笑顔を咲かせた少女は紛れもなく…   作:西部荒野に彷徨う海賊

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 ベストアルバムⅡが今日、届きました!
 BGMとして聴きながらこれを書きました!

 それと次話からは美雪ちゃんの一人称に戻ると思いますので、今回までは作者も慣れない地の文で勘弁してください……m(_ _)m

 しかし遅くなってしまいました!
 それでは今回もよろしくお願いします!





46話 別荘での夜-真逆と酷似

 一人はオレンジ色の髪をショートカットに切り揃えた小柄な少女。

 

 もう一人は金と見えなくもないブロンド髪の眼鏡をかけた少女。

 

 常日頃から行動を一緒にしてきた二人の小学生は、例年より雪の降り積もるとある冬の日に、あるものを見つけた。

 

 場所はただの散歩道だった。

 

 住宅の少ない、どちらかと言うとビル並木の都会じゃ珍しい芝生が一面生い茂った広場。

 

 隣には敷地の広い市民プールがあり、広場には真っ白景色を背景にいくつかの遊具も設けられている。

 

 当然、この極寒の季節で遊水なんか行えないだろう。

 

 色違いのお揃いデザインをした長いマフラーと大きめサイズの手袋、綿の詰められた分厚いコートで身を包んだ二人の少女は一つの段ボールを見つめていた。

 

 二〇〇ミリリットル容器のアルミ缶が十数本収まりそうなサイズの段ボール。

 

 しかし箱の中身はアルミ缶といった無機物なものではない。

 

「ねぇ、かよちん……」

「うん、これって……」

 

 せめてもの気遣いと言った風にタオルケットが箱の底に敷かれ、しかし天空から舞い降りてくる純白の結晶から身を守る為の傘や屋根というような防御壁はない。

 

 段ボール箱の中で身体を震わせる五匹の猫。

 

 一匹は大人――親と言うべきか――と思わせるような一際大きい身体。

 他の四匹はこの世の風景に目を覗かせてから間もないといったような赤ちゃん猫だ。

 

 いくら二人の少女が小学校低学年だからと言って、目の前に置かれた非情な光景を察する事はできる。

 

「捨て猫、だよね……」

 

 悲しげな表情で星空凛が呟いた。

 

「可愛そう……」

 

 同調するように小泉花陽も言う。

 

 しかしそれだけで現状が変化する訳ではない。

 

 膝を曲げてしゃがみ込み、そっと、星空凛が腕を伸ばして指先を一匹の子猫に近づけさせる。

 

 全身の毛を逆立たせて警戒される、威嚇するような声で鳴かれる、といった事はなかった。

 

 夜になれば背景と被さって姿が見えなくなるのではないかという程まで全身が真っ黒な子猫は、ただなされるがまま、彼女の白くて細い指に頬を撫でられる。

 

「生きてるよね?」

「目は開いてるから……でも、まだ子供みたいだし……」

 

 二人の少女が不安そうに、同情でもするかのような眼差しで五匹の猫を見守る。

 

 そんな時に動いたのが一匹の、身体の幅が広い親と思われる灰色猫。

 

 自らの大きな身体を利用し、四匹の子猫を庇うように覆い被さる形となった。

 

「あ……」

「怖がらせちゃったのかな……?」

 

 子供でも大人でも猫の――異種の動物の心情なんて専門家でない限り分かる訳もない。

 

 ただなんとなく察しただけ。

 

 だから小泉花陽は刺激を感じさせないよう、驚かさせないようゆっくりとその場から立ち上がり、数歩下がる。

 

「帰ろう、凛ちゃん」

 

 星空凛は振り向いた。

 

 捨てられた猫たちを放って置いていこうとする幼馴染みの心情に不思議と首を傾げる彼女に対し、小泉花陽は困ったように眉を寄せる。 

 

「私達じゃどうしようもできないよ。近くのコンビニで傘を買って、せめて雪から守ってあげるだけの事はしよう」

 

 この頃。

 小泉花陽はマンション住まいだった。

 ペットの飼育や持ち込みは許されない、そういった制限があった。

 

 幼いながらも彼女は我が儘を言わない性格をしていた。

 

 逆に、常に生活を共に送ってきた星空凛は違った。

 

