してきた? いよいよ、この学園も廃校一直線だな。
「なぁ、美雪ちゃん?」
「ちゃん付けで呼ぶンじゃねェよ、気持ち悪ィ」
そう突き放すと、東條希は寝転がりながら肩を揺らして笑った。
「酷いなぁ。女の子にちゃん付けはやっぱり必須やろ?」
「そんなルール聞いた事ねェよ……ンで、何だよ」
「お? 一応聞いてはくれるん?」
「俺の気が変わらない内にならな」
「そんなん言うて……実はうちと喋るんが楽しみになってきてるんと違う?」
「さッさと言えよクソッたれ……」
無意識に、声にドスが効いてしまう。
いや、今のは完全に煽ってきた東條が悪いんだろうが。
「おぉ怖……。――ねぇ、美雪ちゃん」
「だからちゃん付けはやめ――」
「青春しとる?」
俺は思わず上半身を起こし、寝転がって目を瞑る彼女を見た。
だが、その言葉の真意を掴めずにいた。
「……あァ?」
「高校生にはなぁ、高校生にしか過ごす事のできん青春があるもんやで?」
東條も上半身を起こし、彼女はそのまま立ち上がった。
「……いらねェよそんなモン」
自分でも素っ気ないと思う態度で俺は答えた。
青春だと? 笑わせんな。
あんなもんただのお遊戯だろうが。
高校生活で友達とやらと過ごす時間なんざたかが知れている。そんなもん、幼稚園児のやるおままごとみたいなもんじゃねぇか。
「つまらんなぁ……」
そう呟いた東條に、自分の眉がピクリと動いたのが分かった。
「……何か癇に障る言い方だなおい」
「うちはしとるよ、青春」
「あ?」
東條は太陽を見上げるようにして言う。
「エリちと出会った頃からうちの青春は始まったんやけど……これからはもっとハードになる予感がするんや」
「……もう三年で卒業も間近だろうが。いつまでも青春とか花の高校生活とか語ッてねェで、受験勉強に精を出した方が良いンじゃねェのかよ」
「スクールアイドル」
「……あァ? 今度は何だよ」
「いやべっつにぃ? 言ってみただけ」
東條はゆっくりとした足取りで俺に近づくと、しゃがみ込んで目線の高さを合わせ、右手を俺の鼻先へと伸ばしてきた。
どこから取り出したのか、その指と指の間には一枚のカードが挟んである。トランプなどの類のカードじゃない。何か、不思議な絵や模様が描かれている。
「な、何だよ……」
「もっと笑いな、美雪ちゃん」
東條は微笑んだ。
「カードもそうしろって告げてるんや」
サッ、と素早く踵を返した東條は屋上の入り口のドアへと歩き出し、俺はそんな彼女の背中を黙って見送る事しかできなかった。
彼女の姿が見えなくなった後、俺は再び太陽の下で寝転がり、
「笑え、ねェ……」
ふと、呟いた。
授業終了のチャイムが鳴ったのは、ほぼ同時だった――。
……いや、自分では頑張っているつもりなんです。
別に初めて早々「なんかおれ、迷走してる?」なんて思ってません。
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