笑顔を咲かせた少女は紛れもなく…   作:西部荒野に彷徨う海賊

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 アナザーストーリー四話。

 これを書いていて感じた事。

 時間が行き来しているとキャラの心情とか時系列に合わせないといけないからシンプルに難しい。

 

 ――あ! 明日は六月のマーク模試だ!





AS  File.No4

 確かに私は無愛想で可愛げなくて、愛想もふりまかないお堅い性格に見えていただろうけど。

 

 別に、孤独を愛していた訳じゃない。

 一人の時間を有意義に過ごそうとか思っていた訳でもない。

 周囲でくだらない会話を繰り広げている彼ら彼女らを見下して、自分は自分だけの世界に浸って自らが作り出した優雅な世界観の中を満喫していた訳でもない。

 

 友達が欲しいとは常に思っていた。

 

 クラスで他愛のないお喋りをして、下校時にちょっと寄り道して、休日にはメールのやり取りの中で一緒に遊ぶ予定を立てたりして――そんな学生生活を送りたいと願っていた。

 

 ちょっと努力すれば恋人なんて簡単に作れた。

 

 登校時の校門の前でおはようって挨拶を交わして。

 廊下ですれ違う度にお互いを意識して。

 下校時には手を繋いで歩いて。

 もし彼氏が部活とかをやっていれば、今日も練習頑張ってねなんて言葉と一緒にお弁当を渡してあげたり。

 そんな雰囲気の中で、キスをしたり……。

 ――そんな、恋人との甘甘な毎日を送ってみたりしたかった。

 

 あんな事をしてみたいな。

 こんな事があったらいいな。

 

 妄想に浸る毎日を年月単位で繰り返していくうちに、私の立場というものはあっという間に高校三年の受験生。

 

 友達作り?

 ――もう手遅れでしょう。

 男探し?

 ――そんな暇はない。

 

 学生の本分は学業である……なんて言葉をいつからか利用して気持ちを誤魔化していた。

 

 友達ごっこや恋愛事情なんてものに使っている時間があるのならまず勉強。

 そんな勝手なモットーを心に張り巡らせて、自分の素直な顔を表に出さなくなっていた。

 

 ただ一度、それを言葉にしてしまったのがあの時。

 下校時の校門直前の道で、ほとんど散ってしまった桜の木が連なるその光景を目の前に。

 

 同じ日だった。

 

 彼女に出会ったのは。

 

 それからの私の気持ちは大混乱。

 まさか自分がこれ程までに単純で攻略楽勝な軽々しい女だとは思えなかったけど。

 

 

「おい」

 

 

 一目惚れというもの。

 所詮、恋心が芽生える原因なんてほぼそれなんじゃないかと思う。

 

 壁ドン?

 袖捲り?

 

 そういった行為はやっていい人とやっていけない人が部類されちゃうと思わない?

 

 

「おい、夕霧」

 

 

 私は今日、確かめたいと思った。

 

 自分の気持ちをここまで掻き乱す起因となってしまった彼女の事を、私自身はいったいどう思っているのか。

 

 期待できる友情?

 それならこの上ない幸福かもしれない。

 彼女にその気があるのなら、私は素直に喜んで彼女の胸元に飛び込もうと思う。

 

 まさかの恋心?

 女の子同士なんて普通はありえない。

 けど確かにその熱い感情は私の中に渦巻いていた。

 

 ならばそれは本物なのか。

 

 今までに友達っていう存在が全くいなかった人物なら、友情的なものと恋愛的なものの区別がつかなくなる事もあるのかもしれない。

 

 でも、少なくとも私には中学時代の友達が存在していて、友情という糸が何色なのかが分かっている。

 

 反対に、恋愛という糸が何色に染まっているのか――それは今まで十七年間生きてきた中でも未だ見つからない答え。

 

 

「おい……夕霧靜霞」

 

 

 だからこそ私は明確にさせたい。

 

 彼女に抱いてしまったこの思いは――。

 

 Likeなのか。

 Loveなのか。

 

 喉奥まで突き出しているその答え……気を抜けば解答がストレートな言葉のまま飛び出してしまいそうな――それを必死に仮定だと押さえつけながら、

 

 私は立ち上がる。

 

 

「夕霧ィ――ッッッ!!」

 

 

「わっひゃい!?!?」

 

 直後の吠える怒声に全身を跳ね上がらせた私は足下に転がる石鹸に気づかなかった。

 

 スッテンコロリーン!!

