笑顔を咲かせた少女は紛れもなく…   作:西部荒野に彷徨う海賊

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 第四章、最終話です。
 
 みなさん、どうかお付き合いください!




39話 とある疑惑への入り口

 

「やぁ、初めまして水浦竜三くん。ボクは柊蒼太郎といいます。どこにでもいるような、ごく一般的な大学生ですよ。以後、お見知りおきを」

 

 

 水浦竜三が病室に入って見たその人物は、軽い口調でそう言った。

 

 左右のバランスが整わない黒い前髪。

 白いフレームが広い眼鏡。

 レンズの奥に見える細い狐目。

 

 普段から着ているスーツ姿で登場した柊蒼太郎と、ラフな格好でいる 水浦竜三は、この瞬間で初めて。

 お互いの顔を合わせた。

 

 水浦竜三の背後の扉がバタン、と閉まる。

 

 水浦竜三はすぐに思考を働かせた。

 

(何者だ、こいつ……。だが俺の名前を知っているという事は、梶ヶ谷の差し金か? いや、待てよ……こいつのさっき言っていた名前、どこかで……)

 

 ハッ、として顔を上げた水浦竜三。

 柊蒼太郎は満足そうに、その顔を不気味に笑わせた。

 

「その反応じゃ、ボクの事は美雪ちゃんから聞いているようだね。ははは、嬉しいなぁ。友達にもボクの事をすでに紹介してくれていただなんて」

「テメェ……美雪の言っていたストーカー野郎か」

 

 方や歓喜の詰まった笑みで。

 方や警戒が強まる一方の体勢で。

 

 二人は互いの顔を見合わす。

 

 だが膠着状態が続く訳でもなく、柊蒼太郎はすぐに口を動かした。

 

「まぁ今回、ボクが君について色々調べて訪ねてきた理由も、美雪ちゃんの事に関してなんだけどね?」

 

 その言葉に、水浦竜三は葛藤する。

 

 目の前のこいつは何者なのか。

 美雪とどういった関係なのか。

 こいつも梶ヶ谷達と絡みを持っているのか。

 

 こいつは自分の敵なのか、そうでないのか。

 

 二人の距離は一つの部屋の中で数メートル離れている。

 その間隔を保ったまま、壁際の窓に背中を預け、柊蒼太郎は話を進める。

 

「こないだ、一人の男に襲われてね。夜道だったよ。そいつはどうやら美雪ちゃんの事について嗅ぎ回っていたみたいなんだ」

「何……?」

「美雪ちゃんの盗撮写真まで持っていたし、近所に彼女の自宅があるという事まで掴んでいる様子だったよ。ボクが美雪ちゃんの知り合いであるという事を判明させた途端、いきなり殴りかかってきたもんだから……まぁもちろん、ボクも応戦したけどね?」

 

 柊蒼太郎は素直に話した。

 

 また水浦竜三も一つ、自分に判断を下した。

 

(美雪の情報を探る連中に襲われたって事は……こいつは俺の敵じゃなさそうだ。美雪のストーカーっていう面を除けば、の話だがな)

 

 黙り込んで話を聞き入れる水浦竜三に、柊蒼太郎は肩を竦めて呆れるように笑った。

 

「どうせ美雪ちゃんに尋ねても、彼女の性格からして素直に正直な事を話してはくれないだろうしね。それに、なぜかボクは彼女に嫌われている傾向があるみたいだし」

「そりゃテメェは変質者的な行動を美雪に対して取っているからだろうがよ」

「それで考えた結果、美雪ちゃんの知り合いである水浦竜三くん……君を訪ねるのが手っ取り早いと思ったんだよ」

 

 水浦竜三は思った。

 

(こいつ、どこで俺が美雪の知り合いという事を掴んだ。そもそもなぜ、梶ヶ谷の取り巻きじゃねぇ癖に、俺の名前を知っている。しかも俺が今、この西木野総合病院に入院しているという事もこいつは知っていた。…………なぜだ。いや、美雪のストーカーという事は、美雪の交友関係とかにも詳しく調べているのか?)

