笑顔を咲かせた少女は紛れもなく…   作:西部荒野に彷徨う海賊

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 第六章、最終話です!
 当初の予定通り四話で終わらす事ができました!

 そして章の最後である四話目の主人公は、もちろん夜伽ノ美雪です。
 幼馴染みの統堂英玲奈も登場しています。

 それでは今回もよろしくお願いします!





59話 エニグマとして掲示された真実は彼女の閉塞的な迷宮入りへと王手をかけた

 

 

『打ったジャストミートかこれはァ!? レフト線! レフトの瀬川が打球を追う! 追う! 俊足です! どうだ間に合うか落下地点へ――いや、伸びる! 伸びています!!』

 

 木製のバッドが硬球を気持ちの良い音で弾き返した直後の実況者の興奮したような大声で、俺と英玲奈は手に持つ箸の動きを止めてリビングの大画面テレビに目が持っていかれた。

 

『入るか! 入るか!? いぃやレフトの瀬川ジャーンプ!! あァ!? 取っています取っています! 四番ミトスの強烈な打球はあわやホームランかと思われたが瀬川がそれをフェンス間際でのジャンピングキャッチでグローブに収めましたァ!!』

 

 実況者の言う通りの映像を見届けると、俺は手元のコップに入った天然水を一口付け、英玲奈は持ち上げて固めていた両肩を下ろして安堵するように息を吐く。

 

『しかしナイスプレー瀬川! 今日先発で七回無失点の夜伽ノのこの試合一番のピンチを大プレーで救いました! ワンアウト満塁から無失点で切り抜けましたァ!』

 

 ……うん、今日の唐揚げはよく仕上がっている。

 

 口に含んだ自作の料理を味わいながら評価し、俺はまた食事に意識を戻す。

 

「危なかったな、この回」

 

 英玲奈はまだテレビを――帽子を取って額の汗を拭いながらマウンドから自軍のベンチに戻る俺の親父の姿を見てそう言う。

 

「まァ、この回で先制点を取られていたら確実に負けてたろうなァ」

「あぁ、今の瀬川選手のプレーで流れをこちらに持っていきたい所だが……。まったく、せっかく荿司さんが七回無失点という好投を見せているのに、なぜこちらは点が取れない」

「そりゃ相手のピッチャーも頑張ッてるからだろうよ」

 

 ポテトサラダとか久しぶりに作ったし、食った。

 やはり美味だ。俺は料理人のセンスでもあるんじゃないか。

 

「む……? そうかこの回、荿司さんに打席が回ってくるな」

 

 旗を振り、チームカラーの風船を準備して応援歌を合唱するスタンド席が映し出される。

 テレビ画面の中を見渡すだけでも、今日の試合も客の入りは超満員と言えていた。

 

「ン? なら代打で選手交代じゃねェの?」

「馬鹿言え。監督もこの試合展開じゃまだ荿司さんに投げてもらいたいはずだ。正直今年のチームは中継ぎ投手がどうも弱いからな。まだ交代はさせないだろう」

 

 英玲奈の言う通り、テレビ画面の中では八番バッターが凡打した後、ヘルメットを被ってバッドを片手に持った親父の姿が映し出される。

 

『九番、ピッチャー――夜伽ノ 背番号42』

 

 アナウンスとホーム球場特有の打席音楽(どこかのアイドルグループの萌え曲)が流れ、親父が打席に入ってフォームを構える。

 

「これでツーアウトだ、この回は無理だな」

「ま、まぁ確かに……荿司さんはバッティングには正直可能性を感じられないが」

 

 俺達がそんな事を言っている間に、親父はワンバウンドするかのような変化球のすっぽ抜け投球を親切にスイングしてストライクを取られた。

 

「あのボール振るか? ストライクからボール球になる変化球に手を出すのは分かるけどよォ」

「荿司さんはバッティングは苦手な癖、来たボールは積極的になんでも振りにいくからな」

 

 投手が二球目の投球を構え、投げる。

 見る辺り直球、インコース低めのナイスピッチングだった。

 

 が――。

 直後、快音が鳴り響く。

 

「は?」

「お?」

 

 俺と英玲奈が反応した直後、またあのやかましい実況者の声と共にカメラが打ち上げられたボールの行方を追う。

 

『打ち上げた! しかし角度は良い方向に飛んでいるかもしれな――あぁ、いや……いやいやいや! 引っ張った打球はライト線へ伸びている!? ライトの大森がバック! バックしているぞ! ボールはグングン伸びる! 伸びている! 伸びて伸びて伸びて伸びてっ―』

 

 己の目を疑った。

 

