笑顔を咲かせた少女は紛れもなく…   作:西部荒野に彷徨う海賊

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 アナザーストーリー三話目。

 夕霧靜霞の日常は、これからどう移り変わっていくのか……

 もう一人の主人公である彼女は初めて、夜伽ノ美雪と交差する――

 ※念のため書いておきますが、ASの物語は本編の日時とは平行していません。





AS  File.No3

 

 

 

「嘘……でしょ……」

 

 本当に、今日は嫌な事ばかりだと。

 私、夕霧靜霞は自宅の玄関の前で項垂れていた。

 

 夜伽ノさんに再会できたと思ったらそんなに長く話せなかったし。

 途中で私の苦手な矢澤にこが横槍入れてくるし。

 午後の授業の小テストじゃ裏面の解答をまるまる忘れて提出しちゃったし。

 

 今だって、一人校舎に残って自習をした後。

 すっかり暗くなった空の下、住宅街の長い道のりを歩いて来たと思ったら――。

 

「まさか、鍵を教室に置き忘れてくるなんてね……」

 

 これ以上ない失態。

 油断していた。

 

 頼れる友達というものが同学年に存在しない私は、常日頃から特に忘れ物だけは気を張らせていたというのに。

 

 だって、嫌じゃない。

 私が教科書を忘れたせいで隣の子と机をくっつけて、そこからさらに同じ教材を共用するだなんて。

 お互いとっても気まずいわよ、だって友達でも何でもないんだもの。

 もはや私の隣の席に座った生徒は罰ゲームを受けていると同じ扱いね。

 

「一年の二学期から、忘れ物だけは絶対にしなかったのに……」

 

 その分、教室に私物を『忘れて』きてしまった事に、私の中で決して小さくないショックがあった。

 

 また、同時に大きな問題が発生する。

 

「今日、ママは出張先で一晩泊まるって言ってたし……どうしよう、家に入れないじゃない」

 

 嘆いていても仕方がない。

 私は素早く切り替え、スカートのポケットからスマホを取り出し、画面をタップしてアドレス帳を開いた。

 

 通話をかけると、相手は短い時間でそれに応じてくれる。

 

『は~い、もしもし~?』

 

 電話越しに聞こえる甘ったるい声は、中学時代で唯一作れた私の友達。

 

 名前を琴菊美紗〈ことぎくみさ〉っていう。

 

「あぁ、もしもし美紗? ごめんね、いきなり電話して」

『ううん、全然平気だよ~靜霞ちゃん――――ちょっ……、あん、も、もう……い、今は駄目だって……ちょっと……』

 

 美紗の声が微かに潜められ、それでいてどこか艶めかしい声が私の耳に入ってきた。

 

 ……タイミングが悪かったのかもしれない。

 

「もしかして今……彼氏が家にいる?」

『へぇ? あ、うぅん、彼氏じゃないよ~? 今日は親がいないから、美紗の家にセフ――』

「またね」

 

 急いで通話を強制終了させる。

 あれ以上の言葉を聞いてしまえば、私の中できっと何か大切なものが砕けてしまう気がした。

 

「美紗の家はあの子が男とアンアンしてるから駄目、か……となると」

 

 ……となると?

 そこで、私は気づく。

 

「どうしよう……本気で」

 

 たった一つの希望であった美紗の自宅を出向く事も許されない私は、いったい今日、どこで夜を明かせばいいのかしら。

 

 ママの実家で元気に過ごしているお爺ちゃんお婆ちゃんの家は他県にある。一晩泊めてー、などと気軽に行ける距離ではない。

 

 ……公園?

 最悪、公園のベンチなのかしら?

 それか公園の砂場に段ボールを敷いて背中に硬い感触を味わわせながら眠らなければならないの?

