笑顔を咲かせた少女は紛れもなく…   作:西部荒野に彷徨う海賊

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 第五章の始まりですね!
 
 さぁて、頑張るぞー!

 ――ちょ、誰ですか!?
 いい加減こいつ受験勉強しとけよとか言う人は!!

 あ、はい、僕の親ですね、分かります。

 それでは今回も、どうかよろしくお願いします!




第五章
40話 海での合宿


 

 リズムカルとは言えないが、不規則に揺れる震動が身体を揺らし、ガタンゴトンという硬く重苦しいような音が聞こえる。

 

 ――目を開けた。

 

 頬杖をついた俺の顔は窓に額を張り付かせている様子で、少しジンジンとした麻痺する感覚が残る。

 

 四角く模られた窓の外には、太陽の光を反射させて輝く海が一面に広がり、アメリカのハワイにありそうなヤシの木が立ち並んだ一般道路も見える。

 

 先程からその特有の音と震動を味わわせてくれているのは、現在の場所が電車の中だという事が原因だ。

 

 

 さて、俺はどれだけの間を眠っていたのか。

 

 

 車窓の表面は日光の陽射しを長時間浴びているせいで熱い……というか生温くなった水が物体化したようになっているが、エアコンの効いた車内は快適に眠れるほど涼しい環境となっている。

 

 そもそも、ここはどこだったか。

 

 まだ都内なのか。                    

 それとも他県に入っているのか。

 

 背もたれに隔たれる前後の席から話し声が聞こえる。

 前からは、今まで行っていたトランプを中断させて視界に広がる海に驚嘆している者の声が。

 後ろからは、何やら静かに作詞作曲、衣装の手直し等々について談論している声が聞こえてきた。

 

「美雪ちゃん、ようやくお目覚めやん?」

 

 ふと、隣でそんな声が聞こえる。

 

 首を回してそちらを見れば、進行方向と同じ向きに設けられた座席の通路側の席に座る――つまり俺の隣に腰掛ける希が、微笑む表情で俺を見ていた。

 

「……どこまで来た?」

 

 やはり、まだ眠気が覚めていない様子の声だ。

 いつもよりさらに、ドスの効いた低く圧し殺した声が、俺の喉を震わして出される。 

 

「もうすぐ着くで」

 

 何でもないように、希は答えてくれた。

 

「酔ったりしてへん?」

「もともと乗り物酔いとか俺にはないからな……その点は平気だ」 

 

 俺はもう一度、車窓から広がる景色に目を向ける。

 

 もうすぐ着く。

 

 風景から察せるのだが、希のその言葉を聞いて俺は安堵のため息と共に肩を軽くする。

 

 夏休みといえば、俺は毎年家に籠もり、たまにお邪魔してくる水浦竜三と部屋で他愛のないお喋りをする程度のものだった。

 

 しかし、今年は違う。

 

 

 ――合宿。

 

 μ'sメンバー全員で、海沿いに建てられた真姫の家が持つ別荘を借りて、朝から夜まで練習練習練習――。

 

 

 この件だって、穂乃果が発案者だ。

 彼女が言い出した事は全て現実となる。

 海未の言葉は本当だったという訳だ。

 

「……マジ疲れた」

 

 しかし、今回の合宿は俺にとっては酷なものである。

 

 夏休みはNEET同然だった俺が、電車旅に参加して泊まりがけの遠出をしているのだ。

 

 分かるだろうか、この何とも言えない初めから蓄積される疲労感と面倒臭い感。

 

 今の今まで土の中の王室で甘い蜜を吸っていただけの女王アリが、何の予行演習もなしに働きアリと同じ労働を強いられるのと同じである。

 

 故に、俺の心にはこれらがあるのだ。

 

 家から出たくない。

 働きたくない。

 というかもう、動きたくない。

 

 やはり、俺はとことん社会不適合者らしい。

 

 夏というのは本当に鬱だ。

 

 暑いし、虫が出るし、宿題多いし、暑い。

 

