笑顔を咲かせた少女は紛れもなく…   作:西部荒野に彷徨う海賊

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 はい! どうもお久しぶり西海です!
 
 このお話もとうとう第七章に突入です!

 皆さん、ここまで読み続けてくださり、本っ当にありがとうございます!!


 それでは、また長くなるかもしれませんが、第七章!
 よろしくお願いします!





第七章
60話 無秩序な出会い


 

 

 

 夏休みも半分が終わろうとしている時期。

 炎天下に晒される今日も猛暑日であった。

 

『――お疲れ様でした!――』

 

 屋上でのレッスンを終え、準備室で汗だくの練習着から着替えを済ませてから、一〇人全員が部室に集まり礼をする。

 

 この習慣はずっと以前から続けている。

 他の部活動のように、礼儀やけじめはしっかりつけようと言い出した、絵里の発言から習ったものだ。

 

 無論、練習後だけではなく放課後、部室に集合して練習着に着替える前――練習前にだってこの号令は欠かさなくしている。

 

 それがアイドル研究部――μ'sの風儀であった。

 

 ……慣れないがな。

 

「なァ、凛」

 

 普段なら号令後はすぐに部室から退出し、渡り廊下に設置される自販機で缶コーヒーを購入したら、そのまま帰路につくはずの俺だが……。

 

「今日、空いてるか?」

「にひひ。美雪ちゃん、すっかりあのお店の虜になっちゃったにゃ」

 

 今日の練習は午前中に終わるという事で、俺は凛を誘う事にした。

 彼女はと言うと、招き猫のように丸めた手を口に翳し、その口元は意地の悪そうに微笑んでいる。

 

「合宿とかがあッて、最後に行ッた日から少し日数が開いちまッたからなァ。そろそろあの味を舌に染み込ませておきてェし」

「うんうん、分かるよ~! 凛だってお小遣いさえあればカップラーメンじゃなくて、毎日おじさんのお店に通い詰めたいもん」

 

 俺個人、としては。

 

 μ'sメンバーで最も俺自身が打ち解けられていると思えるのは、きっとこの星空凛ではないかと思っている。

 

 溌剌とした元気があり余り、普段からやかましく喚き散らして静かにしていられないタイプは面倒だと感じる事だってあるが。

 その性格も、名前で呼び合う仲になってみれば嫌という訳ではないし、それに今では彼女とのお気に入り店――街の地下に構えるとあるラーメン屋という共通の好きなものを見つけた為、よく二人でそこに食べに行っていたりもする。

 

 と言っても、未だ二桁回数も俺は訪れていないのだが。

 

 凛がお勧めとして紹介してくれたラーメン屋は本当に好みなものとなった。

 また、新しいお店だって案内できると言っていた彼女に、俺もかすかに期待をしている。

 

「ンじゃ、お互い着替えてからいつもの場所に集合ッて事でェ」

「了解!」

 

 後ろ向きに手を振るが、背後で返事をする凛は敬礼の姿勢を取っているというのが、なんとなく分かる。

 

 いつもの場所、という慣れ親しんだ関係の者同士のみが扱える言葉も、お互いが理解できるようになった。

 

 やはり意識しないうちに、俺はよく凛と絡むようになっていた。

 

 無論だが、贔屓をしている訳じゃない。

 

 性格だけを言えば、穂乃果だって雰囲気が似ているだろう。

 

 だがどこか、凛と一緒にいると気楽で落ち着けると、確かに感じている俺がいた。

 

「少し前から思ってたけど、美雪ちゃんって、凛ちゃんとは特に仲良いように感じるよね」

 

 部室を出る間際、そんなことりの声が耳に滑り込み、尻目にはどこかブスッとして納得のいかないような表情の真姫が映った。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「まぁ? このにこにーがわざわざ出向いてあげるってんだから、生半可なラーメンなんて許さないけどね!」

 

 到着した俺を待っていたのは凛と、それに花陽とにこだった。

 

