笑顔を咲かせた少女は紛れもなく…   作:西部荒野に彷徨う海賊

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 今日はなんと、台風の影響で高校が臨時休校となりました!
 という訳で、予定より早くなってしまいましたが、更新しようと思います!

 穂乃果「今日もパンが美味い!」
   僕「今日も雨が強い!」





62話 嫌なタイプ

 

 

 

 もうすっかり日常となってしまった。

 

 日常、と呼んでもいいのか。

 それとも、それが俺の日常だと言い張りたいのか。

 

 μ'sの面々と部室で顔を合わし、互いに他愛もない会話を交えての挨拶をする。

 練習着に着替えると、扉を開けて屋上へと続く階段を真っ先に駆け上がっていく高坂穂乃果と星空凛の背中を追いながら、全員が走り出す。

 

 ギンギラギンと輝く太陽の真下。

 焼けたタイルの上で踊りの復習や発声練習を繰り返し、汗を流す。

 休憩時間の俺は毎度、疲労で座り込むメンバー全員にタオルと水分を渡して回る。

 

 練習を終えると、俺が最後に屋上のドアの鍵を閉め、それを見送っていたメンバーと一緒に部室に戻る。

 練習着から制服に着替え、終了の挨拶をして解散。

 

 俺の日常だと言いたい。

 最近、新しく作り出せた自分の生活なのだと。

 

 ここまでは通常通りだった。

 

 

 

 

「あらぁ? ここのお店、また新種っぽい化粧品を追加したのねぇ。人気商品でさえも、一定の期間が経つとキャンペーンを終わらせちゃうのが、ここの唯一悪い点かも」

 

 

 

 

 今日の放課後は凛を誘った。

 練習後に凛と付き合うのはまだ数回程度だが、彼女とはよく打ち解けられたと思う。

 

 思い返してみれば、星空凛という少女は、初対面の時でさえ、俺に対して敬遠の色は窺えなかったような気もする。

 

 いつもの集合場所に、小泉花陽と矢澤にこも加わり、四人でラーメンを食べに行った。

 大将が不在だったものの、確かにそのお弟子とも見える若い男が作った一品の味も悪いものではなかった。

 

 

 

 

「いつ来ても魅力的なものが揃っているわねぇ、ここのお店は。ほら、見て? このネックレスの真珠、すっごく綺麗じゃない? 何て種類か分かるかしら? あら。そういえば、あなたの付けている髪留めも、素敵な装飾が埋められているのね」

 

 

 

 

 それから四人で大型ショッピングモールに入り、最初はアイドル店を見て回った。

 それから色々とあり、店から離れて凛と二人で通路を歩いていた俺は、いつの間にか凛を見失ってしまう。

 

 ここからだったか、予想外な出来事の始まりは。

 

 

 

 

「あ~。私、この作者さんが書く小説、すっごく好みなのよねぇ。長編のミステリーとか、たまにホラーも書くけど。私からしたら、やっぱりこの人主流の短編詰め込みのものが良いのよねぇ」

 

 

 

 

 凛に気づかれないよう、気配を隠して様子を窺ってみたり。

 お洒落な服を選んでそれを押し付け、着ろと無理矢理に言ったり。

 

 少々、やり方が強引すぎたかもしれないとは思っている。

 これが俺でなく、幼馴染みの花陽や案外気の利いている東條希だったとしたら、何か別のルートが見えていたのかもしれない。

 

 

 

 

「あら? ここのCDショップ……、随分とSexy・Charmを見出しにしているわね。……気に入らないわ。前列の棚を全てA-RISEのと総取り替えしちゃいましょ」

 

 

 

 

 急用ができたと言って凛が帰ってしまったのも、もしかしたら俺の押し付けに嫌気が差したからかもしれない。

 

 少し悪い事をしたか。

 

 またこんな俺にも、未だ罪悪感というものを感じる余裕があった事が発見できた。

 

 

 

 さて、ここまでが俺の今日の過程なのだが――。

 

 

 

 

「さぁ、次は四階のお店に行くわよ。あるテーマパークのグッズ店があるのよ」

 