 良い事と言えば、夏休みがある程度じゃあないか。

 

 その夏休みの一部を、今の俺は奪われている。

 

しかし――。

 

「ッたく……これで安ッぽいオンボロ別荘とかだッたら、マジでぶちキレるぞ、俺」

 

 そんな、それこそ安っぽい悪態を吐くだけで、妥協してしまっているのだ。

 

 この合宿がもし、クラス全員で、や――、

 修学旅行タイプの学年を上げてみんな一緒に――だったとしたら、俺は間違いなく欠席している。

 

 だが今回は、μ'sのメンバー全員で、だ。

 

 それなら、俺も別に構わない。

 

「大丈夫やって、きっと楽しい場所だよ」

 

 普段とは違い、紫色の濃い長い髪の毛を後ろで一本に束ねている希は宥めるようにそう言った。

 

「海もあるし、広い砂浜も……なんと言っても、友達同士でお泊まりやなんて、凄く素敵なことやん? なぁ、エリち」

 

 そう言う彼女の表情はどこか、何かに憧れる子供のようで。

 

 

 それとは対に。

 

 俺達と向かい合った形で、電車の進行方向とは真逆の向きに設置された座席に座る絵里は脚を組み、胸の上で両腕を交差させ、どこか不満そうに目を閉じ、眉を寄せていた。

 

「……絵里?」

 

 思わず、俺も声をかけてしまう。

 彼女の、その納得がいかないといった不満げな表情は、なぜか深刻そうに目に映った。

 

 半目を開けた絵里は、ボソリと呟く。

 

「納得いかないのよ……」

 

 その言葉に俺は一瞬つぎの言動に迷ったが、流れるように口は動いた。

 

「何がだよ」

「あ~、そっかエリち……」

 

 何かに気づいたように、希が口に手を当ててにやけるような顔を見せる。

 

「進路相談で担任に言われた事、まだ根に持ってるんやな?」

「っ……そうよ、本当に。夏休みにいきなり呼び出されたかと思ったら、何よあの態度」

 

「へェ……絵里でも教員と口論になッたりするもンなのか」

 

 意外だと思って、俺はそう言った。

 

 そんな俺へと、絵里は視線を向ける。

 

「ねぇ美雪」

「あ?」

「前のオープンキャンパスの時の来校者って、理事長が予想していた数を遥かに上回る程の結果になっていたわよね」

「……あァ、そうだが」

 

 その質問には、素直に頷ける。

 

 音ノ木坂学院のオープンキャンパスでは、中学三年はもちろん、中学二年や一年まで、割合は少なかったが来校してくれていた。

 無論、中三の割合が圧倒的に占め、その来校者数は例年を遥かに凌駕するものだったと聞いた。

 

 μ'sの活躍が功を奏した。

 

 これは理事長も、そして生徒会長としての立場で絵里も言っていた言葉だ。

 

 しかし、絵里の表情はまだ晴れていない様子だ。

 

「なら、なぜ廃校の取り消しは決定されなかったの? 廃校決定の最終判断を先延ばしにされただけって……あの結果じゃ理事長は不満って事?」

「そうじゃねェだろ。だが今までが今までだ。オープンキャンパスでの成果は十分だが、それでもその数がこれから維持できるのかとか、理事長も周りから苦言をもらッてンだろうよ。つゥか、廃校が先延ばしになッたッてだけでも、俺は良いンじゃないかッて思ッてるぜ?」

 

 廃校決定延期と言った所で、今度の最終的な決定期間は音ノ木坂学院の文化祭終了後――。

 それは同時に、生徒会引き継ぎの時期と重なってきている。

 

 もしかすると絵里は、生徒会長として最後の仕事に花を飾ろうと、肩に力を入れているのかもしれない。

 

「なァ絵里――」

「美雪」

「……ンだよ」

「合宿って、何泊だったかしら?」

「……あァ?」

 

 おかしな質問を訊くもんだと思った。

 

「三泊四日だが……まァ、最終日は朝早くから電車に乗るけどなァ」

 

