書き溜めてました。
さて、今回の主人公はあの変態男です――皆さん覚えていますかね?汗
それでは、どうか!
水浦竜三と來栖麗羅が衝突した時刻と、ほぼ重なっている夜の住宅街。
もう一人の男も、こちらで状況を捉えていた――。
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柊蒼太郎。
父親が弁護士、母親が大学教授という間の子供に生まれ、兄弟姉妹は存在しない。
職業柄なのか、彼の両親はいつでも息子に厳格に接した。
勉強しろ。
テストでは満点が当たり前だろう。
週七日で三つの高名塾に通わせよう。
柊家の両親は常に深謀を巡らせ、善後策を介し、息子の将来についての談論を日々欠かす事なく争うように言い合った。
柊蒼太郎にとって、自分の両親はまさに神様のような存在であった。
感服した尊敬の眼差しはいつしか憧れへと変わり、自分も両親のような立派な人物になりたいと懐抱するようになる。
彼は友達も作らず、
クラスにも溶け込もうとせず、
両親以外の人物に心を開こうとはしなかった。
自分の人生において、邪魔なお荷物となる。
彼は、学生の本分も全うせず、放恣な日々を送っているような他人を見下すようになっていた。
――友達は選びなさい。
かつて両親に言われた言葉は、いつでも柊蒼太郎の心に刻み込まれている。
必死に勉強をして、社会のトップ地位に立つ両親に少しでも近づきたい。
その一心で毎日を進捗させる彼の、机の上の参考書と向き合う息子の姿に、両親はとても満足していた。
柊蒼太郎は、決して付焼刃のような不出来なものでない――完璧を求めた。
答えを朧化させる事を嫌った。
従容たる立ち振る舞いを苦手とした。
通弊となる存在との接近を隔てた。
誤植の一つも見逃さなかった。
拙速な出来上がりを許容しなかった。
他力本願から生まれる移管などしなかった。
故に、柊蒼太郎には杞憂や懸念はなかった。
今まで、自分のためとなる存在としか関わらないで生きてきたから。
何事にも真摯に向き合う。
不足した部分はすぐさま補填を施す。
いくら極上の至極があろうと別の布石を考える。
沈思黙考は全神経を集中させて勘案する。
研鑽を怠らずに精進する。
柊蒼太郎は、嘘や欺瞞、詭弁を嫌い――
刻苦し堅忍し、気概を示す事を常とした。
自らを全知全能の神とまでは言わないが、彼は常に秀逸な人間でありたいと思った。
両親に近づくのではなく、二人を超越する程の叡知を司る者になる事を願った。
またその両親の期待を裏切らず、そして今までの自分の人生に恥じないよう、自戒を強め、余計な恬淡をしないよう心懸けていた。
謹厳で、俊傑と知られた。
徳望が高かった。
誰もが彼を、日本社会の大黒柱となり得るのだろうと、まるで自分の事のように胸を膨らませた。
そんなある日――。
柊蒼太郎は、とある一人の少女と出会う。
夜伽ノ美雪。
キッカケは単純だった。
今まで何事にも執拗と迫らなかった彼は、まるで漫画に登場してくるような不良面の女の子に――一目惚れをした。
柊蒼太郎も、やはり一人の人間であり、
一人の男の子だった。
彼は初めて、恋を体験したのだ。
今まで、己の強靱に磨かれたダイヤの心に閉ざされた、人間としての欲求が、導火線が焼き尽くされたダイナマイトのように爆発した。
彼女を手に入れたい。
彼女を独占したい。
彼女の声をもっと聴きたい。
彼女の色々な表情を拝んでみたい。
彼女の身体を抱いてみたい。
渦巻くように、そんな汚れた野心に近い感情が、柊蒼太郎の中で膨張していった。
それでも勉強は怠らなかった。
その上で、彼は夜伽ノ美雪に迫っていった。
自らの頭脳を駆使し、
自分の親の地位を示し、
自分の生まれ持っている男前な顔で――。
しかしとうとう、意中の少女は振り向いてくれなかった。
こじらせるように、いつからか彼はストーカー紛いな行為に走っていったのだった。
そして今日も――。
柊蒼太郎は、夜伽ノ美雪の自宅へと足を運ぶ。
(今日こそ、彼女を手に入れてみせる)
その熱烈な想いを、胸に抱いて……。
「……ん?」
ふと、スーツ姿をした彼は、夜伽ノ美雪の自宅がある三〇〇メートル程の手前で立ち止まった。
五〇メートル程先に、街路灯で灯された明るい空間の中をうろうろと行き来している男が、彼の目に入ったからだ。
(何だ、彼……怪しいな)
柊蒼太郎はピンとくる。
(どこか……ボクと同じ臭いがする!)