「その前に、なァんで俺がテメェのお買い物に付き合わなくちゃならないのかを説明してくださりませンかねェ?」

 

 

 

 

 両手を塞ぐ巨大な紙袋の取っ手を力強く握り締め、自分でも分かる程、額に血管をピクピクと浮かせる俺はそう尋ねる。

 

 実際、それだけ彼女にムカついていた。

 正直な所、爆発の一歩手前まで来ているのかもしれない。

 

 

 優木あんじゅ。

 店の更衣室で俺を拉致した張本人。

 

 

「別にいいじゃない。どうせ彼女さんに帰られちゃったんだから、もう一人ぼっちなんだし」

 

 強引に荷物を押し付けてきた彼女のお店巡りの勢いは止まらない。

 衣服や化粧品、どこかのブランドのバッグや靴などの商品が詰められた紙袋二つが、俺の両肩にダメージをきたしている。

 

 別にこんなもの、そこらの通路にポイと投げ捨て、知らん顔で立ち去ってもいいのだ。

 

 それができない理由も、やはり彼女。

 

 俺の左腕に両腕を回し、恋人に寄り添いながら歩く彼女のような姿勢で、しかも決して離そうとしない。

 

 無理矢理に振り払ってやる事も考えたが、大勢の人が往来するこの中で、男顔の奴が女に暴力を振るうという光景は、あまりに視線を集めすぎるだろう。

 

 花陽やにこと連絡を取るにも、こう両手を完璧に塞がれた状態ではスマホを取り出す事ができない。

 

 あの後、本当に凛が家に帰ったのかという事も気になる。

 

「おい……、マジでそろそろ解放してくれ。いい加減に疲れてきたし、こッちは長時間、歩き回るのに慣れてねェンだ」

 

 何より、この女――優木あんじゅにパシリとして扱われている事が非常に腹立たしい。

 

 今日中にこいつと、人気のない場所に二人きりになれたのなら、どう料理してやろうかと先程から考え続けている。

 

「別にいいじゃないの。いくらマネージャーだからと言って、体力を付けておく事に損はないわよ」

 

 俺の左斜め下。

 

 相変わらず俺の腕を抱き締めながら歩く彼女を見下ろすと、ハイテンション時の穂乃果や凛とはまた違う、上品で清楚のある微笑みを見せていた。

 

「私だって、ここの所はずっと学院に籠もりっぱなしでろくに外へも行けてなかったんだから。外出したと言えば、学院の寮に帰る時か、スケジュールにライブが入っている時ぐらいなのよ」

 

 ……寮通い、か。

 

 つか、そもそも寮ってもんが設置されてある時点で、音ノ木坂なんかとは大違いだ。

 

「私だってお年頃の女の子よ? 一般の人達みたいに、女の子らしくショッピングとかしてみたいって思うわぁ」

 

 そして優木あんじゅともなれば、すでに自分の存在価値を『その他の人間より上』なのだと確信している。

 

 テレビに出演しているアイドルやタレント、プロの歌手や女優と似たような域に達しているのだと思えている。

 

「ハッ。やッぱ、一言一言言葉のレベルが違いますねェ、UTXのお嬢様ともなれば」

「まぁ、私の家庭がもともとセレブ、みたいなものだったしねぇ」

「そういう事を言ッてるンじゃねェよ」

 

 なおも腕は放してはもらえず、強引に引き攣られていくままエスカレーターに乗った。

 

 俺が求める一階の出口から、さらに一つ遠ざかって行く。

 

「そういえば、さっきの子」

「あ?」

「お店であなたと一緒にいた女の子って、μ'sの星空凛ちゃんでしょう? どうしていきなり帰っちゃったのかしら?」

「……さァな」

 

 別に、そんなものを優木あんじゅに話す義理もない。

 

 だが、本当の原因がそれだという確証がない所で、俺が凛に無理を押し付けたのは事実なのだ。

 

「やッぱ、後で何かフォローしておくべきですかねェ」

 

 四階に着き、エスカレーターから降りながらボソリと呟く。

 