 

 頭は無事だったものの、お風呂場のタイル式の床に背中から強打してしまう。

 

 仰向けに倒れたまま視線を天井方向へ泳がせると、垂れ下がる長い銀髪から獣のような鋭い紅蓮色が見下ろしている。

 

 若干だけど、その目の色には呆れた様子も含まれていた。

 

「……馬鹿かァ?」

「……ごめんなさい」

 

 夜伽ノ美雪。

 私は彼女を夜伽ノさんと呼んでいる。

 

 そして彼女こそが、私の心の中心に佇む主人公。

 

「風呂掃除おわッたのかよ?」

「あ、うん。今は洗い流してる所だったから」

「なら濡れた服をどうにかしてリビングに来い。飯ができた」

 

 そのお誘いに――

 

 分かり易い。

 その言葉は自分に向けられたもの。

 

 綺麗な満月と一面の星空を見上げて興奮する子供が見せる――きっと今の私は、そんな満面の笑みを浮かべているんだ。

 

 

 

  ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「お、美味しい……」

「そりゃどうもォ」

 

 感謝感激激励の想いをいっぱいに詰め込ませた単純で簡素な感想に、夜伽ノさんは素っ気なく言う。

 

 食卓に並べられた料理は中華風でもイタリアン風でもない、日本の食事時では定番といったメニューばかりだ。

 

 白いご飯。

 お豆腐とネギのお味噌汁。

 大根下ろしがサイドに添えられた焼き魚。

 お肉を混ぜた野菜炒め。

 

「い、いつもこんな美味しい料理を作ってるの……?」

 

 夜伽ノさんは女の子なのだと分かっている。

 

 それでも外見の第一印象や言葉遣い、その性格からするととてもじゃないけど女子には思えない。

 

 そんな彼女が料理スキル抜群だという事に気づき、女子の部分で敗北した悔しさと意外さを言葉に乗せて私は尋ねた。

 

 しかし夜伽ノさんは静かに首を振る。

 行儀も良く、口に食べ物を含んだ状態で発言しようとは頑なにしなかった。

 

「そういう訳じゃねェ。親父が早くに帰ッてくる日は親父に作らせるし、今日みてェな本来一人の時にはインスタントだ。じゃなきゃ風呂掃除とかやッてる時間ねェし、今日はお前が訪ねてきたから手伝わせただけだ」

 

 一瞬たりとも目を合わせずに言ってから、彼女は焼き魚の脂身のよく乗った部分を箸で掴み、口に運ぶ。

 

 料理の種類は本当に面白みのないお手軽調理法なものばかりなのに、まるで世界の中でもごく僅かな枠に選ばれた人間にしか味わえる事ができないんじゃないかというこの感じが舌を支配する。

 

 日本のお味噌汁はこんなに美味しいんだ、と。

 自宅の母の料理でも感じた事のない気持ちに私は感謝するようにした。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「お湯沸いたから先に入ッてこい」

 

 その言葉に甘えさせてもらう事にした。

 

「夜伽ノさん、けっこう良いシャンプー使ってるのね……道理であんな綺麗な銀髪に仕上がるわけ」

 

 自分のボンキュッボンのパーフェクトボディを余す事なくさらけ出した姿でお風呂用のミニチェアに座り、右手にシャンプーを出していた。

 

 そういえば彼女の銀髪って地毛……な訳ないわよね。いや、もしかしたらどこかの国のハーフかクォーターって可能性も否定できないわ……後で聞いてみましょう。

 