それは、つまりストーカーの臭いなのだという事を、彼自身は自覚しているのか否か。
すると、相手の男。
柊蒼太郎に気づいたかのようにこちらを向くと、その距離をゆっくりと歩いて近づいて来る。
やがて、その男――大学生、柊蒼太郎と歳が同じくらいだろうか――短髪に切り揃えられた黒髪がはっきりと窺える程までに近づき、目の前で止まる。
「なあ、あんた、ちょっといいか?」
「ん? ボクかい?」
尋ねた男の声は予想以上に低く圧し殺されているようだ。
だが特に動じる事もなく、柊蒼太郎はそれに応じる。
「この辺りに、夜伽ノ美雪っていう、音ノ木坂高校に通っている女子生徒が住んでいる家があるはずなんだが……あんた、知らないか?」
……そこで。
柊蒼太郎は、何かを悟った。
何でもないような、むしろ可笑しそうに笑って答える。
「夜伽ノ? 面白い名前ですね。いや、すみません、ボクは聞いた事ないのですが……それでもこの地域はよく通りますし、人の顔もよく拝見させてもらっているので、顔を見れば誰だか分かると思うのですが……」
柊蒼太郎の言葉に、男はやや躊躇うように言葉を詰まらせた。
しかし相手に、警戒の色はない。
赤い長袖シャツ一枚に、下がダークブルーのスラックスを履いた男は、ズボンのポケットからスマホを取り出し、指で画面を数回タップすると、それを柊蒼太郎に向けてきくる。
「こんな顔だ……なかなか目立つ外見してっから、見覚えがあればすぐに分かるはずだろ」
柊蒼太郎は、そのディズプレイを見た。
電子画面越しでも分かる程の、煌めく銀髪。
獣のように鋭い赤く光った瞳。
音ノ木坂のジャージ姿。
(ちょっとちょっと美雪ちゃん……いったい何のトラブルに巻き込まれているのさ……)
内心、柊蒼太郎はうんざりとしていた。
写真に写るのは紛れもなく夜伽ノ美雪で。
また、自分の好きな人が何やら厄介な問題に巻き込まれているのは、目の前の状況から察して一目瞭然だった。
(想い人に余計な争いのかかる問題点があると、それが起因に面倒臭い事になるんだよねぇ)
そんな事を思っていると、案外長い時間画面と向き合っていたのか、男が苛ついた様子で言葉を出す。
「おい、どうなんだ、見覚えがあんのか?」
その声で、柊蒼太郎は切り替えた。
(まぁ、向こうからしても後戻りはできないみたいだし、別にいいか)
今はまず、目の前の男の事を考えよう。
柊蒼太郎はにこやかに、申し訳のない色が見えない表情で言う。
「いや~、ははは、すみません。こんなに独特な外見を持った方は、逆に見た事がありませんよ。この近所にお住まいだと言うのなら、是非拝見してみたいものですよね」
男の顔が微妙に落胆したのが分かる。
だがしかし、苛立った様子で舌打ちを一つかましてきた。
「……そうかい、邪魔したな」
そう言って、男は夜伽ノ美雪の自宅とは逆方向へと――柊蒼太郎を追い越して歩き去っていこうとする。
「ねぇ、ちょっといいですか?」
男の背中に、柊蒼太郎は投げ掛けた。
「あ?」
「その写真、どこで撮ったのです?」
その問いの間には、妙な間があった。
「……お前には関係ねぇだろ」
「ちなみにその、夜伽ノ美雪という人は、あなたにとってどんなお人なのですか?」
「あぁ? 何言ってやがる――」
「もしかしてあなた、彼女のストーカーですか? そうだとすれば、最低ですね。まさに社会に蠢く害虫ですよ」
柊蒼太郎は、男の方へと振り向いていない。