 グイッ、と。

 俺の左腕を引っ張る優木あんじゅの力が強められた。

 

「ほら、あそこよ。あのお店」

 

 そう言われるが、大型ショッピングモールに店舗なんてたくさんある。

 それらも長期休暇の人混みで、どの店も客足が多かった。

 

 ちなみに言うと、俺の隣の優木あんじゅは、フレームが丸い茶色のサングラスに、オレンジ色のニット帽を被っている。

 彼女曰く、素顔を晒したら億千万のファン達に群がられて面倒だ、との事らしい。

 

 もちろんだが、更衣室の時の下着姿のみの格好ではなく、今ではお洒落な私服を纏っている。

 

 ヘソだしの上着にスラリと伸びる脚を露出させるスカートの姿と、その白いスタイルに、すれ違う男達が何度もチラと視線を寄越していたが。

 

「さ、入りましょう」

 

 店に入ると、俺には少し見慣れない光景がそこにあった。

 

 幼い子供の手を引いている親や、歳を重ねている老人。

 小学生くらいの子供がいれば、中学生辺りの集団、高校生ほどの年齢のカップルもいる。

 

 この店にはそんな、下から上までの年代が揃うように入っていた。

 

 棚を見れば、どこか見覚えのあるキャラクターの顔が彫られたキーホルダーや、イラストの描かれたマグカップ、ズラリと並ぶ大量の人形などが置かれている。

 

「……何の店だ、ここ」

「まぁ、美雪ちゃんみたいな人にはよく分からない場所かもねぇ。でもさすがに、『ウィルト・ディスティニー』って言葉ぐらいは、聞いた事あるわよねぇ?」

 

 ウィルト・ディスティニー。

 その名前には、やはり聞き覚えがあった。

 

 東京都と千葉県の境目辺りに『ディスティニーランド』というテーマパークを構え、またそのテーマパークに添ったストーリーを持つ映画などが存在する。

 

 それらの登場人物――有名なので『ミルキーマウス』などのキャラクターを発案したのが、イギリスの『ウィルト・ディスティニー』。

 

 ……確か、そんな話だったはずだが。

 詳しくは知らん。

 

 いずれにせよ、俺には関わりの薄いものだろう。

 

「このお店は『ディスティニーショップ』って言って、ディスティニーランドに関連されるグッズがたくさん売られているのよ」

 

 見れば、子供達が『ミルキーマウス』の人形を両手にキャッキャとはしゃいでいる。

 どこかのお城のお嬢様が着るようなドレスが、お子様サイズとなって棚に飾られていた。

 

 店内の内装や雰囲気も全てがディスティニー世界の一色で、流れるBGMもテーマ曲か何かだろう。

 

「お前、こういうの好きなのか」

 

 興味が沸いた訳ではないが、ふと、何気なく訊いてみる。

 

「えぇ。子供の頃、よくディスティニーランドには両親に連れて行ってもらったわ。今となってはもう遊びに行っている余裕なんてないのだけど、ここに来るだけで、何か楽しくなっちゃうのよね。多分、雰囲気に呑まれているだけなのでしょうけど」

 

 それは……猫、いや小さな虎だろうか。

 棚に並んでいた、オレンジ色の獣(?)のぬいぐるみを片手にした優木あんじゅは、その間抜けたような人形の顔を見て、クスリと笑う。

 

「ディスティニーランドってテーマパークだし、入場にはチケットが必要なのよ」

「だろうなァ」

「ほとんどの人が現地、それかインターネットで申し込みをするんだけど……、こういったお店のレジで、直接日付指定のチケットを購入する人もいるわ」

「へェ。ショッピングモールの店舗でテーマパークのチケットが手に入ンのか」

「その方が、当日にチケット売り場に並ぶ必要もないのよね」

 

 毛並みの感触に満足したのか、猫……いや、虎のぬいぐるみを棚に戻した彼女は、再び両腕で俺の左腕を捕らえると、先程よりさらに力を込めてくる。

 