 

 だとしたら、相当レベルと意識の高い変質者だ。

 

 水浦竜三は目の前の変態を、自分の敵ではないと断定して本当にいいのだろうかと疑いを持ってしまう。

 

「ねぇ、教えてくれないかな。美雪ちゃんはいったい何をやらかしたんだ? 彼女は何を抱えている?」

 

 柊蒼太郎の質問に、水浦竜三は答えられない。

 本当に、この変態に情報を渡してもいいのだろうかと疑念を抱いている。

 

(いや、そもそもにおいて、こいつの質問事態が間違っている)

 

 夜伽ノ美雪自身は、決して何も過ちを犯していなければ、何か問題を抱えているという訳でもない。

 

 いや、彼女は自身の『過去』についてなら、深い悩みを持ち合わせているが――。

 

 今回の場合では、ケースが違う。

 

 今、夜伽ノ美雪が梶ヶ谷の一派に身を狙われているのは、水浦竜三のせいなのだ。

 

(俺と関わりを持っている……それだけの理由であいつは奴らの標的にされている訳だ。だが梶ヶ谷に向かって『美雪は無関係だから手を出すな』とも言える訳がねぇ。そんな事をすりゃ、自軍の巨大要塞の地図を敵国に渡しているような自滅行為になる。本来の最優先標的が俺から美雪に移り変わっちまう)

 

 それだけは、避けたい。

 

 だが目の前の男も信用できない。

 何せ、彼は夜伽ノ美雪のストーカーという疑いがある。

 

 水浦竜三はふと思った。

 

 相手は自分の事を知っているのに、こちらは相手の事を名前しか知らない。

 

「お前、美雪の何なんだ?」

 

 根本的に、そこから始めないと話し合いの余地がない訳だ。

 

 素直に答えてくれるか分からない。

 

 だがそんな水浦竜三の予想に反して、柊蒼太郎は逆に、「よくぞ聞いてくれた」とでも言いたげな表情を浮かべた。

 

「美雪ちゃんは、ボクの将来のお嫁さんさ」

「…………は?」

 

 嬉しそうに。

 その言葉を言うだけで生き甲斐を感じているような、そんな雰囲気だ。

 

 柊蒼太郎は眼鏡のフレームを指でクイッ、と持ち上げて、また笑う。

 

「ボクは近い将来、美雪ちゃんと結婚するのさ。お互いに法律的には認められる歳だしね。今の所の予定では、ボクが大学を卒業したら式を挙げるつもりでいるよ。もちろんボクの両親が反対するかもしれないけど、その時は駆け落ちでも何でもするさ。それに美雪ちゃんのお父さんからは、ボクは結構気に入られているしね」

 

 ……目の前の男は何を言っているのか。

 

 水浦竜三は頬が引き攣る笑いを何とか堪えようとした。

 

 ――結婚?

 目の前の男と、自分の親友が?

 

 そんな話、ありえるのか。

 

「はっ」

 

 水浦竜三は鼻で笑った。

 

「どうせお前が造り上げた妄想だろ? 自分一人だけの世界に、他人を巻き込むんじゃねぇよこのクソ野郎が」

「妄想じゃないよ。これはボクと美雪ちゃんの未来図だ」

「その未来図の話に、美雪自身は乗っかっているのかよ」

「そこなんだよなぁ、難しいのは」

「やっぱテメェの妄想じゃねぇか」

 

 水浦竜三は呆れた顔で肩を落とした。

 

 そもそも、水浦竜三の知っている夜伽ノ美雪はそんな奴じゃない。

 

 男……というより他人に過剰な興味を抱かない、いつだって冷静でクールな女だった。

 男女交際――ましてや結婚など、彼女には最も肌に合わない話題だろう。

 

 水浦竜三は、それを知っている。

 だから、頷けた。

 

 柊蒼太郎も、それを知っている。

 だからこそ――頷けなかった。

 

「おかしいんだよねぇ……」

 

 柊蒼太郎は右手を顎に当て、深く思案するように眉を寄せ上げた。

 

 

「一度は身体を許してくれたから、この先も順調に行けると思っていたんだけどなぁ」

 

 

 言われたその言葉に。

 水浦竜三の表情が固まった。

 

「……………………あぁ?」

 

 普段から見せるような威嚇された顔ではない。

 間抜けに口を開き、呆気に取られた隙だらけの、無防備に晒された気の抜けた顔。

 

 全く気にも留めない様子で、柊蒼太郎はさも当然ですと言ったように話を続ける。

 

「美雪ちゃんがそこらに転がる大量の男とヤりあうようなビッチだとは思えないし……なら、最初に身体を重ねた相手に将来を捧げるっていうのが、適した方法なんだと思っていたけれど……」