 初回は俺と一年生組といった四人で来て、それからは凛と二人が多く、たまに花陽と真姫が付いてくる形であったが――。

 

 今回は真姫の代わりににこが来たらしい。

 

 もちろん、全員が制服から私服に着替えている。

 

「美雪ちゃんを骨抜きにしたお店だもん。にこちゃんだってあっという間に虜になるに決まってるにゃ」

 

 ふふん、と自分の事のように胸を張り、自信ありげに言う凛。

 

「うんうん。あのお店、お米も良いものを使ってるしねぇ」

 

 頬を押さえ、口元にだらしなく涎を見せる花陽は、米さえある店ならどこでもいいのではないか。

 きっと花陽がアメリカ留学などをしたら、一週間と持たずに米の禁断症状が発症するんだと思う。

 

「へぇ~、あの美雪をねぇ~」

 

 なにやら意味深にそう言いながら俺に視線を見上げてくるにこ。

 何なんだろうな。こいつの言動には普段からも、練習の時でさえたまに頭に来る事が多い訳だが?

 

「ま、期待を裏切るような店じゃねェよ。味も香りも抜群レベルだし、店のおやじさんも陽気な雰囲気だが嫌いじゃない」

 

 基本的に俺は口うるさい奴や、ベラベラ喋り通しの人間は嫌う。

 だが、凛や穂乃果に対してと似たように、あの店主のおやじさんにも不思議と苦手意識は芽生えなかった。

 

  

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 店を出て、地下通路の小さな繁華街的な場所を通り過ぎ、俺達四人は階段を登った。

 

 時間にして午後の二時を回ったところ。

 ほぼ真上の位置からの陽射しに、どうも手を翳してでも太陽を睨まざるをえない外の空間に顔を出した。

 

「ふわぁああ~。やっぱりご飯にラーメン……炭水化物プラス炭水化物は最高ですぅ」

「ま、確かに美味しかったかもね。にこは普段からラーメンなんて食べる方じゃないけど、金額以上の味わいを楽しめたわ」

 

 太陽光の熱を浴びている状況とはまた別の意味でとろけそうに、甘甘しい悦楽の表情を浮かべる花陽。

 腰に手を当て、目を瞑っては一人でうんうんと頷き、何やら一人で納得し始めたにこも、たった今、口にしてきたラーメンに満足している様子だった。

 

 だが正直な所、俺は彼女らと同じ気持ちになれそうにない。

 

「俺はあのオヤジさンの麺が食いたかッたンだよ……」

「仕方ないにゃー。今日、おじさんは役員の会議に出席するとか言って出て行っちゃったらしいし。また今度来ればきっといるよ」

 

 慰めるように凛が俺の肩を叩く。

 

 いや、別に今日のラーメンが不味かったという訳ではない。

 弟子入りでもしたであろう、若者の男が運んできた醤油ラーメンだって、そこらの小さな店じゃ味わえない一品だと感じた。

 

 きっと、あの親父さんの指導のお陰なのだろう。

 そう思うと余計に、最初に出会ったあの活気の良いオヤジさんの味を楽しみたいと思ってしまう。

 

「でもおじさん、昼間から会議に出掛けてまだ帰ってきてないって事は……」

「……まァ、何か緊急会議みてェなやつで、いつもより時間がかかッてるとかじゃねェの?」

 

 適当にそう言った後に、にこが振り返って俺達を見る。

 

「ねぇ。せっかくここまで来たんだから、ちょっと寄ってかない?」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 にこと、また花陽が率先して道を歩き、俺と凛がそれに付いていく。

 

 到着した場所は一つの大型ショッピングモールだった。

 

 自動ドアを抜けて店内に入ると、左右に分かれる通路と高い天井から包み込まれるかのようにして、冷気が俺達に纏った。

 

「ンで、ここに何しに来たンだ」

 

 そう問うが、にこと花陽は俺の質問を最後まで聞こうともせず、迷いのない方向に歩き始めた。

 

「かよちんがあんな風になってるって事は、どうせまたアイドルグッズが売ってるお店か何かだにゃ」

 

