今回は歌の女神である九人の少女達がメインとなっています!
友達A「お前の前書きとか後書きとかって……なんかただの無駄話になってるよな」
友達B「確かに。ちょいちょいボケを突っ込んでくるけど笑えねぇんだよな」
僕「」ブワッ!!←真顔のまま号泣。
という訳でこれからは前書き後書き少し控えめな方向でいきます(泣)
僕の友達と同じような感想を持っていた方がいたらごめんなさい。
「真姫ちゃん、この頃はよくあのお部屋でピアノを弾いているわね」
食事中の際、母親にそう言われて思わず箸の動きを止めた。
西木野真姫は恐る恐る、テーブルを挟んで向こう側に座る自分の母親へと視線を向ける。
その表情は予想に反し、優しく微笑んでいるように見えた。
「お部屋の前を通りかかると、よくあなたの奏でる音色が聞こえてくるわ。とっても癒しになる、良い音色がね」
上品に微笑み、西木野真姫の母親はワイングラスを口元につけてクイと持ち上げる。
「べ、別に……勉強の合間に息抜きとしてやっているだけよ」
「勉強の合間の息抜きにしては、随分と長い時間、それに遅い時間帯に弾いている時もあるのだな」
厳格な口調に彼は両肩を震わせた。
見れば、母親の隣で背筋を直立に伸ばして椅子に座る父親の顔が眼に入る。
眼鏡越しに見える父親の瞳に、娘であるはずの西木野真姫はいつも怯えて暮らしていた。
無理もないだろう。
かつて、その人物は自分からピアノを取り上げた張本人なのだから。
「そ、そうかしら……。今度から、気を付けるわ……」
最後の方では消え入りそうな小声で西木野真姫は告げる。
依然、父親は細めた眼差しで射るような視線を娘に向けている。
「お父さん?」
ふと、西木野真姫の母親が言う。
「真姫ちゃんがまたピアノばかりをしていて勉強に精が出ていないと考えているのなら、それは間違いよ。現に真姫は高校初めての期末考査でも学年一位でしたし、塾の講師の人も、真姫ちゃんは高校三年生の生徒も出し抜く程の優秀者だと褒めていてくれたじゃないですか」
そのフォローに、西木野真姫は若干俯くように顔を伏せながら、よしと思った。
随分と娘の良い所だけに観点を置いていてくれている。
「……なぁ、真姫」
父親に呼ばれた。
西木野真姫はゆっくりと顔を上げる。
「この頃帰りが遅くなっている理由は、教室に残って友人に勉強を教えているからだと言ったな」
「っ!?」
しまった、と即座に思う。
反応を大きく表しすぎてしまったかもしれない、と。
西木野真姫は素早く脳内で言葉を選別し始め、やがて口を開く。
「う、うん。その友達、ちょっと勉強ができる方じゃなくて……というか、馬鹿で……」
西木野真姫は心の中で、いつも語尾にニャーニャー言っている友人にほんの少しだけの詫びを入れた。
「あの海沿いの別荘を貸した合宿というのも、その友達らとだったのだろう?」
「えぇ、まぁ、そうよ」
「確かに学生に必要なのは何も学業だけではない。勉強は最も大事だが、その次に友人関係が重要だと言っていい。だから夏休みに期限を決めての合宿を認めたし、放課後にその友達とやらに勉強を教えるのも良しとした」
それに、と。
西木野真姫の父親も、ワイングラスを片手に構える。
「お前ももう高校生だ。加減というものを理解している賢い人間だと思って家にピアノを置く事も許可してやったんだ。だが正直、今のお前を見ているとどこか危なっかしく、こちらの不安が不思議と溜まっていくような気がするんだ」
西木野真姫は眉を寄せる。
次に出てくる言葉に恐怖すら覚えた。
「ちょっと、あなた」
良い所で、母親が庇ってくれる。
西木野真姫はまたも安堵の息を浅く吐いた。
「コホン……。真姫、言っておくぞ。友人関係は大事だ、ピアノもたまになら弾いていい。だが……絶対に学業だけは怠るなよ」
ゴクリ、と。
冷たく流れる背筋の嫌な予感に鳥肌が立ち、生唾を飲む程の緊張感がそこにあった。
父親にだけは……。
この父親にだけは、自分がスクールアイドルをやっているなんて事は口が裂けても言えない。
西木野真姫はそう覚悟する。
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今日は小泉花湯と家で映画を鑑賞した。