だが、彼の言葉に男が背後から寄ってくるのが、不器用な殺気でよく感じ取れた。
「おいテメエ! さっきから何ゴチャゴチャと――」
男が柊蒼太郎の右肩を掴む。
それが、引き金となった――。
「それに、関係ならありますよ?」
自分の肩に置かれた手首を、柊蒼太郎は右手で掴み、力強く握りながらゆっくりと、男へと身体ごと向き合う。
「何せ……あなたの探している夜伽ノ美雪という女の子は――ボクのフィアンセなんだから」
そこから放たれるのは、器用な殺気。
「なっ――!?」
柊蒼太郎は、掴んだ手首を捻り上げて男の背中を自分の前に晒すと、その尾骨部分に思いきり蹴りをかます。
「がっ……!!」
だが特に痛覚はなかったらしい。
男は前のめりに転倒するも、すぐさま起き上がって相手に向き直る。
「……テメエ……騙しやがったな」
「ボクの将来のお嫁さんに手を出そうとしたからだよ…………悪いけど、君をここで見逃す事はできそうにない」
一段。
柊蒼太郎の声が低く下がった。
すると男は、彼へと奇妙な質問を投げ掛ける。
「おい、テメエ……水浦竜三を知ってるか?」
その質問は、今度こそ本当に、柊蒼太郎の管轄外となっていた。
「……誰だい、それ? 悪いけど、そっちの方は本当に知らないよ。美雪ちゃんの事については誤魔化したけど、ボクは嘘が大嫌いな人間なんだ。今度ばかりは、本当さ」
するとどうやら、男の質問はただの確認だったらしい。
そうかい、と呟いた限り、その事については何の追求もしてこなかった。
「なら……今しがた蹴り飛ばされた個人的な恨みでお前をボッコボコにしてやんよ!!」
突如、そう吠えた男が突進してくる。
柊蒼太郎は、冷静に構えた。
「やれやれ……完全に弱者の吐くようなセリフだよね。今時の小学生でもそんな幼稚な言葉は言わないさ」
柊蒼太郎の毒舌に、この男――氷室亞月〈ひむろあづき〉は構わず拳を固め、それをストレートに撃ち出した。
パアァン!!
その乾いた音は、拳が顔面にヒットした音ではない。
拳が届く寸前に柊蒼太郎が、氷室亞月の右腕を蹴り上げた音だった。
そのせいで氷室亞月の右腕が天を差すように掲げられ、彼のガラ空きとなった胴へとめがけ――、
「しゅっ――!!」
蹴り上げた右足を、そのまま五発連続で叩き込んだ。
「っっっ――!?!?」
その間の時間、約〇. 八秒。
しかし一発一発の勢いは、氷室亞月の身体を薙ぎ倒すには十分な威力となる。
……はずだった。
「ん……?」
「かはっ……くそ、痛ぇ……」
痛い、と呻くだけで、
氷室亞月はその場で立っていられていたのだ。
予想外の事態に、柊蒼太郎は思わず怪訝顔を浮かべる。
(おかしいな……今の威力なら、数メートルは吹っ飛んで、胃の中の液体が全て逆流されててもいいはずなんだけど……)
柊蒼太郎は昔から完璧を目指していた。
しかし、それは勉強に限った話ではない。
いつしか全ての分野において完全なものとなろうと望んだ彼は、親に無理を言って空手を習っていた時期があった。
実力も、本物だった。
「チッ……多少はやるって事かよ……くそ、水浦竜三といい、夜伽ノ美雪の周りには乱暴者しかいねぇのか」
そう言う氷室亞月は、蹴られた腹の箇所をさすっていながらも、すでに体勢を立て直している。
(空手をやめて四年……それでも自分の力や技にはまだ自信があったんだけど……あの咄嗟の瞬間に受け身を取られた……?)