 両手を頭の後ろに組み、溜息混じりにそう言う凛。

 多分だが、凛は何度も花陽にアイドルショップとやらに連れて行かされているのかもしれない。

 

 案の定だった。

 

「このアイドルグループ! やっとファーストアルバム出したのねぇ! へぇ、ディスク二枚で二時間ちょっとかぁ……ふふ、これはお料理用BGMに決定ね!」

「ふぁぁああ~! ま、また……またこのアイドル業界に新星の卵が誕生したのですかぁ!? 新人であろうと即チェック! 見逃せません!!」

 

 さて、花陽とにこが自分達の世界に入り込んでしまっている原因を作ったこの場所は、もちろんアイドルショップ。

 

 またここのアイドルショップには、プロの世界で活躍するアイドルコーナーと、学校の中で誕生したスクールアイドルコーナーが設けられているらしい。

 やはり大型ショッピングモール内の店ともなれば、一つの店舗にかける規模も大きいようだ。

 

 あの二人は今、プロアイドルのコーナーで悪鬼が跳梁するが如く目を輝かせ、店内を駆け回っている様子でいる。

 

 本音を言えばあの状態の二人には関わりたくないので、俺は凛を連れて、二人でスクールアイドルコーナーに立ち寄った。

 

 目の前に飛び込んでくる、デカデカと張り出された文字版に、俺は思わず一歩後ずさる。

 

 

『音ノ木坂学院スクールアイドルグループ μ'sのイケメンマネージャー・夜伽ノ美雪!! ついにグッズ解禁!』

 

 

 俺は聞いてねぇぞ。

 店側からはおろか、学校側からも何も聞いちゃいねぇ。

 

 壁に貼られた手作り使用の看板の下では、女性が一〇割の確率で群がり、俺のイラストや写真が描かれたタオルやら団扇やらなどのグッズの数々を、主婦の奥さん達が蔓延するタイムセールのような隆盛ぶりで漁っていた。

 

「うわぁ……凄いねぇ、美雪ちゃん。大人気だにゃ~」

 

 さすがの凛も呆気に取られたように、ポカンと口を開けて呟く。

 

 女子中学生から高校生が八割、それ以上が二割と言った所か。

 総勢をいちいち数えようという気にはならないが、狭苦しい一角のスペースにはパッと見だけで三〇人程度はいるだろうと思えた。

 

『きゃー! 美雪さーん!』

『マイプリンスぅぅぅうううううう!!』

『私、このタオルでお風呂あがりに身体を拭くわぁ!』

『あたしなんて寝る時にこの抱き枕を存分に可愛がってあげるんだからぁ!』

『わたくしは美雪様イラストが描かれたこの細長メガホンを自らの××に挿入して狂おしい程の××××をするんですの!!』

 

 すっげぇ盛り上がってんな……って、抱き枕とかまで商品になってんのかよ。

 ……っておい、最後の奴。口調はお嬢様みたいで上品だが口にしてる内容は随分と下品極まりねぇもんだな。

 

「おいおい……アイドルグッズッてのはどれもこれもこンな売り上げ状況なのかァ? グッズを売るまでは構わンが、その使用用途を本人が聞いちまッたら、随分とダメージでけェと思う訳だが」

 

 今回は俺だから良かったものの。

 

 プロのアイドルやスクールアイドルの奴らは、自分達がイメージされるグッズがあぁされるこうされるとかの想像はしねぇのか。

 

「凛、一旦出るぞ」

「は、ははは……そだね」

 

 ほれ見ろ、凛がドン引きじゃねぇか。

 

 あの凛が、ドン引きしてんじゃねぇか。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 花陽の携帯に念のためのメールを送り、俺と凛は店を出た。

 

 別に他に見てみたい店などなかったが、こんなに広い場所なら気になる所が一つくらい見つかるかもしれないという凛の意見に賛成し、目的もなく俺達は、左右に店舗が立ち並ぶ通路を並んで歩いていた。