 頭をシャンプーで泡だらけにして、そのまま身体を洗う。

 自分の両手が自分の柔らかい身体を撫で回している姿が鏡に映ると、どうしてもその画がいやらしく映っちゃっているような気がして少し気恥ずかしい。

 

「特に、この重たい胸なんか、ね」

 

 大きく急成長した形の良い胸。

 ボリュームに加えてハリやツヤも輝く二つの果実はよく両肩にダメージを送ってくるもの。

 

 シャワーを頭から被って白い泡を洗い流し、長い前髪を掻き上げてからまた目の前の鏡を見た。

 

 光が反射されて映し出されるのは自分の全身。

 

 くびれの効いた腰回り。

 余分を感じさせないお腹。

 細い両腕に対してやや肉付きの良い方の艶めかしい太股、そこから伸びた先に見える肉感のあるお尻。

 主役と言っても過言ではない存在感が溢れ出す胸。

 

 全体的に、それらは染みや汚れの一つもない澄みきった白い柔肌。

 

「本当に、綺麗な身体ね……」

 

 鏡の中の私の表情は、それでも悲しげに映っていた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「お風呂ありがとう、とても温まったわ」

 

 私がお風呂を出ると、夜伽ノさんは何着も同色のものがあるという灰色のパジャマを貸してくれた。

 

 我が儘を言うと私は寝る時にブラジャーを付けるタイプなんだけど……一日くらい仕方がないわよね。

 

「……って、早かったわね」

「ン、まァな。いつもこンくらいだ」

 

 夜伽ノさんの入浴は時間にして訳一〇分。

 身体は洗えたとしても湯船に浸かっている暇はあったのかと思わせる程だった。

 

「いや、俺はいつも湯船は入ッてねェ。今日はお前が泊まるッつゥから沸かしただけだ」

 

 やだ~!

 私一人の為だけに暖かいお湯を張ってくれる親切な夜伽ノさん本当にイケメン~!

 

「……じゃなくて、いいの? 風邪引くわよ?」

「ここ数年引いた事ないンで」

「髪、濡れたままだけど……乾かさないの?」

「いつも放ッておいてるし」

「お手入れは……」

「俺がするように見えンのか?」

 

 え……。

 ならいったいどうしたらそんな潤う髪質に煌めかせられるのよ?

 

「夜伽ノさんの銀髪って、地毛なのかしら?」

「俺の両親はどッちも日本人だ。もちろン叔父も叔母もなァ」

 

 つまり染めたって事よね。

 にしても、随分と綺麗に染められているものだわ。

 というか瞳の赤色……カラーコンタクトよね……、お風呂の後にも付けている意味なんてあるのかしら?

 

 

 ……あぁ、そうだったわ。

 

 

 本来の目的を忘れていた。

 

 夜伽ノさんの自宅に泊めてもらう事になったのは本当に突拍子もない突然の出来事だったけれど、行き当たりばったりで物事を解決してきた事は今までに何度もあった。

 

 今回だって成り行き。

 

 私は確かめなくちゃいけないんだった。

 

 夜伽ノさんへと抱く私の気持ちは――。

 

「ねぇ、夜伽ノさん」

「あァ?」

 

 冷蔵庫から取り出した缶コーヒー(私が今日学校であげた缶コーヒーとは種類が違う、もう飲み干したのか捨てたのかどちらかね)を飲みながらソファに座り込んだ彼女の隣に、私も座った。

 

「寝るまでの間、ちょっとお話しない?」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 時間にして午後九時はとうに回っている。

 

 リビングのソファに腰掛ける私達は正面を向いたまま視線を近づけさせようともせず、その手に缶コーヒーかマグカップそれぞれを掴んで時折口元を湿らせていた。

 

「夜伽ノさんって、恋をした事とか、ある?」

 