 ファールゾーンに向かう事なくフェアラインのやや左を一直線に打球は飛んでいる。

 アーチを描くような打球ではなく、ライナー性の鋭い打球だった。

 

『入ったぁぁぁあああああああああああああああっっっ!! あぁ! なんと! なんという事だ夜伽ノホームラーン!! 毎打席三振ばかりを振り続けていたピッチャー夜伽ノ! なんとこの試合の先制点を自らのバッドでスタンドに叩き込んだぁぁああああああっっっ!!』

 

 右手の拳を高く上げながら笑顔で球場のダイヤモンドを走る男は、九番ピッチャーという最も打撃で期待されない選手――紛れもなく俺の親父であった。

 

「……おいマジか」

「び、ビックリしたぁ……」

 

 思わず俺も英玲奈も、さすがに予想していなかった展開に時が止まったかのように身体を固めた。

 

 親父が一周を終えてホームベースに帰ってきた所でチームのマスコットのぬいぐるみを受け取り、チームメイトとハイタッチを交わしている。

 

 スタンドにマスコットキャラの人形を放ると、目に前のカメラに身体を向けてムードメーカー的なポジションのチームメイトと一緒に派手なポーズを決めていた。

 

 親父のホームランシーンのリプレイ映像が流れた時、俺と英玲奈は料理が彩るテーブルを挟んで顔を見合わせる。

 

「この試合――」

「――勝てるぞ」

 

 その後、勢いづいたのか投手の打撃には負けられないと火を噴いたのか、長打力の評判な一番バッターと小柄な二番バッターが続けてボールをスタンドに放り込み、満員に埋まる観客達のボルテージを底上げしまくっていた。

 

 そして、残り二回の攻撃でエース夜伽ノ荿司から三点も取り返すのは容易な事ではないと野球選手、またファンなら誰でも知っている。

 

 案の定、八回の表も親父は無失点――二つの三振を含む三者凡退に抑えた。

 

「決まったな、この試合」

「まァだろうな。最終回もこの調子じゃ最後まで親父がマウンドだろ」

「ここまできたんだ。完投はもちろんだが完封もしてほしいな」

「ま、野球ッてスポーツは最後まで何があるか分からねェからな」

 

 今、気づいたが。

 

 すでに食卓の料理はほぼ食べ終わっている状態だった。

 普段はテレビなんて点けないのだが、画面に集中しながら飯を食うと気づかぬ間に自分の腹に入っているものなのか。

 

「この回の攻撃は六番からか。誰か一人でも出塁すれば荿司さんに出番がくるな」

「まぐれは二度も起こらねェッての」

 

 そこで。

 俺はふと思い出す。

 

「そういえば美雪。ついテレビと料理に夢中になってしまい今まで忘れていたのだが……私に何か訊きたい事があったんだろう?」

 

 ちょうど英玲奈も、今晩の夕飯を俺に誘われた理由を思い出したらしく、茶碗と箸を持ったままそう尋ねてくる。

 

 と言うには、まぁ言葉通り。

 

 俺は今日、英玲奈にとある質問とその答えについて詳しく聞きたいがために、彼女を晩飯に誘った。

 たまたま英玲奈が今夜は親父が先発投手だという情報を知っていたからテレビを点けたまでであり、別に俺達二人はこうして親父が出場する試合の日には揃ってテレビで試合観戦をしている訳じゃない。

 

「あァ、その事なンだが……まァ、この試合が終わッてからでいいぜ。最後まで見たいだろ」

「いや、別に見ながら食べながら聞けるさ。もう荿司さんが勝利投手なのは分かりきっている事だからな」

 

 それでもその場面から逆転劇っつぅもんがあるのが野球の魅力でもある訳だが。

 まぁ、英玲奈がそう言うのなら別に構わない。

 

「何が訊きたいんだ美雪、スクールアイドルの事か? 何でもいいから言ってみろ」

「あァ……。まァ、ンじゃ訊くが――」

 

 箸を置き、一拍とめてから口を開いた。

 

「イニシャル表記で、A・Mッつゥ名前の奴が昔の知り合いにいたりとか、したか?」

 

 質問というよりか確認。

 

 そのイニシャルは、俺達アイドル研究部が西木野真姫の家が所有する別荘にお邪魔した際、ちょっと冒険した所の断崖絶壁の岩肌から侵入できる入り江の、その石組みの彫刻に刻まれていた文字だ。

 

 どうも、あの二文字が未だ俺の頭に引っかかっていた。

 

 あの文字を見てから俺は叫声と共に気を失ったようだし、しかもその際には謎の幻覚も見えている。

 

