今回のメイン:美雪、にこにー、凛ちゃん
カトリック教会の修道女にして、修道会『神の愛の宣教者会』の創立者、マザー・テレサ。
彼女の言葉に、こんなものがある。
『最も美しいものとは、いったいどこにあるのでしょう……。それは、一人一人の人間の中にあるのです』
これについて、今までに何度か、俺の頭の中で総会議が開かれた事がある。
いくら探そうとも、俺の素晴らしい点なんて見当たらない。
少し前までは、興味すらなかった。
過去の記憶が消失している事に気づけたのも、つい最近。
それ程、俺は自分の中の自分を探そうとしなかった。
だが、マザー・テレサの言葉について考えた事は幾度とある。
その会議では、『美しいもの』とはいったい何なのか、についてだった。
俺が導き出した答えは、『個性』だとかいう名前の、単純なものだった。
マザー・テレサは、もっと深い意味を込めたに違いない。
ただ、俺の回答欄にはこう書かれたということだけ。
一人一人の人間にあるもの。
それは個性。
それに対する他人の感受性について、良かろうが悪かろうが。
自分だけの特色としてあるものを持っているのなら、それはきっと価値のあるものであり、素晴らしいものなんじゃないかと。
今でもその答えは変わらない。
きっと、人の中に存在する素晴らしいものというのは、『個性』の事だ、と。
星空凛は――。
いつも明るい。
笑顔を絶やさない。
お調子者で。
常にうるさい。
何かと身体を動かそうとする。
特徴的な語尾が。
数え出せば多すぎる。
個性が集約されたような奴だ。
なら、髪の毛が短い事は個性か?
そしたら、スカートを穿きたくないと思うのも個性か?
それでいて、女の子らしい服装に憧れを抱くのも、個性なのか。
それは、どこか違うんじゃないかと。
それが俺の考え。
もし、本人がそれを本気で嫌がっているのだとしたら、俺も無理にとは言わないだろう。
だが、やはりそれは、彼女が『本気』で思っている場合にのみ有効。
それに、彼女の幼馴染みからも依頼を受けている。
付け足して、俺は彼女のマネージャーである。
さて。
一つずつ、問題を解決していこうか。
星空凛という少女の中にある『素晴らしい』ものを、より輝きのあるものにするために。
「そういう訳よ、凛。今から私達が、あんたの『それ』に気づかせてあげるわ」
ーーーーーーーーーーーーーーー
俺とにこから一通りの説明を受けた後、凛は深く息を吐いた。
正直、今まで一度も見た事のないものと言っていいだろう。
目を伏せ、影を作るその表情から、少なくとも、明るい光というものは感じられない。
「あ、あはは……、そっか――。かよちんから、聞いちゃったんだ……」
場所は部室。
練習を終えた午後の七時少し前。
制服に着替えた後、残りのメンバーを帰らせ、俺とにこ、そして凛が集まっていた。
すでに外は暗い。
真昼の輝きはとうに沈んでいる。
凛も同様だった。
練習でキレのある踊りを見せていた時の余裕の笑みは、どこかへと消えていた。
「凛、あんたは他人から見て、眩しすぎるくらい可愛い笑顔を持ってるのよ。汗塗れで練習してる時に見せる凛々しい顔も、私や真姫をおちょくってくる時のいたずらの笑顔も、花陽を見守ってる時のような優しい微笑みも――。全部、魅力的な表情をしてくれるわ」
台本でも持ってるかのような台詞を続けて言うにこも、いつになく真面目で堂々とした表情だ。
普段なら俺が座っている、部屋の扉から離れた奥の席ににこが座り、いつもは席がないはずの扉のすぐ正面――にこと直線に対峙するように腰掛ける凛がいる。
にこの隣に立つ俺も口を開く。
「正直、勿体ないと思うぜ、俺は。磨けば磨くほど光彩を放てる魅力を、お前は秘めているンだと感じている訳だがなァ」
別に段取りをした訳ではない。
にこに台詞の指導をされた訳ではない。
「そんな、お世辞――」
「俺が人にお世辞を言うような人柄に見えるかァ? 悪いが俺は正直者でなァ。嫌いな奴には嫌いだと言うし、気持ち悪い奴には面と向かッて近寄るなと、ハッキリ言ッてやる」
長い事喋るのは慣れていない。