 

『本日限り! 店内の全商品は四〇%オフとなっております! メイドインジャパンはもちろん、アメリカやイギリス、またロシアや中国などといった世界有名ブランドから総取り寄せいたしました、春夏秋冬万能衣服です! 四〇%オフ、本日限りとなっております!』

 

 開口部分が随分と大きいメガホンを持ち上げ、腹から声を張り上げて宣伝をするお姉さんが着ている服は、きっとその店の商品の中のひとつなのだろう。

 

 店の名前はよく聞く、確かに有名ブランド店ではあるのだが、どうも俺は、原価の何割引きというシステムが好みではないらしい。

 

 本日限りとか言っておきながら、どうせ明日には三五%オフとか言って似たような看板を掲げている(英玲奈が言ってた)。

 それに、何割引きと表示されている商品を買うと、何か自分が、その安くされた値段に誘われて買ってしまったというような感覚がして、どうも気に入らないのだ。

 

「へい! へイへい! ちょっとそコのお兄サ~ん? まったく~、羨まシ~くらいの美顔もっテるね~?」

「……あァ?」

 

 行く手を阻むように横から現れた男に、俺は足を止めた。

 肌は褐色、チリチリ焼きそばへアに帽子のキャップを後ろ向きに被せた、いかにもDJ風な兄ちゃんだった。

 

「っべぇナ! やッばイっすヨお兄ちゃん! 男の癖にその長髪はトってもアウチュ! だゼ!?」

 

 首から紐で提げる名札を見て、すぐにそいつがどこかの店の店員だという事を察する事ができた。

 真っ先に俺の髪を指摘してきた所から、もしかすると美容院か何かの店員だろうか。

 

 ……しかし久しぶりな気がする。

 

 他人から、お前は男じゃないのかと。

 そう直接言葉に出されて間違われたのは。

 

「でモでモ? 私んとこでそのボサボサ~な髪を整えタら? さらっにイケメンになれルんだけどなア?」

 

 あぁ、確信できたわ。

 

 こりゃ間違いなく美容院か何かの店員のお誘いだ。

 しかもかなり面倒臭ぇタイプの。

 

「ど? ド? うちの店でキメてかない? 近くで見ないとヨく分かラ~ないその女豹のヨウな赤い瞳と、わずカな指紋すら残してない、男にシテは真っ白なお肌がよ~ク見えるようナ髪型にシてあげるヨオ!」

 

 細かなステップを刻みながらリズミカルに綴られる言葉。

 こいつ、間違いなく子どもの頃の夢はDJかダンサー、もしくは歌手だったな。

 

 そんなどうでもいい事を思うと、俺は一つ、小さく溜息を吐く。

 

「……なァ」

「お? オ? ウっ、おッオ? ヤるかい切るカい寄っテくカイ? ちなミにカットで一六〇〇ウェン! シャンプー&マッサージ込むト三〇〇〇! あサンゼン! あうっ! 三四〇〇円! イエア!」

 

 段々と乱暴にステップを踏んでくる男の鼻頭を、俺は指でひとつまみする。

 

「女子高生よりステップ下手糞だな。そりゃDJにもダンサーにもなれねェわ」

 

 ゴキッ!! と。

 思わず俺も「うへェ」と言ってしまうような瓦解音と同時に、男は茶色の鼻と首の角度をおかしくしながら地面に横倒れした。

 

 周囲の客や店員が視線をこちらに向けているが、警備員でもない限り、俺に近寄ろうとはしないだろう。

 DJ風の男も、そのように鼻を曲げられては、吐き出したい悲鳴も上げられないようだ。

 

「まァ、ステップが上手いからッてDJやダンサーになれンのかとかは詳しくねェから知らンが……ちと、テメェは俺の癇に障りすぎたなァ」

 

 実際、こいつみたいな人間性を持った奴は大の苦手なのだ。

 勝手な反射でつい手や足が出てしまう。

 いや、そいつがマジでプロのダンサーとか歌手であったのなら話は別だが。

 

