笑顔を咲かせた少女は紛れもなく…   作:西部荒野に彷徨う海賊

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 突然ですけど、僕って好きな刑事ドラマがあるのですよ。
 僕が生まれる前から放送されていた『古畑任三郎』――大好きです。
 何というか、あの独特的な雰囲気や口調、犯人を相手に余裕の笑みとジョークを飛ばす古畑さんの人柄がとてもお気に入りです。
 彼がパートナーである今泉の額をペチンと叩くシーンではいつも笑ってしまいます。

 はい、関係のない話を長々とすみませんでした(^^;)

 それでは今回もよろしくお願いします!





44話 別荘での夜-孤独であった少女

 

 紫混じりの長い髪を後ろで二つに束ねた少女は、小さな背中に赤いランドセルを背負い、住宅が並ぶ無人の道のりを歩いていた。

 

「はぁ……」

 

 数日前、彼女――東條希は両親から聞いた。

 

『突然の事で悪いんだが……引っ越しをする事になったんだ。少し、遠い場所に――』

 

 小学二年生の東條希にとっても、その話がどういった結果に繋がるのか、理解はできていた。

 

 

 転校。

 

 

 季節は五月の初め。

 

 小学校に入学してから一年という間、共に仲良く過ごした友人達との別れ。

 

 子供ながらに、その心情は複雑なものになっていた。

 

『本当にすまない、希……』

 

 父親が謝るのは筋違いだとは分かっている。

 仕事上の都合で転勤というものなのだから、仕方のない事だ。

 

 どうしようもない事。

 故に、現実の塗り替えなどは不可能。

 

「ぐすっ……」

 

 しかし、それを小学二年生という幼い少女が堪えられるか――という問題が主題となってくる。

 

「うっ……ひぐっ……」

 

 転校の話をクラスで告白したのは今日だ。

 皆、どんな反応をすればいいのかが分かっておらず、その目線を右往左往している同級生が多く見られた。

 

 それでも後に、現実の色が頭を染めていく。

 

 

 ――悲しい。

 

 

 もう会えないという事実を突きつけられ、その言葉の意味と未来のビジョンを脳内で妄想し、寂しさに顔をしわくちゃに歪めた友達達の表情が、東條希の目に焼き付いて離れなかった。

 

 あんなクラス内の雰囲気を肌で感じてしまえば。

 友達らのあんな顔を目にしてしまえば。

 

 東條希は、堪えられない。

 

「ひぐっ……うぁ……うわあぁ……」

 

 嗚咽で抑えているようだが、彼女の頬にはすでに大粒の涙が伝っている。

 

 我慢できなかった。

 

 初めての別れは、それほど辛い。

 

 悲しい。

 寂しい。

 これからの孤独。

 引き摺る思い出。

 先へ伸びる道中への不安。

 

 それを考えると、引っ越し先まで背負わなければならないものが大きすぎた。

 

 狭く、小さい背中には重すぎる。

 

「うぁ…ひっく……ぐすっ……」

 

 きっと家に着くまでこの涙は止まってくれないだろう。

 両親に今の自分の顔を見られれば、罪悪感という泥が二人にとってさらに重りとなってしまう。

 

 他人に心配や迷惑をかけるは大嫌いという性格をしている彼女にとって、それは避けたかった。

 

 だがら、寄り道を選ぶ。

 通りかかった見慣れた公園のブランコ乗り、キィキィと音を鳴らしながら足を浮かせて揺れていた。

 

 いっその事、このまま涙が枯れてしまえばいいのに。

 

 そんな馬鹿げた事を思案する彼女の落とされた視線に、一つの影がのぼってきた。

 

 

「どうしたのかしら、そんな悲しそうな顔をして?」

 

 

 磨かれたほど綺麗に奏でられるそんな声に。

 ふと、顔を上げた。

 

 すぐ目の前に、真っ黒な光沢を放つ蝶番の輝きを見せるような瞳。

 例え星屑のない暗黒の宇宙空間に放り投げ込まれたとしても、輝く粒子のように目立つだろうと思わせる黒髪。

 手入れが行き届いている、艶とハリのある透けるような白い肌。

 