 と言うのは、絵里を含めた俺、そして海未の三人は、合宿でのスケジュールから練習での達成目標などを決めたメンバーだ。

 

 三泊の予定という根本的な問題を最優先に計画を練り、様々な案を出し合って(主に海未と絵里が)決定した日程に、なぜ今更になって絵里が質問を飛ばしてくる。

 

「……疲れてンのか?」

「……そうね、疲れているのかもしれないわ。私、こういう大準備をしての長旅は慣れていないから」

 

 そりゃ俺もだ、と言おうとした。

 

 だが、違和感を感じた。

 

 絵里は前に言っていた。

 自分は夏休みや冬休みといった長期休暇に入ると、必ず飛行機でロシアに飛び、お婆ちゃんや親族のみんなに挨拶しにいくと。

 

 準備の必要な長旅に慣れていない?

 

 明らかに飛行機で外国に飛ぶより、電車で国内の海に向かう方が準備は手軽で、移動時間も短いと思える。

 パスポートも、言語を使い分ける事も、時差に頭痛を覚える必要もない。

 

 変な事を言う奴だな。

 初めて俺は、絵里にそんな感想を抱いた。

 

「エ~リちっ」

 

 席を立った希が、抱き付くように絵里の隣の座席に座った。

 

 満面の笑みで、彼女は言う。

 

「楽しい合宿にしような」

 

「……ふふ、えぇ、そうよね」

 

 そんな二人の姿に、俺は今、どんな表情で目線を送っているのか。

 

 まもなく、駅に到着する時間だ。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「何コレ、大きい!」

「ぐぬぬぬ……これが金持ち……っっっ」

「にこちゃん嫉妬は見苦しいにゃ~」

 

 各学年馬鹿三人組(成績的な意味含む)が先に走っていた後を追いかけてきた後、俺達は思わず口を開けてポカンとした。

 

 眼前にその存在をセレブ感が溢れんばかりに表現された建物。

 

「凄いです……大きなテラスがありますっ」

「窓が大きい……あら、外からは部屋の中が見えないようになっているのですね」

「ことり、テレビに出てくるような立派なお家を実際にこの目で見たのは初めてかも」

 

 でかい……とまでは言わないが、建物の敷地面積が馬鹿広く、外から眺めただけでも「これ誰が掃除すんだよ」となるくらいだった。

 しかもテラスや大きな庭、派手な噴水に洒落た遊具が取り付けられたプールといったものが散らばっていて、別荘から広がる土地の面積だって半端なものではない。「海で泳げないのならプールで遊べばいいじゃない」とでも言うつもりなのか。

 

 それに『この先から私有地』と書かれた看板が下りた最寄り駅のすぐそばに構えられていて、そこから鬱蒼とした木々の間を通る石畳の道のりの距離を考えれば……いったいどれだけの土地を奪えば気が済むんだこの野郎という気持ちにならなくもない。

 

「何よ、これくらい何でもないでしょ?」

 

 しかし別荘の持ち主である親の娘、真姫はそう言うのだ。

 いや、セレブは大抵そう言う。

 

 その身体から七色のオーロラでも発光させているようなオーラを感じさせる、テレビでよく出演しているのを見る二人の巨乳姉妹だって、「本場のフォアグラが食べてみたい」という理由だけで、電話一本でチケットを取り、ロシアまでの高飛び&私有の別荘に泊まるといった最高級セレブ生活を送っている。

 

 西木野家はそこまでとはいかないだろうが、そんな彼女の生まれたてのセレブ育ちの発言に、俺達は乾いた笑いしか生めないでいた。

 

 そんな中で一人、冷静さを持てた者がいる。

 

「ほら、これからさっそく練習なんだから荷物を置きに行かないと。真姫、みんなの分の鍵の部屋は?」

「中に用意してあるわ。部屋の掃除や整頓は済んでるから、荷物を置いたらすぐに集合って形でいい?」

「それで良いわ、みんな分かった?」

 