 

「い、いえ、落ち着きなさい夕霧靜霞……まだ可能性はあるわ……野宿だけは控えられる何かの可能性が……」

 

 建設中のビルに忍び込んで、その中で朝日が昇るのを待つという手があるわね。

 

「もう、これでいこうかしら」

 

 ……あぁ、もう!

 何で私がこんな目に遭わなきゃいけないのよ!

 

 ――という気持ちが少しある。

 

 だからと言って、今から学校に戻って家の鍵を取りに行くという選択肢は端からないわ。

 多分私なら、教室まで続く長くて暗闇の廊下を歩いていくだけで、途中で恐怖心に負けて気絶する自身があるので。

 

「はぁ……今頃、美紗は性友達とイロイロやっちゃっているのかしらね……」

 

 丁度、おっぱじめた頃かも。

 

 周囲を見回しても、住宅が建ち並ぶだけの道に人影は見られない。目の前の玄関の扉は呪文を唱えた所で開きそうにもないのだ。

 教室じゃ私はいつも一人だが、周りには大勢の人間がやかましく騒いでいる。

 

 

 ――逆に、今のようにこうも完全に独りぼっちの世界に立ってしまうと、時々考えてしまう。

 

 

 私も彼氏の一人や二人ぐらい作っておけばよかった。

 私の身体をすぐ傍で抱き締めてくれる人を探しておけばよかった。

 どんな手段でもいい――どれだけエッチな事でもいいから、私の事を慰めてくれる人が欲しかった。

 

 望めば、手に入れる事はいつでもできた。

 

 何て言ったって、私は容姿も身体も頭脳も全て、恵まれて生まれてきたから。

 

 恵まれなかったものといえば、それは親かもしれない。

 

 ママに文句を言うつもりはない。

 ただ――。

 

「……って、今の私はそんな物思いに耽っている訳にはいかないでしょ!」

 

 問題はこれからどうするか、よ。

 

 寝る場所がない。

 身体の汗を洗い流せる場所がない。

 

 最悪、少し歩いて銀行でお金を下ろし、ホテルに向かう事にしたいのだが……正直に無駄な出費はお断りなのよね。

 

 

 ――そんな時。

 

 

 足音が聞こえた。

 一人分の足音。

 いったいどのタイミングから現れていたのかは定かじゃないけれど、その足音は私の方へと近寄ってきている。

 

 だが足音の音源はまだ少し遠い位置のようだ。

 私はふとして、数本の街灯だけで照らされる住宅路の道に出て、それを見た。

 

 

 左右に揺れる長い銀髪――それは背景の暗闇により異色の存在感を放っている。

 研ぎ澄まされた真っ赤な双眸――まるでその瞳に触れた空気さえも斬り捌いているように尖った刃物。

 

 

 上下ジャージ姿。

 右肩には学生鞄。

 

 

 ――あの日と、同じ格好。

 

 

 そう思うや否や、意識せずとも自分の震えた喉が声を発していた。

 

「夜伽ノ……さん?」

 

 私の声に、彼女は足を止めた。

 

 お互いの間隔は五メートル程空いている。

 それでも相手の顔を確認するのには十分な距離だった。

 

「あァ……何だ、お前とはよく会うな」

 

 突き返すようなセリフはなかった。

 鬱陶しいように目を背けてくれなかった。

 

 何より、まず。

 

 彼女に――また会えた。

 

「嬉しい……」

「あ?」

「あっ、ううん! 何でもないのよ!?」

 

 心の声が思わず漏れてしまったわ。

 私は慌てて両手を顔の前で大仰にばたつかせ、首も横に振った。

 

「えっと……夜伽ノさんも家がこの辺りなの?」

 

 さりげなく、私は聞く。

 

「ン、あァ……まァ、そこ」

 

 夜伽ノさんは左腕を上げ、人指し指で何かを指した。

 

 彼女が向ける指先の方向には、私の背後――周りの住宅より一際大きい一軒家。

 今時の住宅街には珍しい、西洋風の窓枠や煙突までもが設けられてある。

 