「凛、この子達を飼うよ」

 

 猫たちに視線を戻し、少女は言う。

 小泉花陽はさらに困惑する表情を深くした。

 

「でも凛ちゃんのお母さん、猫アレルギーだから……」

「うっ……」

 

 その通りだ。

 

 星空凛の母親は猫アレルギー。

 いつの頃からだったのか、長い事それは克服されないままだったと聞く。

 

「かよちんの家でこっそり飼う事はできないの?」

「無理だと思うな……管理人さんとかいるし、まずお母さんやお父さんが駄目だって言うと思うから」

 

 その言葉を聞き届けた後、星空凛はしばらく黙り込んだ。

 何か手はないかと沈思黙考しているのかもしれない。

 

 やがて、彼女は再び腕を伸ばす。

 段ボールの中に入れられた灰色の猫の腹の下で、さっきから目がいっていた特に弱っていそうな子猫に指先が触れようとしていた。

 

 直後。

 灰色の猫が普段見せない尖った歯をぎらつかせ、口を上下に大きく広げ――、

 

 

 鳴いた。

 

 

 驚いて目を見開かせ、素早く手を引っ込める。

 噛まれるかと思った。

 

 背後から小泉花陽が駆け寄ってくる。

 

「だいじょうぶ凛ちゃん!?」

「あ、うん……」

 

 思わず尻餅をついてしまっていた。

 

 分厚い布のズボンの外側から感じる雪の冷たさに鳥肌が立つ。

 

 こんな寒くて冷たい環境の中、この猫たちはどれだけの時間放置されていたのか。

 

 今日中に捨てられていたのか。

 もしかしたら昨日か。

 三日前か。

 

 その間、ろくな暖も取れなかったろう。

 食料はどうしていたのか。

 この子達を捨てた元の飼い主は、外に降り積もる雪景色を見て何か感じる事はなかったのか。

 

 そう思うと、星空凛は居ても立ってもいられなくなる。

 

「やっぱり凛がこの子達のお世話するよ」

 

 少女は宣言した。

 

 小泉花陽は解答不可能な疑問を口にする。

 

「どこで……?」

「……どこか」

 

 際立つ異色の建造物も何も見えない方向に広がる雪景色でも目立つ真っ白な息を吐きながら、星空凛は言う。

 

「家に持って帰れないのならどこか……雪とか寒さから守れる場所に連れてってあげるんだよ。そこに餌とか毛布とか持っていってあげて……今はちょうど冬休みだから、わたし達ならできるよ」

 

 しかし先程から、彼女の声に覇気がないように感じるのは気のせいか。

 

 それは寒さで口が動いていないのか。

 はたまた自身の言葉に自信がないのか。

 別の何かか。

 

 きっとその全てが答えなのだと小泉花陽が気づくまで時間はかからなかった。

 

「り、凛ちゃん! あのね――」

 

 止めてあげよう。

 結果はすでに見えているんだから。

 

 きつい言葉になるのは分かっていると。

 小泉花陽は親友に抗議しようとした。

 

 しかし、声が重なる。

 

 

「なら、冬休みという短期間が過ぎ去って学校が始まったら、一体どこの誰がその子達の面倒を見るのかしらね?」

 

 

 明らかに存在感の桁が違うように思えた。

 唐突すぎる言葉の前に気配すら感じさせなかった。

 

 小泉花陽と星空凛は、タイミングを揃えて背後へと振り返る。

 

 同時に、ギョッとした。

 

 間隔二メートルの距離まで足音すら聞かされずに迫っていた眼前の人物は、どこかの精神病棟から抜け出してきた、頭のネジが数本外れているのかと思わせるものだった。

 

 少女――。

 

 一言で言ってしまえば単純だ。

 

 雪と同化しているような真っ白な肌。

 対照的な真っ黒な長い髪とやや吊り上がる大きな瞳。

 寒さに身体を小刻みに震わせるという事も、小さな口から白い吐息が吐かれる事もないように見える。

 

 明らかに異常だと。

 そう感じたのが彼女の格好だった。

 

 冬休み。

 例年より遥かに早い降雪の日。

 気温は零下を過ぎる極寒。

 

 だと言うのに。

 

 