 先程、電車の中では腑に落ちませんといった状態でいた絵里。

 彼女は未だ人の別荘に目が釘付けとなる全員を先導するように、他のメンバーよりやや大きめの荷物を担いで歩き出す。

 

 外がこれほどなら、中はどんな派手な造りなのだろうか。

 

 そんな思いが漂ってくる雰囲気を纏わせながら、各々のメンバーは絵里と真姫の後に付いていった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「はい、それでは早速、今日の練習メニューを発表しますゥ」

 

 別荘の内装を隅から隅まで見渡し歩いた後、全員がテラスの下のはずれに広がる踊り場に集まっていた。

 

 九人が並び、壁際に一人、俺が立つ。

 

「ンま、練習メニューと言ッても今日は明日のための準備体操みたいなもンだ。もう午後なンで、激しい運動は避けて肩慣らしッてとこだな」

 

 本番は明日からだと考える。

 今日は運動における基本を中心に固めて、それから走り込みでスタミナ増幅を狙ってから――

 

「美雪ちゃん!」

 

 唐突に、穂乃果が手を上げた。

 

「あ、何だよ。つか、何でお前は水着を着てるンだよ」

 

 今、気づいた。

 

 いつ着替える暇などあったのか。穂乃果はすでに水色と白の縞模様が入ったビキニを装着している。

 さらに気づいたが、凛とにこも水着を着ていた。

 残念かな、三人揃って体型が――いや、穂乃果はまだマシな方か。

 

 すると穂乃果は後方の、道路を挟んだ奥にある大海原を指さして訴える。

 

「海は!?」

「…………そこにいるじゃン」

 

 俺も海未を指さして言った。

 

「まったく……穂乃果じゃあるまいし、私はそうほいほいといなくなるような人間ではありませんよ」

 

「海未ちゃんじゃないよ! 海だよ!!」

 

「……あぁ、そうですか」

 

 穂乃果の言葉に若干だが、海未が力なく肩を落とした。その声のトーンもどこか落ち込んでいる様子がある。

 

「はいはーい!! 凛も海で遊びたいにゃー!!」

 

 穂乃果に便乗するように凛が張り切って言うと、にこは呆れるようにため息を吐く。

 

「まったく……私達は海で泳いでる暇なんてないのよ? この合宿は朝から夜まで打ち込む練習が目的で来てるんだから」

「そう言うにこちゃんも水着に着替えてるわよね」

「うっ」

 

 真姫のクールな指摘に、にこがぎくりと肩を跳ねさせた。

 

「ちょっとみんな、にこの言う通りこの合宿は練習が目的として来ているんでしょう? なら少しでも多くの練習をしなきゃ駄目でしょ」

 

 絵里の言葉に、海未も乗る。

 

「絵里の言う通りです。ここに山がない以上、やる事と言えば練習に決まっています!」

「あはは……海未ちゃん、何でそこで山を出したのかな?」

 

 さて、そこから先は大騒ぎだ。

 

「えーいいじゃん! ちょっとくらい海で遊んでもさー!」

「いけません! 私達μ'sに遊んでいる暇などないのです! どうしても遊びたいのなら一人で海底アタックでもしていなさい!」

「海未ちゃん、それは何か違うよぉ」

「ことりちゃんだって泳ぎたいよねぇ!?」

「やめなさい穂乃果! ことりが海に入れば溺れてしまいます!」

「それは小鳥さんだね。まぁ、わたしも泳ぎは得意じゃないけど……」

「それなら砂浜に海未ちゃんを埋めればいいんだよ!」

「どういう事ですか!?」

 

「かよちんも海で遊びたいよね!?」

「ぴえっ!? で、でもわたし、泳ぐの苦手だし……」

「凛が沖まで引っ張って行ってあげるよ! ね、真姫ちゃん!!」

「馬鹿じゃないの? 意味分かんない。ていうか、あたしは海じゃ遊ばないわよ? というかにこちゃんは三年生なんだから、もっとしっかりしてよね」

「あれれ~~~? 真姫ちゃんてば、にこにーに水着姿での魅力で勝てる自信がないのかな~?」

「なっ!? ば、馬鹿な事言ってんじゃないわよ! いいわ! あたしの知性溢れるこの美貌をあなた達に見せてやるんだから!!」

「真姫ちゃんちょろいにゃ」

「ちゃちぃちゅちぇちょ」

「何よもう! ほんとイミワカンナイ!!」

 