 対して仲の深い関係性じゃない。

 それにも関わらず随分と人の内心を探るような唐突な私の質問に、夜伽ノさんも「はぁ?」と言った風な怪訝顔を浮かべて顔をこちらに向けたが、彼女はすぐに視線を正面に戻した。

 

「話して何か俺に得でもあンの?」

「あれ、もしかしてあるの?」

「ねェよ」

 

 煽るような口調に彼女はすぐに解答を示した。

 もしかすると他人から根も葉もない誤解を思われる事を嫌う性格なのかもしれない。

 

「一度も?」

 

 とにかく私は、この場の話題を『恋愛系』に持っていこうと強引に押した。

 

 何かの情報が得られるとか、今後の自分の参考になどという思いや期待がそうさせたのではないけれど。

 

 僅かでも関連性のある糸を手繰り寄せておきたかった。

 

「逆に俺が誰かに恋愛感情を抱いたりするような奴に見えンのかよ。マジで? 凄ェな」

 

 自虐なのか、ネタなのか。

 けれどそう言える夜伽ノさんの言葉に虚言はないと素直に頷けた。

 

 彼女は明らかに、誰かに恋心を芽生えさせてしまう可憐な乙女というイメージじゃない。

 

「私は素敵だと思うけどな~、恋って」

 

 天井を見上げるようにやや首を後ろに倒し、仰ぐように私は言ってみた。

 

「すりゃいいじゃねェか」

 

 返答の言葉はまるで他人事……いや、それが当然なんだけどね。

 

 ただ私はここから、きっと夜伽ノさんも予想すらしていない話題に切り替えようと息を吸う。

 

「ねぇ、夜伽ノさん」

 

 吐息と同時の言葉に緊張が全て乗っていた。

 意を決して彼女の横顔に視線を向け、私は勝負に出る。

 

 

「女の子同士の恋愛ってどう思う?」

 

 

 それは私にとっての予想通り。

 案の定、夜伽ノさんはポカンと口を開けさせたまま私の顔を凝視し、瞳をキョロキョロと上下左右させては「正気かこいつ?」と眉をひそめた。

 

 ほんの数秒。

 たっぷりと間を置いてから彼女は口を動かせた。

 

「……まァ、そりゃ個人の自由じゃねェの」

 

 きっと夜伽ノさんは頭が良い。

 期末考査などの結果発表欄でも、もしかしたら上位クラスに位置していたのかもしれない。

 

 頭脳の優れた人間は予想外の事態に弱い。

 事実、私がそうなんだから間違いない。

 

 夜伽ノさんの瞳が咄嗟の嘘を吐いていますと告白していたのは確かだった。

 

 内心ではどう思っているんだろう。

 私の事、拒絶するかな。

 

 そんな不安が脳裏で駆け巡っているなか、私は次の言葉で追いかけさせる。

 

「私も初めてなのよ、誰かに恋心を抱くのは……。まさかその初恋の相手が女の子になるなんて、数日前じゃ思いもしなかったのにね」

 

 正直な言葉だった。

 ちらと様子を窺うと、すでに夜伽ノさんの表情から一瞬の動揺の色は消えていた。

 色褪せるという事じゃなく、完全に落ち着き冷静を取り戻していた。

 

 切り替えが早い人なんだなと、また私は彼女の事を知れた。

 

「矢澤の事か?」

 

 突拍子もない返事が耳に入った。

 見ると、腰を曲げて両肘を両膝の上に置いてこちらを見ている彼女の姿。

 

 完全に思惑の枠から外された解答だが、彼女の目に私をからかっている、変わり者の変態だと罵るような色はなかった。

 

 ……って、そうじゃないでしょう。

 

「違うわよ」

「まァ、可能性として言ッてみただけだが」

 

 確かに今日、私は夜伽ノさんが同じ空間に立つあの場で矢澤にこと久しぶりに顔を合わせ、会話をした。

 けどそれだけで可能性を感じるだなんて、少し強引すぎやしないかしら。

 