 上半身は薄手の黄色いキャミソール一枚のみ。肩から腕は勿論、裾が足りないのかヘソが見える位置まで腹が露出されている。

 下半身は本当に布面積の狭い、両太股の付け根が見えてしまいそうな程まで短いジーンズ革のショートパンツのみだった。

 せめてもの情けといった風のニーソやタイツすら被せていない、しかも足下は靴下一枚もない正真正銘の素足で、履いているものは海水浴にいる人々でよく見かけるような何の変哲もないサンダルだった。

 

 彼女の全身に雪が被さっている。

 素足は地面の雪に埋もれて赤くなっている。

 

 ブラジルから穴を掘って日本まで来たのか?

 灼熱地獄の真夏だと勘違いしたのか?

 

 いずれにせよイカれている。

 

 しかし黒髪の少女の表情は妖気な何かを放っているように微笑んでいた。

 息遣いもなければ白い息も吐かない。

 

 正体不明の『何者か』を目の前に、二人の少女は完全に言葉を失っていた。

 

「あら……どうしたのよ? そんな幽霊でも見てしまったかのような顔をして」

 

 クスクスと妖しげに笑う。

 寒さに凍えて上下の歯を鳴らす笑い方ではなかった。

 

 今、自分達が目にしている少女は何なのか。

 なぜあのような薄着なのか。

 なぜ平気な顔で立っていられるのだろうか。

 なぜ自分達に気づかれずここまで接近してこれたのか。

 

 なぜ……。

 なぜ。

 なぜ?

 

 

 なぜ歩いてきたはずの少女の確かな証とも言えるはずの足跡が、どこにもないのか――?

 

 

 それらの事柄から子供が連想させる答えは決まって一つだった。

 

「ゆ、幽霊……っ?」

「……まさか面と向かって堂々と尋ねられるとは思わなかったわ」

 

 分厚い防寒具を身に纏っているにも関わらず身体を恐怖と寒さに震わせる小泉花陽の言葉に、黒髪の少女はブスッと若干頬を膨らませ、目を細める。

 

 けれどもあまり気に留めていない様子だった。

 

 一歩、また一歩と。

 積もった雪に深くサンダルの足を突っ込みながら前へと歩き出した黒髪の少女はガタガタブルブルとしている小泉花陽の隣を通り過ぎ、星空凛の目の前まで来る。

 

 しかし黒髪の少女は星空凛の身体をも躱した。

 最初から目的は――。

 

「さ、寒く……ないの?」

 

 単純な疑問。

 

 星空凛だって、幼馴染みが呟いた幽霊という単語に可能性を見出していない訳ではなかった。

 ただ黒髪の少女の雰囲気、またその表情。

 例え現実がそれを正解だと言った所で、怨霊とかいう悪のイメージはなぜかわいてこなかった。

 

 黒髪の少女は背中越しに答える。

 キャミソールからはだける白い肩やうなじ、付け根から腕の部分には冷感から身を守る為の鳥肌すら立っていない。

 

「寒いと言えばそのコートを私に献上してくれるのかしら?」

 

 問う割りには返答を待機しなかった。

 

 黒髪の少女は段ボールの前に座り込むと、何やら中の生物を凝視するようにジッと見つめ始めた。

 

 星空凛はそれに近づく。

 大人しい雰囲気を察したのか、小泉花陽も彼女に続いた。

 

 三人の、歳の離れない少女達が段ボールの中で丸まっている猫たちを見た。

 

 正確には、しゃがんで猫を見下ろしているのは黒髪の少女だけで、他の二人の少女は彼女の方に注目していた。

 

「あなたが、猫の飼い主さん……?」

 

 小泉花陽は思いついた予想を口にする。

 黒髪の少女は猫を見つめたままで首は回さなかったが、それでも心外だと言うように表情を不機嫌にさせる。

 

「馬鹿言わないでちょうだい。例え私がペットを飼うとしたら、飼い主としての責任は最後まで果たすわ。他人から少し面倒を見ててくれと預かった赤ん坊を道端に捨てていくような下衆な人達と私を、同類にしないでちょうだい」

 

 同じ命なのだから。

 きっと少女はそう言いたいのか。

 