女優の女の人がとても綺麗で、歩きながら風に舞わせていた花柄のスカートがとても可愛らしかった。
今日は学校での補習があった。
登校路の途中ですれ違った可愛い顔立ちの女子高生ぐらいの子が、長く綺麗な足を大胆に見せつけるようにしたホットパンツを履いていてとても色っぽいと思った。
今日は本屋に立ち寄った。
雑誌に掲載されている女性モデルの写真には、スカートの裾をつまんで愛想のある笑顔とポーズを決めている女性や、胸を強調するように前屈みになっているビキニ姿の女性などがいて、とても美しいと思った。
都会だから、色々な人と出会う。
美麗な容姿に可愛らしい、それはきっと男性側からしたら喜んでしまうような服装をしている女の人とすれ違うだけで、無意識のうちに顔を伏せてしまう。
どうしようもない劣等感。
なぜ自分にはそれがないという嫉妬。
「やっぱり、凛にはこういうのは似合わないよね」
とあるブランド店のガラスケースに飾られた、丈が短く肩とへそを露出させているシャツに、フリルの舞った短いスカートのサンプル。
それを雑踏の中で一人立ち止まって見つめる星空凛は、ボソッと呟いた。
「凛も、着てみたいな」
けれど、他人から笑われるかもしれない。
「凛だって、女の子だし」
お前は見た目が男みたいだろ、と揶揄されるかもしれない。
「けど、凛はスクールアイドルもやってるんだし……」
もし小、中学時代で付き合いのあった同級生の男子達がそれを知れば、どんな反応を取られるだろうか。
『男みたいな見た目なのにアイドル』
『必死に可愛い子ぶってる』
『無理してる感じで似合ってない』
そんな想像が嫌でも脳裏に浮かんでしまい、その度に自己嫌悪に陥る。
凛は海未ちゃんみたいに綺麗じゃない。
凛は真姫ちゃんみたいに上品じゃない。
凛は絵里ちゃんみたいな美人じゃない。
凛はにこちゃんみたいな可愛げはない。
凛は――、
「凛はかよちんみたいに、可愛くない……」
彼女らは友人のはずなのに。
小泉花陽は幼馴染みのはずなのに。
そうやって引け目を感じてしまう自分が、星空凛は大嫌いでいた。
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『みんなーーー!! 今日一日、私の事を応援してくれてありがとーーー!!』
テレビ画面の中で一人のプロアイドルが、広いステージの上で大観衆に向けて感謝の言葉を大声で叫んでいる。
今まで歌を披露していたせいか、若干声が掠れていた。
しかしそれが、さらに大勢に集まった観客達の歓声を盛大なものに変える。
ファンが一体となってアイドルの名前を、声帯がぶち切れんばかりの大声で叫び、そのコールが場内全体に木霊する。
名前を呼ばれ、皆から愛されるそのトップアイドルは大粒の涙を流しながら手を振り、ありがとうの言葉を叫び続けている。
「凄いなぁ……」
食い入るようにテレビ画面を見つめていた小泉花陽はやがてテレビの電源を落とすと、脱力したように肩を下ろして床に座ったまま感嘆の息を漏らした。
「やっぱり、アイドルってみんな輝いてるよねぇ……」
小泉花陽は、昔からアイドルという存在に惚れていた。
また、アイドルという立場に立てる人間に憧れていた。
幼い頃から想い描いていた、自分がアイドルになって観衆の集うステージの上に立って歌と踊りを披露する場面。
それを現実に近づけるためか、またはアイドルという形が身近にあって自分も試してみたいと思ったからか。
故に彼女は、スクールアイドルに加入した。
アイドル研究部に入る以前に、まず驚いたのが高坂穂乃果という人物だった。
小泉花陽は彼女とその友人二人が立つ初ライブを学校の講堂まで見に行った。
当時、観客はまったく存在しないという悲惨な結果であったが、それでもライブ後、高坂穂乃果は言っていた。
『続けます! わたしはスクールアイドルを続けます!』
それに、当時は生徒会長として風格のきつい絢瀬絵里の『なぜそうまでしてスクールアイドルに拘るのか』と訊かれた際の彼女の返答に、小泉花陽はさらに心を打たれる事になった。
