さて、今回のお話ですが――皆さん覚えていますでしょうか、あの『二人』。
久々の登場なので『あ、いたなこんな奴ら』と思う人もいるでしょう笑。
――――いや~しかし……。
昔から好きだったんですよね、謎解き(^^)
レイトン教授とか超プレイした。時間旅行とかメチャ泣いた。
それでは今回もよろしくお願いします!
警視庁本部。
事件捜査課書類室4。
今では一週間に数人程度しかその部屋のドアノブを回す者はいないだろうとされるその部屋。
溜まった埃の匂いがツンと鼻につくが、せっかく卸したばかりのスーツに灰色が被さってしまう事に顰め顔を作る事もなく、水戸部春偵は毎日のようにここに通っている。
それは、彼が警視庁副総監という役職に就いているからではない。
警視庁に勤める一人の警察官というラベルを利用し、個人として興味本位の向けられたものを漁るがためにこの部屋に訪れる。
「やっぱり、この部屋にも掃除係をつけましょうよ水戸部さん。昼間の陽射しが差し込んでいる訳じゃないのに宙に舞う埃が目に見えて分かっちゃってますよ。うわっ! どこから入ってきたんだこのでかい蜘蛛!」
そう慌てふためいた表情と声で後ずさり、背後の棚にぶつかった拍子から頭にさらなる埃の塊を被ったのは、水戸部春偵が特に目をかけている部下である、荻原椋穂だ。
水戸部春偵は肩幅ががっしりしている巨躯な――というか、家のリビングでスナック菓子を片手にソファに寝転がり、贅沢な空間で一人テレビをダラダラと見続けている姿が失礼ながら似合ってしまうようなぽっちゃり体型だと言える。
逆に、警視庁捜査課である荻原椋穂は頼りないほど貧相な見かけがスーツ越しに分かるが、身長だけは高いと言ったポッキー体型だ。
また性格だって違う。
上司の方はフロンティア精神に溢れ、どこか子供のように目を輝かせながら好奇心を剥き出しする様で難事件、怪事件へと立ち向かっていく事で、その勇者ぶりは警視庁内でも評判であった。
しかし部下はと言えば、彼はなるたけ危険事や面倒事を無意識下のうちに避け、目に入った非行現場などはまず自分での行動ではなく本庁、付近のパトカーに連絡を欠かさない消極的な人間だった。
きっとだが、荻原椋穂のような男が上司という立場に就任する事になれば、犯罪現場からの突入許可要請の際、『待て、わたしに五分だけ時間をくれ』と言った後、『事件は会議室で起きてるんじゃない! 現場で起きて――』などと部下から怒鳴られている未来があるのだろう。
彼は優柔不断な訳だ。
そんな外見も性格すらも真逆な二人はパートナー、相棒という形を組んでいる訳なのだが――これがどうも良い方向への結果へと導く。
どんな難事件だって二人で解決してきた。
予期せぬ事態に二人の息の合った連係プレーで行き当たりばったりの方法は休暇中だとしても犯人を捕らえてきた。
「まったく……蜘蛛ぐらいでそこまで動揺するか。敵意を持たない小さな虫と平気で人を殺せるようなナイフを手にした殺人犯――お前はどっちが恐ろしい?」
「俺が大の虫嫌いなのは水戸部さんも知っているでしょ!?」
こんなやり取りだって、手を組んでからここまで数年の間に何十回、何百回としてきた。
彼らには時間がある。
地方に置かれる一つの交番で、一日を永遠と椅子に座ったまま過ごす二人組の警察官とは違う、経験とコミュニケーションが豊富に蓄えられる時間があった。
故に、水戸部春偵はこの部下を信用している。
故に、荻原椋穂はこの上司を尊敬している。
それだけに値する何かを相手の中に見つけ、それを自身の隣に置いておけば頼りになると確信できるものがお互いの心に存在するのだ。
だが、例外はある。
それが、今。
「また、あの事件の資料っすか」
「何か文句あるかね」
荻原椋穂には分からない。
今の彼が理解できずにいた。
それこそ、彼の上司はここ数年間、何かに取り憑かれたかのように日々同じ事の繰り返しをしているのに。
それを彼自身は隣で見続けてきていたのにも関わらず、だ。
「だが、今回は久しぶりにこっちのものを拝見するとした」
そう言い、水戸部春偵は自分の身長よりも高い棚にぎっしりと押し込んだように並べられたファイルの中から一部、以前から狙っていたような迷いのない視線でそれを選び取る。
「そのファイル……あの事件じゃないんですか?」
「少し違う、これはあれから私が個人として調べ上げた個人情報だ。市役所に行く手間も省ければそれ以上の戦果がここにある」
「堂々と職権乱用発言できる上司を持てて俺は幸せ者ですよ」