だとすると、と。
柊蒼太郎は一つの答えを導き出す。
「君も、どうやら何かを習っていたようだね」
「……まぁな。つい一年前に嫌気がさして抜けたが、少林寺拳法をやってたんだよ。考えてみりゃ、よくあんな監獄に近い環境で五年間も続いたよな、俺」
少林寺拳法。
その単語には特に反応を見せず、柊蒼太郎は相手に問う。
「ところで、君はなぜ美雪ちゃんを狙っているんだ? さっき見せてもらった写真もどうやら盗撮のようだし……まさか本物にストーカー?」
「テメエにゃ関係ねぇよ」
「あるさ。言ったろ、彼女はボクのフィアンセなんだ。それに盗撮スキルは見た所、ボクの方が上級者だね」
「テメエの方がよっぽどストーカーなんじゃねえかよ。つぅか、よくあんな男っぽい女と結婚するなんて言えるなお前」
「前途多難なんだけどね。……それより今の言葉からして、君は美雪ちゃんに好意を抱いている人間という訳ではなさそうだ。ならなぜ、彼女を追っている?」
柊蒼太郎は立て続けに質問をぶつけるが、氷室亞月はこれ以上に会話は無駄だと判断したらしい。
「それこそ、お前の知らなくていいもんなんだよ――っっっ!!」
氷室亞月は大仰な体勢で、再び柊蒼太郎へと襲いかかる。
数発拳が飛べば、それを見事な俊敏な動作で次々と躱していく。
蹴りが放たれると、自分の脚でそれをガードし、今度はこちらから鋭い拳を撃ち出す。
氷室亞月はそれを躱すのではなく、自らの腕や脚で防御して軌道をずらし、絶対に自分の身体の軸をぶらそうとはしなかった。
攻撃を避けながら尚、即座の動きで拳を繰り出してくる。
柊蒼太郎はその攻めを、体勢を崩しながら避けるしかない。
その分、こちらからの攻撃が遅れるのだ。
バキッ!!
一発。
柊蒼太郎の頬に拳が当たる。
「くそ……」
このままでは分が悪い。
そう判断した彼の思考が新たな手へと導いてくれるまで、時間はいらなかった。
「ふっ――!」
一つの拳をしゃがんでよける。
そのまま脚を回し蹴りにし、相手の足首を引っかけ、転倒させた。
柊蒼太郎自身も地べたに仰向けで寝転げたまま、天を仰ぐように右脚を舞い上げる。
「ッ――!!」
岩を穿つ滝の如く。
脚を振り下ろし、相手の懐へと踵を叩き込んだ。
「ガッ――は……っッっ……」
気絶させる必要はない。
しかし急所に入っただろう。
相手が苦しみ、悶える時間さえあればそれでいいのだ。
柊蒼太郎は素早く起き上がり、腹を押さえて地面をのたうち回る氷室亞月を尻目に手を上げた。
「アディオス!」
そう言い残し、彼は走った。
もちろん、夜伽ノ美雪の自宅とは逆方向へと。
背後から自分を呼び止める、苦悶に満ちた声が聞こえるがいっさいの無視を決め込む。
どうやら危機は去った。
だが……、
「まったく……今度、美雪ちゃんに会ったら詳しく聞かないとダメだね、これは」
しかし今日はもう無理だ。
ひとまず、自分の家まで退散しよう。
「帰ったら勉強でもしようかな……」
夜の住宅街を颯爽と走りながら、彼は何事もなかったかのようにそう呟いた。
自分の口元が切れ、出血している事に、彼は気づいていない――。
変態キャラの意外な一面を表した今回のお話でした。
皆さん、二人のキャラが主人公にお話二連発にお付き合いいただきありがとうございます!
ここから先は、本気で亀さん投稿となる事が予想されます……泣
はぁ…受験とか嫌だ……。
それでは次回、どうか待っていてください!