『やりたいからです!!』
やりたいから、やる。
それは小泉花陽ができなかった事でもあった。
なぜできなかったのか。
なぜ諦めたのか。
答えは単純で、自分に自信がなかったからだ。
アイドル研究部に入部し、彼女は早速驚かされる。
『にっこにっこにー♪ あなたのハートににこにこにー♪ 笑顔届ける矢澤にこにこー♪ にこにーって覚えてラブにこ♪』
矢澤にこ。
小泉花陽は彼女の『それ』を目にした途端、尊敬するに値する人物だと即断定できた。
あれ程までに自分に自信を持っている人間なんてそういない。
ましてやそれを人前にさらけ出せるという時点ですでに自分とは桁が違うのだと分かった。
友人の星空凛や西木野真姫は、ときどき矢澤にこに『ちょっと寒い』だとか『キモチワルイ』だとか言うが、小泉花陽はまったくそうは感じない。
むしろ、自分にあれだけの自信があれば。
あれだけのアイドルに対して本気で向き合える覚悟というものが備わっていたら、と何度も思った。
高坂穂乃果の生まれついたカリスマ性。
矢澤にこの堂々たる自信。
それらを真似しようとすると、それはまた別問題となる。
「はぁ~」
床に敷くカーペットに寝転がり、天井を見上げる。
『今日も練習、いっくにゃー!!』
自分にも、あれだけの声量が出せる元気があれば。
幼馴染みを思い、彼女は腕で目を覆った。
「わたし、スクールアイドルとしてやっていけるかなぁ……?」
誰かが聞いてくれている訳ではないが、不安そうに震えるその疑問系の声はやはり小さく、先程までテレビに映し出されていたトップアイドルとは天地以上の――さらにそれ以前が問題となるはっきりとした差が見えていた。
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「あっちゃ~、またかぁ」
一日に一回。
それ以上は駄目。
同じ内容のものについて複数回占う事は、占い師の禁忌。
もう一つの禁忌は、占い師が自分自身の事を占う行為。
しかし東條希はそんな禁忌は犯さない。
別に彼女は本物の占い師とかいう訳ではないのだが、言い伝えられる禁忌を犯す事で自分が重宝しているタロットカードの価値が下がってしまうような気がするからだ。
そして、たった今彼女がタロットカードで占ったものはと言えば――それはアイドル研究部について。
正直は所、結果はやはり良いものではなかった。
「エリちには悪いんやけど、あの子はちょっと『除外』させてもらったんやけどなぁ」
自分の住むマンションの一室。
その部屋のテーブルにはタロットカードの山が左右に二つ、それらに挟まれる中央に一枚のカード。
希はいつも、この一枚のカードの絵柄を見るだけで不快そうに眉を寄せていた。
「って事は、エリち以外にも何かしらの問題を抱えた子がアイドル研究部にいるって事やね」
しかし、これ以上はもう占えない。
アイドル研究部という特定のものについて占える回数は、何があっても一日に一回きりなのだから。
「けど、最も可能性として濃いのは……やっぱ美雪ちゃんかなぁ」
東條希自身。
夜伽ノ美雪の事は随分と、まだまだ謎の多い人物だと思っている。
いつも気怠そうに構えていて、一時期は自分の名前を貸すだけだなんて言っていた彼女が先日の合宿の日、深夜遅くまで作詞作曲の作業に没頭していた。
人はそんな急に変われるのだろうか。
ましてや、夜伽ノ美雪のように強情そうな人間なんて――。
「……あぁ、アカン。占いばっかりやっとるからかな。少し人の事を疑い深くなってもうた」
邪念を払うように首を振る。
それから東條希はタロットカードの二つの山を合わせ、一番上に表向きにされた一枚のカードを裏向きにして乗せる。
手慣れた手つきで器用に素早くカードを切ると、タロット専用のケースにカードの分厚い束を納めた。
「はぁ~っ」
椅子を引いてそれに座る。
長いこと立ちっぱなしで同じ姿勢を取っていたせいか、どうも腰に痛みが現れていた。
んっ、と声を短く出して背筋を伸ばす。
そのまま仰け反った状態のまま身体を停止させ、東條希は考えた。
「本当、何なんやろうなぁ……この、何とも言えない胸騒ぎは……」