舌がついていけないというのもあるが、途中から自分が何を言っているのかが分からなくなってくる。
俺の言葉で再び凛は黙ってしまった。
「ねぇ、凛。私達が望んでいるのは、あんたが可愛い自分に自信を付けてくれるって事だけよ。本当に嫌なら、無理をしてスカートを穿こうだなんてしなくてもいい。でも、それに憧れているのなら、可愛くなりたいって求めているのなら、まずは、ありのままの星空凛を認めてあげなさいよ」
……すでに。
すでに今の矢澤にこは、どこか違う誰かになっているのかもしれない。
少し、俺は凛から視線を外し、隣で座るツインテールの黒髪を見てしまう。
部長としての意識か。
三年生という立場か。
そう言えば、こいつの家庭には小さい妹と弟がいると話された。
長女としての頼れる性格が表に現れたのか。
少なくとも俺は。
今のように真摯な眼差しをする矢澤にこを、目にした事がなかった。
「り、凛は……」
視線を左右させるが、決して上げようとはしない凛がボソリと言う。
眉を潜め、声をすぼめる今の凛に、とても似合わないと感じた。
「だって、ありのままの凛じゃ、可愛くないんだもん……」
ふと、言葉が漏らされる。
俺もにこも、聞き逃さなかった。
「髪だって短いし……」
それは、聞いた。
「身長も低いし……」
悪いがにこの方が低い。
「普段の生活でも、全然女の子らしくないし……」
「それの何が駄目なのよ」
にこが言葉を挟んだ。
ちょうど、俺の頭にも浮かんだ疑問だった。
「え……」
「髪が短い女の子なんてその辺に大勢群がってるわ。あんたより背の低い女の子なんて世界中探せば数え切れない。そもそも、女の子らしい生活スタイルって何よ? 朝早く起きて、お化粧をばっちし決めて、服装をどれにしようか長時間悩んで、爪に綺麗なマニキュア塗って、可愛い小物を身に付けて――そんな、まず一番に外見を過剰に気にするような少女漫画のキャラみたいなのが、あんたの言う女の子らしさ?」
少女漫画なんてものを呼んだ経験がない俺は、そこに何の意見もない。
ただ、実際にそんな面倒臭い女なんて世の中ごろごろ転がっていると思うが……、それが正解という訳でもないだろう。
「なァ、凛」
凛が少し目線を上げ、俺を見た。
「お前、本当の所はそンな事、大して気にしてねェんだろ」
「っ……」
分かり易く表情が変わる。
以前に、俺は園田海未と、ポーカーというカードゲームで遊んだ――勝負した事がある。
あいつもポーカーフェイスというものがまるでなっていなかったが、凛も同じだろう。
純粋すぎる性格は、態度を偽れない。
だから海未は俺に勝負で負け、凛は俺にそれを見破られてしまう。
「俺も少し、人間については知識ッてもンがある方だと思ッてる。昔に偉業を残した偉人の言葉には興味を惹かれるし、現代の心理学ッて分野にも、面倒臭くならない範囲で学ンでみたいなンて思ってるぐらいにわな」
「……そうだったの?」
訊いてきたのはにこの方だ。
それに頷く。
「だが凛、お前は珍しいタイプだと思ッた。お前みたいな純粋無垢な人間は、昔の嫌な思い出とか、心に深い傷として残ったトラウマなンてものを長年引ッ張る奴がほとんどだ」
俺は続ける。
「けど、お前はそンな昔の事、全く気にしてないみたいだよなァ」
「……てか、それはにこ、初耳なんだけど」
「さッき確信したンだよ」
俺達が説明をしたやった時。
昔に凛が、スカートを穿いてきた日の事についての話をした時。
あぁ、そういえばそんな事もあったな。
そう言わんばかりの凛の表情を見て、俺は考えを変えた。
「髪が短いからとか、女の子らしくないからとか――。どうして思ッてもない事を口にする。お前、自分の外見についてはコンプレックスなンざ抱いてねェ癖によ」
「あ……っ」
俺が言い切ると、凛は思わず顔を正面に上げ、さらに困惑するような表情を見せた。
「言われてみれば、確かにそうよね。自分の顔立ちとか、髪の長さとか……そんな外見に劣等感を感じてるのなら、撮影であんなにカメラの前で目立とうとはしないはずだしね」
「そ、――れは……っ」