皮肉混じりに荻原椋穂はそう言った。
構わず、水戸部春偵は数年の間に溜まりに溜まった埃を少しも払おうともせず、鉄錆の匂いがある机にページを開いたファイルをどんと置いた。
そのせいで灰色に濃い埃が勢い良く舞う。
荻原椋穂は嫌そうに顔を顰めながらも、上司のもとへと近づいた。
「何です水戸部さん、それは?」
「何だと思う椋穂」
その答えはすぐに出た。
どれだけ執着したら気が済むんだ、という苦笑を上げながら、荻原椋穂は言う。
「夜伽ノ美雪の、完全な個人情報ですね。生まれた生年月日から今まで――この写真は何です? 家族で撮ったものでしょうか?」
文字と図面が羅列するプリントの隣のページに挟まった写真に彼は目を付ける。
静かな態度で、水戸部春偵は頷いた。
「そうだろうな。親子三人で撮影したものだろう、――動物園か? 見ろ、親父さんに抱かれているのが当時三歳の夜伽ノ美雪だ」
「……この写真を持ってる時点ですでに警察としての管轄を越えてるから言い訳できませんよ?」
「お前を信用して見せてやってるんだよ。そしてこの女性……」
水戸部春偵はその人物――写真からこちらに向いて控えめな……と言うより上品な微笑みを浮かべている女性を指さす。
「綺麗な人だ。写真越しでもその魅力が分かりますね。この人が夜伽ノ美雪の母親でしょうか」
上司のお陰で、荻原椋穂もすっかり『夜伽ノ美雪』という名前を出すのが得意になってしまった。
満足そうに彼の上司は深く頷くと、同調するように口をまた開く。
「あぁ、本当に魅惑的な女性だ」
「……水戸部さん、奥さんにまた殴られますよ? 前回みたいに、拳で」
「あの鬼嫁の事は今はどうだっていい」
そうは言っているものの、水戸部春偵の幅の広い両肩が微かだが反応したのを荻原椋穂は見逃さなかった。
(けど、本当に綺麗な女性だ)
荻原椋穂は心から思う。
裾の長い緑色のワンピースを風になびかせているように映り込んでいて、頭にはつばが三六〇度に渡った黄緑色の帽子を深く被っているが、どこか蠱惑的に微笑むその表情はこちらを覗き込むかのようだった。
これが、夜伽ノ美雪の母親。
世間からは、人殺しの母親と見られるだろうが。
「もうこの世に存在しない人物なのだと思うと、どこか残念だな」
それに、荻原椋穂は素直に肯定できた。
自分だって体型こそは頼りないかもしれないが、顔面偏差値を言えばなかなか良い部類に入るんじゃないかと自負している面がある。
もしかしたらチャンスがあったかもしれない、人生何が起こるかは分からないんだ。
そこから不倫問題が発覚して相手の父親と面倒事になるのは御免だが、と彼は思う。
「さてこの女性、夜伽ノ陽登美だが――」
さて、ここからだろう。
ここから先の二人はきっと、真実に最も近い場所に立っていながら気づかない。
気づかないなりに会話を進める事になる。
水戸部春偵は、きっと彼女自身とその身内を除けば、『夜伽ノ美雪』という人物の事を世界で誰よりも知っている。
無論、それはここ数年間に彼と共に調査をし続けてきた荻原椋穂も同様だと言えるのだろう。
それは、きっとμ'sの九人よりも。
彼女の親友である水浦竜三よりも。
彼女のストーカーである柊蒼太郎よりも。
警察官である彼ら二人は物語の真髄である確かなモノの一歩手前で足踏みしている。
そしてこの先の会話は、未だ無知なる者が聞けば『夜伽ノ美雪』という少女に、μ'sの九人よりも本当の意味で近づけるはずなのだ。
水戸部春偵はそれを言う。
「夜伽ノ陽登美――彼女は今の、写真に写る夫と結婚する二年前、最初の男と離婚していたという話は前にしたな?」
荻原椋穂は頷いた。
「えぇ。確か相手の姓は『峯元』〈みねもと〉とかいうものでしたね。しかし長女である美雪が生まれて一年もしないうちに、峯元は旦那の立場を放棄して姿をくらました」
「うむ。それから母親である峯元陽登美――いや、旧姓に戻ったと認識してもいいんだよな。ひとまず陽登美は一人で長女を育てた。しかし病気の親は頼れず女手一つは厳しい現実を見た所で、今の旦那――夜伽ノ荿司〈よとぎのせいじ〉と二年後に結婚、か……」
また続くように荻原椋穂が口を開く。
「でも、こんな事言っては失礼ですが、ラッキーでしたよね。子供を見捨てられて精神的にも迫られていた彼女が見つけたのが、今やアメリカから声もかかる程の活躍を見せるプロ野球選手だなんて」
「そこだ」
「…………はい?」
水戸部春偵の力強い一声に、荻原椋穂が怪訝に首を傾げた。