 そして、その家は。

 

 紛れもなく、私の家の隣に位置して建てられていた。

 

「隣ぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっっっ!!!???」

 

 どうしてくれんのよ、思わず叫んじゃったじゃないの。

 ハッとして見れば、夜伽ノさんがあからさまに嫌そうに顔を顰めていた。

 

「うるさ……マジ近所迷惑も良い所だな」

「あっ、ち、違うのよ! ――そうだ、夜伽ノさん、私の家はここ! これなのよ、私の家は!」

 

 ……どうしよう、気持ちが落ち着かないわ。

 それに普段から人と喋ってない毎日が三年間続いたもんだから、若干コミュ障に陥っているかもね。

 

 夜伽ノさんは私が指さす方向を見て、

 

「へェ、ッて事は、俺達がお隣同士ッて事かァ?」

 

 と、少し驚いたようにそう言った。

 

 そこで、普段から学年トップ(本当にたまに絢瀬絵里に抜かされるけど)の私の頭脳が高速回転し、とある方法を見つけ出した。

 

 これなら……いけるかも!

 

「そ、そうなのよ! 私達家族は、私が高校に上がると同時に引っ越しをしてきてね~……、それでね夜伽ノさん」

「あァ?」

 

 彼女の低く圧し殺された短い声にびびっていちゃ駄目よ。

 正直、私の中では野宿の危険性なんてものはとっくに遥か彼方へと飛ばされていた。

 

 今は、夜伽ノさんと仲良くなれるチャンスなんだから――っっっ!!

 

「私、学校に家の鍵を忘れてきちゃったのよねぇ」

「……へェ」

 

 私の声に、再び短い返答。

 からの、しばらく沈黙がお互いの距離を支配した。

 

 ……十数秒くらい経った頃かしら。

 

 何の前触れもないように、夜伽ノさんが停滞させていた足を歩かせ始まる。

 

 何事もなかったように、私の横を通り過ぎて行った。

 

「ンじゃ、俺はこれで――」

 

「……えっっっ!? ちょ、待って! 何で!? いや、何で!? おかしくない!? えぇちょっと待って! ねえ! ねえ待ってよ!? ちょっと待っておかしくないねえ!? 待って待って! 嫌! 絶対に待って! 嫌よ待って嫌! 絶対に待って嫌よ待って!? ねえ待って!? え!? 嘘でしょ!? 今ので、え!? ちょっと待って絶対に嫌! 嫌! 嫌よほんと待って嫌!? 嫌嫌嫌!?!? ねえ絶対待ってちょっとねえ嫌!? 待って待ってよ待ってください!?」

 

 通り過ぎて行く際に彼女の腕を両手で掴み、私は混乱する頭で思わず首を振りながら叫んでいた。

 

 ……あぁ、もう、情緒不安定だわ、今の私。

 

 もんのすごい嫌そうな表情を顔に貼り付けて、夜伽ノさんが振り向き、近距離から見下ろすように私との視線を合わせた。

 

「……何だお前、もしかして頭におかしな障害でも抱えてンのか?」

「違うわよ! 失礼ね!」

「はァ……面倒臭ェ……」

 

 わずかな星が煌めく夜空を仰ぐように顔を見上げ、夜伽ノさんは大きなため息を吐く。

 

「ンで、お前はつまり何が言いたいンだよ」

 

「そ、それは……えと、そのぉ……」

「ハッキリ言え」

「うっ」

 

 思わず喉奥で息を詰まらせた。

 けど何も言わない訳にもいかない。

 

 私は心を落ち着かせるように深呼吸をし、夜伽ノさんの真っ赤な両目と自分の視線を今度こそ、交差させる。

 

「一晩、泊めてください……」

 

 

 







 映画はやく見たいな~……ハッ!?

 ――AS三話、読んでいただきありがとうございます!
 次話も本編もよろしくですよ!



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