 それから彼女は細かく唇を動かしては、ぶつくさと小さい声で呟き始めた。

 

「子猫はみんな目を開いているから生後二週間ってとこ……一ヶ月は経っていないわね。けれど震えているし、緑がかった目やにが付いている……震えているし、病院に連れて行った方がよさそうね……」

 

 それから少し、黙り込む。

 ピタリと、黒髪の少女は何も喋らなくなってしまった。

 

 小泉花陽と星空凛は怪訝に感じ、少女の顔を覗き込む。

 

 これ以上とない真面目な瞳。

 色彩が雲の一つない真夜中の空を描く目……しかしそれでも磨かれた光沢のように輝く明眸は宝石店に並ぶ天然物のようなものだった。

 

 眼光炯々。

 

 眼差しに――光線の如く放たれる矢に射貫かれた灰色の猫のギラリとした両目。

 

 それらが交差した。

 

 実際には十数秒しか経過していない。

 それでも二人の小さな女の子にとって停止した世界は数十秒、数分のように感じられた。

 

 途端。

 

 

 毛並み灰色の大きな猫が、今まで身を挺すように下敷きとしていた子猫たちを差し出すように、身体をどかせる。

 

 

「え?」

「あれ……?」

 

 二人の疑問の言葉が重なった。

 

 黒髪の少女は構わず、段ボールの中に敷かれる薄汚れたタオルケットの上で震える一匹の子猫を両手に持ち、抱え上げる。

 

「……何をボケッと呆けているのかしら、あなた達も手伝いなさいよ」

 

 不意に少女が振り返り、そんな事を言ってきた。

 そこでようやく、小泉花陽と星空凛は機能する。

 

 それぞれの手に一匹ずつ持ち上げ、きっと毛むくじゃらの全身にこびり付いているだろう病原菌などを一切気にしない様子で子猫の頭を撫でる。

 

「まずは呼吸を見てあげて。速かったりリズムが変なように感じたら教えなさい。それからお腹の辺りを触って、異常な形に膨らんでいるようだった場合も教えて」

 

 薄手で頭のイカれたと思われた少女は、意外にも専門家の知識でも携えているような適確と思える指示を出す。

 

 言われた通りに調べた結果、三人が抱えた子猫全てに異常が見られた。

 

「ど、どどうしようっ……、す、すぐに病院に行かなきゃ!!」

「お、落ち着いて凛ちゃん!」

 

 もう二人の頭からは、なぜ黒髪の少女がここまでの薄着でいるのか、などという疑問は消え去っていた。

 

 目の前の命が危ない。

 状況だけで周りが見えなくなってきている。

 

「ど、どうしよう……」

 

 やはり、星空凛は冷静になれない。

 

「い、今……今の凛達が持っているのって、いくら小さくても命は命なんだよね……凛達と、同じ……」

 

 ガチガチと歯を鳴らす。

 それは決して寒さが理由ではなかった。

 

 子供ながらに、人が死ぬ悲しみというのは予想ながらも理解していた気になっていた。

 母親が死んだら。

 父親が死んだら。

 隣にいる友達が死んでしまったら。

 

 とてつもなく辛く、悲しい事だろうと。

 

 それなのに。

 

 他の動物が目の前から亡き魂となってしまう光景がこれ程までに予想した恐怖を上回るとは思っていなかった。

 

 だがそこでも。

 黒髪の少女は断言する。

 

「それは違うわ」

 

 腕の中でグッタリと力なく項垂れる猫を抱えながら、少女はそれを見つめていた。

 

「確かに私達が手にしているのは一つの命、そこは間違っていないわよ」

 

 けどね、と。

 黒髪を揺らし、少女は星空凛の目を正面から見据えた。

 

 

 

「この世に生まれ落ちた一つの命に、大きいも小さいもない……それは誰かが必死の思いと測りきれない愛情を注いで産み出してくれた誇るべき宝――――命や魂は、そういった大切なものなのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……結果として。

 

 三匹の子猫は助からなかった。

 

 病院に連れて行こうと段ボールの中に入れて運んでいる最中には、すでに息絶えていた。

 

 

 泣いた。

 

 

 星空凛が赤ん坊のように、近所迷惑も気に留める事もできない様子で。

 