東條希の占いは、よく的中するという事で学院内でも評判である。
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「にっこにっこにー!」
「にっこにっこにー!」
「にーこにーこにぃー」
二人の妹と一人の弟が姉の決めポーズの真似をする。
姉にとって、その光景は日頃の練習で溜まる疲労を一気に吹き飛ばしてくれる癒しのものであった。
「さぁもう一回! にっこにっこにー♪」
矢澤にこの掛け声は続く。
左右共に隣の住人が仕事から帰ってくるまでまだ時間はある。
いつもの時間帯に、矢澤一家は揃いもそろってお決まり定番のそれを繰り返す。
「にっこにっこにー!!」
「にっこにっこにー!!」
「にーこにぃー」
若干一名、鼻水を垂らしてその手にハンマーのような形状の玩具を持つ少年が略して言うが、それすらも矢澤にこは微笑ましく笑って手を叩く。
「よくできました! さぁご飯の時間よ! こころ! ここあ! 虎太郎! お手々をよーっく洗ってきなさい!」
すると嬉しそうに元気そうに、はしゃぐように純情な眩しい笑顔を浮かべる妹達は手を上げて返事をする。
「すぐに洗ってきますねお姉様!」
「ほら、行くよ虎太郎! その玩具は置いていって!」
「お手々きれいきれいぃ~」
三人が洗面台にまで行き、少しの間だけだが静けさがやって来るこの時間。
せいぜい十数秒程度のものだと言うのに、この一時の静寂の中、矢澤にこはいつも思う。
「今日もママ、帰って来れないのね……」
今日は口に出てしまい、今のを妹達に聞かれてやしないかと咄嗟に口元を隠した。
しかしその思いは、何も寂しさだけが原因という訳ではない。
寂しさなら元気な妹達とちょっとまだ世話は焼けるが本当に可愛い弟の姿がその隙間を埋めてくれている。
心配なのだ。
女性の限られた体力で、父親という存在を早くに失ってしまったこの家庭で。
早朝の始発から夜の終電ギリギリまで働きずくめの母の体調を常に矢澤にこは案じている。
「大丈夫かな……」
毎日、暇を見れば母親からメールや電話が来る。
元気そうな声で、言っちゃ悪いが歳の割には若くはっちゃけた文章で返ってくる返事にいつも矢澤にこは安心していた。
今日だってメールを何通かやり取りした。
今のお仕事は本当にやりがいがある、なんて言っていた。
現在、矢澤にこの母親が務めているのはとある大手の不動産会社だ。
客の接待に住居の案内、時には構築図組み立てやその他諸々の書類纏め、会議に必要とされる書類制作。
もちろんそれだけでなく、彼女に与えられる仕事はまだまだある。
仕事以外にもメールや電話を通じての客との繋がりや、後輩に仕事内容を教えたりミスのカバーなどを請け負ってやらなくてはいけないのだ。
(私はただ、家で料理洗濯掃除の家事とか、妹達の世話をしてるだけ。学校に行けばアイドル活動こそやっているけど、授業中はずっと眠ってるんだからかなり楽してる)
そう思うと、やはり母の苦労が心の重みだった。
かつて一度。
一度だけだが。
『ねぇ、ママ。再婚とかはしないの?』
そう質問した事がある。
その時の母は、優しく微笑んで娘の頭を撫でたのだ。
『にこ。あなたのパパはね、この世に一人しかいないのよ? それと同じで、ママが心の底から愛した男の人も、たった一人しかいないの』
今でも鮮明に思い出せるあの幼い記憶。
今思えば、随分と馬鹿な質問をしたと思う。
「けどね、ママ……やっぱり――やっぱり心配なものは心配なのよ」
そう呟いた直後に、向こうからパタパタと足音が続き、愛しの妹達がリビングに再び姿を現した。
すると突然、次女であるこころが変な事を言ってきた。
「お姉様! 今日も遠慮しないでどんどん食べてくださいね!」
思わず、矢澤にこは自然と可愛らしく小首を傾げる仕草を取ってしまう。
「どんどんって……この料理はにこにーが作ったのよ? 妹のあんた達の方が沢山食べないと、背ぇ伸びなくなるわよ」
ソースは私。
矢澤にこは心で呟いた。
「けどお姉ちゃん、ミューズのセンターなんでしょ!? センターはたくさん食べて精をつけなきゃ駄目だよ!」
三女のここあの言葉が、矢澤にこの胸に不意に突き刺さる。