「まァ……」

 

 ふと、今度は夜伽ノさんから言葉を仕掛けてくる。

 仕掛けてくる、って言っちゃう辺り、私も何を言われるのか無意識に警戒して同時に覚悟を固めようとしている事に今更気づいた。

 

「つまりお前は同姓の奴を恋愛対象として想ッている訳だが」

「えぇ」

 

 一瞬後の間のない言葉はコアを突いた。

 

「俺をそれに話してどうする気だ」

 

 いつかは来ると予想していた質問。

 返答パターンは幾通り考えてある。

 

 だが夜伽ノさんの口は止まらなかった。

 

「元気づけさせるような言葉をもらッて応援されて、少しでも自信に繋げようとしているのか。それともそれは異常な事だと、気持ち悪い事だと罵ッてもらッて自分を止めさせようと動かしているのか」

 

 なおも、続いた。

 

「だが悪いが俺はいずれかにも協力できねェぞ。他人の恋愛事情なンて知ッた事じゃねェし、巻き添え喰らうのも面倒臭ェ上に馬鹿馬鹿しい。何より俺は恋愛のれの字も知らない頭だからなァ、協力しようと試みた所でろくなアドバイスもできやしねェよ」

 

 ……あぁ。

 今の言葉で判明した事が一つ。

 

 夜伽ノさんはそもそも、誰か他人からの好意――友情的なものや恋愛的なものであろうと、それらが自分自身に向いているのだとは全くもって思いもしない性格なんだ。

 

 それはきっと、今まで誰からも愛されてこなかったという証拠。

 家族関係のそれとはまた別のもの。

 他人というコップに入った水を飲み干すどころか、一口たりとも飲もうとしない頑固で、常に独壇場に立とうとするその人格。

 

 方向を変える必要がある。

 そう判断した私は切り替えた。

 

「夜伽ノさんは、素直にどう思うかしら?」

「……」

「女の子が、女の子に恋心を抱く事を――」

 

 ひとまず彼女の現状の気持ちを知りたい。

 第三者という立場から尚かつ、彼女だけの意見を。

 

 考えてみれば、まずそれが最優先されるべき重要なものだったのかもしれない。

 

 意外にも返事は早く、迷いすらない様子だった。

 

「まずをもッてお前は本当にそいつの事が好きなのか?」

 

 だが、その答えは回答欄の行からマスを見当違いに逸脱している。

 

 テストの設問に質問で返す者がいるか。

 人との会話でそれを無礼と呼ぶ。

 

 しかも意図がまったく汲み取れない辺りさらに不可解だった。

 

「恋愛のれの字も知らない奴が偉そうに語ると思ッてくれて構わない。だが恋ッて奴にまずありがちなのが『勘違い』だ」

 

 いや、言っておくが体験談じゃない。

 そう注意書きを残して彼女は続けた。

 

「お前がどこの誰を好きになッたのかを詮索しようとは思わないが、お前はその女の何に惚れたンだ、どこをどう感じ取ッて好きなのだと自覚したンだ」

 

 それは分かりきっている答えが胸にあった。

 

 夜伽ノさんと初めて出会ったあの日。

 昇降口を出て校門へと伸びる道。

 

 抱えられた肩から感じた温もり。

 見上げた視界を支配した彼女の表情。

 

「一目惚れ、かしらね……」

 

 たった二日。

 彼女と出会ってまだそんな短い時間しか経ていないのだ。

 それに顔を合わせていた時間なんてほんの数時間でしかない。

 

 それなのに。

 

「えぇ、完全にあれは一目惚れだったわ……。彼女の顔を正面から見た時、すでに私は恋を……していたんだと思う」

 

 それなのにここまで物思いに耽り、相手を心の中心で常に想い描く恋する乙女の声が出せるのだと私自身が驚いた。

 

 

 ……が。

 

 

「あァ、そりゃ完ッ全に勘違いだな。取り返しのつかない行為に至る前に他を探した方が良いぞ」

 