 あれをただの熱や病原菌が見せた症状とは思えなかった。

 

 A・M

 

 それを目にした途端に俺を襲った凄まじい頭痛。

 その文字が引き金になったかのように、俺の中にある何かの線がプツリと切断されたような感覚。

 そして、謎の幻覚とやらで見たあのうっすらと見覚えのあるような人物。

 

 気づけば、英玲奈は茶碗と箸を持ったまま固まったように俺を見つめていた。

 

 だがたいして構わず、俺は話を進める。

 

「いや、もしかしたら俺も勘違いッつゥ線もなきにしもあらずッて感じな訳だが……」

 

 自分でも自信を持って言葉が言えない。

 それはそうだろう。

 ヒントはあの信憑性が極端に低いあの幻だけなのだから。

 

 だが。

 

 あの時に見た幻覚に俺は確固たる『何かの予感』を感じたからこそ。

 他人事ではなく、間違いなく過去の薄ぼけた自分に何か関連性があるものだと思っているからこそ、幼馴染みの英玲奈に相談を持ちかけた。

 

「だが勘違いじゃないとすれば……そいつは多分、昔の――俺達がまだ幼い頃に知り合ッた奴だと思うンだ」

 

 俺は幼い頃の――というか、この世に生まれてから中学生の途中までの記憶を断片的に失っている。

 

 何か謎の答えがあるとすればそこなのだ。 

 だから昔からの付き合いであるはずの英玲奈をこの場で頼った。

 

 それに幻覚で見たあの人物は――背中越しにしか見えなかったが、背丈から考えて小学生か、身長の低い中学生という所だと覚えていた。

 

 英玲奈が、箸と茶碗をテーブルに置いた。

 ジッと、俺を見つめている。

 

「そいつは、女だと思う。俺が見た――いや、覚えているのは、背丈ぐらい長い、しかもすッげェ輝いている黒髪に、露出した部分の肌が透け通るかのように綺麗だッたッて事ぐらいなンだが」

 

 正直、英玲奈に『謎の幻覚でその女の子を見た』と言うには抵抗があった。

 

 彼女はオカルト的な物語とか、工夫が凝らされるファンタジーな世界といったものにあまり興味を示そうとしない。

 だから俺の体験談をありのまま改変もなしに話した所で、現実的ではないと彼女は信じてくれなさそうと思ったからだ。

 

「それで、イニシャルからして苗字がMで、名前がAだろうなァ。お前、昔にそんな女の知り合いが――」

 

 言いかけた。

 

 途中で俺の言葉が途切れたのは、今まで画面の中の親父のピッチングに目が釘付けだったはずの英玲奈が、急にテレビの電源を落としたからだ。

 

「……? おい、英玲奈?」

 

 少し、視線を落とすように俯いている。

 

 前髪が壁となって彼女の表情は見えないが、何やら――、

 

「なぜ――いや、だが――――今更になっ――忘れているはずが――――よりにもよって――だが、そしたら――」

 

 早口で、不気味に呟いている。

 

 再び声をかけようとしたのだが、すぐに英玲奈は顔を上げた。

 

「美雪」

「ン、何だ」

 

 少し、雰囲気が変わったような気がした。

 

「A・Mと言ったな」

「あァ」

「昔の知り合いだと」

「あァ、確かそうだと思ッた」

「長く輝く黒髪に、透け通っているような綺麗な肌だと」

「……あァ」

 

 気のせいだったかもしれないが。

 英玲奈がテーブルに置く両手に作ってある拳に、少し力を加えたように見えた。

 

「美雪は……その女の事を、覚えていないのか?」

「ン……、まァ、そうなるンだが」

 

 いつもより低くされた声だった。

 

「顔も覚えてないか?」

「……あァ、よく分からン」

「そいつの声は?」

 

 そこで少し違和感を感じた。

 ――そいつ?

 

「いや、あまり思い出せない」

「ならそいつの名前もか」

「まァ、そうだな。頭文字の二つのアルファベットぐらいしか……」

 

 いつの間にか、質問していた側の俺が質問に答える側に変わっている。

 

 そこまで俺の解答を聞くと、英玲奈は「そうか」とだけ答え、イスから立ち上がっては空になった食器を積んで持ち上げる。

 

「言われた特徴によく似ている人物が、昔確かにいたよ」

「ッ――。そ、そうなのか?」

 

 やはり、と。

 心の中ですぐに納得できた。

 

 昔の記憶。

 小さい面影。

 

 やはり英玲奈に尋ねて正解だったと俺は確信した。

 

 だが。

 