(あぁ……そういえば、私はこの子達のセンターだったわね)
長男の虎太郎が、姉を指さして口を開く。
「すーぱーあいどる、にこにぃー」
「……えぇ、そうよ」
クスッと笑い、姉は弟の小さな頭に手を優しく乗せる。
「あんた達のお姉ちゃんは、スーパーにこにーだからね」
ーーーーーーーーーーーーーーー
「あぁ――もうっ!」
バンッ、と。
自分の部屋に置かれた勉強机に、苛ついた声と同時に強烈に両手を叩き付けた。
「もう、そろそろ良いんじゃないの……? 何でまだ廃校問題が『先延ばし』のままなのよ……っ!」
奥歯を噛みしめる。
眉間に皺が寄り、とてもアイドルらしかぬ表情で身体を震わせる絢瀬絵里の姿がそこにあった。
部屋の電気は点けず、勉強机の蛍光灯だけの薄暗い空間。
比較的、暗い場所を好まない絢瀬絵里だが、今の彼女はそれすら気にも留まらない程気が立っていた。
「もう充分、私達アイドル研究部のお陰で音ノ木坂学院は注目されてるじゃない。亜里沙の同級生だって、他の高校への進学希望者だった子達が音ノ木坂を志望するようになってるって言ってたもの……っ」
随分とご立腹の様子だった。
だが同時に、彼女は焦ってもいた。
焦燥感の方が目立っているようでもあった。
何をそんなに焦っているのか。
何に対して彼女は怒っているのか。
まず目の前に課せられた問題が、音ノ木坂学院廃校の危機、だろう。
しかし本当なら今頃、廃校の案件はとっくに決定されていてもおかしくはなかった。
だがそれは、絢瀬絵里も加入しているアイドル研究部の活躍によって、決定案となるのを延期させる事ができたのだ。
しかし、完全なる撤廃ではない。
廃校問題が消失した訳ではない。
このままでは遠くない日に、音ノ木坂学院の廃校は決定する。
今のままでは駄目だ。
廃校を延期させる事のできた唯一の可能性――アイドル研究部が何とかしなくてはならない。
だから彼女は先日、夜伽ノ美雪も交えたメンバーに伝えた。
何か、他の誰も真似できないような新しい事がしたいと。
だが、それでも。
「私には、もう時間がないのよ……っ」
間に合ってくれるかどうか、分からない。
それは卒業というタイムリミットではない。
そんな事よりももっと早く時期が訪れてもおかしくないと予想される、最悪の事柄。
それが発生される前に、なんとか廃校だけは免れる結果を生みたい。
それを絢瀬絵里という名の下に掲げ、功績を挙げたい。
なんとしても、今の絢瀬絵里は廃校撤廃に執着する必要があるのだ。
「何をすれば……、いったいどうすれば……」
また今夜も彼女は頭を悩ませる。
椅子に座り、机の上で頭を抱え込むようにして思考をフル回転させながら、その状態のままで眠りに落ちてしまうのだろう。
とにかく。
絢瀬絵里には、時間がない。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「あなた自身、どうしたいのかをよく考えてごらんなさい」
そう言い残し、母親は娘の部屋を出て行った。
娘――南ことりはと言えば自室のベッドに腰掛け、右手に持つ一枚の封筒に目を向けていた。
封筒の絵柄や宛名の文字を見る限り、それは外国からのエアメール。
そして先程の母親から受け取った言葉。
二度と訪れる事のないとされるチャンスが転がり込んできた。
予想も期待もしていなかったこれ以上とない好機が予告もせずに舞い込んできた。
それは、南ことりの夢を叶える為に与えられた一通。
また、彼女の将来を約束できる代物と言っても過言ではない手紙。
しかし、南ことりは素直に喜べなかった。
価値が分からないという訳ではない。
ただ……迷っていた。
「少し、早すぎるよ……」
それは我が儘だと分かっている。
そんな弱音を吐いていては、ライバル達に出し抜かれる事も承知の上だった。
「でも、何でこの時期にきちゃうの……?」
世界は自分を軸に回っているものではないのだと、それが理解できない馬鹿じゃない。
しかし、もし本当に運命の神様というものが天空の果てに存在するのだとしたら、そいつはなんて性悪なんだと南ことりは恨むだろう。
今、彼女には熱中できるものがある。