 ……やかましい。

 

 μ'sというのは普段の練習じゃ全員が仲が良く、とてもチームワークの連携が取れている集団だと見える。

 

 だがそんな彼女らも、おかしなタイミングや場面でその団結力をバラバラなものに散らせてしまう時がある。

 

 集団でのダンスの息もそれなりに合ってきてきたと思っていたこの日頃、少し気が抜けているのか。

 

「おいどうすンだよ絵里、このフォローはよォ」

「……はぁ」

 

 頭が痛い。

 そう言わんばかりに、絵里はこめかみに指を立ててため息を吐いた。

 また、皺が眉間に寄ってきている。

 

 

「まぁ、ええんやないの?」

 

 

 希の言葉に俺も絵里も、その他の全員も口数をピタリと停止させた。

 

 怪訝そうに、絵里が彼女の顔を見る。

 

「希?」

「せっかく目の前に大きな海があるんやもん。真っ赤な太陽、青い海、広い砂浜――お膳立てはバッチシ整えられてあるやん?」

 

「そ、それじゃあ――」

「希ちゃん……っ!!」

 

 穂乃果と凛が食い入るように、瞳を輝かせて希に詰め寄る。

 

「さぁみんな――今日は目一杯遊んじゃお!!」

 

 その言葉が引き金となった。

 

 決戦の火蓋が切って落とされるかのように、

 穂乃果や凛、そしてなんだかんだ満面の笑みのにこを中心に、一斉に全員が海の広がる方向へと駆け出していった。

 

 それもまぁ、穂乃果がことりの手を繋ぎ、凛が花陽と真姫を引っ張り、それを海未が呆れた表情で追いかけるという形で。

 

 取り残されるようにポツンと立ち竦んだままの俺達は、未だ頭上のテラスのお陰で生まれる日陰の中にいた。

 

「何であんな事言ったのよ、希」

「まぁええやん? これも大切な、思い出作りと思えば」

「……思い出作り」

 

「美雪ちゃんも、今日はええやろ?」

「……まァ、遊んで身体をこの地の環境に慣らせるのなら、何でもいいがな」

 

 そこでふと、俺は思いつく。

 

「いや、丁度いいかもな……。希、お前はビデオカメラを回して海で遊ぶあいつらを撮影してきてくれ」

「次のPV動画用ってこと、ね」

「その通りだ。ビデオカメラはホームバッグに入ッてる」

「りょーかい!」

 

 そう言って、希は荷物が置いてある建物の中に戻って行った。

 

 腰に手を当て、俺は絵里に向き直る。

 

「これなら構わねェだろ、絵里」

「……まぁ、そうね。PVの撮影としてなら、しょうがないわ」

 

 諦めるように、彼女は言った。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 膝までの薄い短パンに、アロハシャツ。

 その上に薄手の、襟と裾の長い黒のパーカーを羽織る。

 暗い紫色に塗られたサングラスも装着した。

 

 真夏の太陽の下。

 視界の壁をブチ割って、自信の感覚という感覚を圧迫してきそうな壮大な青い海。

 離れた所では他者の足跡などまったくもって残されていない、完全なるプライベートビーチの砂浜。

 

 その砂浜は、さすがに素足では熱を感じる。

 家を出る直前にスリッパの存在を思い出せた自分を褒めてやろうと思う。

 

 海特有のあの潮の匂いと共に、髪を靡かせるには十分な風が吹いている。

 この高気温ではそれが妙に心地良かった。

 

 チラと横に視線を送れば、バナナの形をした巨大な浮き輪に跨る穂乃果とことり。

 持参したのだろう、両手で構えなければ持ちきれないという大きさの巨大水鉄砲で海水を噴射し合う凛とにこ。可愛そうに、そんな二人の間に流れてしまった花陽が水鉄砲の餌食となっている。