 そんな彼女の姿を見て、小泉花陽も大粒の涙を流した。

 泣かないで凛ちゃん、と。

 顔をグシャグシャにしながら幼馴染みの頭を撫でていた。

 

 病院には辿り着けなかった。

 

 降っていた雪も落ち着き、辺りは夜の闇に支配されている時間帯。

 

 再びあの広場へと戻ってきていた。

 その場には黒髪の少女の姿も見えた。

 

 積もった雪の上に置かれた段ボールの中にはもう一匹だけ。

 黒い毛並みの子猫のみだった。

 

 灰色の親猫はいなくなっていた。

 突然として箱から飛び出したかと思うと、もの凄い勢いのスピードを付けて見えなくなる遠方まで走り去ってしまった。

 

 追いかけようとした星空凛を、あの時は黒髪の少女が腕を掴んで制止させる。

 

「猫は自分がもうすぐ死ぬんだと自覚する頃に、人の視界からなるたけ離れようとするの。三匹の子猫は残念だったけれども、あの親猫にはまだそれだけの余力があったのよ」

 

 何が五匹の猫をあそこまで残酷な運命にさせた。

 飼い主は今頃どこで何をしているのだ。

 あの猫達は、いつまでも仲良く笑いあって協力しあい、ずっと一緒に過ごせる日々を望んでいたんじゃなかったのか。

 

 なぜ、あのような終焉を迎えなければならなかったのか。

 

 黒髪の少女は言う。

 

「さて……そして最後の最期まで自分の大切なものを見捨てようとせず、必死に守り抜いた偉大な親が残していった命がここにある訳なのだけれど」

 

 三人の少女は命を見つめる。

 

 真っ黒な毛並みをしている子猫。

 

 唯一、異常は見られなかった。

 ただ一匹、生き残った存在。

 

 

「この子の命は私が引き受けるわ」

 

 

 そう宣言したのは言うまでもない黒髪の少女。

 

 小泉花陽と星空凛は泣き腫らした真っ赤な目を彼女に向ける。

 

「命というものには必然的な最期があるの。それは今しがたあなた達が目にした光景のそれ。当然それは私達にも、この子猫にだってある」

 

 それは、少女のささやかな気遣いだったのか。

 

「今のあなた達には、これ以上の辛苦な思いを受け止められそうにないからね」

 

 その言葉に否定はなかった。

 彼女の意見に反論もなかった。

 

 最初は頭がおかしい異常者か障害者なのかと危惧していた面も、もしかするとこの世の者ではないのかと不気味がっていた部分もあった。

 

 今の少女から見えるのは真逆。

 

 小泉花陽と星空凛は同時に頷いた。

 

「よろしくね」

「よろしくお願いします」

 

 最後まで責任は果たす。

 少女はそう言っていた。

 

 この子なら大丈夫――。

 

 二人は確信していたのだ。

 

 黒髪の少女は腕に抱えた黒猫の頭を優しく撫で、また顔を上げる。

 

「さぁ、今日はもう遅いけれど――せめてあの子達のお墓を私達で作ってあげましょうか」

 

 

 

  ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 園田海未が覚醒してから一〇分程が経過したか。

 

 星空凛。

 小泉花陽。

 そして夜伽ノ美雪。

 

 彼女ら三人は別荘内の長い長い廊下を走り、立派な造りをした両開きの扉を開けた所に広がった大きな部屋の中で一息吐いていた。

 

 部屋の中には様々な置物がある。

 年代物の背が高い時計や黄金の額縁に納められた風景画。

 透明のガラスケースに飾られる真っ赤な首飾りや色彩豊かなペンダントといった宝石類。

 外国からのお土産か何かだろうか、宝石の填め込まれた二つの聖杯。

 

 入っちゃいけない部屋なのか。

 何かものを一つでも破損させたら莫大な弁償金が要求されてきそうな品物ばかりだった。

 

 広い壁紙すらも芸術のペンを走らせたような模様が渦巻き、どこかの貴族でも住んでるのかと思わせる黄金の一色。

 

 そんな贅を尽くした部屋で彼女らは一体どのようにしているかと言うと――。

 

「私は、昔から歌ったり踊ったりする事が大好きだったの」

 