 私の本気を根本な部分からひっくり返される言葉。

 紛れもなく夜伽ノさんが――私の初恋の相手がそう言った。

 

「……え?」

 

 一文字の声が震え、掠れていた。

 無理するような情けない誤魔化しの笑顔を浮かべる私に、夜伽ノさんは容赦をしなかった。

 

「一目惚れなンて一番信用できねェ始まり方だ。女と女だからッつゥ問題じゃない、異性同士においても同じだ。顔だけを見て付き合い始めれば必然的に『どうして自分はこんな相手を好きになったんだろう』ッて後悔する日が来る。相手の中身を知らないンだからなァ。そうなりゃどうだ。中途半端な思いのまま付き合ってくれと告白してしまッた自分に罪悪感が芽生え、その偽物の想いを受け止めてくれた相手には深い傷を――悪けりゃ恨みや憎しみと言ッた禍根を残す事になる」

 

 缶コーヒーを口まで運ぶ。

 だがアルミの缶を口に付ける直前で、彼女は手を止めた。

 

「勘違いに気づいて破滅した後に残るのは何だ。今言ッたような罪悪感の他に、今まで自分は何をしていたんだという喪失感、もうその相手に近づけない遠慮は疎遠を生んで関係を断ち切るまでに至る。それが長年の友達とやらだッたらどうだ? 良い事なんて一つもない」

 

 全てを言い終えた合図のように、夜伽ノさんは缶コーヒーを飲み始めた。

 苦々しいブラックを躊躇なく舌と喉に流し込ませる彼女の横顔を、私はもう見ていられなくなった。

 

 これは、何だ――。

 

 否定されたのか?

 

 同性に抱く恋愛感情に軽蔑された訳でもない。

 それでも、賛成された訳でもない。

 

 欲する答えが見当たらない所か、私の初恋は勘違いだ、考え直せとまで言い砕かされてしまった。

 

 よりによって。

 よりによってだ。

 

 その初恋の相手である夜伽ノ美雪に――。

 

 だが分かっている。

 口調や表情で分かってしまう。

 

 出会って間もないこんな他人同然の私の為を思っていた。

 彼女は真剣にアドバイスしてくれていたんだ。

 

 故に、反論を言えない。

 無駄にしたくなかったから。

 故に、心に生まれた何とも言えない否定的な感情を言葉に表す事も許されない。

 

 

 どうして――。

 

 

 密かに思う。

 

「なら……」

 

 声は震えていなかった。

 かと言って開き直っている訳でもない。

 

「何が、本物なの……?」

 

 夜伽ノさんは何をもってそう言うのか。

 恋愛というものについて彼女はどう思っているのか。

 

 その言葉が欲しいと願った。

 

「何だったら勘違いじゃないのよ……? 恋愛において、相手を想うにおいて最も大切な事って、何なの?」

 

 しかし夜伽ノさんはずる賢いのか。

 それとも自分に正直なだけか。

 

「言ッただろ、俺は恋愛のれの字も知らないンだ。偉そうに言葉を綴ッたが俺は心理学者でなければ人の倫理に特化している訳じゃない」

 

 ある程度の布石は打たれていた。

 言い訳なのか極度の素直さなのか。

 

「ましてや高校生だ。まだ無理して恋愛をする必要もない。つか、お前も三年なら今年は受験生だ。余計なものに目を奪われている暇があるなら別の事をした方が良いンじゃねェの」

 

 そんな事、分かっている。

 

 今年は人生の大一番の年。

 間違えばお先の未来は真っ暗。

 恋愛なんてものにうつつを抜かしている場合じゃないんだ。

 

 それでも。

 

 私はずっと欲しいって思ってた。

 

 友達を。

 恋人を。

 

 隣に立っていてくれる誰かを――。

 

 

「……?」

 

 

 不思議に思った。

 同時に冷静さとはまた違う、言うならば冷酷な冷たさが身体を覆った。

 

 

 友達が欲しい――?