 肩を露出させる上着シャツはアルファベットがいくつも刺繍されたもので、小学生にしては不必要なほど短すぎるミニスカートを下に履くという可愛らしい格好の少女は、東條希と同じ歳くらいに見える。

 

 雰囲気や口調に騙されれば、彼女よりずっと大人と言われても不思議ではなかった。

 

「あら、涙まで流しちゃって……ほら、このハンカチで拭いなさい。綺麗なお顔が台無しよ」

 

 歯の浮くようなセリフ。

 しかし不自然な程に、そんな言葉は黒髪の少女によく似合っていた。

 

 スカートの小さなポケットから取り出された、蜘蛛の巣が張ったような不気味な柄がある青いハンカチを受け取り、東條希は瞳から溢れる涙を拭う。

 

「あ……」

 

 人の迷惑にはなりたくない。

 そんな性根からの思いが、少女のハンカチを濡らしてしまったという申し訳ない感情を生む。

 

「いいわ、それ、あなたにあげる」

「え? い、いやでも……」

「いいのよ、わたしにはもう必要のないもの――つまりゴミみたいなものだから。あなたが貰ってくれないと、逆に迷惑だわ」

 

 無茶苦茶で、何と失礼極まりない言葉だった事か。

 つまりボロボロに破けたぬいぐるみは自分に必要なくなったから、今この一瞬だけそれを欲する他人に押し付けるようなものだろう。

 

 だが、見てみれば明らかにその、蜘蛛の巣の模様が入った青いハンカチは新品そのもので。

 

 東條希はさらに困惑し、目の前の少女を見た。

 

「あの、あなたは……?」

「別に、わたしの事はどうでもいいじゃない。今この状況で重要なのは、なぜあなたが涙を流しながらブランコに乗っていたか、でしょう」

 

 あくまで自分の事は後回し。

 幸いなら、自己のものは全て他人事で済ませてしまいたい。

 

 それが彼女のポリシーでもあった。

 

 また、東條希は。

 

 話す義理はない。

 

 貸しと言ったら今の一つ。

 

 だがそれは、信頼に足るものであった。

 

 目の前の少女は、どこか違う。

 

 クラスメイトとは。

 学校の先生とは。

 

 明らかに何かが――。

 

「話してごらんなさいな」

 

 だからそう言われ、東條希は誘われるように話した。

 

 素直な口調で。

 今、自分がどんな立場でどんな感情が心に渦巻いているのか。

 

 黒髪の少女は一切の横入れを入れず、緘黙のまま彼女の話を聞いていた。

 

 全てを聞き終えてなお、少女は言葉を口にする。

 

 

「なるほど、実に簡単な解決方法が見つかったわ」

 

 

 普通の事。

 そう言わんばかりの飄々とした表情で、彼女はブランコに座る東條希を見下ろして言う。

 

「あなたがその一年間で築き上げた思い出っていうのを、他のデータで上書きしてしまえばいいのよ」

「上書き……?」

 

 その言葉の意味は、東條希には分からなかった。

 そもそも自分の友達との思い出は、データなどという名で書き換えられる電子的なものではない。

 

「もちろん、一年間の思い出を全て消去して、白紙の状態から文字の羅列地獄を脳に保存するのは無理よ。あなた、一番最後に仲の良い親友と遊んだ日の事を覚えているかしら?」

「も、もちろん……」

 

 当然の事じゃないかと思う。

 大切な人と遊んだ、未来まで残る宝物のメモリーだ。

 そう簡単に忘れてたまるか、と。

 

 それでも、黒髪の少女は言う。

 

「ならあなたは、今思い浮かべた人ともう一つ前に遊んだ日の事を覚えている?」

「え……?」

「どこで待ち合わせしたの? 何時に会ったのかしら? 食事は一緒にしたかしら? 自転車に乗ってどこか遠くまでお出掛けしたのかしら? そもそも、何をして遊んだのかを覚えているかしら、はっきりと?」

「ぁ……いや……」

 

 まさか……。

 まさか。

 まさか!!

 

 思考を巡らす脳がパニックに陥るかと思った。

 

 嫌な感じだ。

 まるで思い出せない!