 砂浜では二つのパラソルの下で、ビーチチェアに横になる真姫と絵里の姿があった。二人とも水着の上に薄い毛布をかけ、サングラス越しに何を見ているのか、ただ静かに空を見上げていた。たまに、真ん中の机に置かれたトロピカルジャース(どっから持って来た)をストローで啜っている。あぁ、あれが雅趣を好む高貴なお嬢様という奴なのだろう。絵里はお嬢様なのかどうかは分からないが、なかなか様になっている。

 またまた海の浅瀬の方では、己の水着姿に羞恥を抱いた様子の海未が、自らの胸元を腕で隠し、カメラを回す希に何か文句を言っているようだ。どうせ言葉はPV映像には入らないのだし、あぁいった恥ずかしがった表情も視聴者は気に入るのだろう。

 

 ――そんな景色が、遠く離れた場所に見えている。

 

 俺がいる現在地といえば、海ではしゃぐあいつらから一〇〇メートル前後は離れた所の、地面から極端な角度で生えているヤシの木に背中から寄り掛かっていた。

 

「波はあンまねェし、奥に行かなきゃ溺れる心配もねェだろ」

 

 だがどうも、穂乃果辺りが無茶して沖の方向まで泳いで行ってしまいそうだが。

 まぁ、その時は海未が制止の声をかけてくれるだろう。

 

 

 ……悪いが、俺は頼りにならねぇぞ。

 

 

 小学の頃は、あまり覚えていない。

 少なくとも中学に上がってからは、俺は水泳の授業に参加した事がなかった。毎回毎回、風を引いたと仮病を使ってサボっていた。

 

 その理由は簡単だ。

 

 女物の水着を着たくないからだ。

 ビキニなんてものに興味はねぇし、学校指定のスクール水着なんて悪いが生理的に受け付けない。

 

 少なくとも間五年、俺は海以前に、プールに入った事もなければ、腰から上を水に浸した経験すらないのだ(風呂は別問題)。

 

 泳げと言われれば、それはできないと答えるだろう。

 

 だから、カメラ担当を希に任せた。

 海に浸かって撮影をするなど、今の俺では多分不可能に近い。

 

「まァ、少し危惧していた問題は解決したな」

 

 海で行う撮影者は希に任せればいい。

 

「あとの問題は……」

 

 さっき、道路沿いに設置されていた自動販売機で購入した缶のブラックコーヒーを一口飲んでから、俺はヤシの木の表面に後頭部を乗せる。

 

 思い出す光景は、数日前。

 

 何の警告もなく、何の予告もせず、何の申し出も出さずに俺へと接触してきたあの集団。

 

 一人だけ、名乗っていた。

 結城雅人、と。

 

 何の目的で俺を襲ってきたのかは分からない。

 

 だが、彼は一人の男の名前を口にしていた。

 

 水浦竜三。

 

 あいつとどんな関係を持っているのか。

 様子から察するに、友達と呼ぶにはほど遠い関係性なのだろうが。

 

「竜三……どうしてる……」

 

 だが、竜三は強い。

 もちろん、喧嘩の話だ。

 その辺の不良相手では、赤子の手をひねるといった余裕を見せて勝てるだろう。

 

 問題はそこじゃない。

 

「竜三は何であンな奴らと関係を持っている……あいつは、何か面倒事に巻き込まれてンのか?」

 

 だとしたら、なぜ俺に相談してこない。

 

 いや、人にはそれぞれ誰にも打ち明けられない悩みや秘密があるのは当然だろう。

 それは無論、俺の中にはある。

 μ'sのあいつらに隠している事なんて、沢山あるんだ。

 

 それでも、竜三は違う。

 

 順位を付けるようで罪悪感が心を刺すが、水浦竜三とは、μ'sのあいつらより気持ちが繋がっていると確信できているんだ。

 

