それでは今回も、読んでみてください!
※最初は美雪ちゃん視点の一人称でなく、三人称です。
「何に怒っているか……それはことり、あなたが私達、幼馴染みの事をまったく理解していないからです」
園田海未は冷ややかにそう告げる。
未だメイド姿で席に腰掛け、席を立った彼女を見上げる南ことりは小さく口を開けていた。
園田海未の隣には、南ことりにとってもう一人の幼馴染みであり、また親友でもある高坂穂乃果が席に座っている。
だが、茶髪をサイドテールに結んだ彼女はやけに落ち着いている……というか、上機嫌のようにも窺える。
先程からショートケーキのスポンジが余り付くフォークを片手に持ちながら、炭酸のジュースが注がれたグラスから伸びるストローを咥えて、彼女達二人の様子を静かに見ているだけのようだ。
夜伽ノ美雪を含め、他のμ'sメンバーは、南ことりへと対峙する園田海未を見守りながらも、高坂穂乃果の異様な姿勢に疑問を抱かずにはいられなかった。
なぜ、あそこまで落ち着いている――。
皆がそう頭に浮かべた時、園田海未が再び、直立体勢のままで口を開く。
「あなたは、一〇年以上も一緒にいた私達の事を、まるで見ていなかったようですね」
「……そんなんじゃないよ」
小さく、南ことりは否定する。
「さっきも言ったよ。穂乃果ちゃんはわたしと違っていつでも周りに差異のない無邪気な笑顔を輝かせられる優しい女の子、海未ちゃんは武道もやってて、先輩達でも足下に及ばない程の実力を持った弓道部のエース……そんなかっこいい女の子なんだよ」
「だから、それが分かってないと言っているんですっっっ!!」
ビリッ、と。
甘い蜜を垂れ流したかのような色彩豊かなメイド喫茶に、痺れる空気が張り詰めた。
「私は、あなたが思っているように強い人間ではありません! 穂乃果だって、あなたが言うような人間ではありませんよ!」
園田海未のその威勢の激しく乗った声は。
かつては高坂穂乃果にだけ向かわされていたもの。
「な、何を海未ちゃん……」
「分かってない! 分かってませんよ! あなたは分かってないのです!」
長い青髪を振りながら無心に否定する園田海未はまるで子供のようだ。
彼女自身、南ことりという初めての、また意外な敵の出現に言葉がまとまらないのだろう。
だからと、園田海未は、常日頃から高坂穂乃果と取り続けてしまうような意地の張り合いではなく、自身の話――南ことりに――友達に必死として隠してきた羞恥の場面を告白するのだ。
「私は……、確かに他人から見れば、しっかりとした女の子だと思われているでしょう。こう見えて後輩の部員には慕られていますし、先輩にだって頼りにしていると言われます。教員の方々にはあらゆる重大な仕事を任されたり、授業でクラスメート全員が俯いた状態になるとまず私が解答役に指名されるという事にも自覚はあります。家柄的にも、私は普段から規律ある姿勢を意識し、自分に厳しくしながら生きてきました」
他人から――μ'sのメンバーから見ても、それは分かる。
園田海未は、園田道場の一人娘。
当然、家に帰れば稽古や掃除、決められた時間での行使行動が鉄則とされる生活を強いられているのだろう。
そんな生活の中で、学校では常に学力トップ、体育実技も満点、またμ'sでの練習に加えた作詞活動。
そして、高坂穂乃果のお世話役。
暇な時間がいつあるのだ、と訊きたくなるくらいに、園田海未の一日は忙しいはずなのだ。
しかし彼女が弱音を吐く姿など、きっとこの世の人間、誰一人として見た事がないはずだ。
それこそ両親や親戚といった身近な人物でない限り、園田海未自身が、そんな情けない姿を他人に晒す訳がない。
けれど、と。
園田海未は初めて、
「私だって……、悲しさや辛さで枕を濡らす事だってあるのです」
自分を、告白しようとした。
「穂乃果と喧嘩した日には、翌日の朝にどんな顔で会えばいいのか、仲直りできるだろうか、もしこのまま仲違いした状態が永遠と続いてしまったら……そう考えると、私は夜も眠れなくなるのです。親友に嫌われてしまうという不安と、その日に喧嘩した事を思いだしてしまう事によって波のように押し寄せる悲しみが私の中で渦巻き、一睡もできないまま、ただ後悔に涙を流して朝を迎える事だって、今まで何度もありました」
園田海未は言いたいのだ。
南ことりに、
自分だってか弱い女の子なのだと。