「あぁ~! なぁんかこの場所にいると、どうしても『また行きたい!』って気持ちが大きくなっちゃうのよねぇ」

「学校生活が狭ッ苦しいのかァ? それとも、スクールアイドルの方か?」

「スクールアイドルに決まってるじゃない。県内で一位っていう覇権を手にする事は容易だとしても、学院からは現状維持のまま順位は下げるなって念を押されてるし……もうほんっと、気の休める日がないくらい」

「今日はどうした」

「珍しく練習がオフだったのよ。平日ならまだしも、長期休暇にオフの日がもらえるなんてかなりラッキーだと思ったわぁ。だから、今日は一日遊び尽くしてやるって決めたのよ」

「あァ、そうかい」

 

 俺にはとても真似できない事だ。

 

 長期期間、一日たりとも休みを許されない地獄の毎日も。

 唯一、奇跡的に与えられた休日を外出に費やす事も。

 

 μ'sは、夏休みだからと言って、毎日欠かさず練習をしている訳ではない。

 体調を崩されては元も子もないので、一日まるまるオフという日を週に一、二回のペースで作るスケジュールを練った。

 

「……もういいわ」

「あァ?」

 

 また、俺の左腕が引っ張られる。

 とっくに痺れの感覚すらも消えていた。

 

「いいのかよ? この店、まだ入ッたばッかじゃねェか」

「あら? 美雪ちゃん、何だかんだ言いながら、私のショッピングに色々と付き合ってくれる姿勢は見せてくれるのねぇ」

「……ニャロウ」

 

 というか、こいつはいつまで両手の荷物を俺に持たせているつもりなのか。

 家までよろしく~、なんて言われたら、もう俺は相手が女であろうとこいつをぶん殴る自信がある。

 

 ……いや、俺も女だけど。

 

「まァ、別にもう帰るッてンなら俺としては嬉しい訳だが」

「何言ってるのよ。もっとお店を回るに決まってるじゃない。都会のショッピングモールに終わりはないのよ? 同じお店でも、日々新商品が商品棚に参加してるんだから」

「マジでいい加減にしろよテメェ……」

 

 店を出て、通路を歩く。

 時々、人混みの中を掻き分けながら進む道は慣れていない。

 

 

 

 そういえば――。

 

 

 

 俺はこうして、誰かと二人で買い物なんて事をした経験なんてない。

 そもそも、大型ショッピングモールなんて場所には縁がないものだと思っていた。

 引き籠もりのオタク思想ではないが、必要なものはネットがなんとかしてくれる。

 

 μ'sに加入する前の俺は堕落しきっていた。

 

 休日は外へも出ず、かと言って家でもやる事はなく、一日を寝たまま過ごしてきた。

 飯は毎日のようにカップ麺続きで、ろくな栄養素も身体に取り入れてこなかった。

 

 高校三年。

 もう華の青春なんて諦める年頃。

 

 そんな時期に、様々な体験をした。

 

 部活に入った。

 仲間と出会った。

 仕事を引き受けた。

 仲間の自宅にお邪魔した。

 仲間とトランプをした。

 仲間と飯を食いに行った。

 仲間とスポーツをした。

 仲間とショッピングをした。

 海を見た。

 洞窟を探検した。

 少しでもライバル意識が持てた。

 仲間と同じ目標を掲げた。

 

 初体験が多い。

 

 統堂英玲奈や水浦竜三とは、また少し違う関係性。

 それをμ'sの奴らと結んでから、俺は様々な初めてを経験してきた。

 

 無論、途中に障害などもあったが……。

 

 今。

 こうしてショッピングモールの中を歩いているという事でさえも、俺の中では珍しい出来事だった。

 

 今日という日は、仲間と(今は優木あんじゅとかいう女に変わってしまったが)一緒に街に出掛けたという事で、俺の記憶にしっかりと残っていくのかもしれない。

 

 

 そして、また初体験。

 

 それは数秒後に訪れた。

 

 

「きゃぁぁあああっ!!」

 

 劈く悲鳴はすぐ近くで聞こえた。

 

 隣の優木あんじゅではない。

 それよりは距離がある。

 

 直後。

 