「さァてと、こうしている間に、凛の奴がどッかに消えちまッた訳だが……どこに行きやがッたあの子猫」

 

 片手で頭を抱え、人混みの通路で立ち止まる大勢の客の視線を全方向から浴びながら、俺は極力何でもないような顔を作って歩き出した。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 凛を見つけるのに時間はかからなかった。

 

 通り過ぎて行く店の中を何気なく見つめていると、オレンジ色のショートヘアは目に付きやすかった。

 

「……へェ」

 

 数人いる店員の女性スタッフは、商品の並びを直したり、ただカウンターの向こうに座って雑誌を読んでいるだけで、先程のような安売り宣言をしている店とは大違いだった。

 

 静寂の漂う店内には、心を落ち着かせるようなBGMが小さな音量で流されている。

 

 客の入りはまだ少ないようで、たった今、店内に足を踏み入れた俺と凛を含め、六人程度しか見えない。

 

 女性服が売られる店という事らしく、当然、店員の客も全員が女だった。

 ……男と勘違いされて変な目で見られなきゃいいんだが。

 

 そうは思うものの、俺は凛と接触しようとはしない。

 セーターやらシャツやらの商品が並ぶ影に隠れるように、凛の姿を何気ない仕草をまじえて観察していた。

 

 さて、それはなぜか。

 

「あいつがこンな雰囲気の店に入る事がまず驚きだッた訳だが……」

 

 さらに意外だと思ってしまった出来事。

 

 先程から凛は、商品の衣服を手にしては戻し、手にしてはサイズを確かめてまた戻し、を繰り返している。

 

 しかもその衣服の種類というのが、どう考えても上品そうな美人に似合うような……。

 編みセーターで所々が透ける使用になっているものや、素材を重ねて縫い合わせた丈の短いスカートといったものばかり。

 

 未だ俺の存在に気づかない凛は、そういった『可憐で上品な女性』が身に纏うような衣服を手に取っては、複雑そうな表情を作ってサイズを確認する仕草を取っている。

 

 いや。

 俺の存在に気づいていないからこそ、そういった行為ができるのだろう。

 

 

 凛の事は、少しでも理解しているつもりだ。

 

 

 μ'sの全員で練習する時の練習着も、また今日も含めて外に出掛ける時に着てくる私服も。

 凛は全て、簡単なデザインを施すシャツやズボン――上から下までをボーイッシュなもので統一している。

 

 μ'sで行った合宿の何日目かに、凛は言っていた。

 

 

『可愛くて女の子らしいかよちんに憧れてるよ』

 

 

 その前に、花陽の方もどこか気になる発言をしていたのだが、今はそれは置いておく。

 

 あくまで俺の予想に過ぎないが――凛は、自分に自信を持てていないのかもしれない。

 自分には、他の奴らとは違い、女の子としての魅力が欠けていると思っているのかもしれない。

 

 あくまで予想だ、確信はない。

 

 俺の思い過ごしかもしれない。

 

 だが勘違いでないとすれば。

 この予想が俺の見当違いではないとすれば。

 

 今、商品を手に持つ凛の瞳に浮かぶ迷いの色の元凶は何なのか。

 

 そこまでその服が気になるのなら、試着室で試しに着てみたらいいだろう。

 制限なんてないのだから、何着も試着して鏡の中の自分を評価してみればいいだろう。

 

「ッたく、さッきから試着室の方ばかりチラチラ見てる癖によ……」

 

 彼女の死角から席を外す。

 俺が一歩踏み出しただけで、凛は俺の姿に気づいた。

 

「あっ、あれ……み、美雪ちゃん……」

 

 商品の袖を通した銀のハンガーを両手にしたまま、凛は固まる。

 

 なぜなのか。

 

 いつもなら元気溌剌と、ハイテンションの活気に満ち溢れた彼女が、ここまで狼狽えて動揺するように瞳を揺らすのを、俺は出会ってからこの短い期間の中、一度も目にした事はない。