「ですが翌日、いつもの待ち合わせ場所で私を励ましてくれることりの顔を見て、ことりの声を聞いて、ことりに頭を撫でられて感じるあの温もりで、私の中に流れていた不安や悲しみの念はいつも一瞬で消え去るのです」
穂乃果に謝ろう。
そう思えるのだと、園田海未は言う。
「あなたは毎回、私の頭を撫でながら『大丈夫だよ、穂乃果ちゃんは海未ちゃんの事が大好きなんだから、絶対に仲直りできるよ』と囁いてくれていました。あれはただの、何の根拠も確証もないパッと思い浮かんだ適当な勘だと、言うんですか?」
「ち、違うよ海未ちゃん! わたしは、そんなつもりじゃ――」
「ならなぜ、穂乃果からも相談を受けていたはずのあなたが、穂乃果の事を『優しい女の子』などと言えるのですか!?」
その言葉に、南ことりはぎょっと目を剥いた。
グラスから炭酸水を啜り上げるストローから口を離した高坂穂乃果が、クスリと笑う。
夜伽ノ美雪でさえ思った。
(あァ、なるほどォ……)
と。
園田海未は続ける。
「穂乃果なんて全然、これっぽっちも優しくなんかありませんよ! 小さい頃からそうでした! 穂乃果は思いついた事を片っ端から初めてしまうような単純脳味噌で、私達はいつも振り回されてばかりですよ!」
園田海未や南ことりだけではない。
西木野真姫や矢澤にこ、絢瀬絵里だってその被害者の立場に立った事がある。
「穂乃果に手を引かれて隣町へと探検に出掛けた時は、道に迷って帰れなくなり、私とことりは大泣きしたではないですか!」
その時の高坂穂乃果の言い訳は『未開の地を探検したいっていう子供心は誰にでもあるよ!』だった。
「夜の小学校に忍び込んで一晩を過ごそうと無理矢理連れ出された時には、戸締まり担当の先生に捕まってこってり絞られましたよ! あの日私が家に帰ったら、般若のような顔をしたお母様にこっぴどく叱られて一晩中泣き続けましたよ!」
その当時の高坂穂乃果の言い訳は『夜の学校って何だか楽しそうって思ったんだもん!』だった。
「三人でよく遊んだ公園の中央に聳える大木に登った時、下を見て恐ろしい高度を感じた私達は降り方を忘れ、助けが来るまで木の幹に座り込みながらずっと泣いていましたよね! あの時はさすがの穂乃果も参ってしまい、枝に留まった小鳥に『ことりちゃんが小鳥になっちゃった』とか訳の分からない事を口走ってましたよ!」
救助された後の高坂穂乃果の言い訳は『だって可能性感じたんだもん!』というこれまた訳の分からないものだった。
「穂乃果が優しい!? 笑える冗談ですよことり! 穂乃果は優しいのではありません! ただ思いついた事は全て実行に移さなければ気が済まない大馬鹿者で、しかも他人様をそのトラブルに勝手に巻き込む愚か者なんです!!」
ただ、隣町で道に迷った時には、道行くおばさんから美味しいお菓子をもらえた。
ただ、夜の学校では、その日たまたま教室に忘れたノートを取る事ができた。
ただ、背丈の高い木に登った際には、茜色の空と綺麗な夕陽が見えた。
ほんの少し、高坂穂乃果という単細胞生物に付き合ったご褒美が与えられただけ。
決して、良い思い出とはならない。
ただ、かけがえのない思い出となるだけなのだ。
「穂乃果はまったく成長していませんよ……。高校受験目前となって勉強を私達に教わりに来たり、無事高校に入学できたと思ったらまた勉強を呆けて、宿題はやらないし、提出物は出さないし……。しかもその上、図々しく宿題を写させてくれと頼んできて、私達に何の見返りもしてこない……こんな人間の、どこか優しいって言うんですか」
吐き捨てるように、園田海未は言い切った。
高坂穂乃果は、それでも笑っている。
そして、南ことりは――。
「――てよ」
じょじょにじょじょにと曲げていった首が、とうとう頭を完全に下に向かせていた。
両肩をプルプル震わせながら、決して彼女達の顔を見ようとしない南ことりは、ようやく意を決したように声を荒げながら顔を上げる。
言葉は、それこそ単純だった。
「それ以上、『穂乃果』の事を――友達の事を悪く言わないで!!」
そこで、南ことりは見た。
いつの間にか、席を立った高坂穂乃果が、園田海未の隣に並んでいる。
二人とも、かつて南ことりは目にした事がないような、柔らかい、また受け入れてくれるような笑みを浮かべていた。
「……ねぇ、ことりちゃん」
高坂穂乃果はようやく、言葉を発する。