 

「な、何で……」

「人の記憶は最新の情報や過激な体験には敏感だけれど、どうしても同じ繰り返しを積み重ねた経験じゃ、道のりの記憶が曖昧になってしまうものよ」

 

 何もかも見え透いたように黒髪の少女はそう言うのだ。

 

 プロのスポーツ選手だって、日課としている練習メニューは把握しているが、数日前に行った練習の順序というものをいちいち記憶に残している訳がないだろうと。

 

 人間の脳じゃ全ての出来事や光景を保存できる程の完全記憶能力は機能していない。

 コンピュータじゃないんだ、と。

 

 けれど――。

 

「記憶を……泥沼の中に落とす事はできるわ」

 

 その泥でもって思い出を見えなくする。

 泥が多少落ちた所で、眺められる部分は一部の曖昧として歪んだものだけ。

 

 つまり黒髪の少女は言う訳だ。

 

 

「わたしが、あなたのお友達になってあげる」

 

 

 神の導きか。

 悪魔の囁きか。

 

 しかし黒髪の少女という、神の叡知も悪魔の誑かし術も心得ない一人の人間は堂々たる姿で目を開いているのだ。

 

「騙されたと思って従いなさい。わたしが、あなたの最後の思い出となってあげるから」

 

 右手を差し出した。

 黒髪の少女の、綺麗な右手。

 

 東條希はそれを見つめる。

 

「……」

 

 今は、紛らすだけでよかった。

 このどうしようもない別れの悲しみを、どうにかして掃除したかった。

 

 故に――。

 

 彼女は、その手を取った。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「うちはな、小さい頃から転校続きやったんよ」

 

 右に夜伽ノ美雪。

 左に西木野真姫。

 その間に敷かれた布団で横になる東條希はそう言った。

 

 全員が、それぞれの体勢で寝転がりながら首だけを彼女の方へと回す。

 

「転校……?」

「それって、何度も?」

 

 矢澤にこと西木野真姫が尋ねる。

 懐かしい思い出を回想するかのように、東條希は目を細めて頷いた。

 

「そうよ。両親の仕事上、引っ越しが多くってね。転校が絶えなかったんよ」

「絶えなかったって……何回くらいって、聞いてもいい?」

 

 不安そうな声で、だが興味があるのか高坂穂乃果がそう訊いた。

 

 何の抵抗もなく、東條希は答える。

 

「ん~、二桁を越えた辺りからは、もう数えなくなってしもたなぁ」

 

 野球場の観客席から響めきが……とまではいかないが、リビングに集まっているメンバー全員が「えっ」と声を上げた。

 

 その反応を見て面白がるように、東條希はクスクスと笑って肩を揺らす。

 

「で、でもそれだと……同じ学校で同じ季節を二度過ごすって事が、ないんじゃないのかな……?」

 

 恐る恐ると言った風に、南ことりがそう口にした。

 

 だがあくまで、東條希は気にしない。

 

 また夜伽ノ美雪の隣で仰向けになっている絢瀬絵里は、妙に落ち着いている様子だった。

 その冷静な態度からして、絢瀬絵里は東條希のこの話は以前に聞いていたのだろう。

 

 東條希は、また首を縦に振る。

 

「そういう事やね」

 

 だから、と。

 彼女は続ける。

 

「うちが一つの学校にいられる時間は本当に短かったんよ。長くて一年……短くて三ヶ月の場合もあったよ」

 

 三ヶ月。

 その期間は、転校生が周囲から『転校生』なのだという意識をようやく外される期間だと思う。

 

「せやからうち、小学校も中学校も独りぼっち……友達っていうものがいなかったんよ」

 

 あまり、良いものの話ではないのか。

 皆がそう不安に思った。

 

「じゃあ、音ノ木坂では?」

 

 高坂穂乃果が尋ねる。

 

「希ちゃんは高校一年の時から音ノ木坂にいたんだよね?」

「そうやよ。うちが高校に入学してからも両親の転勤は少なくなかったけど――」

 

 そして、彼女は告白する。

 

「うち、今は一人暮らしなんよ」

 

 アニメや漫画の登場人物であるのならよくある話だ。

 自分の知り合いに、そんな境遇に遭っている人間がいるとは、と。

 