 小泉花陽はそう言った。

 

 三人は黄金に塗られた壁に背中を付けて座り、真ん中に夜伽ノ美雪を挟んだ配列でいた。

 

「アイドルに憧れ始めたのもけっこう早かったと思うんだ。多分、小学一年生とか二年生とか、本当に小さい頃だったからね」

「あの頃はかよちんに何度もアイドルのDVDを見ようって迫られてた思い出があるよ」

 

 思い出すようにして言う星空凛の表情はどこか目線を泳がせながら顰められていて、おまけに乾いた笑いもしている。

 

(こりゃ、相当な勢いでせがまれたンだろうなァ)

 

 夜伽ノ美雪はそう察した。

 

 小泉花陽は続ける。

 ただ少し表情は落ち着いているように見えた。

 

「でも学年を上げていくうちに私の内気で消極的な面はだんだんと大きくなっていって、憧れながらも、ステージの上で大勢のファンの人達に笑顔を向ける事なんて花陽にはできないなぁって思ってたの」

 

 そもそも自分にファンなんかできる事すらないと思っていた、と。

 彼女は言う。

 

「それでも……μ'sに入ってから私の生活は一変した。毎日が楽しくて、大好きな友達と一緒に大好きな歌を歌えて、踊れて、可愛い衣装を着て……本当に今が幸せだなぁって思えるようになれたの」

 

 夜伽ノ美雪は黙って聞いていた。

 星空凛はうんうんと頷いている。

 

「PVの動画を投稿した時、本当は怖かった。アイドルの世界がどんなものか、そんなアイドル達に視線を向ける人達がどんな人達かって知っていたから余計に。小泉花陽って言う人なんて全然可愛くない、どうしてアイドルなんてやっているんだって文句を言われる事に恐れてた時期もあったの」

「かよちん、凛にはよくその事で相談してたもんね」

 

 そんな物語があった。

 夜伽ノ美雪の、μ'sの知らない場所、時ではそんなエピソードもあった。

 

「でも、コメントに書かれた言葉に私は素直に喜べたし、同時に信じられないってくらいに驚いた」

 

 それは夜伽ノ美雪も見た。

 歌っている最中に見せる小泉花陽のはじける笑顔に称賛の言葉を贈るコメントは山ほど来ていた。

 

 元々、顔の作りは可愛い方だ。

 何がそこまで不安にさせるのか――それはやはり彼女自身のネガティブ傾向に曲がる思考回路だろう。

 

 自分にそんな大それた事はできない。

 憧れた存在に近づく事も、真似る事すらできないんだと。

 

 しかし、今は違う。

 それらを可能とした今は違った。

 

「私、あの時の屋上で背中を押してくれた凛ちゃんと真姫ちゃんには凄く感謝してる。それに、こんな私の手を取ってくれた穂乃果ちゃん、受け入れてくれた海未ちゃんやことりちゃんにもとっても感謝してるんだよ」

 

 それも夜伽ノ美雪の知らないエピソードだった。

 

 夕焼けが綺麗に浮かぶ日の音ノ木坂校舎の屋上。

 小泉花陽が眼鏡をかけていた頃だった。

 

 土壇場に来てまでモジモジと赤面しながら言葉を上手く出せない彼女の背中。

 優しく手を添えてくれたのは幼馴染みの小泉花陽と新しくできた友達の西木野真姫。

 

 彼女らなしで、今の小泉花陽はいただろうか。

 

 お互い同士の路線が一ミリでも違っていれば為し得なかった結果。

 それが今のこの状況にだって繋がっている。

 

「凛も……」

 

 後を引き継ぐように凛が口を開いた。

 

「小さい頃から常に身体を動かしてた記憶があるにゃ」

 

 そんなイメージだとも言える。

 

 中学では陸上部に所属していたと聞いた。

 メンバーの中では絢瀬絵里に続いてダンスレベルが遥かに上手(振り付けを覚えられるかどうかは別問題)で、その運動神経にはあの園田海未も感服の念を抱く程だった。

 

「何の種目においても男の子には負けた事がなかったし、陸上じゃ全国大会にまで昇った事もあるしね」

「凛ちゃん、公欠で学校がサボれる~って喜んでたもんね」

 