 

「ちょっと、待て……」

 

 水浦竜三の背筋はピンと張られていた。

 足は根を這わせているかのように、ピッタリと床に張り付かせている。

 

 微動だにしない。

 

 身体を揺らされる事もなく、長い金髪は靡かない。

 目を大きく剥いている。

 無意識に、両手を拳に固めていた。

 

「身体を許しただと……? 誰が、誰にだよ」

「? そりゃ……美雪ちゃんが、ボクにだけど」

「…………ありえない」

「ありえないって、そんな事言われても…………ん? あぁ、あぁなるほど、そうか! そっかそういう事ねぇ!」

 

 唐突に、柊蒼太郎の声量が増した。

 現状の面白みを噛みしめている子供のような、そんな笑い声だった。

 

「もしかして、美雪ちゃんが身体を重ねてくれたのは自分だけなんだ、とか思っちゃってたの? あっはははははは! いやいや、それはごめんね、素直に謝るよ!! 君っていかにもチャラそうな外見をしてたから、てっきり美雪ちゃんっていう女の子一人くらいは貪り喰っているもんだとばかり思っていたさ!」

 

 笑いを堪えきれないという表情。

 いや、堪える必要もないといった様子で、柊蒼太郎は肩を上下に激しく揺らした。

 

 だが――。

 

 違う、そうじゃない。

 水浦竜三は思う。

 

 ――自分は一度たりとも夜伽ノ美雪に、そういった方向で『許して』もらった事はない――!

 

 そもそも彼は――。

 

「それも……お前の創り出した妄想かよ」

 

 震えてはいないが、明らかに自信の込められていない声で、水浦竜三はそう尋ねる。

 

 

 

「そんな訳ないだろう? ボクは一度だけだけれど、美雪ちゃんの身体を抱いたさ」

 

 

 

 柊蒼太郎は続ける。

 

 

 

「美雪ちゃんったら、外見に似合わない、可愛い声を出していたよ」

 

 

 

 悦喜の声で。

 感覚を思い出し、その時に味わった深い感銘を受けた当時の事を思い出したかのような幸せそうな表情で、柊蒼太郎は言った。

 

 それを――。

 

 

 水浦竜三は許さなかった。

 

 

 獲物に飛びつく豹の如く。

 彼は柊蒼太郎のスーツの胸ぐらを掴み、彼の身体を壁に叩き付ける。

 

 

「どういう事だテメェッッッ――!!」

 

 

 怒涛の一喝。

 

 だが――

 

 

 沸き上がる感情は、水浦竜三にも分からなかった。

 

 

 自分の親友に手を出した怒りか。

 はたまた、それは嫉妬か。

 

「参ったなぁ……そんなに怒らなくてもいいじゃないか」

 

 あくまでも冷静な態度を貫く柊蒼太郎に、水浦竜三の両手にさらに力が込められる。

 

「それはお前が襲ったっていう解釈でいいのか……それとも何だ、美雪がその結果をお前に望んだのか?」

 

 その質問は、頭の整理だ。

 こんがらがって絡み付いた数本の糸を解くための、最短距離に近いハサミ。

 

「ボクは紳士だからね……女の子が嫌がる真似が極力控えたいんだ。……あの時は、彼女の方から誘ってきたんだよ」

 

 その決定的な言葉で。

 脳内の糸はバラバラに断ち切られた。

 

 整理する所の話ではない。

 思考そのものがなくなり、残ったものは空虚な無だけだった。

 

 水浦竜三は一気に脱力したように腕を下げ、目の前の男の顔を呆然と見張りながら数歩後ずさる。

 

「何だよ、それ……」

 

 到底、理解が追いつけない領域へと話が呑み込まれてしまった。

 

 水浦竜三は深淵の穴に落下していくような感覚で、思考を紛らわさせる。

 

 そもそもにおいて、この男は美雪との仲がどれだけ長い。

 どれだけお互いの間が近く、深いのか。

 

 自分は、夜伽ノ美雪とは中学からの付き合いだった。

 目の前の柊蒼太郎は、それ以前からの付き合いなのか。

 

 そんな時だった。

 

 唐突に、病室の扉が開かれた。

 

 水浦竜三も柊蒼太郎も、病室の扉の方向に目を向ける。

 