 東條希は、前からどこか掴みの取れない人間だった。

 

 一つ、彼女の大きな真実を聞いたのだと、メンバー全員が固唾を飲みながら話に耳を傾け続けた。

 

「今までは分かり合える理解者も、一緒に笑い合える友達も、誰も……」

 

 それに、と。

 彼女は立て続けに話す。

 

「親は当然、夜遅くまで共働き。家に帰っておかえりなさいと言っても返事はない。朝早くから働いているから、いってきますって言ってもいってらっしゃいは言われない。ご飯もいつも一人で食べて、寝る時だっておやすみなさいも言われない。本当に、独りぼっちの毎日やったよ」

 

 えらく、場がシンと静まった。

 当然だろう。

 こんな話をすれば、空気が神妙なものになってしまう。

 

「希……」

 

 海未がそう名前を呼ぶ。

 できて、せいぜいその程度だった。

 

「でもね、」

 

 東條希は言う。

 

「だからこそ、うちは音ノ木坂に三年間通える事が決まって――μ'sのみんなと友達になれて、本当に嬉しかったんよ」

 

 その一言。

 メンバー全員に安堵と暖かい何かが戻ったのは一目瞭然だった。

 

 すべて計算上。

 そう言わんとばかりに東條希は微笑む。

 

 いや、しかしその笑顔は思い返す、本当の幸せを噛みしめた喜びを満面に表現しているのかもしれない。

 

「μ'sはすでに、もう、うちの宝物なんよ」

 

 だからさ――。

 

 追い込むように。

 とどめのように。

 最後の言葉だと宣告せずとも分かるように。

 

 東條希は上体を起こし、友達の顔を見回しながらにっこり笑った。

 

 

「うちをμ'sに入れてくれて、ありがとな」

 

 

 シン……、と。

 しかし数秒後。

 

 ドッ、と溢れ出る滂沱の涙を流す高坂穂乃果と星空凛が、

 

「「希ちゃ~~~~~んっっっ!!」」

 

 叫びながら、二人して彼女に飛びついた。

 

「ふぇっ!?」

 

 さすがに予想外だったようで、東條希もアタフタとしながらも真正面から二人を受け止める。

 

「希ぢゃ~んっ!!」

「希ちゃん、大好きだにゃ~!!」

「ふ、二人とも……」

 

 気づけば、全員が上半身を起こしていた。

 

 どこからか、堪えきれていない嗚咽が漏れている。

 

「の、のぞ……ヒグッ、ヒック……希……よく、エグッ……よく……頑張りました、ね……ヒッグ……」

「海未ちゃんまで!?」

 

 まさかあの大和撫子、園田海未までも泣かせてしまうとは、と東條希は思う。

 

 しかし、園田海未だって情が深い。

 昔から泣き虫の彼女だったが、感動とかいう類の映画にだって涙脆い性格なのだ。

 

 東條希が周囲を見回せば、メンバー全員が起き上がって自分を見ているのに気づく。

 依然として、高坂穂乃果と星空凛は涙と鼻水でクシャクシャにした顔で彼女に抱き付き、園田海未だって我慢できない涙を腕で拭っている。

 

 絢瀬絵里も、自分に微笑みかけてくれている。

 夜伽ノ美雪はまだ布団に寝転がったままだが、ちゃんと自分の方を見てくれていた。

 

 東條希は、今この瞬間に。

 

 自分が言った言葉に、さらに上乗せするような自覚が回って来た。

 

「――ほんま、ありがとな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 して、その光景を。

 夜伽ノ美雪は眺めている。

 

 また、思う。

 

 本当に、何なんだこれは……、と――。

 

 

 

 





 明日から中間テストだ、イエイ!!

 という訳(?)で、今回は希ちゃんのお話だった訳ですがいかがでしたでしょうか?

 前話に引き続き、またも黒髪の少女がご登場してくれましたね。
 彼女の存在はずっと前から計画していたものなので、当初の予定から大幅に遅れましたが、本編に登場させる事ができて嬉しく思います!

 それでは次回もよろしくお願いします!


 次回――エリーチカ、合宿だからお家に帰れない(仮)

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