「まぁ、そいつは数年前にすでに死んでいるがな」

 

 その言葉には、思考も心も付いていけなかった。

 

「……は?」

 

 あくまで冷静に、何も意外な事はなにもないと言った風に口を開く英玲奈に、俺は間抜けた声を出す。

 

「黒い髪が輝いていて、白い肌が透き通っている美しい少女、か……」

 

 儚げな表情とは、まさに今の英玲奈の事を指すのかもしれない。

 

「昔、よく一緒にその少女と遊んでいたよ」

 

 少し天井を見上げ仰ぎ、彼女は昔の思い出を掘り返すように思い出しながら話している雰囲気だった。

 

「いつ、どこで、なぜ死んでしまったのかは未だに分からない。彼女はいつの日からかぱったりと姿を現さなくなってしまった」

「な、なァおい……ちょ、ちょッと待て」

 

 俺は慌てて彼女の話を途切れさせる。

 

 イスに座りながらもテーブルに身を乗り出すような格好で彼女に寄った。

 

「死ンだだと? それにいつどこでどうやッて死ンだのかも分からねェッて、葬儀の日とかに聞いてねェのかよ」

「彼女の葬儀はあげられていない」

「……はァ? そりゃ、なンで――」

「とても葬儀をあげられる状況でもなかったんだ」

「ンだァそりゃ……。どンな状況だよ」

「詳しくは知らん。身内ではないのでな」

 

 ずっと素っ気ないままで英玲奈は答えた。

 

 だが、腑に落ちない。

 これではますます謎が深まったばかりだ。

 

「な、なァ英玲奈」

 

 とにかく、今俺が彼女から聞き出したい情報は二つ。

 

「俺とその女の子……どンな関係性があッたンだ」

 

 その黒髪の少女は紛れもなく俺の夢に出てきていた。

 幻覚だろうと何だろうと、あそこまではっきりとしたビジョンは実際に目で見た知り合いでなければ夢であろうと浮かび上がらないだろう。

 

 俺と黒髪の少女はどこかで会っている。

 もしかしたら、一緒にあの入り江に訪れた事があるかもしれないのだ。

 

 英玲奈は重ねた食器を両手に持ったまま、身体の半身を向ける。

 

「そうだな……。表現するのが難しいが――親密な仲であったような、それでいてかなり複雑な関係にあっていたと言った感じか」

 

 さっぱり分からない。

 

 だがこれだけは分かる。

 統堂英玲奈は答えをはぐらかしている。

 

 理解している癖に何かを隠している様子が窺えた。

 だがそれは模範解答を俺に示唆している風にも見えなかった。

 

「あともう一つだ」

 

 そして、もう一個の質問。

 この答えを知れば、何か核心的な部分を思い出せるかもしれない。

 

「その少女の、名前はなンて言うンだ……?」

 

 言った直後、英玲奈の口元が綻ぶように笑った風に見えた。

 だがそれは歓喜にある喜びではなく、相手に同情でもするかのような哀れみの絵。

 

 しかし彼女は身体をまた回し、台所に向かって歩いて行ってしまう。

 

 小声で。

 しかし俺までは届くように意識された声。

 

「どうして、お前は覚えていないんだ……っ」

 

 それは悲しそうに。

 また同時に悔しそうに。

 

 それ以上に、怨めしそうに。

 

 幼馴染みの言葉がなぜか深く刺さった。

 

 どうして思い出せない。

 それほどな仲であったというのか。

 

 そもそも俺はなぜ過去の記憶を断片的になくしている。

 

 結局。

 

 俺は、その黒髪の少女との――昔確かに存在していたはずの『思い出』を甦らせる事はできなかった。

 

 だが、英玲奈の話で判明した事が一つだけある。

 そこから導き出される断念の約束も誕生してしまった。

 

 黒髪の少女は、すでにこの世から姿を消している。

 

 故に、俺は彼女と直接会って顔を合わし、その声を耳にする事が不可能とされた。

 

 

 




 


これにて第六章は終了です。
 みなさん短い期間でしたがありがとうございましたm(_ _)m

 そしていよいよ次回からは第七章です!

 第七章に突入する頃にはオリキャラのプロフィール紹介もできあがっていると思います!
 そして今回こそは嘘ではないと思いますが、次話更新までの期間がかなり開きそうです、ご了承ください。o(T□T)o

 それではまた会う日まで……。(*゜ー゜)ゞ⌒☆

 次話もよろしくお願いします!

 感想や評価、指摘、また不明な点のご質問も絶賛受け付けておりますヾ(@゜▽゜@)ノ


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