 顔を覗かせたのは、癖毛が交えた赤毛の少女。

 どこか高そうなブランドの服を身に纏い、その顔立ちは整っている。

 

「ん? 君、どうかしたのかな?」

 

 柊蒼太郎がそう声を投げかけると、少女は身体を完全に病室の中に入れ、扉の取っ手に手をかけたままで言った。

 

「今、もの凄い音と怒鳴り声がしたんだけど……他の患者に迷惑がかかるから、あんまりうるさくしないでちょうだい」

 

 堂々たる姿で年上の男と張り合うように立つこの少女が、西木野総合病院を経営する者の一人娘、西木野真姫だという事を、二人は知らない。

 

 しかし、第三者が介入してきた。

 それだけで、この場は乱される。

 

「あぁ、ごめんね、うるさくして。…………それじゃ水浦くん、ボクはもう行くよ」

 

 そう言って、柊蒼太郎は歩き出す。

 かと思えば、彼は水浦竜三と肩が並んだ位置で立ち止まった。

 

 

 

「君は、夜伽ノ美雪の事をどういった目で見ているんだい?」

 

 

 

 その言葉に、水浦竜三の表情に変化は見られない。

 

 代わりに、扉の前に立つ西木野真姫の表情に、僅かだが反応があったように、柊蒼太郎は感じた。

 

「それじゃ、また会おうね」

 

 今度こそ、柊蒼太郎は立ち止まらない。

 

 水浦竜三を通り越し、病室を出る際、西木野真姫にニコリと爽やかな笑顔を見せ、廊下へと出た。

 

 

 彼の歩き去っていく足音が遠ざかる。

 

 水浦竜三は壁際の窓の外の景色に、ただただ視線を向かわせる事しかできずにいた。

 

「……夜伽ノ美雪の知り合い、なの?」

 

 背後から、そう声がした。

 

 水浦竜三が振り向くと、先程の赤毛の少女、西木野真姫が部屋の真ん中辺りまでやって来ている。

 

 見た目の歳は、高校生ぐらいに見えた。

 

 水浦竜三は西木野真姫に、話を切り出す。

 

「何だ、お前もか?」

「えぇ、まぁ……」

 

 西木野真姫は肩にかかる赤毛を指に絡ませながらそう肯定する。

 

「同じ学校なのよ」

 

 彼女のその言葉で、水浦竜三の思考は先程とは打って代わり、素早く働いた。

 

 同じ学校……つまり音ノ木坂。

 

「友達なのか?」

「まぁ、そうね」

 

 若干だが、照れ臭そうに答える彼女の頬は赤く染まっている。

 紅潮した顔と赤い髪の毛を合わせ見て、まるでトマトみたいだなと、そんな楽観的な思いが水浦竜三の頭に浮かんだ。

 

「って事はお前、音ノ木坂のスクールアイドルか」

「ヴェェ!? な、何で知ってるのよ!?」

「美雪の友達といえば、音ノ木坂でお前らくらいだろうしな。つか、何だ今の声」

 

 するとなぜか、西木野真姫は不服そうに目を細め、唇を尖らせる。

 

「名前で呼ぶ程、美雪と仲が良い訳?」

「あ? お前だって美雪って呼んでるじゃねぇか」

 

 それはそうだけど……と、彼女は困惑したように言葉を詰まらせる。

 

 そこで。

 水浦竜三は思いつく。

 

「なぁ、今、携帯持ってるか」

「え? あぁ、一応、持ってるけど……何よ?」

 

 それは決してナンパなどではない。

 そんな雰囲気ではないし、そもそも水浦竜三は女に対しての執着がない。

 

 誘われたら乗る。

 それが彼のデフォでもあった。

 

「アドレス、教えろ。学校での美雪の事をもっと詳しく知りたい」

 

 水浦竜三は初めて。

 夜伽ノ美雪ではない女に対し、自分から責めに迫った。

 

 

 





 ここまで読んでいただき、ありがとうござます!

 次話では第五章に入る訳ですが、そこからは合宿編なので、μ'sメンバーを主要として登場させていく事をここに誓います。
 
 今までは本当、都合上なのですが、オリジナルキャラのストーリーが強すぎましたからね。本当にすみません。

 それでもこの作品に付き合っていただき、本当に感謝しております!

 それでは、いつになるかは定かではありませんが、第五章でお会いしましょう!

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