 

 

 そういえば。

 その可能性を見つけていなかった。

 

 夜伽ノさんの顔を見て、私はまず異性だと感じた。

 その上でカッコイイと、イケメンだと思った。

 上乗せするように追加された彼女に親切な心。

 それは余計に深みへと誘われた。

 

 先入観――?

 

 私はいつから夜伽ノさんの事を『異性の対象』から外していた――?

 

 頭が不気味な程に冷えていく。

 彼女の言った言葉が脳裏をループして飛び交っている。

 

 

 勘違い――。

 

 

 それは見出せなかった新たな可能性。

 胸に抱く物語の中心となる存在に隠れた違和感の影。

 それがじょじょに浮き出し始めている……?

 

「けどまァ……一つアドバイスできるなら」

 

 ふと、隣に座る夜伽ノさんの言葉で、私の思考は途切れた。

 

 いや。

 強引に途切れさせた。

 

 嫌だ。

 絶対に、嫌だ。

 何が嫌なのかははっきりしない。

 

 けど。

 

 

 自分が初めて心に描いた憧れの光りを勘違いで終わらせるなんて絶対に認めたくない――っ!!

 

 

 夜伽ノさんは言う。

 空になったアルミ缶を膝元のテーブルに置き、身体を沈めた状態のまま。

 

「どこかの国の、倫理評論家でもある心理学者がこう言ッた。――『人が人に恋愛感情を抱くサインは、その相手の人間の身体を抱きたいと心から願う欲望です』――ッてな」

 

 

 その論は――。

 

 至って単純的なもので。

 実に楽観的なものでもあった。

 

「何よ、ソレ? つまり……セックスしたいかどうかって事?」

 

 何の羞恥心もなく自然と言葉が出てきた。

 

「まァそういう事だなァ。実に簡単で分かり易い、つゥか学生の内にはこの論説が最も適応されるンじゃねェか?」

 

 夜伽ノさんの答えにも迷いはなかった。

 

「……そう」

 

 だとしたら。

 だとしたら、だ。

 

 

 良かったわね美紗。

 あなた、恋人にもセフレにも本当に愛されているらしいわよ。

 

 

 それと――。

 

 

「なら私も、自分自身が気づかない内に人から愛されていたみたいね」

 

 ボソリと。

 無機質に呟く声が私のものだと遅れて気づいた。

 

「あ? 何て言ッた」

「……別に何でもないわ。そろそろ寝ようかしらって言ったのよ。部屋は一階の奥のやつを使っていいのよね?」

 

 確認の返事も待たずにソファから立ち上がり、用意された寝室へ向かって数歩歩く。

 ふと立ち止まり、背中越しに声をかけた。

 

「夜伽ノさん」

「あ?」

「ありがとね。そんな親しい関係でもない私の為にアドバイスしてくれて。とても為になったし、嬉しかったわ」

 

 またも返事は必要としなかった。

 

 別に、夜伽ノさんに対する想いに整理がついた訳じゃない。

 自分の気づかない影なる感情に近づいた気にもなっていない。

 

 ただ。

 ただ、今の私は――。

 

 

『今日はもう早く眠ってしまいたい』

 

 

 それだけの思いで私は立ち去った。

 

「おやすみなさい、夜伽ノさん」

 

 幸い、背後からの追求や制止の声は聞こえなかった。

 

 

 

 

 




 21時から5時までずっとカラオケで歌い通しで頭が痛い(T_T)

 
 というわけでアナザーストーリー四話目でした!

 ほんのちょびっとですが覗かせた内容に、「あぁ、夕霧靜霞も過去に何かあったのかなぁ……」とお察しいただければ幸いです!
 
 さて、次話の本編では本格的な合宿練習がスタートするかもしれません!
 そちらの方もよろしくお願いします!


 あ、そういえば一昨日に僕の自転車が盗まれたようなんですけど誰か知りません?(笑)
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