親しい友人に巡り会えて、一緒に同じ目標に向かって走っていける仲間が存在する。
南ことりは高校二年生にして、この先の人生を左右するであろう大きな、そしてとてつもなく難関な選択肢を迫られる。
仲間か。
夢か。
二つに一つは世の理。
二兎追う者は一兎も得ず。
欲張り者が生き残れる程、今の世の中は甘くはないのだ。
「うぅ……」
そして。
こんな時。
「ことり、どうすればいいかなぁ……穂乃果ちゃん、海未ちゃん……」
やはり、南ことりは自分の意志によっての独断はできず、他人の意見を頼ってしまう。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「やあっ!!」
園田家の庭は広い。
一人の人間が両手に竹刀を持ち、素振りをするだけのスペースは余裕なまでにあった。
「はあっ!!」
道場で久しぶりに父親と手を合わせた。
久しぶりに一緒に道場の掃除をした。
その後には母親に日舞の成果を見てもらい、上達していると褒めてもらった。
褒められた後の晩ご飯はとても美味しく、これまた久しぶりに何杯もおかわりをしてしまった。
(まぁ、私は穂乃果のように食べればすぐ体重に表れる方ではないですからね、ふふふ)
歯を磨き、風呂に入る前にもう一度一汗流そうと思い立ったのだ。
(そもそも、穂乃果は言っても言っても食べるのをやめないのですから自業自得です! 今日だって私との通話越しにスナック菓子を食しているようでしたし……)
そして素振りをしながらも、園田海未はあの呆れる程のアホな幼馴染みの事を思って溜息を吐きそうになる。
「はあっ!!」
それでもその剣先に込められる威力は鋭く、一回一回振る度に剣力が増しているような感じがあった。
(絵里や真姫のような優等生になれとは言いませんが……もう少し利口になってほしいものです。無駄な糖分を摂取しない分、まだ凛の方が利口で――あぁ、凛はラーメンがありましたか)
東條希がアイドル研究部の母親ポジションなら、園田海未は厳格な父親ポジションという立ち位置が似合っているかもしれない。
「やあっ!!」
また、園田海未は剣を振るう。
隣には大きな錦鯉が泳ぐ池。
数メートル先には父親が大事に育てている立派な盆栽の数々。
「ふんっ!!」
園田海未はそこから余計な思考を捨て、ただひたすらに竹刀を振る事だけに精神を集中させた。
「はっ!!」
「たあっ!!」
「やあっ!!」
「ふっ!!」
「はあっ!!」
……何回降り続けただろうか。
未だ構えにブレはなく、剣先にも迷いは見られない。
柄をしっかりと握り、脇を締め、腹に力を入れて足が浮かないように剣を振り下ろす。
決して小手先だけの剣ではいけない。
剣は腹で振るう。
「…………」
さすがは武門の娘という所か。
とうとう掛け声もなしにここまで力強い振りができている。
竹刀の種類にだって様々なものが存在する。
今、園田海未が使用しているのは充分に重いものに部類されるものだ。
身体に芯が通っている。
見るものを魅了してしまう美しさを持った振りだった。
……ただ。
園田海未が一心不乱に竹刀を振り下ろしながら、その口元は裂けんとばかりに笑っているように歪んでいる理由というものを、誰か心当たりがあるだろうか。
「――ふふ」
声を、漏らす。
竹刀を振る。
「……ふっふふふふ」
はっきりとそれは笑い声となっている。
竹刀を振るう。
「くふっ……ふふふふふふふふふふふふふふふ」
不気味な笑いが止まらなくなる。
竹刀を――、
振り下ろす。
「――っ!?」
竹刀が、止まった――。
振り下ろす途中で、何かに制止をかけられたように柄を操る腕が下がらない。
「……父上?」
見ると、そこには海未の手にする竹刀を片手で受け止めている父親の姿があった。
いつ、現れたのか。
足音も、気配すらも娘には感じられなかった。
「父上、何を…………はっ」
そこで、園田海未は初めて気づく。
もう一歩手前に、父親の手がけている盆栽。
その一つに、危うく彼女は竹刀を振り下ろす所だった。
(無意識に、一歩一歩と前進していた? 足を地につけたままを意識していたのにも関わらず?)