「いいか、まず一つめに押さえるべき点を言うぞ」
水戸部春偵は一呼吸置いてから、しかし俺達はそんな事は前から知っていたぞという事実を述べる。
「夜伽ノ美雪と夜伽ノ荿司は、血の繋がった真の親子関係ではない」
そりゃ、そうでしょうねと。
荻原椋穂は、いきなりこの上司は何を分かりきっていた事をいきなり言い出すんだと不思議に感じながらも相槌を打った。
「そして二つめ――これが今しがたお前が口にした言葉から取ったものだ」
水戸部春偵は重々しく言う。
図太い神経に似たかのような肉付きのある首をさらに畳み、三人家族が映り込む写真をただただ見つめながら言うのだ。
「なぜ、誰もがその名を耳にした事はあるだろう有名な一流プロ野球選手であるはずの夜伽ノ荿司はアメリカの、メジャーリーグという夢の舞台からの誘いを蹴った挙げ句、国内でのFA宣言すらしなかったのか」
それは、と。
荻原椋穂が声を出そうとした瞬間、それを阻むように水戸部春偵が大声を上げる。
「三つめだ! なぜ夜伽ノ荿司と夜伽ノ陽登美は結婚していながら夫婦の愛の結晶――子供を作らなかったのか。確かにそのケースの家族なんて世の中に沢山いるだろう、だが私はなぜかこの家族に引っかかる! 方や紳士服に方やウェディングドレスを身に纏いながら教会で結婚式まで挙げたというのに、なぜ二人の夫婦は女の連れ子である夜伽ノ美雪だけを我が子としたのか――」
迫力があった。
そこらのサスペンスドラマや情熱映画などでもそうは見れない上等な演技――それを遥かに凌駕する程の凄烈な圧迫感が、今の水戸部春偵には感じられた。
「椋穂、お前の言いたい事は分かる」
今まで机に両手を置く体勢で折り曲げていた腰をゆっくり伸ばし、また彼は言う。
「夜伽ノ荿司がメジャー昇格をしなかったのはまだ幼い長女、夜伽ノ美雪の事を考慮しての考えだという線もあるだろう。しかしあれほど新天地への興味を示していた夜伽ノ荿司が国内FAも行使しなかったのは謎だろう。国内なら嫁や子供の負担もかなり軽減されるばかりか、何より自分の新たな発見から繋がるレベルアップのチャンスだったじゃないか。――私は知っている。あの男は好機到来の機会を絶対に見逃さない男なんだよ」
また、と。
そう言う水戸部春偵はすでに一人語りの世界に入ってしまったのだと、荻原椋穂は悟った。
「陽登美と結婚して新たな夜伽ノ家を誕生させておきながら、何年も一緒にいながら子供を作らなかったのは……なぜだ? 夜伽ノ陽登美は病でこの世を去ったが赤ん坊を産めない身体ではなかったはずだ。環境的にも金銭的にも余裕がありすぎたはずの家庭で新しい命の芽を拝もうとしなかったのはなぜなんだ」
顔を赤く膨れ上がらせ、興奮しているように鼻息を荒くしながら熱弁する。
そんな上司の姿に、荻原椋穂はようやく異変を捉えた。
(なぜ、水戸部さんはそこまで夜伽ノ美雪に――いや、夜伽ノ家に執着するんだ? 何か思い入れがある訳でもないんだろうし、接点と言えばそれこそ夜伽ノ美雪だけだ。前からだ。前からこの人は夜伽ノ美雪に不気味な程の好奇心を向けていた)
それは友情や恋愛を求める人間の欲求とはかけ離れた、何か。
単なる探求心とも呼べなかった。
荻原椋穂は、自分が尊敬する人間の、その部分が未だに分からずにいる。
心の内で葛藤する部下の気持ちなんて知った事ではないような態度で、副総監はまるで難事件に取りかかり始めたシャーロック・ホームズのような雰囲気を纏わせて断言できる。
「何かあるぞ椋穂」
そうなれば自分はワトスンなのか、と。
荻原椋穂は、数多くいる名探偵で最も不運な立ち回りを続けたシャーロック・ホームズと、その相棒の物語を脳裏に思い出し、面倒事は勘弁してくれとげんなりした。
知った事ではない。
お前は俺に付いてこい。
副総監は部下の警部にそう目で訴える。
口に出した言葉は一二〇%の確信を得ていた。
「夜伽ノ家には、何かがある」
逸脱した管轄。
存在しない権限。
水戸部春偵という人間は、あまり警察官という仕事は向いていないのかもしれない。
さて、いかがでしたでしょうか。
……同時に、お分かりいただけただろうか。
夜伽ノ美雪という人物を探ると同時、新たに『夜伽ノ家』の謎というものも浮かび上がる。
それは本当に隠された謎なのかもしれない。
あの副総監の考え過ぎなだけかもしれない。
信じるか信じないかは、あなたしだ――――あれ、今なんか僕に取り憑いてました?
それでは次回もよろしくお願いします!