 そんな昔の思い出を小泉花陽は嬉しそうに話す。

 

「言ってたにゃ~。でも全国大会で負けちゃったのは、多分近くにかよちんがいなかったからかも」

「えぇ!? そうなのぉ!?」

 

(いや、花陽が学校があッたンだろ……)

 

 夜伽ノ美雪は心の中で突っ込む。

 

 冗談だよ~と笑う星空凛は、高校に上がってからの事について話し始めた。

 

「μ'sに入ってからは、凛も嬉しかったんだよ?」

 

 その言葉は目線を動かし、小泉花陽に向けられていた。

 

「え?」

 

 小泉花陽はキョトンとする。

 星空凛は白い歯を見せてにっこりと笑った。

 

「かよちん、中学校の頃よりもの凄く笑顔が増えたもん!」

 

 褒め言葉だろう、当然だ。

 

 小泉花陽は顔を赤くし、照れ臭そうに顔を俯かせた。

 

 それから少し顔を上げ、微笑を見せる。

 

「やっぱり、花陽は……」

「でも凛は……」

 

 

 ふと。

 声が重なった。

 

 

 夜伽ノ美雪は素早く視線を左右させ、二人の顔を交互に見比べた。

 

 声が合わさった事を気にしたのではない。

 若干、声のトーンが低く小さく、落とされた事に疑問を感じたのだ。

 

 

「活発で積極的な凛ちゃんが羨ましいかな」

「可愛くて女の子らしいかよちんに憧れてるよ」

 

 

 言葉の終わりの直後だった。

 

 高らかに響く等間隔で鳴り渡る音。

 

 足音だ。

 

 そう気づいた頃には両開きの扉が突風に打たれたかのように強引に開かれ、部屋の中にそれが足を踏み入れた。

 

「き、来たにゃぁぁぁっ!?」

「ピェエ!? だ、誰か助けてぇぇぇ!!」

 

 悲鳴を上げる二人。

 

 幅が五メートル程の間が保たれたその距離に、一つの枕を拳を作って握り締めるパジャマ姿の園田海未。

 

 どうやら泥酔状態は醒めていないようだった。

 

 夜伽ノ美雪はゆっくりと立ち上がる。

 二人の後輩の一歩前に出て、その身体を鬼へと向けた。

 

 ボソリと呟く。

 

 

「さァてと、今の言葉について後から詳しく聞いてやらなきゃいかン訳だが……さてそれをいつにするべきかねェ」

 

 

 不気味なほど甲高い、叫声に近い笑い声を上げながら園田海未は腕を振り上げる。

 

 安眠アイテムが一瞬にして殺人凶器に変貌。

 

 二人の少女は悲鳴を上げた。

 

 空気を切り裂きながら真っ向に飛んでくる枕の刃を眼前にして――

 

 夜伽ノ美雪は身体の軸を回転させた。

 一瞬後には右脚を蹴り上げる。

 

 一言で言うのなら、それは反射。

 

 完璧フォームのローリングソバットをかまされた枕は反対向きに吹き飛ばされ、それは園田海未の額へストライクする。

 

「ウゥ……」

 

 獣の最期といった風の呻き声を残し、園田海未は床に倒れ込んだ。

 

 すでに彼女の表情は鬼の狂笑ではない。

 一人、何事もなかったかのように深い眠りに安らぐ少女の顔をしていた。

 

「……でェ? こいつは布団まで運ンでやッた方が良い訳ですかァ?」

 

 正直、夜伽ノ美雪の眠気も限界寸前まで来ている。

 

 ギリギリ、日付は跨いでいなかった。

 

 

 




今回も僕の作品にお付き合いいただいてありがとうござます!

 さて、これにて過去編(回想編?)は終了となります!
 皆さんどうでしたでしょうか?

 と言っても、きっと『黒髪の少女』の存在が謎すぎてイマイチよく分からなかったという意見が多いと思います。
 
 ……ごめんなさい僕から言える事は『物語が進めばまた出てくるさ!』しかありませんm(_ _)m

 次回も僕の作品のページを開いて頂けたら光栄です。
 それでは次話でまたお会いしましょう!!



 そういえば……

 やったー!
 総合で五〇話到達だバンザーイ!
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