『これからはお互い、隠し事や秘密はなしだ。悩みがあるのなら、俺達は真っ先に相手に伝える』

 

 そう言ったのは竜三の方だ。

 竜三が俺に隠し事をするなんて事は――。

 

 

 そんな時だった。

 

 

 遠くの景色で、ビーチチェアから立ち上がった金髪が見えた。

 

「……絵里?」

 

 上半身だけを起こした真姫が、別荘の方へ戻るように砂浜を歩く絵里に声をかけている。           

 それに絵里は一言二言言っただけのようで、また再び歩き出した。

 

 何か、おかしい……。

 今日の絵里の言動は、何か違和感を覚えさせるものがある。

 

 どこかで俺は、そう感じていた。

 

 やがて絵里の姿は別荘の奥へ見えなくなる。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「「「づがれだ~~~っっっ!!」」」

 

 穂乃果、凛、にこの三人が地盤が崩れた土砂のように流れ込んできた時は、すでに午後の五時を回っていた。

 

 場所は別荘の広すぎる居間。

 綺麗な台所や、一〇人が食事をするにはそれでも大きすぎる縦長の机――それらは全て磨かれた光沢が黒い艶と輝きを見させている。

 

 すでに全員が水着から部屋着に着替えていた。

 遊泳の最中に途中離脱した絵里も、今では私服姿で居間に来ていた。

 

「エリち、何してたん? 途中から姿が見えへんかったけど」

「そんな大した事でもないわよ。ちょっとした準備よ、準備」

 

「それで、晩ご飯はどうするのですか?」

 

 海未のその言葉に、穂乃果と凛が完全復活でもしたかのように、寝転がっていた絨毯の床から起き上がる。

 

「お腹減りました!」

「ごはん食べたい!」

 

「あなた達……そりゃあれだけ遊べばお腹も減るでしょうに」

 

 そして今まで何をしていたのか、上の階から階段を伝って降りてきた真姫が言う。

 

「ここから歩いて一〇分くらいの場所に大きなスーパーがあるの。美味しいお米も多種多様な調理材料も、そこで全部買えるわ」

 

「お米!?」

「さ――さす、がに……遊び疲れたから……にこは軽いものが食べたいにこぉ……」

 

 花陽が目を輝かせ、それとは真逆に疲労しきってやつれた表情で呻くにこ。

 

 それじゃ、と。

 ことりが言った。

 

「わたしが行ってくるよ、そのスーパー」

「なら、私も行きます」

 

 海未もそれに乗っかるが……。

 

「ていうか、あたしが一緒じゃないとスーパーの場所、分からないでしょう? それに付いてきてもらうのは美雪にするから、平気よ」

 

「……は?」

 

 真姫の言葉に、俺は多分、もの凄い嫌な顔を浮かべただろうと思う。

 

 というか、何を勝手に決めつけてくれちゃってんの?

 

「いいでしょ美雪。あなた、マネージャーなんだから」

「……まァ、それを言われると返せる言葉がない訳だが」

 

 というかその言葉さえあれば、全ての仕事や責任を俺に押し付けられる事が可能というまである。

 仕事放棄や責任転嫁は俺の十八番だったはずなんだけどな。

 

「けれど、人数がいた方がいいのでは?」

 

 心配そうに、心から気遣う思いやりの気持ちが籠もった声で海未が言う。

 

 俺としては大歓迎。

 人数が多い方が荷物持つの楽でいいからな。

 

 そう、言おうとした直前に。

 真姫の声によって遮られる。

 

「いえ、いいわよ本当に」

 

 決して邪魔扱いにする訳ではないが。

 その言葉には、絶対に必要ないという気持ちが籠もっているように感じた。

 

 

「あたしと、美雪で行くから――」

 

 

 





 第五章の第一話、いかがでしたでしょうか。
 といっても、ただ合宿に来た――それだけの風景ですね!

 そして今までで一番文字数が多かった今回ですが、それでも最後まで読んでくれて本当にありがとうございます!

 それでは次話も近いうちに――――よろしくお願いします!
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