「どけっ!!」

「うお――ッ」

 

 右肩に衝撃があり、俺は紙袋を床に落としてしまう。

 

 突然として激突してきた声の主を見ると、それはどうやら男だ。

 黒いシャツにジーパンを履いている。

 屋内だというのに、前キャップの帽子を目深く被っていた。

 

 それに、どうも男には似合わない、高価そうなブランドの、女物のバッグを肩にかけている。

 

 その男はぶつかった俺に一瞥もせず、慌てた様子で走り去っていき、やがて付近のエスカレーターを駆け下りていった。

 

「どなたか、その人を捕まえてください! 泥棒ですっ!!」

 

 その声に俺と優木あんじゅを含め、周囲のほぼ全員が振り向いた。

 

「あ? あの女……」

 

 深紅に染まった上品な、ドレスに近い服装をきこなす女性が床に倒れ込んでいる。

 俺との距離は約五メートル程はあったが、絢爛に輝く長い金髪と、濃厚に煌めく真っ赤の瞳は特徴的で、分かり易かった。

 

「確か、アイドルショップにいた――」

 

 そしてあの女。

 どうも日本人ではないようだが、同時に判明した。

 

 

 あの野郎、店で俺のグッズを漁りながら卑猥な言葉を叫んでたあの女だ――。

 

 

 粉雪でもまぶしたかのように真っ白な肌の両脚のそばに、アイドルショップの店名が記載された大きな紙袋が転がっている。

 それを見た途端、俺の記憶力は正しかったと確信できた。

 

「あら、泥棒だってぇ。あの女性、みるからにお金持ちって感じだものねぇ」

 

 俺の隣で優木あんじゅが言う。

 いつのまにか、腕は解放されていた。

 

「財布の入ったバッグを盗られたんでしょうけど……大方、万札が何枚も入った財布をレジで見せびらかしてたのねぇ」

「……まァ、確かにそれならターゲットされるのも間違いねェな」

 

 外国の女の声に、警備員がすぐに駆けつけてきた。

 だが、泥棒とやらの男はすでにエスカレーターを降り、今頃は二階ぐらいだろう。

 

 ……まぁ、俺の知った事ではないが。

 

「ねぇ、美雪ちゃん?」

「あンだよ」

「美雪ちゃんの右肩、生地が解れてるわよぉ?」

「……なに?」

 

 優木あんじゅの指さす所を見ると、確かにあった。

 

 俺の、一応はお気に入りでもある黒パーカーの右肩部分。

 何の素材かは知らないが、一部分で縫われていたニットの部分が断線している。

 

 ……あの男、俺にぶつかった時――。

 おまけに、まったくこちらに目もくれず走り去っていきやがった。

 

 

 ――ムカついた。

 

 

「おい優木あんじゅ、ちょッとこの紙袋、しばらく持ッてろ。少し用事ができた」

「ふふっ、はぁい」

 

 怪訝に感じた。

 

 今まで俺を荷物持ちにしていた癖、お前が持てと言ったらすんなりと従った。

 それに彼女の表情は、どこか、何かを期待しているような目をしているように見えた。

 

 だが、構わない。

 

「あのバッグの中には『ドキドキッ☆ マジックプリインストール♪ ~これであなたもイケメン―夜伽ノ美雪様とプリクラを撮れる! ……という気分になれる!!~』 のバーコードが入っているのですぅ!! 早く、早く誰か捕まえてくださいましよぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 うへぇ……、何だよその商品。

 今の世の中、バーコードを読み取るだけでアップロード風景(人物)写真の隣に、自分を埋め込める事のできる機械が生まれたらしい。

 恐ろしい商売世界だ。

 

「それに、やッぱ外人だッたか。日本語がどこか微妙にズレてる」

 

 そう言いながら、俺は手すりに身を寄せる。

 

 このショッピングモールの内部の構造は、一階は通常のものと変わらず、二階から上階は、左右に人々が往来する廊下や店舗が並び、その真ん中はがっぽりと穴が開いている状態だった。

 

 手すりから顔を乗り出させ、四階の高さから一階の廊下に視線を落とす。

 