 

 なぜ、今は――。

 

「ち、違うんだよ? これは――」

「何でそこで言い訳を口にすンだよ」

「え……」

 

 一歩、また一歩と凛に詰め寄る。

 後ずさりはしないものの、彼女の身体は正直に、圧され反り返るようになっていた。

 

「着てみりゃいいじゃねェか、その服」

「え、あ……や、そのこれは……」

「何だよ、気になるから店に入ッたンだろ? さッきから何着も手に取ッちゃ、欲しそうな顔してたじゃねェか」

「っ――み、見てた、んだ……」

「あまりにも挙動不審だッたからなァ、変な気でも起こすンじゃねェかッて思ッてただけだ」

 

 今、凛が手にしているのは桃色のブラウス。

 袖なし肩にはフリル仕様が施され、首筋から胸元を通って白い薔薇がデザインされた装飾が連なるお洒落なものだった。

 

 俺は横の商品棚に目をやると、まぁ適当に赤色のフレアスカートを手に取り、それを凛に押し付ける。

 

「え? ……え?」

「これで試着してこいよ」

 

 短く、容赦なく言うと凛はさらに困惑するように眉を寄せる。

 

「アンサンブルだ。女子ッてこういうの好きなンだろ? 遠慮せずに、試すだけ試してこいよ」

 

 強引に、上下の衣服を胸元に抱える凛を反転させ、その小さな背中を押して、押す。

 

「ちょ、ちょっと待って美雪ちゃん! り、凛は別に服が欲しいって訳じゃ……」

「他にやる事もねェンだ。試着して時間稼ぎでもしろよ。花陽達からもまだ連絡こねェし」

「な、ならゲームセンターにでも行こ? ねっ? 凛、UFOキャッチャーすごく得意なんだよ!?」

「あァそうかい。だが生憎、俺はゲームセンターみたいにガヤガヤとした場所は苦手なンだ」

「で、でもっ……でもっ……!」

 

 まだ渋るかこの猫野郎。

 

 だがこちらに向ける凛の片目には、本気で狼狽しているような色が窺えた。

 

 無理矢理にでも納得させるため、俺は凛の耳元に顔を近づける。

 

「凛、これは部員をまとめる役であるマネージャーからの命令だ。……それを試着してこい」

 

 無論、マネージャーが部員に命令を下していいなどというルールはない。

 

 だが、そんな事を今の凛に考える余裕なんてあるか。

 

「……わ、分かっ、た――」

 

 諦めたように俯き、震える声で応える凛はゆっくりとした足取りで、真っ直ぐの方向にある試着室へと向かっていった。

 

 凛が試着室に入り、振り向かないままカーテンを閉めた所まで見送ると、俺は揺れるカーテンの隣の壁に背中をあずける。

 

「ゆッくりで構わねェから、着替えたら言え」

 

 それに対する返事はない。

 少し強行が過ぎただろうか。

 

 ちなみに言うとこの試着室。

 

 店外の通路側からは見えないように壁で隔たれており、内側の壁際には待ち人のための長椅子が用意されてある。

 

 試着室は二つの部屋が連結されていて、少し距離を開かしてからまた二つの部屋が置かれてある、という所だ。

 

 今の俺は、二つの試着室のカーテンが挟んでいる中央の壁に寄り掛かっている。

 

 凛の入っていった部屋の隣の試着室も、同じくカーテンが閉まっていた。

 床に置かれた黒のTストラップパンプスの一組を見るに、やはり店内の雰囲気に見合った大人の女性が入っているものと思えた。

 

「ごく一般なスニーカーか……」

 

 凛の脱いだ靴を見て、ボソリと呟く。

 

 視界の端で、凛の隣の試着室のカーテンが、モゾモゾと揺れた。

 

 客が出てきた時に、隣に男の外見をした人物が立っていれば、それは驚くだろう。

 下手をしたら悲鳴すら上げられかねない。

 

 そう思って壁際の長椅子の所まで行こうと足を一歩、進めた。

 