「穂乃果の予想通り、やっぱり海未ちゃんに酷いように言われちゃったよ。でもね、海未ちゃんの言葉こそが、わたし自身も言いたかったセリフ。……わたしは昔っから海未ちゃんとことりちゃんに迷惑ばかりかけてきたんだもん。これは絶対に穂乃果が悪い事で、二人は被害者。今まで何度わたしが二人を振り回してきたか、もうさすがに数え切れない程だけど……やっぱり、謝った方がいいよね」
「だ、駄目だよ穂乃果ちゃん!」
すぐさま、南ことりは拒絶する。
他のメンバーの姿など、悪いが目に入らなかった。
夜伽ノ美雪に関しては、もはやその姿をどこかへと消している。
南ことりは構わず立ち上がった。
「わたしは、穂乃果ちゃんに迷惑をかけられただなんて思ってない! 振り回され続けてきたなんて微塵にも感じてないの! だって、だって――」
はっきりと、素直な気持ちで。
「わたしは、後悔した事なんて一度もないもん!!」
それはかつて、彼女にも言わせた言葉であった。
「私も同じですよ、ことり」
園田海未は言う。
「迷惑をかけられた、振り回されたと私は正直に思っています、ですが……穂乃果に付き合っていって、後悔した出来事など一度もありませんでした。今回の、スクールアイドルの件だって、もちろんそうです」
仲間達に出会えた。
それが一番、有力な感想であり、理由なのだろう。
「穂乃果は、言ってしまえば子供っぽいのですよ。……そして、ことり、あなたもですよ」
「え?」
「聞き逃してもらえたと思っているのですか? 先程あなた、穂乃果の事を呼び捨てに呼びましたね?」
「――!」
結局、同じなのだ。
性格はそれぞれみんな、違う。
野球選手だって、守れるポジションにばらつきはあるだろう。
だが、全員が一致として『野球が好き』であるという事に、変わりはない。
幼馴染みの三人もまたしかり。
無邪気に走り回る高坂穂乃果も。
一つの喧嘩が起因となって枕を濡らして夜を過ごしてしまう園田海未も。
無垢な心を持っているように見えて、ふとした瞬間に本性が垣間見られてしまう南ことりも。
『穂乃果ちゃんみたいな無邪気な笑顔を浮かべる事はできないの!』
『それ以上、「穂乃果」の事を――友達の事を悪く言わないで!!』
全員が、所詮は高校二年生なのだ。
三人とも、同じ年齢の同級生なのだ。
みんな、子供っぽいものなのだ。
「だからさ、ことりちゃん」
高坂穂乃果は優しく笑う。
「わたし達の一歩後ろを歩く必要なんて、どこにもないんだよ?」
また、園田海未も同調する。
「えぇ、そうですよことり。あなたが私達の背中を追い続ける必要なんてないのです」
一緒に進みましょう、と。
手を差し伸べながら、南ことりを誘うように。
「私達と並んで、同じ歩幅で――」
元々は昔から繋がれていたはずのその手を、
「…………うんっ」
涙を浮かべた少女は強く握り返す。
少女の正体は、秋葉原に現れた伝説のメイドなどではない。
またこの一時だけ、音ノ木坂学園の生徒でも、μ'sの一員でもない。
彼女の名前は南ことり。
高坂穂乃果と園田海未の幼馴染みであり、大親友という、かけがえのない存在であった。
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……何か、向こうから拍手が聞こえる。
察するに、どうやら終わったらしい。
俺は頭からヘッドフォンを外し、ちらと目横のCDプレイヤーに視線を向けた。
ボタンを押し、トレイを空ける。
中から顔を覗かせたのは一枚のCD。
何の絵柄も文字も入っていない、曲名が一曲だけのディスク。
「どうですかご主人様、ミナリンスキー様の歌声は?」
カウンターを挟んで笑顔を俺へと向けてくるメイドが尋ねてきた。
……どうやら、曲作りもダンスの練習もいらないようだな。
「なァ、この店にメイド服はあとどれだけ置いてあるンだ?」
俺の……というか客からの質問に、そのメイドは一瞬キョトンと反応を遅らせた。
「えぇ、それはまあ、五〇着くらいは完成品が下にあったでしょうか。サイズも豊富に揃っておりますが……」
……なるほど。
お膳立てはすでに出来上がっているってか。
「おい、メイド」
「は、はい?」
さて、一週間後のオープンキャンパス。
理事長もたまげて腰抜かすぞ。
「このCD売ッてくれ、金額はどれだけぼッたくッても構いやしねェ。それと今から俺が言うサイズに合わせたメイド衣装を九着用意しろ……あァ、それとブラックコーヒーもおかわりで」
間もなく、夜の開店が始まるようだ。
読んでくださりありがとうございます!
ご苦労さまでした!
次話もよろしくお願いします!