「あいつかァ……」

 

 黒シャツの男。 

 肩に女物のバッグ。

 慌てるように走っている。

 

 男はすでに一階の通路にいた。

 このまま一気に出口へと走っていくだろう。

 

「位置関係は良いとして、周囲には他の客もいるしなァ……」

 

 そうは思ったが、すぐに関係ないと考えを切り捨てる。

 好都合な事に、ひったくり犯である男は先程見た限り、高身長な奴だった。

 

 しかし、待てる時間はなかった。

 俺は廊下の手すりに手を乗せ、そこから両脚で床を跳ねる。

 

「あっ!? おい君――」

 

 警備員の声がこちらに向いた。

 悪いが気に留めている暇はなかった。

 

 それに、いくら俺でも――いや、俺以外の誰であろうと。

 

 

 

 自由落下の重力に逆らえる人間は存在しない。

 

 

 

 俺の身体は一瞬で宙を舞い、そのまま通路中央に空けられた空洞を落ちていく。

 

 頭は上。

 足は下。

 

 高さはゆうに二〇メートル以上はあるだろう。

 四階から一階。

 

 どこからかのわずかな悲鳴を聞く。

 

 一秒後だった。

 

 

 

 靴を履いた俺の両脚は、ナイスタイミングでひったくり犯の脳天を勢いのまま叩いた。

 

 

 

「きゃぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!」

 

 近くで叫声がする。

 全方位から俺は再び注目を浴びた。

 

「……やりすぎだッたかァ?」

 

 視線を落とすと、強奪した鞄をすっ飛ばして、うつ伏せに倒れる男の姿。

 鼻血だと信じたい赤い液体は、照明の光を反射させていた床を真っ赤に染めていった。

 

「こっちだ!」

「皆さん、離れて!」

 

 警備員の声がする。

 足音からして複数人のようだ。

 

 足を止めて、さらに集まってくるギャラリーを掻き分けてこちらに食い込んできた警備員達は、床に倒れる男の身体を上から押さえると、

 

「君にも、少し話がある」

 

 俺の腕を掴んでそう言った。

 

 まぁ、当然だろうな。

 何のお咎めもなしってなる訳にもいかないだろう。

 

 しかし、そこで俺は不思議に思った。

 何があった、人が飛び降りたなどと喚き散らす集団の騒音の中、俺の頭には疑問が浮かぶ。

 

 確かに、俺とあの男は四階の場所で激突した。

 だが、簡単に言ってしまえば、ぶつかっただけ、だろう。

 

 俺は立ち止まっていたし、男の方もそれなりのスピードなんて出ていなかったような気もする。

 

 たったあれだけの衝撃で、ニットの糸が断裂したりするものか……?

 

「……いや、」

 

 俺はハッとして真上を見上げる。

 四階の手すりから、茶髪の女が見下ろしていた。

 

 微笑んでいるように見える。

 とても満足そうだ。

 

 彼女が、顔の横に持ってきているどちらかの手。

 それの指に挟まれていた。

 

 先端の鋭い、照明の反射で一瞬の閃光を走らせた、細長い糸針が。

 

「ッ――」

 

 更衣室の中での、彼女の言葉を思い出した。

 

 

『私、μ'sの中で、ステージに立つ九人の女の子達よりも、夜伽ノ美雪ちゃん――あなたに一番興味があるのよ』

『その男の人みたいなきつい口調とか、片髪を上げてよく見える、冷たく尖った真っ赤な目とか……。スクールアイドルに関わる女の子にしてはあなた、かなり特異なタイプなのよねぇ』

 

 

 やられた、と感じた。

 

 同時。

 

 優木あんじゅとは二度と関わりたくない。

 そんな思いさえ芽生えた。

 

「柊蒼太郎の奴と並ぶくらい、嫌な奴だな」

 

 そういえば、にこと花陽はどうしただろうか。

 

 

 







 窓から外の風景を見ると、道路が冠水している。
 なかなか見れませんよね、こんな光景は。

 それでは次話もよろしくお願いします!

 
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