現状を理解した娘を察したのか、父親は娘の持つ竹刀を手放す。
「気を付けなさい、海未」
そう言い残すだけで、園田海未の父親は屋敷のような家の中へと戻って行ってしまった。
ダラリと。
園田海未は構えていた両腕を下げる。
「……ふふ、ふっふふふ――くふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」
今度こそ。
園田海未は肩を鳴らして笑い声を上げた。
三日月型に広がる唇の内側からは白く磨かれた綺麗な歯がギラリと光るように覗いている。
普段、真面目が過ぎて少々堅物キャラで通っている園田海未という人物は他人の前で――幼馴染みの前でさえ今のように黄金色の瞳をぎらつかせ、大きく見開いている表情はしないだろう。
何がそこまで面白いのか。
いったい何が彼女を笑わせているのか。
それは――、
「ある意味、欲求不満なのかもしれませんね、私……」
ーーーーーーーーーーーーーー
高坂穂乃果は思う。
まず最初に、幼馴染みの二人を誘った。
南ことりは昔から首を縦に振るのが癖のようで、難なくそれを許容してくれる。
園田海未の場合は多少手こずりはしたが、自分の一生懸命な姿を目にして心を打たれ、誘いに乗ってくれたようだ。
次に、西木野真姫を見つけた。
偶然通りかかった音楽室で彼女を見つけられたのは本当に幸運で、運命の神様とやらが味方についてくれたに違いないと感じた。
メンバーの中で加入する事に最も渋っていた彼女だが、何だかんだ作曲してくれたり、音楽室を通いつめているうちに仲間になってくれた。
それから、小泉花陽と星空凛に会った。
いや、小泉花陽とは少し前から知り合いにはなっていた。
アイドルオタクだという事でスクールアイドルに興味を持ってくれたが、人一倍の羞恥心が彼女の決断を阻んでいたように見えた。
そこで手を貸してくれたのが星空凛で、彼女は小泉花陽に必死に自信をつけさせ、プラスアルファその場に西木野真姫も加わった。
二人が背中を押したお陰で小泉花陽も加入、それに続くように星空凛も参加してくれた。
生徒会から聞いた矢澤にこという人物に出会った。
部員数たった一人というアイドル研究部の部長である彼女をメンバーに加えるのに、そう時間はかからなかった。
こちらの都合で強引に話を進め、許可もなく部室にお邪魔してアイドルの何たるかを享受してくれだのと言って。
何回か一緒に屋上で練習しているうちに、彼女が自分達に心を許してくれていくのが肌で感じられた。
音ノ木坂最後の砦とされる生徒会。
生徒会長の絢瀬絵里と副生徒会長の東條希をメンバーに迎え入れるのは、最も簡単で最短の記録ではなかったか。
今まで自分達とは対立的な立場にいた、特に絢瀬絵里。
メンバー七人を集めて部活創設申請を出した際に勧誘すれば、それはもう見事に手の平を返すかのようにあっさりと承諾された。
最後に、メンバーの中では最も個性的ではないかと思われる夜伽ノ美雪に出会う。
自分は一度、彼女に強く拒否された。繋ごうとしただけで軽く触れた手を強烈に弾き返されたあの痛みを、今でも鮮明に思い出せる。
あの場では平然を装いながらも心は少し傷ついたが、しかし自分の中で夜伽ノ美雪という存在が大きくなるのも同時に感じた。
何かの原動力が自分を突き動かし、彼女をメンバーに加えてやろうと夢中になった。
夜伽ノ美雪を勧誘する為にその方法をまとめたノートなどを作ったりもした。
あの日も教室に残り、冴えない頭を回転させてノート作成に取り組んでいたのだが、西木野真姫が音楽室で彼女を説得すると幼馴染みから聞いた途端、自分も急いで音楽室に向かった。
彼女が悪態を吐きながらも承諾してくれた事に嬉しかった反面、ノートが無駄になってしまったという喪失感もあった。
高坂穂乃果は自室のベッドで目を開け、仰向けに寝転がりながら低い天井の染みを見上げた。
「そう考えると美雪ちゃんと、……あと希ちゃんかな」
高坂穂乃果は呟く。
瞳は細められた。
「あぁでも……怪我していた訳じゃないよね。結局、付いて来ちゃったんだから」
うん、そうだね。
高坂穂乃果は一人でに頷く。
幼い頃から彼女はどこか、一人で物事を考えて一人で勝手に納得してしまうような性質があった。