あぁ、本当に凛らしくない。
俺は、特に凛とは、μ'sのメンバーの中でも最も打ち解けているものだと思っていた。
少し、苛立ちさえ覚える。
今日もラーメン食べにいくにゃー、なんて明るい声で、眩しい笑顔で俺を誘ってくれていた凛はどこにいった。
「凛、あんたは可愛いわ。それに、アイドルとしての魅力や能力を、十分なほど身に付けているのよ」
「……絵里ちゃんや真姫ちゃんに比べたら――」
「比べる必要がどこにあるのよ」
凛が口を開くも、その言葉をにこは許さない。
「確かに絵里や真姫ちゃんは、上品で、とびきり美人で、スタイルだって良いものを持っているかもしれないわ。希だってプロポーションは完璧だし、海未にもこの上ない清楚な要素が詰まってたりするもの」
「……お前、そこまで人のこと褒める事ができたンだな」
「うるさいわよ美雪」
いや、驚いてんだよこっちも。
μ'sの中でも自分が一番可愛い。
そう豪語し続けていたあの矢澤にこも、チームメイトの事はしっかりと評価している。
やはり、その辺りが部長なのだろう。
「けどね、凛。あいつらは、凛みたいに太陽のような笑顔を見せる事は、はっきり言ってないわ。いくらにこが『アイドルの基本は笑顔』だって教えても、照れたり、文句を言ったりしてくるのがほとんど。あんたはそれをしないじゃない。いつも素の態度で笑顔を輝かせて、決して絶やそうとしない。今のあんたはありえないくらいに日没状態だけどね。それで言ったら、ライバルなんて穂乃果ぐらいじゃない? 凛と穂乃果が笑顔で並んで映るシーンなんて、私から見ても素晴らしいものだ、って素直に思えたわよ」
高坂穂乃果も、明るい笑顔を浮かべる。
二人は、常に笑っている感じだ。
海未に説教されようが、どれだけ練習がきつかろうか。
二人は常に笑顔でいられる。
「けど、穂乃果はあんたほど、運動能力に優れている訳じゃない。あんたや絵里みたいに、踊りの才能がある訳じゃない。ただ穂乃果は、人一倍に一生懸命、真剣になってやっているから、センターでなくても目立てているのよ。真姫ちゃんとか海未とか、あんたの幼馴染みの花陽は、まだ照れている節があるからね」
それは、撮影映像をチェックする俺からの意見。
にこも同様なものを持っていた。
「そう考えると、ほらびっくりよ。μ'sの中で、あんたは一番になれる可能性を秘めてるじゃない」
「……おい、ちなみに今の一番ッてのは――」
「にこよ」
「あァそうかい」
こいつもぶれない。
良い所なんだろうが。
「…………」
少し顔をずらし、また黙り込んでしまう凛。
「で、でも……そんな事言われても――」
まだ、効果は現れていないようだった。
右手で前髪を弄り、途切れ途切れで言葉になっていない小さい声を出す。
もう、こうなればさすがに分かる。
すでに、この問題は俺達がいくら言った所で、凛一人だけでは決断できない。
自信を取り戻すなんて事はなくなれば、一向に解決へと向かわない。
「……ねぇ、美雪」
「あァ、分かッてる」
俺とにこは頷き合う。
それを凛は不思議そうに見ていた。
まず、俺がノートパソコンを取り出し、それを起動させる。
にこは、アイドルグッズが並ぶ棚から一つの段ボールを取り出した。
「え……? な、なにやってるの?」
「凛」
「え……」
「あんた、いつまでその似合わない、ひ弱な態度でいるつもりよ。これから撮影を始めるんだから、いつもの『明るくて元気な笑顔』の星空凛に戻りなさいよね」
「……えぇ?」
準備はたったのそれだけだ。
未だこれからの状況が予想できていない様子の凛に、俺は言う。
「凛だッて知ッてるだろ。『ラブライブ!』の公式サイトから繋がる、俺達μ'sの専用ページにある、『タイムライン』ッつゥ機能の事の訳だが」
同時にこれは、あまり使いたくない方法なのだがな――。
さて、いきなり美雪とにこちゃんが部室で凛ちゃんと対峙しているシーンから始まり、戸惑ってしまった人もいるかもしれませんm(_ _)m
シルバーウィークですので、今を利用して連日で更新できたらな、と思います。
それでは、次話もどうかよろしくです。