 途端――。

 

 

 紛れもない、五本の指で左腕を掴まれる感触がしたと思った、その一瞬後。

 

 

「ッッ――!?」

 

 

 力強い勢いで引っ張られ、ワンブロック離れた二つのうちの片方の試着室に、声も上げる間もなく引き摺り込まれた。

 

 土足のまま試着室に上がり込んでしまうと、人肌で抱き締められた感触を理解しながら、近くでカーテンを素早く閉められる音が聞こえた。

 

 ものの二秒。

 たったそれだけの間に、完全密室とまでは言えないが、一つの部屋へ『何者か』に閉じ込められてしまう。

 

「……おい、どういうつもりだ」

 

 その人物は、依然として俺に抱き付いている。

 正体を見せないようにべったりと、俺の胸元に顔を押し付けている眼下の人物には、ウェーブのかかった長い茶髪が見えた。

 

 膝は曲げているようだが、それでも俺より一〇センチは身長は低いだろう。

 ……それに心なしか、まぁ香水か何かだろうかの良い香りが鼻をくすぐった。

 

「……おい、」

 

 だがそれでも、こいつ――この女は何の挨拶もなく俺を試着室に強引な手口で連れ込んだ危険人物だ。

 アイドルショップで見かけた、俺のグッズを手にして高らかと変態発言をしたあの人物が頭に浮かび、背筋に冷たいものが走る。

 

 俺を誰かと勘違いしたのか。

 夜伽ノ美雪だと確認した上での行為か。

 

 できる事なら前者であってほしい……と、そんな願いを思っていた時だ。

 

 

 こいつ……裸だ。

 

 

 ……いや、よく見たらブラジャーとパンツという下着だけは装備しているようだった。

 

 さっきから妙に人肌が暖かく、柔らかいと感じていたのはこれが原因か。

 

 そして唐突に。

 その茶髪の女が顔を上げた。

 

「…………?」

 

 この顔。

 どこかで……。

 

「……うふっ」

 

 リップクリームが丁寧に塗られた唇を小さく広げ、彼女のその両腕は俺の腰から首へと回る。

 

「初めまして。μ'sマネージャーの、夜伽ノ美雪さん?」

 

 妖艶に呟き、甘い吐息が首元やら頬に触る。

 

 μ'sの名前を出してきた辺り、この人物はスクールアイドルの関係者と見えた。

 また同時に、(不本意だがイケメンマネージャーと評判である)俺の熱烈なファンという可能性もやはり浮かび上がってくる。

 

 だが、やはり。

 間違いなく。

 

 この端麗な容姿には見覚えがある。

 

 ウェーブがかった茶髪。

 やや低い小ぶりな鼻。

 細長い眉に整えられた睫毛。

 潤む紫色の瞳。

 

「ッ……」

 

 一発の電気ショックが脳を刺激する。

 即座にその顔と名前が一致した。

 

「お前……」

「うふふ……」

 

 やっと気づいたのか。

 今度の彼女の微笑みには、そんな言葉がかけられていたような気がした。

 

「ムリヤリな事してごめんなさいねぇ? もう気づいた様子だけど、一応、礼儀として自己紹介はしておくわ」

 

 状況は紫電一閃。

 

 青天の霹靂は目の前で振り翳された。

 

 

「優木あんじゅ――、って言うわ。どうぞよろしく♪」

 

 

 







 友達「なぁなぁ、お前の作品に出て来るキャラのイラスト描いたんだけど、これ挿絵として使ってくんね?」
  僕「え、マジで!? 超嬉しい! ちょっと見せて!」
 友達「ほい、これ」
  僕「なるほど、君の目には夜伽ノ美雪が雪女に見えているのか。しかもめっちゃババァ」

 びっくりしましたよ、あれ。
 あと下手くそでした。


 さて、また受験の事もあり、更新が遅れると思われます。申し訳ありません。
 受験さえ終わればめっちゃ書きます。

 それでは次話もよろしくお願いします!


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