彼女の考えはたまに、幼馴染みの園田海未や南ことりでさえも理解できないという場合もある。
「……はは、穂乃果がこんな弱気になっちゃ、駄目だよね」
今、部屋に独りで誰かと会話しているでもない高坂穂乃果の言葉の真意は誰にも分からなければ、そもそも誰にも声が届かない。
その解答は高坂穂乃果の中にしか存在しない。
その心の中で、高坂穂乃果は念じるように、また祈るように――、
大丈夫だ。
ここまで来た。
ランキングで三桁から三位にまできた。
そう自分に語り掛ける。
「あぁ、でも……」
しかし彼女の心の不安は払拭されずにいる。
それは随分と前から彼女の内側にわだかまり、蝕むように巣食っていたものだ。
部室に集まる度に。
屋上で練習を重ねる度に。
音楽室で発声練習をする度に。
PV撮影前、衣装に袖を通す度に。
「みんなと顔を、合わせる度に……」
高坂穂乃果はいつも思う。
自分は、いったい――。
「お姉ちゃ~ん、ちょっといい?」
ふと。
部屋のドアの向こう、廊下に立っているのであろう妹の声に高坂穂乃果は上半身を起こす。
「いいよ~」
そう明るい声で返事すると、ドアを開けて妹の高坂雪穂が部屋に入ってくる。
「どうしたの? まだご飯じゃないよね?」
「いや、あの漫画の続きを貸してもらおうと思ってさ」
「あぁ。うん、いいよ~。そこの本棚から持っていって」
「はぁ~い」
こんな会話のやり取りも、姉妹という関係性なら何年間と共にしてくるのは当然だった。
妹が本棚の前でしゃがみ、「あ、この巻だ」と巻数の順に揃っていない中から一冊の少女漫画を手に取る。
高坂雪穂が少女漫画にはまりだしたのは、いつの頃からだったろうか。
それまではまったく興味のないような素振りを見せていたが、姉が少女漫画しか読まないため、その影響をいつの間にか受けていたのだろう。
「……あれ?」
高坂雪穂はふと姉の方に視線を向けると、怪訝そうな表情を浮かべて首を傾げる。
「? どうしたの雪穂」
「いや、お姉ちゃん……そんな本、持ってたっけ」
「え……?」
そこで、高坂穂乃果も改めて気づく。
先程まで読んでいた本を枕元に置きっぱなしでいた。
この本は随分と前から彼女の部屋にある。
本屋に立ち寄った際、ふと導かれるように手に取ってレジまで運んでしまったこの本。
今、高坂穂乃果の悩みの種を作る起因ともなった一冊の本でもある。
「うわ、これ小説じゃん!?」
驚いたように高坂雪穂が声を上げた。
ベッドの上から拾い上げた少し薄い文庫本のページをパラパラと捲り、妹は信じられないと言ったような愕然の表情を浮かべる。
「お、お姉ちゃん……前までは文字ばっかりの本なんて目が痛くなるから嫌だー、なんて言ってたのに……、いきなりどうしちゃったの?」
妹が何かとんでもない病にかかってしまった重病患者を哀れむような目をしている。
これにはさすがに高坂穂乃果もショックを覚えた。
「あっ、ひっどーい雪穂! 穂乃果だってもう高校二年生なんだから、純文学の一冊や二冊は読むよ!」
「へ、へぇ……」
高坂雪穂も、栞の挟まれた途中のページから読み始めたって分からないだろうに、未だそれが小説かどうか怪しんでいるのかそこから数ページに飛ばし飛ばしで目を這わせていく。
「この小説、なんてジャンル? 恋愛?」
「あ、恋愛じゃないよ」
「へぇ、珍しいじゃん。じゃぁお姉ちゃんが好きなホラー?」
「ううん、ホラーでもないよ?」
「えぇ? じゃぁ……ミステリー?」
「いんやぁそれが違うんだなぁ雪穂くんよ。ちなみにアクションでもなければSFでもないよ?」
「え、えぇ?」
高坂雪穂は困惑したように眉を寄せた。
対し、姉はふふんと胸を張って鼻を鳴らす。
「そだ、ていうかこれ何て題名なの?」
そう言い、高坂雪穂は手に持つ文庫本のページを閉じ、表紙に描かれる何やら怪奇的な絵柄と題名の文字に目をやる。
「あぁ、その本はね……」
もう妹は目を通しているだろうに、姉の高坂穂乃果はそれでも、と。
その小説のそれを口にする。
「その小説はね、『 』って言うんだよ」
長い文章を最後まで読んでくれてありがとうございます!
本当は学年別に分けて三話構成にしようとしたのですが、書き始めたら途中でやめるのが惜しくなってしまいました(汗)
次話は水浦竜三と柊蒼太郎です!
それでは次回もよろしくお願いします!